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異郷より。 作者:TKミハル

幻想楼閣

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323/346

番外 晴天、波浪につき 5

始めはアイリッツ寄りの視点です。
 青く澄み、よく晴れた空の元、藍色をした海は、今日も機嫌がいいようだ。

 アイリッツは早起きして、塩気のある空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「いい天気だよなあ。波も穏やかで、風も気持ちいいし。日差しはちょっとばかし強いけど」
「何を呑気なこといってやがる。おい、海を見ろ。ああして、水面上は穏やかに見えても、下で何が起こってるかなんてわかりゃしねえ。天気だってそうだ。今は何もねえが、生あったかい嫌な風が吹いてちぃっとでも黒雲が来やがったら嵐の前兆なのさ」
「ふぅん……なるほどな。おっさん、ありがとう!」
「てめぇよ……俺にはザックって立派な名前があらぁ。おっさんはよせ。ザック様、だ」
「そりゃ悪かったな、おっさん。邪魔しちゃ悪いし、もういくわ」
「さっさといっちまえ、このくそ餓鬼がきが」
 怒鳴るザックに笑いながら手を振って見張り台からひょいと跳び降り、滑るようにロープを下りていく。その身のこなしは、熟練の水夫でさえ、目を見張るものがあった。

「ち……あいつは猿か」

 飽きもせず見張り台に上っていたアイリッツが甲板へ下りれば、パイプを片手に休息を取っていたベネットが、海なんざ見飽きるだろうが、と笑う。

見るものすべてが新鮮で、驚きの連続にぶち当たるアイリッツの顔は、好奇心でに満ちている。ひたすらどこまでも続く海、潮の風、常に揺れ続けている船。

 濡れた板の上は裸足がふさわしく、もはや靴を履くのが窮屈になるほどだった。

 気の赴くまま、思いつくままに、靴を紐で括りぶら下げて、鼻歌を歌う。

 また海を眺めては、瞳を輝かせ、
「この果ての果てには何があるんだろうな……」
呟くのに対し、
「そりゃあ、どこかの岸か、怪物の馬鹿でけぇ口ン中だな。知ってるか、海の果てには途方もない怪物がぱっくり口開けて、来る奴ら全部呑んじまうんだ」
「へえ、そいつはすげえや!見てみたいな、それ」
「見たら呑まれて死んじまうだろうがよ」
ベネットは、潮風でバサバサした黒髪を振り、呆れたように肩をすくめてみせた。

海の男は天気がよければ総じて陽気なことが多く、乗客にはこれでも一応の礼儀をとっている。下ではこき使われる下っ端が文句たらたらで、海にものを落したり、サボりがバレればひどい時は太い鞭で打たれたりもする。


 アイリッツは持ち前の好奇心を発揮させ、いろいろなことに首を突っ込んでは、目を輝かせて質問するので、水夫たちもすっかり慣れて、仕事の合間に相手をしてやったりしていた。

 最初は嫌な顔をしていた奴も、見知らぬ話に出会うたび、生き生きと目を輝かせ質問をつぎつぎしてくるアイリッツに、あるいは毒気を抜かれ、あるいはなんだか嬉しげに尻尾を振る犬を思わせて、知らず知らずのうちに、教え方や話にも熱が入り、彼のいる場所はなんだかいつも笑いが絶えない。

 また、彼はわきまえて、水夫たちが仕事や作業に集中しているときは話しかけず、手の空いたちょうどいいタイミングで寄ったのが良かったのかも知れない。


 例の依頼主、レイノルドが話をしたとき、アイリッツはこう考えていた。――――――難しそうだが、やれなくはない、と。

 ――――――これはやり応えがありそうだ。きっと、切っ掛けを掴んでみせる。

 俄然やる気になった。不可能に見える悩みを解決するのも、英雄への第一歩!と自分に発破をかけ、無碍にされても構わず、持ち前の天真爛漫さを生かし、水夫たちに声をかけまくる。

 じりじりと、強引に押していって、少しずつ船員と親しくなり、海の嵐や、美しい歌で船を引き寄せる魔物の話など、さまざまな話を聞いた。航海士がリベロというまあ、わかりやすいぐらいの女好き、という話も。


 これはいける。


 いい感じだぞ、と手応えを感じつつ、そういえば護衛してるあいつの方はどうしてるかな、と、夜、酒盛りの最中に、ちらっとヒューイックの方を窺った。


 そこでようやく、自分を睨むヒューイックの、昏い眼差しに気づいた。

 ああ、この眼差しには、覚えがある。

 アイリッツは瞬時に自分の感情を呑み込んだ。

 なんで、こうなった。

 気づいたことにも気づかれたくなく、アイリッツは笑みを張り付け、輪の中を抜け出してそのままヒューイックの元へ向かう。 


『化け物のくせに!いい気になってんじゃねえ!』
まだ、‘家’にいた頃、投げつけられた言葉が蘇る。その時も今も、思うことは、同じ。

 オレ、あいつになんかしたっけ。

 自分を振り返ってみるが、何も思い当たらないのもまったく同じ。


 よくわからないなりに、焦燥感に駆られて出てきたのは、
「なあ、ヒューもこっちに来たらどうだ!」
なんて、つまらない言葉。ああでも、それでいいのかも知れない。


 振り手ひとつで断わられ、赤ら顔した水夫たちの元へ戻れば、
「なんだあいつ。付き合い悪ィ」
うわ、不味い。アイリッツは慌てて、
「いや、ヒューは……リバースしそうなのを我慢してるかも知れねぇ」
ぶは、とその台詞で、眉間にしわ寄せてたトニーが吹き出した。あっというまにその場が笑いに包まれる。

 ま、もっといいフォローの言葉はなかったのかと自分でも思うが……ヒュー、悪い。


 後から行くと、レイノルドと何か甲板で走ってた。別に、なんてことない。普段どおりだ。アイリッツは、そう言い聞かせ、心で一つ溜め息を吐いた。



『化け物のくせに!いい気になってんじゃねえ!』

 ――――――まだ十になったかならないかぐらいの頃、‘家’で、ある日突然叫びながら殴りかかってきた奴がいた。
『おまえがいるから、おまえなんか死んじまえ!』
『スティグ!やめなさい!』
 そいつは押さえつけているシスターを振り飛ばさんばかりに暴れ、憎々しげに聞くに耐えない暴言を吐き続けた。

(なんだコイツ。オレ、何もしてねえのに……)

 見覚えがないわけじゃない。いつも部屋の隅っこで蹲って、石やら木切れやらを集めて並べ、ぶつぶつと呟く陰気な奴だった。一度か二度あそびに誘ったこともあるが、嫌そうにじろりと見るだけで、来なかったので、まあいいやとそれきり忘れていた。


 暴れているスティグが、シスターや使用人の手で連れていかれ、バタンと扉が閉まる。

『ごめんなさいね、リッツ。どうしたのかしら……いつもは静かにしてるのに』

『おい、リッツ!もういいのか?早く来いよ、向こうにトカゲいたぞトカゲ!捕まえようぜ!』
『ああ、今いく!逃がすなよ!』

 トカゲか!とあっさり少年アイリッツの心はそちらに向く。

 結局、いくら考えてもあの時スティグがどうして殴りかかってきたのか、わからなかった。反省室から帰ってきた奴は、こちらをまた心底嫌そうに睨みつけ、寄ると、近づくな、と叫ぶので、もう関わるのはやめた。

『うわ、あいつなんなんだよ。ネクラめ。弱っちいくせに、生意気に』
『おい、もうほっとけよ。それより、蜂の巣探しに行こうぜ。蜜取ろう』
 アイリッツのかけた言葉に、わっ、と‘家’の少年たちが集まり、わいわい騒ぎつつ、
『でも、危ねーんじゃね?どうやるんだよ』
『それはな……もちろんこれから考えんだよ!』
『はは、ダセー!』

――――――それから、スティグがどうなったかなんて、もちろん知らないし、他にもやりたいことがたくさんあって、それどころじゃなかった。ただ、意味もわからず憎しみを向けられたそのことだけは、砂みたいにざらついて心に残っていた。


あのときと同じように、なりかかっているのかも知れない、と、アイリッツは焦燥に駆られ、なぜ、と叫びたくなったが、ぐっと胸に沈め、普段どおりに、と自分に言い聞かせた。



「……最近一緒にいることが少ないな」
「へ?……そうか?そんなこともないぞ」
 レイノルドの訝しげな声に、アイリッツはへらっと笑う。
「あるだろう。打ち合わせとかしてるのか?なんだか……雰囲気もぎくしゃくしてる。互いにな」
「そ、か。わかっちまうんだなあ……実はな……」
しょんぼりと肩を落し、
「ヒューイックに避けられているようなんだ。オレ……何かしたかな?依頼ほっぽってちゃらちゃらあそんでるように見られたのかなあ……」
でも、必要なことだし、とぽつりと零す。

「心当たりが全然なくて……わからないんだ」
 意気消沈したアイリッツに、レイノルドは、苦いものを飲み込んだような表情になった。

「それ、は、そうだな……」
 実際、そうなりそうな理由には、心当たりがなくもなかったが……。おまえには、わからないだろうな、と言おうとしてやめ、レイノルドはふっと視線を逸らす。

「そういえば、おまえっていくつだっけ」
「オレか?23だけど、それが何か?」
「は?……23?5つも年上かよ!」
 叫んでがつんと足元の衣装箱にぶち当たった。それほど衝撃だったらしい。

「て、てっきり2、3は下かと……ちょっと待て。ヒューイックは?おまえよりだいぶ年上だろ」
「え、いや、4コ下だけど。あいつ、老けてみえるからなあ」
「19!?19か…………くそ、二十後半いってんのかと思ってた」

 レイノルドはふらふらと彷徨い、ボスッとベッドに腰を下ろす。

「そんなに驚くことか?」
「当たり前だ!くっ、、、自分とそう歳の変わらない、、、」
俺は、同い年ぐらいの奴らに依頼したのか、と二、三度拳を固め、ベッドを殴りつけて、
「いや……こんな肌だし、俺にできないことは、たくさんある……やってることもこいつらとは違う……」
とぶつぶつ呟いたかと思うと、
「悪かった。あまりにも衝撃すぎたもんで」
乱れた息を整え、再びアイリッツに向き合った。

「おまえら……自分のことぐらい自分で何とかしろ。といいたいところだが……言っといてやる。おまえが傍でいろいろやったら、逆効果だぞ」
 レイノルドの言葉に、アイリッツが衝撃を受け、何かを堪えるような表情になった。

「しばらく、そっとしとくのがいい。ああ、距離を取れって意味じゃないぞ」
一度置いたら距離はなかなか戻らないだろうな、とこれは告げずレイノルドは内心で呟いた。

「そう、か……なんでなんだろうなぁ……」
 心底無念そうに呟く、アイリッツに、レイノルドはそっと、溜め息を吐いた。

 おまえには、きっと、わからない。影でじっと息を潜めながら、光ある場所を見つめるだけの、その心持が。きっと。

 別段責めることでもない。考え方の違いだな、と自分の心の安定のために、やや強引に結論付けて、レイノルドはなんでそんなややこしいことになってんだ、とまた再び溜め息を吐いた。
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