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異郷より。 作者:TKミハル

幻想楼閣

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番外 晴天、波浪につき 8

 気がつくとヒューイックはうつ伏せで、固く暗く狭い場所にいた。

 いったい、あれからどうなった……?ここはどこだ。

「ッ!」
 顔を上げた瞬間、ゴィン、と板に頭がぶつかる。やっとのことで這い出ててみれば、そこは宿の部屋で、寝そべっていたのは寝台と床の窮屈な隙間だった。

「なぜここで寝た……?」
 鈍く痛む頭を抑え、口の埃を吐き出し見回す。散ばる自分のベルト、シャツ、そして椅子に縋るように突っ伏したレイノルドの姿が飛び込んできた。

 ……なんとも苦しそうな態勢をしている。

「おい」
 床に放り出された衣類を拾いながら声をかければ、
「う……もうこれ以上は……いい加減、に」
レイノルドが呻き声を立てた。

 突然バタン、と扉がいた。
「よう!随分寝過ごしたな。曇天とはいえ、太陽は高々と上がってるはずだ。さっさと起きて、今のうちに明日の備えをしとこうぜ」
やる気に満ちたアイリッツの声が、頭と部屋に響く。

 俺もしこたま飲んだが、自分以上に杯を重ねた……はずのアイリッツには、昨日の名残は微塵も見られない。まあいつものことだが……あいつは化け物か。


「昨夜……あれからどうなった」
「どうしたも、ないよ。潰れちまった二人を、ここまで運んだんだぜ?‘敵襲!アジトまで退避するぞ!’なんて声をかけて揺り起こしたら、見事にのっちまって」その後はなんとか宿に放り込んだんだ」

 まったく記憶になく、理不尽さに涙すら出そうな話だ。

 ヒューイックはずきずきと痛む頭をさすり、
「そんなのは知らん。……リッツ、もっと静かにしゃべれ。おまえの声は響く?おい、そこの、レイ、レイノルド!せめて寝台で寝ろ」
揺さぶり起こせば、奴はむくりと体を起こし、やや顔色悪く口元を押さえた。
「……揺するな。くそ、アイリッツの自然体とあの酒の飲みやすさに負けた……」
 そして再びがくりと椅子に頭を落とす。


「あー……完ッぺきアウトだなこれ。ヒュー、どうする、買い出しは交代で……」
「……いや。そこの瓶を取ってくれ]
レイノルドがかすれ声を出して遮り、んー、これか、とアイリッツが置かれていた小瓶を拾い上げて放る。

 苦悶の表情で彼は薬を飲み干すと、しばらくじっと目を閉じていたが、やがてぱしぱしと瞬かせ、
「よし、大丈夫だ」
と言った。

 ツン、と鼻につく刺激臭……例の酔い止めに違いない。飲んだ瞬間、脳天に突き抜けるような苦味、そしてアクの強い草汁を煮詰めて濃厚にしたような、言葉に尽くしがたいその匂いが、体に残る倦怠感や酔いを吹き飛ばす……忍耐を必要とする薬だ。

 うへ、と鼻を摘まんでいたアイリッツが、
「行くのか?」
と聞けば、立ち上がり、
「貴重な曇りを無駄にするわけにはいかない。港の船のスケッチもしたい」
そう力強く頷いた。まあ、立ち上がる際ややふらついたのは、不可抗力だろう。


 宿を出てどんよりと分厚く曇った天気の中、ざらついた風合いの砂岩の町並みを歩けば、湿った風が、潮の香りを運んできた。

「らっしゃいらっしゃい!この近くで採れた新鮮な魚だよ。この脂の乗り具合を見てくれ!」
「えー、木苺はいかが?たった今採ってきたばかり!そこのお兄さん、お安くしとくわよ!」
「おっ、ご婦人、いいところに来た。これはめったに手に入らない上物の布だ」

 昼前とあってか、市場は売り買いの声でにぎわい、人通りも多い。

「すごい人混みだな……。歩くだけで疲れそうだ。俺は裏道を行く」
だから二手に別れたいんだが、と呟くレイノルドに、屋台で買った丸魚の串焼を、器用に骨だけを残し食べていたアイリッツが、塩の残る口元を払い、
「ああそうだな。じゃあ、オレとレイきゅんで港へまわるから、ヒューは必要なものを揃えてくれよ。おまえに任せた!」
笑顔で棒と骨を振り捨て、二本の指を揃え、上げて見せる。

 あっさりそう告げられ、複雑な思いが渦巻くが、こいつがいても邪魔だな、と思い直す。

「……ああ、わかった。護衛をしっっかり、頼む。決して置いて離れるんじゃないぞ」
「わかってるわかってる」
 アイリッツが鷹揚に頷いた。いまいち不安は残るが、まあ、大丈夫だろう。


 ヒューイックと別れたアイリッツとレイノルドは大通りを避けて迂回路を歩き始めた。


裏手にある家の前で暇そうに腰を下ろし、パイプをくゆらす男の前を過ぎ、くすんだ色の路地を抜けていく。

「ぐーたらしてないで、船の様子でも見に行っちゃどうだい!」
野太い女性の声とともに、窓から飛び出す擂り粉木。そんなこといったってよお、と情けない男の声。

 平和そのものの路地裏を、アイリッツとレイノルドは、特に迷うこともなく歩き、やがて船着き場へ到達した。

「風があり、雲が動いているな。おそらく、四つの刻を待たないうちに太陽が出る。その前には戻るぞ」
「わかった。おまえも大変だなあ」
 二人がそんなやりとりをしながら、巨大な商船の全貌を見上げると、その巨大さにふさわしく、乗客、船員ともに乗ってきた船とは桁違い。砲台も左右にしっかりと備え付けられている。

 周辺は商人や吊り下ろされた荷を運ぶ水夫や労働者でごった返していて、近づきにくい。

「妙だな……あの大型船から、大量に荷が下ろされ、各船へと分けて運ばれている。それに引き換え、運び込まれる方は極端に少ない。船員が手持ちぶさたにしているぞ。出港予定は大分後か……?」
「すげえ、見ろよあの筋肉。なに食ったらあんなのになるんだろうな」
 アイリッツが辺りをうろつく傭兵らしき男たちの見事な体つきに感嘆の声をあげ、
「……船周りを警戒している。絵は取り止めだ。いちゃもんをつけられかねない」
レイノルドが眉根を寄せた。

「……で、どう思う」
「情報が足りねえよ。お、あそこにいるの、オレたちの乗る船の船長じゃねえか?」
 アイリッツが指差す先には、赤ら顔の船長ゲオルクが機嫌よさそうにニタニタ笑いながら体を揺すり歩いている。

 じっとその様子を見つめていたレイノルドは、ふぅ、と息を吐いた。
「なんだか、厄介事の気配がするな……」
「ま、同感」
頷いてアイリッツも苦笑した。


 ヒューイックと合流した後もぶらぶらと港まわりをうろついたり、海の様子や船を眺めたりしていると、レイノルドの言うとおり雲が薄くなってきたので、早めに切り上げて宿へ戻ると、その夜は何事もなく、平穏無事に更けていった。

……アイリッツが出かけたので、余計にそう感じられた。

「……おまえも苦労するな」
カリカリと書き込む手を休めてレイノルドがこぼしたので、
「どうせまた明日になったら嬉々として、起きたことを語り出すに決まってる。つかのまだな」
そう返したヒューイックはドアの脇に腰を据えて控えたまま、いつでも起きられるよう浅い眠りに入った。


 そして、出航の朝が来た。今日もアイリッツは騒がしい。朝食の席で、パンの欠片を飛ばしかねない勢いでしゃべっている奴に、付き合いきれない、と、すでにレイノルドは部屋に戻っていた。

「でさでさ、やっぱり気になるだろ!?オレもそう思って、昨日の夜リベロ尾けてみたんだ」

 ……粘着気質すとーかーか、おまえは。

「奴は本当すげぇよ。半端ないぜ。昨日、夕暮にさ、こう、そばかすがキュートな町の少女と、店に入ってそんで笑顔でさよならしたかと思ったらさ、次に例のヴァネッサのとこに挨拶に行って、一刻ほど過ごし、出てきてそれから酒場で一杯引っかけ、その後花街のダントツ人気と親しげに腕を組んで中へ……。な、凄いだろ!?」
真剣な表情で熱心に話してくるアイリッツ。

興味ないんだ、そんなモンはよ。ヒューイックはそう言いたくなるのを堪えて、ああ、とか、そうか、とか、生返事を返していた。

 ……どうして、自分とはまったく縁もゆかりもない男の艶事をここまで聞かされなきゃいけない。

「でさ、ちょっと聞いたんだけど、地元の漁師や船は今、沖に出るのを控えてるらしい。この話自体もなんだか口止めされているような雰囲気でさ」
「待った。それは重要だろ。ついでみたいに言うな。で、続きは」
身を乗り出しヒューイックが促したところで、部屋に戻ったはずのレイノルドが、急ぎ小走りにやってきて、
「おい、準備できたのか?俺たちの船の出港まで一刻を切ったぞ」
とそう告げてきた。


 ……結論から言えば、間に合った。

「久しぶりに焦った……あれほど本気で走ったのも久しぶりだ」
「いや~でも、早く来れてよかったじゃん?ついでにうまいもんも買えたしさ!名物、蛸の姿焼き!噛むと出る肉汁!これはやみつきに」
「こっちへ見せるな全部食え。気味が悪りぃその物体はおまえが何とかしろ。」
「いいのか?こんなうまいものを」
とてもイイ笑顔で、蛸とかいうゲテモノ類の姿焼きを頬張るアイリッツ。

 そうこうしているうちに出航になり、いいぞー!!との声かけで、錨が巻き上げられていく。

 いくつかの船が出港する中、あのでかい商船は動かず、停泊したまま。じっと鋭くそれを観察するヒューイックの横で、むっしゃらむっしゃらと、アイリッツはひたすら蛸を噛み締め、味わっている。

 その音を聞きながら、ヒューイックはふっ、と憂鬱な溜め息を吐いた。
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