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異郷より。 作者:TKミハル

幻想楼閣

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番外 晴天、波浪につき 1

番外ですみません。
初っぱなから暴力シーンありです。



 ――――――人生は、たゆたう波のようなものだ。うねり、さざめき、色を変え、姿を変え、浮き沈みを繰り返す。……決して、とどまることもなく。




 船の、閉ざされた部屋の壁は厚く、音を外に洩らすことがない。振るわれる暴力も、またしかり。

 顔を殴る嫌な音が響き、暑い中でもフードつきコートを欠かさない小柄な体が、床へ投げ出された。ばさりと胡桃色の髪が覗く。

「ち、これっぱかしか。どこぞのボンボンかと思ったのによ!」
 明らかに傭兵崩れとわかる男たちが、その懐を漁る。
「後は糞拭きにしか役立たねえ落書きと木片クズかよ。ほんと使えねー」
 ぐりぐりと床に散ばった紙を念入りに踏みにじり、男たちは笑う。

「ま、待て……かえしてくれ……」

 か細く洩れる言葉さえ、
「は、誰が。ここまで付き合ったんだ、当然ンの権利だろ!?あばよ嬢ちゃん。ここの奴らにでも可愛がってもらえや!」
笑いとともに蹴飛ばして、そうして痣だらけの少年を残し、扉は閉じられた。



 空気は、肌がパリパリと音がしそうなぐらい、乾いていた。赤茶と白の泥レンガで造られた建物が並び、幹が長く、葉が上に放射線状に伸びる見たこともない木々の植わる、石壁の都市ハイドラマウト。その遠くで細く天まで昇るかに見えるのは、竜巻だろうか。

 振り返れば、打って変わり港に並ぶ船、穏やかな波がうねり、境界で交わる海と空の青が眼前に広がっていた。

「すっげーな、あれ」
 遠く波の上を跳ねるフライフィッシュの群れを眺めながら、アイリッツは知らず感嘆のため息を漏らしていた。

「本当に無理をお願いして、、、」
 褐色の細面にターバンを巻き、いかにも気弱そうな下がり気味の目をした依頼主が、軽く頭を下げる。
「いいっていいって。こんないいもの見れたんだから。気にしない気にしない」
「しかし、お連れの方には随分過酷な旅だったようで……」
「ああ、あれ。平気平気、てきとーに水と栄養あげときゃよくなるさ。要は、慣れだろ、慣れ」
「はあ……」
 まだ若き商人が気の毒そうに見やる先、波止場には、蹲り口元を押さえ呻く男が一人。


「それでは、依頼料を。また、あなたたちにお願いしたい。航海の無事を願って!」
「ああ、それじゃあな!」
「…………」
 なんとか、船酔いで重い体を引きずり、隣に並んだ男、ヒューイックの顔色は、もはや土気色に近い。


「おい、ほんと大丈夫か?悪かったって。まさかオレも、ヒューが船酔いするなんて夢にも思わなかったしさー。ま、ヴェルニュさんも満足してたから、結果オーライオーライ」
「おまえの頭ン中をそこの水で洗って戻してこい、そしたら少しは視界が鮮明クリアに……ぅく」
 なんだ元気じゃんか、と言う前にヒューイックは再び口元を押さえ、波止場の方へ走っていく。

 そろそろ魚集まってんじゃないか、釣りでもすると入れ食いかもな、なんて無情なことを考えながら、アイリッツはその後を追い、苦しむ奴の後ろで、広がる海と、賑やかな港の風情を目を細めて眺めていた。

「あ、おい、でかい船が入るぞ!あれじゃないか?話に出てた、テスカナータに戻る船は」
 意外と速かったな、あれ逃がすと三日後だぞ、と振り返り、返事がないのに肩をすくめ、早足で停止場へと向かう。


「邪魔だ、どけよ餓鬼」
「ぅわッ」
 船が止まる同時に、真っ先に下りてきたガタイのいい二人組みに突き飛ばされ、アイリッツは二三歩たたらを踏んだ。

「なんだあいつら……」
 目で追えば、その二人は駆け足で波止場の今にも出航しそうな別の帆船に向かい、おい乗せろと交渉し、うまくいったのか、すぐさま彼らが乗り込むと同時に、帆が張られ、碇が巻き上げられた。


 紐が解かれ、何人かが手を振りあい、船が出る。アイリッツは鼻を一つ鳴らすと、そちらへ向けてペッと唾を吐いた。


「…………」
 ぼさぼさの髪といい顔色といい、まるで幽鬼のようなヒューイックが、ふらふらと横に立ち、ぼんやりと、船を阿呆のように虚ろに見上げ、突っ立っているので、
「ヒュー……諦めろ。陸路なんて使ったら、砂漠越えの上に年単位だぞ?」
ぽんぽんと肩を叩き、追い討ちをかけた。


 もはや精神的ダメージは計り知れない相棒を引き連れ、すぐさま船員と話をつけ、おおよその出港時を確認してから、手早く必要な食料、日常品を買い込んだアイリッツは、隣の男がやはり陸路を、などととち狂ったことを言い出さないよう、急ぎ船へ乗り込んだ。

 やはり、海はいいな。

 あまり揺れの少ないであろう真ん中に座り込んだまま、何とか回復しようと試みるヒューイックはさておき、さて部屋はどこかな、なんて心から楽しそうな笑みを浮かべつつ一服してる水夫を呼び止め、あれこれと尋ねていると、ほどなくまわりが慌ただしくなり、出航の法螺が鳴る。


 突如、バタン、と勢いよく、客室の扉の一つが開いた。まわりからご婦人方の悲鳴が上がり、ところどころ茶色の染みのあるフードを目深に被った怪しげな人物が甲板に点々と血痕を落しながら、よろよろと歩いていたかと思うと、呻き声を一つ発して、バタンと倒れた。悲鳴がひときわ高く響く。

「なんだぁこりゃ。鱶の餌にするか」
 口の悪い船員が、モップの柄で、隅へどかそうと小柄な人影をつつく。

「なんだかすごく……訳ありっぽいな」
 アイリッツがきらきらと瞳を輝かせ、
「少し黙ってろ。まずは、あれを運ぶのが先だ」
 ようやく少しはよくなったのか、しわの寄った眉間をほぐしながらヒューイックが船員に、あー、ちょっとどかすわ、と声をかけ、リッツ、そっち持て、と足を指し、自身はコートの肩あたりを掴み、しげしげと眺め、
「だいたいこのクソ暑いのに着込みやがって。脱がせるか」
服に手をかけたところで、待った、とアイリッツが止める。

「おい、ヒュー。こいつ皮膚がアウトかもだぞ。うわー、爛れてる上にこんなやられちまって……そこの船室だったよな?」
「待て。船医は」
 尋ねたヒューイックにちちち、と舌を鳴らし、
「おまぁ航海中何してたんだよ。船医なんて糞だろ糞。血を抜くか、鋸で患部削ぎ落とすしか頭にないらしいぜ?」
「……俺は、誰かさんが考え無しに長期の船旅依頼を受けるから、酔いで死ぬような目にあってたんだが」
「いや、無駄話をしてる場合じゃないな。すぐに部屋に運ぼう。せーので持ち上げるぞ」
 ヒューイックが冷めた眼差しでアイリッツを見やり、後で覚えとけよおまえ、と声に出さず、口の動きだけで告げ、男の上半身を支え持った。 

「せーの!」
 いやー根に持ってるなぁーなんて冷や汗を掻きつつ、開いたままの扉に、意識不明の男を運び入れる。


 その間、まわりの乗客などはもの珍しそうな顔で、こちらを遠巻きに眺めているだけで、もちろん船員も、わざわざ手を貸すなどはしてこない。チップをはずめば、別だが。


 ああ厄介が去った、といわんばかりに、先ほどモップをかけていた男が、甲板にバシャリと水をかけ、ゴシゴシと汚れを落していた。



 あーあ、ひでえなこりゃ、と荒らされた部屋に足を踏み入れ、協力して、茶色い染みのついた床にいったん正体不明の人物を下ろし、手早く状態を見る。


「さて、まずは傷を拭くか。……っつっても塩水しかないが」
「まあ、仕方ないな」
 ヒューイックが船員に声をかけ、汲み立ての海水を桶に貰い、布に浸して絞ると、手早くコートを脱がせた傍から殴られひどく鬱血した頬や、血のついた場所などをさっさと拭っていく。

 まだ少年、といっても差し支えない年頃―――――というか、ほぼ同年代ではないだろうか。

 ヒューイックが自分の思考に突っ込みを入れながら体を拭いていると、その度に苦痛に呻き声を上げていた男が、突然、跳ね起きた。


「待て、返せ!俺、俺の………」
 跳ね起きたはいいが、全身を走る痛みに身を縮こませ、なんだなんだ、と耳を寄せる二人の前で、搾り出すような声で、
「俺の金…………」
と呟いた。

 なあんだ、となったものの、いや、重要だよな、と思い直し、ヒューイックは咳払いをして、
「どうした。何があった」
と痛みと悔しさに涙を流す男に改めて、問いかけた。
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