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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
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番外 ひらりひらりと舞う 8

村のあちこちで、歪な白い上体を持つ蜘蛛が目撃され始めた。

「…………始まったな」

「ヨハン、荷物は?」

 羽虫の群れを薙ぎ払いながらセルマが問えば、夫は黙って背嚢を掲げて見せる。

「いつでも出せるようにしておいてね。今はなるべく数を減らさないと……」

そう言いながら蜘蛛のあいだを縫い、ナイフで足を斬りつけ、憤る蜘蛛たちを結界によって防ぐ。


「こりゃあちぃとまずいわ」

 ザックが煙草をふかしながら飄々とやってきた。白くうっすらと煙がその体を取り巻き、その渦を伸ばしたり縮めたりしている。


 精霊力ちからを籠めているのだろうその煙に、ぽとぽとと羽虫が落ち、襲い来る蜘蛛の動きが鈍くなったところで、炎を纏わせたボウガンの矢を放ち、その息の根を止めていた。

「ザック……!!」

 彼はよっこらせ、なんていいながら、矢を装填し、次の標的に向ける。

「結界ももう保たん。村長んとこへ行くか」

 それまで家と周辺に張られた結界から出入りしつつ敵の数を減らしていたセルマたちは、頷きつつも、

「わかってる。でも、もう少し数を減らさなきゃ」

「やめとけ。どうも首の後ろ辺りがチリチリすんだよなあ……何か大きな厄が来るぞ」

ザックはぽりぽり首を掻きながら、追い打ちをかけようとするセルマたちに忠告したその向こうから、人に酷似してはいるが塗りつぶされたような黒い眼と白の体、蜘蛛の足を持つ魔物が迫り来ていた。


 人と魔の体を持ち惑わすモノ。文献通りの姿をしていた。半身人型の魔物が現れてもなお、危なげなく村人は戦い、各家に張られた結界はよく保っていて彼らを護り援けるのに役立っている。


 ロッドは術を通し、魔物とその様子を視ていたが、どうも先ほどから落ち着かなかった。


〈…………嫌な予感がする〉


 視界の隅でクローディアが魔物を焼き払う。即座に視点を切り替え、自警団と魔物の戦闘が激しい西側へ意識を飛ばすが、そこはすでにうようよと人蜘蛛のスキュラがいて、その面々と斬り結び――――――いきなり、それまで戦っていた魔物の上、白い体が弾けた。


 弾丸が八方に飛び散り、ティムスやニックに襲い掛かる。咄嗟に結界の壁を張り防いだものの、あちこちで同じ現象が起こっている。あれは、種子か。


 ぞくり、と背中が冷えた。


〈おい、焼ききれ!〉


 怒鳴るがすでに遅く、弾けた弾丸は戦う男たちに埋まり、間をおかず芽吹いていく。腕、足を蔦に覆われただけのものはまだいい。至近距離でその種子を体にいくつも受け、一斉に芽を出された者の体は……もはや蔦で肌すら見えず、物言わぬ草のオブジェと化していた。


〈クローディアに、連絡を〉


 それを目にしたロッドは村で最強の炎の使い手の在り所を即座に探り、伝令を飛ばしていた。



封印されていた奥に本体があるのではないか、と蜘蛛などを焼き払いながら先発隊として探りにいっていたクローディアが、連絡を受けて一度戻ってくるまでのあいだ、魔物が待ってくれるわけでもない。ロッドは地に走る精霊と一部を同化し、できるだけ多くの者へと異変と対処法を知らせていく。


 ギリギリで間に合った者、すでに攻撃を受けた者。目まぐるしく膨大に入る情報を整理しながら、ロッドは村全体を見、時に助けに入りつつ、最も有効な手段を、と模索していた。


 その頃のラグールは、数人の部下を引き連れ、村の家々に張られた結界を利用し戦う者たちを激励しながら村長の屋敷へ向かっていた。


「無理はすんな!引き際を間違えないでくれ!」

 普段より反応が鈍く、扱いにくい精霊術に四苦八苦しながらも、羽虫を風で斬り散らし、巨大蜘蛛に弓矢で止めを刺す。


 蜘蛛と戦いながら、家々に巻きつき体を膨らませている樹木の異変に気づいた。新たに膨らんだ硬い木の瘤から、再び蜘蛛が生まれ、シャカシャカと足を動かし、こちらへと襲い掛かってくる。


「きりがねえな、このくそがッ」

 そう叫び矢を射るが、何本も刺さり、倒れたはずの蜘蛛の死体が動いた。ぱっくりと上部が裂け、そこから白いのっぺりした人の体がむくりと起き上がってくる。


 ひっ、と短く誰かの悲鳴が上がった。ぞろぞろと現れた人蜘蛛のスキュラは、仲間の死体をひょいひょい飛び越えながらラグールたちの元へ向かってくる。


「気持ち悪わりぃ……」

 手早く矢をつがえ射るが体に矢が刺さってもお構いなしに近づき、懐へ飛び込もうとする化け物に、隊の一人がナイフを構え斬り裂く様子を見せた。魔物の裂けた唇がにぃ、とつり上がる。


 斬り裂かれ白いぬめりの奥から種子の弾丸が、辺りへ弾け飛ぶ。咄嗟に風を起こしたが防ぎきれず、種子は迫り……念のためと持っていたラグールの守り石が反応し、障壁を作り防いだものの、ピシリと大きな罅が入った。


 自警団は念のため全員が守り石を持ってはいるが、効果は創る者によって優劣ができ、まちまちとなってしまう。

 すでに、石の効力が無くなっている者は、種子を体の一部に受け、傷口に根が這う痛みに呻いていた。


〈ラグール、無事か!?状況は……〉


「ロッド、こいつらはどうすればッ」

 迫る人蜘蛛から部下を護り、距離を取って戦うが、数が多い。


〈炎で焼くか、種子が飛び散る前に胴体を切り離せばあるいは……〉


「なるほどな……」

 ラグールが乾いた笑みを浮かべ、こんなことなら、もっとしっかり修練積んどくんだったぜ……と呟いた。



 バスケスと少年少女部隊は、迫りくる蜘蛛の化け物と対峙していた。

「どこから沸いてくる……」

 そうぐるりと見回して、あるいは家々に絡みつき、あるいは地面を突き破って生えている馬鹿でかい枝と根に目を留めた。


「おい焼くぞ。油持って来い!」

「わ、わかった」

 慌てて隊の数人が頷き、手近な家へと走るが、白い体の人蜘蛛数匹がその前から迫ってくる。少年たちは即座に反応し、つがえて矢を放つ。


 何回か射られた魔物の、白い体が弾け、種子が飛ぶ。バスケスはそれを見……舌打ちする間も惜しんで風によりその弾丸をすっぱりと斬った。


 その後ろで悲鳴が上がる。弾け来た種子の弾丸を咄嗟に防いだが、どうやら不意打ちをされたらしい少年たちの数人に種子が刺さり、そこから芽吹いて彼らの体を覆い尽くさんばかりに蔦が這い出していた。



 西側の、精霊を封じていた場所付近で警戒にあたっていた自警団別隊の被害が一番ひどかった。あるいは物言わぬ植物と化し、あるいは足をやられ動けずただじっと耐えている仲間の横で、歯噛みしながら蜘蛛を必死で燃やす彼らの元に、伝令を受けたクローディアがやっと辿り着く。


「ああ、これはひどいわね」

 すぐさま草に絡まった人の方へ手をかざし、その状態を見ようとして……飛び退いた。ザシュザシュザシュ、と直前まで彼女がいた場所を、鋭い木の根が貫き、また再び内側へ引っ込んでいく。


 ひょっとしたら、アレは駄目かも知れない。


 ふっ、と短く息を吐くと、まず先に、と別の、手や足、身体の一部を蔦や草で覆われた者たちの元へ向かう。その状態を一瞥するなり、香り煙草を取り出し、指を鳴らして火をつけると、

「はい。火に触れないように咥えて」

尖端をくるりと反対向けて患者に咥えさせ、そっと唇を寄せた。


「なっ、な……」

 憧れの美人の顔を目の前にした男の顔が、うっすらと染まる。クローディアは、そのまま煙草越しに息を吹き込んだ。


「あ゛ぁぢぢぢぢ」

 頬をしっかりと押さえられているせいで避けることもできず、プスプスと体の一部から煙が上がる。暑さと苦しさのあまり涙を流す男からクローディアが顔を放すと、その体に巻きついていた蔦は、根から焼かれ、グズリと崩れ落ちた。


「躊躇なんてしてる暇はないわ。次は誰?」

 クローディアが居並ぶ男たちを見まわし、すぐさま処置が必要そうな相手を選び出した。手っ取り早く腕を掴み、押さえつけにかかる。


「天国なのか地獄なのかわからんな……」

その様子を見ていた男の一人が、そう呟いた。

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