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異郷より。 作者:TKミハル

幻想楼閣

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番外 ひらりひらりと舞う 2

 季節は、初夏。
 ナスターシャはよく知る家々の合間の畦道を通り、畑の植え付けや、草取りに精を出している一人一人に軽く挨拶しながら慣れた道を辿っていく。
「帰ったよー」
軋むドアを開けると、いつもどおり父親が寝そべりながら、おう、と返事をする。ふわぁああ、とあくびをして、「まったく騒がしい奴だ」
木床に敷かれた鞣し皮の上でごろりと寝返りを打った。

 いつものことなのかナスターシャは気にする風もなく、
「例のほら、村で話題のアレなんだけど。おかしな奴だったよ。
なんでも、精霊を滅ぼすために来たとかなんとか」
「それはそれは。贄になりにわざわざ来るとは殊勝なこった。それより、晩飯はどうすんだ。ムロイモしかねえぞおい」
「あ、じゃあふかしといてよ。ちょっとセルマのとこ行ってくる」
「おい、手抜きにもほどが――――――」

 その台詞が言い終わるか終らないかのうちにナスターシャは家を出た。なんだか、もやもやする。

 草むらと畑を突っ切って二つ先のセルマとヨハンの家へ。
「セルマいるー?」
 ドンドン、とドアを叩いて、開けると、奥の、濃淡の髪をアップでまとめた穏やかな青の瞳の女性が驚いたように目を瞠り、擂り粉木の手を休めてにっこりと微笑んだ。
「アーシャ、こんな時間にどうしたの?」
「あの、ちょっと、話がしたくて」

 ナスターシャのどこか深刻な様子に頷き、
「わかったわ。でも、今は駄目ね。夕飯の支度をしなくちゃ。夜にまた、‘リーフェストの羽休め’亭で会いましょう」
「うん!急で、ごめんね」
「そんなのいつものことじゃない。それじゃ、後でね」
 そう言ってすりつぶした芋に水を加え、捏ね始めたセルマに手を振って、その家を跳び出し戻ろうとすると、慌てた様子で走ってくる青年に呼び止められた。

「アーシャ!」
「あれ、キーツじゃん。……どしたの?」
 きょとん、目を丸くするアーシャに、キーツは、
「伝達を聞いた。侵入者の話も。潔斎をするって本当なのか」
「ああそれね――――――。本来精霊って生臭を嫌うから」
「そんなこと聞いてんじゃない!行くんだな、禁域に」
掴みかからんばかりの彼に、
「いやまあ、それが役目だし」
戸惑いとともに肯定すれば、
「くそ、なんとか行かずにすむようできないのか」
ガシッと腕を掴まれ揺さぶられ、おまけに耳元で叫ばれる。

「いやどうだろ。栄養がね……これまでだって何回も結界はたわんできて、際どい状況だったから。昨夜侵入した馬鹿たちは、贄になってしまったし」
「オレ、ラグールと村長むらおさに話してくる!」
 キーツは言うが早いが、パッと身を翻し駆け出していき、ナスターシャはその背中を見送りつつ、
「無理だと思うけどなあ……」
と呟いた。

 潔斎は、まず肉魚を取らないことから始まり、清廉な水で身を清め、その時を待つ。より、自分の力を発揮できるように、祈りを籠めて。

 それは、かの存在が狂っているにしろ、そうでないにしろ変わらず、神聖なものに近づくには、それ相応の礼儀が必要とされるためだった。

 セルマのからとりあえず戻ってきたナスターシャは茹でられたムロイモをいったん下ろし、貰ってきた粟と水菜を入れとろみをつけたスープをかき混ぜる。
「父さん」
「ああ?」
「加護って、厄介だよね」
「そりゃ生まれつきのもんは、くつがえせねえよ。なんだ、納得済みじゃなかったのか」
よっこらしょ、と身を起こしこちらを見る。
「いやなんか、納得していたつもりだったけどさあ……なんか急に、怖くなってきちゃって」
 父、ザックは鷹揚に頷き、まあ、よくある、と呟いた。

「おまえの場合、選択肢なんてなかったからなあ。身近に迫って怖気づいたか。大したことじゃねえよ。それに、必ずしも命を落とすと決まったわけでもない」
「あたしもそれを願うよ。これまで、力の強いものが封印の要を担い、要となる人物が何回も自らを犠牲にしてあの精霊を封じてきた。そしてまた……」
かき混ぜる手が震えた。

「あいつ……今監視されている奴……外の者って皆あんな風に、狂った精霊の怖ろしさも、身に宿る呪いの凄まじさも知らず……簡単に倒せる、なんて言えてしまえるものなんだろうか」
「さあな。俺たちとは見ているものが違うのかも知れん。この村は万が一の壁としてここに在るもの。どうしたって精霊を鎮めることにのみ重きを置く。精霊の恐ろしさを知ってもなおの発言なら、その男は他に重きをおいているんだろうさ。人、とかな」
 ザックは置かれた鍋を覗き込み、芋を取り出そうとして失敗し、あちちッと叫び手を振った。

 その頃、ナスターシャが主要メンバーへと加わらずに済むよう嘆願しに行ったキーツは、ラグールにすげなく断られ、さらに村長に直談判に行こうとし、衛人に門前払いを食らわせられていた。

「くそ、ラグールの奴……」
「なあ、ちったあ冷静になれよ」
 友人ブレナンがいなすも、まったく耳に入った様子もなく、
「ちくしょう、もともとあいつらさえ来なければよかったんだ……」
村の隅にある小屋へと走り出したので、
「おい、どうするんだ!」
ブレナンが慌てて叫ぶと、
「決まってる。もちろん、あの余所者を外へ追い出すのさ。なんなら、代わりに人柱にしてもいい」
キーツがきっぱりと断言した。



 今頃キーツは追い返されている頃かなと苦笑しつつ、ナスターシャがのんびり夕食を作っているあいだに、鳥を介しての伝達が来た。

 “明日、早朝潔斎後に村長の家へ集合”

 夕餉もそこそこに、ナスターシャは家を出、セルマと約束した‘羽休め’亭へと向かう。
 陽が沈みきった空は、星がちらつく濃紺。家の門先に吊るされたカンテラが照らす道を足早にすぎ、村で一つしかない宿兼、料亭に入ると、そこではすでにセルマが席を取っていて、こちらを見るなり手を振った。
 ちらり、と数名の客と主人――――どちらもよく見知った顔だが――――互いに軽く会釈をすると、ふい、とお互い視線を元に戻した。

「はい。もう頼んどいたから」
「ありがと」
 ぐい飲みを口につけると、今年初めての梅漬け酒の、軽ろやかな味がじんわりと広がっていく。

 煮豆。山菜炒めとウドの揚げ物。木のフォークを手に、二人はしばらく舌鼓を打った。

「でもさー、本当にそんなヤバい状況なのかな?今いち実感湧かなくて。精霊たちは何も言って来ないし」
「……侵入者がいて、全滅したってのは本当らしいわね」
「そうかぁ……あたしさ、これまで修練を受けて来て……太古の精霊の話も、結界創りの話も聴いてきたけどこんなに早くその時が来るなんて思ってもみなかった」
 セルマは黙ってナスターシャの頭をゆっくり撫でる。
「どうしよう……セルマ、セルマぁ……あたし、やりたくないよぅ」
 とうとうぼろぼろと涙が決壊し始めたその小さな身体を抱き締め、背中をさする。セルマはふと、彼女が来たばかりの頃を思い出した。

 村のしきたりを拒み、外へ出ていったザックが、三つか四つの歳の子どもを引きつれて帰ってきたのは、もう随分前。その頃ほんの少女だったセルマは、行儀習いに村長の家に勤め、来る客にもてなしのお茶を出す役目を持っていた。

 ザックは、村長の前から退出する時、聞き取れないぐらいの低い声で、戻るつもりじゃなかった、と零していた。

 外では厄介事の種としかならない、“精霊の愛し子”。彼女は天武の才により、精霊の姿、声を労せず見聞きし、自然に溶け込むように術を使う。

 それを村の者は皆、羨ましいと思いこそすれど、彼女の、その“力”を厭う思いを汲み取ることはない。こうしているセルマ自身でさえ、何度も彼女の話を聞いて初めて、その心境を、ああ辛いんだな、とかろうじて想像ができる程度だ。

 この村はさらに昔は強大な精霊を守護し、仕えるものであり、今は狂った精霊を封じ、監視するためのもの。 

 村人はそれを礎として育ち、勤めを果たす。それが唯一無二だと皆理解している。……もっとも、最近は精霊の声が聞けず、しきたりに反発する者が増えている、というけれども。

 外からの価値観を持ち込めば、受け入れ辛いに違いない、とセルマはかける言葉も持たず、ただ背中を撫で続けた。

夜半近く。セルマが完全に酔い潰れてしまったアーシャを背負い、風で連絡をつけるため、‘リーフェストの羽休め’亭の前“羽休め”亭を出ると、すぐそこにザックが、口をへの字に曲げつつ立っていた。

「まったく、いいのか潔斎前にこんなに飲みやがって」
 夢の世界へ旅立ったままのナスターシャを小突き、受け取って背負いながら、あまり心配かけさせんな、とぼやいたが、こっちが本音だろうなとセルマはくすりと笑う。
「世話になったな。こいつの捌け口にしちまって悪いが、また頼む」
 その後ろ姿を見送りながら、彼女は、規律を重視すればするほど薄くなりやすい厚情、仁、というものについて改めて考えていた。

キーツと、付き合いでブレナンは、余所者を隔離している、という村外れの狩猟小屋まで来てみた、が、小屋には見張りが立ち、全く隙がない。しかもコッソリ耳にした話では、その余所者は今毒を受け、薬湯を飲んで熟睡中だというではないか!

「おい、どうする?ここはいったん諦めて……」
「何言ってる。もちろん隙を窺うに決まってるだろうが」
「デスヨネー」
 見張りはまったくこちらを見ることはないが、遠く、茂みに身を隠し様子を窺う自分たちに向けられた、何やってんだあいつらは的な呆れを含む意識を感知し、ブレナンはうひゃーと肩をすくめたが、しかしキーツは小屋を睨んだまま気づかない。
 友人のことはさっさと諦め、問い詰められた時罰則が軽く済む受け答えは、と先回りの検討をし始めた。
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