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異郷より。 作者:TKミハル

幻想楼閣

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325/341

番外 晴天、波浪につき 7

すみません、遅くなりました。
 晴れたり曇ったり、多少波が高かったりしたが、こっちの心の内とはまったく裏腹に、一応旅は順調で、船は無事にサルヴィスへと入港した。


 薄紅色が覗く曇り空の下、崖を広範囲に渡って切り開いたらしい船着場には、巨大な輸送用の帆船と、そのまわりを飾るようにいくつかの小型船やおんぼろ船など、さまざまな船が停泊し、主に砂岩と石灰岩でできた建物が、ほのかに染められている様は、なかなかの風情がある。

「ヒュー!二日ほど停船するってよ!今のうちに宿見つけとこうぜ!やっぱ、食事の旨いとこだよな!」
 アイリッツが赤茶の瞳を輝かせて船着板間近まで小走りに来た。

 情緒溢れる風景が、一瞬にして即物的に……。
夕食時のためか、どこからともなく魚介と香草の焼ける匂いすら漂ってきた。

 ヒューイックは異郷情緒に浸るのを諦め、アイリッツへと向き直った。
「ガキじゃないんだから騒ぐな。第一、行きも来ただろうが」
「えー、誰かさんが死にそうであんまそれどころじゃなかったしー」
「知るか。陸路という方法もあった……ってこの話はもういい。それより、護衛はどうした」
ヒューイックが咎めるように言えば、それに応えるように、
「ん~、あれ」
苦笑しながらアイリッツが親指でくいっと船の方を指す。

 太陽の光が分厚い雲に埋没した、それとほぼ同時に、ガタン、ゴトンゴトンゴトン……。重いものを引きずり、転がすような音がしばらく聞こえ……フードを被ったレイノルドが現れた。

 その後ろには身長と同じだけの荷物を引き連れている。引き連れて、というのは妙な表現かもしれないが、他に表現の仕様もない。

「出てきてもいいのか……?あと、それはどうした」
 衣装箱などの大量の荷物は車輪つきの板――――上と前が壊れた荷車のようなもの――――に括りつけられ、それを太い紐二本で運んでいるらしい。

 ヒューイックの顔が微妙に引きつったが、こいつにはよくあることじゃないかと気持ちを落ち着かせる。

「カビ臭い船にいても仕方ない。幸いにして天気は良好だ。あとこれは、荷物を楽に運ぶため、俺が考えた仕組みだ」
 どことなく自慢げに答えてくる。
「おお、超便利じゃねえか!すげえなそれ!」
「……」
 興味深々のアイリッツに対し、遠い目をするヒューイックは、その荷じゃすぐ盗られるぞ、と言いかけて、ああ、そうか、そのための俺たちか、とげんなりした。

 船を下り、ガラゴロガラゴロと音を響かせ船着場を抜けていく。レイノルドが通るたび、道行く人々が何事かと振り返る。他にこんな運び方をしている奴は、もちろんひとりもいない。

 怪訝そうな人々に鋭い視線を向け、ヒューイックは油断なく警戒しているていでいた。


 もちろん、最大級のいたたまれなさなどおくびにも出さない。

 こういう時、たいていアイリッツは役に立たず、軽い足取りで先ほどまで傍を歩いていたかと思えば、ふぃっと姿を消し、
「なあ、あっちの看板にあるの、跳ね大刀魚のからあげだってさ。後で行ってみようぜ!」
「跳ね大刀魚か。危険を察知し、水底や岩に体を当てて跳ねる、という奴だろ。浅瀬によくいる」
揚げたのを頭からバリバリ食べるのがいいらしいな、とレイノルドがコメントする。

ていうかいったいどこへ向かっているんだ。

ただ歩いているだけだと気づいたヒューイックはアイリッツに、
「おい、どうせあちこちうろつくなら、いい宿でも探してこい」「あ、おまえ、オレが食べ物のことしか頭にないって考えてるだろ。そんなことはないぜ、もちろん飯宿のリサーチだってしてる!」
きらりん、と爽やかな笑顔をみせた。
「一番考えて欲しいのは“安全”を保障できる宿だ。食事については二の次に決まってる。行きに泊まった掘っ立て小屋なんて持っての他だぞ」
そう念を押すと、
「ちぇ、カタいなまったく。そんなに心配するなって。ちゃんと目星つけといたからさ。安全面もバッチリバッチリ!」
 アイリッツはそれはもう自信たっぷりに、先に先にと立ち歩き…………宣言どおり、地味だがしっかりした造りの一軒家へと案内した。

「宿か……?」
「大丈夫だって」
こういう要領はいい奴だな、と、その民宿へ入ると他に客はなく、老夫婦が顔を出し、女将がどうぞ、と廊下の奥を指してまた引っ込んでいく。

愛想も何もないが……まあこんなもんか。

部屋に入ると、レイノルドは、すぐさま部屋の邪魔にならない場所へ荷物を置いた、と思ったら本や筆記類などを取り出し、広げ始めた。

 あれこれと吟味しているその様子に、
「リッツ。今のうちに荷で必要なものを調べておくぞ」
「おーけー、わかった。まずヒューの意見を聞かせてくれよ。俺はその後で」
「阿呆。少しは考えろ。まずはカバンの整理からだ。とにかく、食べ残しと、この底にあるパンくずを処分しろ今すぐに!
「そんなこと言われてもなあ……一応夜食とか」
「いらん。最悪、抜いても問題ない」
きっぱりと宣言するヒューイックに、えぇ~と情けない声をあげるアイリッツ。

板を机代わりにしていたレイノルドがぶふっ、と吹き出し、
「ほら、変なこというからレイきゅんに笑われただろ?」
「極めて普通のことしか言ってない」

 ……レイきゅん?相変わらず、アイリッツの言ってることは大半がよくわからない。

ぶふっ、とレイノルドが吹き出し、
「確かに、食事は重要だな。ちょうどいい時間だ。食べにいくか」
「そうだな。リッツ、ここの食事は?」
「ああ、もちろん取ることができる。なんでも、仕込むのが大変だから、早めに声をかけてくれってさ。ここで食べたいなら、まあ、五刻ほどは必須だな」
「もういい。外にいく。それでいいか?」
とレイノルドに確認を取れば、
「ああ。やはり例の丸揚げか、魚介の炒め焼きもいいな」
「荷物は置いてくことになるが……」
「見たところここを出ては行くあてもなさそうな老夫妻だ。それに……俺の荷物は一般人にはほぼガラクタだぞ」
「それもそうだな。よし、行こう」

 そうして三人が宿を出て、ぶらぶらと歩けば、まだまだ夜の通りは賑やかで、吊るされたランプ明かりに、一足早く赤ら顔になった漁師たちや、どこぞの傭兵かと思われる帯剣鎧姿の男たちが通りすぎていく。

「漁師か……」
「どうした」
「いや、まあ、なんでもない。夜見かけるのが珍しかっただけだ」
「そうか?」
「奴らが飲んでるのはだいたい昼間だからな」
そうなのか、と頷くヒューイック。

気持ちよくハミングしながら先頭を歩いていたアイリッツが、
「ああ、ここだここ!新鮮な魚介と美女の吟遊詩人とで有名だって拾い聞きした店!」
そう迷いなく入っていったが……すでに席はほぼ埋まり、その美人だとかいう吟遊詩人の前にははやし立てたり、立ち往生して盛り上がる男たちが多く、近づけない状態となっていた。

「どうする?」
「興味はあるが……まずは」
「ま、腹ごしらえ先だろ!」
そう威勢よくアイリッツ。
「ああ、わかった」
 もう予想もついていたヒューイックが、で、次の候補は、というかいわないかのうちに、アイリッツが
「次はな、あそこあそこ!」
と、“銀魚の鱗”亭、なんていう風情のある名前の店を指差した。

 なるほど、その看板は銀色の魚の形を模し、美しい鱗の装飾がなされている。

入るなりアイリッツは、
「おっ、あそこ空いてるし!」
と、位置はまあまあだが、酔った客でも暴れたのか周囲に皿やら食べ残しやら、零した酒やらでびしょびしょの席に目をつけ、
「おいありゃないだろ」
とヒューイックたちが躊躇しているあいだにもずかずかと彼は近づいて、
「ちゃっちゃとやっちまおうぜ!」
といいつつ、打ち捨てられた大きめの皮袋を持ってきて開き、自分の剣を取り鞘にぐるぐる布を巻きつけたかと思うと、そのまま汚れたテーブルの上へ倒し、横へとスライドさせた。皮袋にぼとぼととごみが入っていく。そしてアイリッツはそのまま布も捨てて、また新たに落ちてるのを探してきて巻きつけた。

 誰かの古びた外套に見えるが……

 ヒューイックが、おいいいのかと呆れつつ目を凝らすあいだにも手際よく片付け、布はその他のごみと一緒に、袋の中へと片付けられた。まあ、しょうがない。

「これでよし、と。座れるぜ」
「……おまえのその順応力には、素直に感心するよ」
溜め息を吐きつつも、店員に、
「パンと魚介盛り、跳ね魚の丸揚げ、それとエールを大で三つ頼む」
と大声で叫んで、(無理矢理)片付けられた席へ各々で腰掛けた。

通りは賑わっていたが、それと同じくらい店内も客足と注文の声が絶えず聞こえている。三人がほどよく飲み食いしたところで、ふっ、と店内が静まり、入り口から色鮮やかな赤毛の美女が現れ、背筋よく優雅に歩くと、
「マスター、ここいいかしら」
とカウンター席を選んで腰かけ、杏酒をお願い、と美しく塗られた指をひとつ立てて頼んだ。

「ヴァネッサだよ……今仕事中じゃなかったのか。どうしてここに?」
 隣でひそひそと噂する男たちの声が届いたかはわからないが、運ばれてきた杏酒をくぃっと煽ると、
「今日は散々な日ね。例の吟遊詩人のおかげで、うちのお店、人が来ないの。早く上がっていい、なんて言われちゃった」
猫のような吊り目の、少しカールした赤毛の美女は、ふぅ、と艶めいた溜め息を吐く。

 またひそひそと、
「おい、声かけて見ねえか」
「いや、止めとけって。だってさ……」
なんてやりとりがどこからかともなく聞こえてくる。

 もちろんアイリッツも色めき立ち、
「なあ!すっげえ美人がひとりで飲んでるぞ。声かけて見ようぜ!」
と言ったので、
「ああ、構わないから行ってこい」

「いったいどうするのか、まず見本をみせてくれ」
とヒューイックとレイノルドの図ったような返事に、口を尖らせ、
「ちぇ。何言ってんだよ。まあいいけどさぁ、おまえら積極性がねえよ」とアイリッツはぶつぶつ言いつつ、本当に声をかけにいってしまった。


 ごめん、隣いいかな、と、美女の返事も待たず座ったアイリッツを、固唾を呑んで見守るヒューイックとレイノルドだったが、
「オレ、あんまりこの辺不慣れなんだけど、確か、君は、凄く有名なあの踊り子さん?」
との台詞に、
「踊り子だってわかったか?」
「いや、ぜんぜん」
とひそひそ二人が話してると、美女が苦笑し、ええ、と頷いてみせた。

「でも、駄目ね。ほら、人気をぽっと出の子に取られちゃうなんて」
「……みんな見る目ないなあ」
「ふふ、ありがと」
ふわりとヴァネッサがアイリッツに微笑む。


「いい感じじゃねえか」
「さすがだな……指笛でも吹こうか」
「やめとけ」
「冗談だ」
 自らは動こうとしないヒューイックたち二人の虚しい会話が続くあいだも、アイリッツたちの話は盛り上がりを見せ、二人は笑いながらとても楽しそうにおしゃべりをしている。


 くそ、エールでも追加するかとヒューイックが腰を浮かしかけたところで、再びドアベルの涼しげな音が鳴り、小さくどよめきが上がった。 なんだどうした、と確かめる間もなく、突然あの金髪航海士リベロが現れると、迷いなき足取りでカウンター席のヴァネッサの元へいき、優しくその名を呼んだ。

「ごめん。道が混んでて、来るのが遅くなっちゃった。知り合いにあってさ。店に後でぜひ来てくれって」
「知らないっ。私、結構待ったんだからね」
「本当にごめん。この埋め合わせはするよ。ひとまず店を変えよう。とびきりの“天国のキス”を君に送るよ」
「……いいわ。とびきり甘くしてね」
 拝み倒すリベロにそう囁いて、ヴァネッサが微笑んだ。

完全に置いてきぼりを食らっているアイリッツに、ヴァネッサの腰を抱いたまま、リベロが笑いかける。
「君も、ありがとうね。僕を待つあいだ、ヴァネッサが寂しくないようにって、気遣ってくれて」
 そのまま、するりとその場に半金貨を残し、彼女を促して、店を去っていく。

 な、声かけなくてよかったろ?と、どこかの席で誰かが囁くのが聞こえた。

 とりあえずヒューイックは店員を呼びつけ、
「エール……いや、手ぬるいな。ブランデーを一瓶だ。ついでに塩も」
と注文した。

「そういえば、だ。奴に、声かけるチャンスだったんじゃないか?」
と呆然とレイノルドに問いかければ、
「……まだまだだなヒューイック。俺が、あそこに割って入れるような人間だと思うか?」
そう返された。

「……………」
 落ちた、互いの沈黙が痛い。


 エールの残りを無言で煽り、追加の酒を待つ。

 やはり、若干呆然としたままのアイリッツが戻ってきて、黙りこくったまま、同じように酒を待ち、カップに注いでから割りもせず一気に飲み干した。ダン!と底が鳴る。

「おい――――」
「ヒュー。オレ、ちょっと、調子に乗ってた。いけるかな、と思ってたんだ」
 アイリッツの目が据わっている。
「まあ仕方ねえさ。アレつきじゃあな」
 ヒューイックが肩をすくめるのに対しアイリッツは首を振る。
「いや。やっぱり、このままじゃ駄目だ。決めた。オレ、あのリベロに弟子入りする!」
「は?」

 自分の声がやたら遠くに聞こえた。

「弟子入りか。俺もしたいが、難しそうだな」
 レイノルドがしたり顔で頷き返す。
「わかってる。でも同じ船だろ?きっとチャンスはあるはずなんだ!」
「よし、無事達成した暁には、俺も頼むぞ」
「おまえら、酔ってるだろ。もっと熟考しろ熟考を!」
そう言ってヒューイックはブランデーを注ぎ、一口ごくりと飲み込んだ。

 これは……!!甘いしうまいがかなり度が高い。

 カッと熱くなり、ふわふわする頭を揺すりながら、
「いいかぁ、わすれんなよ!俺たちはレイノルドの護衛ぃもある。面倒ごとはいけない」
「何を言ってるんだヒュー!おまえは羨ましくないのか!?」
「あ、えー、それは……」
「正直に言ってみろよ!あんな技術が身につけば、と思うだろ!?」
「そうそう、そのとおりだ。まず術を見につけ、自分を鍛えれば、きっと道は開けてくる!」
 レイノルドもそれに乗っかってしまっている。そうか?うーん……どうも、頭がうまくまわらない。

 やがて、ヒューイックの頭は霞みがかったようにぼやけ、目の前の二人が二重三重に見え始めたところで、その意識はふっつりと途絶えた。

「あ、落ちた」
「おいどうするんだ。実は、俺はそこまで強くない。今わりとぎりぎりだな。自分で歩くぐらいはできるが……コイツどうする」
「なんとか連れてくよ。最悪引きずってでも。……しっかし、あそこで掻っ攫われるとはなぁ」
「あれは別格だから仕方ない。なあ、おまえも結構飲んだろ……大丈夫か」
「へ?ああ、こんぐらいなんてことないな」
「じゃあさっきの宣言は………本気か?」
 半分以上残っていた瓶の中身をわりと早く空けたにも関わらず、アイリッツはまったくいつものようにけろりとして、もちろん、と笑ってみせた。
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