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異郷より。 作者:TKミハル

幻想楼閣

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ジゼル・コルシェシカ 3

 シャロンとジゼルの移動に伴い、ナスターシャとラスキ、アイリッツとアルフレッドもすぐさま場所を移し近づいた。

 ジゼルはこちらを振り向きもせず、一心不乱に侵入者の一人であるシャロンを追っている。

「ジゼル……」
 痛々しくて見ていられないよ、とナスターシャは心で彼女に呼びかける。今叫んだところで、彼女には聞こえない。届くことはない。

 ずっとずっと昔、彼女に出会った最初の時を思い出す。あれは――――――この世界がまだ出来てさほど経たない頃だった。

 その日、度々あるようにナスターシャは、突然ゼルネウスに呼び出されていた。
『ちょっと……いきなり呼び出して、なんの用?』
 そう言って、書斎の机に座っている男をじっとりと睨みつけた。
『こっちもそう暇じゃないんだからさー。サボテンの実って知ってる?なんでも少し甘くて素朴な味わいらしいんだけど、偶然にもそれが生ってるところが遠くにあるらしくて。一度食べてみたいんだよねー』
 別の界っていうのが大変だけどさぁ、と呟くが、特に気にした風もなく、
『……悪いが、それは後にしてくれ。手を貸してほしい』
そう単刀直入に告げてきた。

『だから、サボテンの実がぁ~』
『城の者で、気になるのがいる。ジゼル・コルシェシカ……彼女のことを頼む。エルズも気になるが……さほどでもなく、手を貸す類の物でもなさそうだから、な』
 あんたは何してんの、と言いたげなナスターシャの眼差しに、ゼルネウスは顔をしかめ、
「私が動けば……いろいろと障りがあるからな」
と言って憂鬱げにため息を吐いた。
『ああもう。わかった。貸し1つね』
そうしっかり宣言して、執務室である書斎を後にし、ジゼル・コルシェシカの元へ向かう。そのジゼルは、侍女として城の一角で働いていた。行儀作法とダンスの練習。単調で穏やかな暮らしの繰り返し。

 見てすぐ、ゼルネウスが気にかかる、と言ったその気持ちがよく理解できた

(駄目だこりゃ。なんていうか、目が死んでる)
 楔か、とナスターシャは一目でジゼルの中身を看過し、滞在に飽いた客人、という風を装って――――――実際ほぼその通りなのだが――――――彼女に話しかけた。

『わ、私にこんなの、できるでしょうか………』
『いいっていいって。まずはやってみようよ。うーん、思ったとおり、ジゼルには細剣レイピアがしっくりくるね』

 ラスキにも声をかけ、特別に空いた時間に稽古をつけてもらうよう段取りをして――――――その強くなりたい、という願いゆえか、ジゼルは基礎を身につけ、休憩する間も惜しんで鍛錬を続け――――――少しずつ、その剣の腕を磨いていった。それはもう、これまでとはまったく違うことへの挑戦にも関わらず、血の滲むような努力を、ずっと続けていた。


 だから、ここまで来れたのは、彼女自身の努力に他ならないから。だから、もう――――――。

 剣が彼女自身を斬り裂き、宝石のような光の粒が傷口から溢れ出す。ほろほろと輝きながら、ゆっくり零れ落ちていく。

 ジゼルは意識せず、呟いていた。

 懐か、しい。

 それは、暖かく、励ますような輝きだった。

 得意のダンスを褒められて嬉しかったのも。少しずつ、美味しいお茶の入れ方や、王宮での作法を学んで上達していく喜びも。

 まわりの人たちは、皆優しく……時に厳しくもあったけれど、いい人たちばかりだった。あの、平穏な暖かい日々はどこへ――――――。

 そこまで考えて、ジゼルはそっと首を振る。いいえ、それはここにある。私は今度こそ、守らなければ。

 剣を取り、相手を追い詰める。打たれても傷ついても立ち上がり、その手の剣を握り締め、振り直す。二度、三度。ダンスで鍛えた足は、軽やかなステップを踏み、シャロンを翻弄し、少しずつその精神を摩耗させていった。


 戦いは、汚泥を引っ掻き回したかのような状況を見せ始めていた。シャロンは風と剣を使い、一斉攻撃の合間を縫ってジゼルに抵抗する力を根こそぎ奪うほどの衝撃を与え、その動きが鈍るのを待った。

 しかしその予想に反して、彼女はどんどんと軽やかに、速い動きへと変わっていく。その体は深手を負い、降り立てば足元がふらつくような傷だらけの状態だが、その瞳だけはただひたすら炯々と射るような光をこちらへ放っていた。




 儚い光がちらちらと瞬き、身体に触れた途端、熱いようなぞっと冷えるような感覚がシャロンを襲う。

 こんなはずではなかった

 ふいにぽっかりとそんな思いが胸に浮かび、過ぎ去っていく。

 こんな、人を傷つけるようなことは…………嫌、なのに

 剣を握る手が震えている。深々と、音もなく、光がゆっくりと落ち、降りしきっていく。


 誰かが誰かを踏み躙るようなことが、どうして、当たり前にあるのかしら


 後から後から流れ込んでくるのは、ジゼルの思い、だろうか。


 シャロンは胸を掻き毟られるような痛みに顔を歪ませた。

 …………私だって、こんなこと望んではいない。

 動きが徐々に鈍っていく、その隙を逃さず、空中に現れた剣が狙い撃ち、かろうじて避けるも肩先と足の一部に浅く傷を負った。


「私は、負けない!この命ある限り、ここを、皆を守ってみせる、必ず!」

 ジゼルが叫び、剣を振りかざす。それを受けるも、シャロンに先ほどまでの勢いはない。迷いの色を浮かばせ瞳が揺れる。だが――――――そこへ振る剣は、容赦がなかった。



 先ほどとは打って変わり、防戦一方となったシャロンに、アイリッツは悔しそうにギリッと歯ぎしりをした。

 精神感応で心に揺さぶりをかけるか…………おそらく、あの技は諸刃に近い。ジゼルとかいう奴は、自分を顧みていない分、厄介に思えた。

 シャロンは優しい。その優しさの分だけ彼女に共感し、その攻撃の手を、知らず知らずのうちに緩めている。

 先ほどから防戦一方になっているシャロンに、アイリッツは舌打ちし、
「くそが」
と毒づいた。

 彼女がここで倒れれば、これまでの苦労がすべて水泡に帰す。魔道装置は彼女を読み取り記憶するだろう。もう一人の彼女がこの城で暮らすのか、それともあの、一部の人間のように自分の世界を形作りそこに棲まい続けるのかはわからないが――――――。


 かといってオレが手を出すのも避けたい。ナスターシャはあの男の意を汲んでいるのだろう。ここであいつが動くようなことがあれば――――――。

 アイリッツは身を一つ震わせ、
「おい、お前は心配じゃないのかよ」
思わずずっと黙ったままで戦いを見守っているアルフレッドに声をかける。すると、そいつは馬鹿にしたようにふ、と鼻を鳴らし、
「………シャロンは、おまえが思うよりタフだし、粘り強い。心配いらない」
あっさりそう返してきた。

「それって褒めてんの……だよな、きっと」
 ま、おまえの方が付き合い長いから、だろうけどさ、とぶつぶついいながらも、ややほっとしてもう一度その様相を見た。

 降りしきる、琥珀や翡翠によく似た輝きの光は、外見はとても幻想的で美しいのだが…………

 中身はどうかわからない、とアイリッツは冷めた眼差しでその光景を見つめていた。



 ナスターシャは、アイリッツが見守る方向へ動いたことに安堵し、それからギッ、と何かが軋むような音に思わずラスキを向いた。

 眉間にしわを寄せ、顔には心配と苦悶の色が濃い。何度も腰を浮かしかけるその肩を軽く叩き、首を振った。手を出すことに意味はない。それをラスキもわかっているのか、深く息を吐いて再び腰を落ちつけた。
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