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異郷より。  作者: TKミハル
幻想楼閣
235/369

忌みの塔

戦闘シーン、ホラー表現あり。視点移動注意。

 流行病が収まり、城内城下に残っていた官や貴族を集め、公募し、新しく王朝を立て直してなんとか動き始めてから、数年が飛ぶように過ぎていった。


 ……ひたすら高みを目指す彼らは、忘れていたのかも知れない。


 病で家族を、隣人を失う悲劇に見舞われた民の、その心の底に根強く残り息を潜めていた、“恐怖”という名の感情を。王宮敷地内に建てられらた、《忌みの塔》。その存在が物言わず送り続けていたシグナルを。





 小部屋で仮眠を取ったのち。高く見上げ、気力を奮い起こして登り始めた梯子は、先ほどよりさらに長かった。

 途中でかろうじで身を潜らせれる窪みがいくつかあり、そこで休息を取りながら上へ上へと向かうと、やっと蓋らしきものが浮かび上がる。


 アイリッツが黙って天蓋を探り、カチッと小さく開錠音を鳴らす。そして、なぜかそのまま動きを止めた。

「こんなこと、言うのも正直オレの性格キャラじゃないと思うが……」

 苦笑する気配がにじみ、

「志半ばで死ぬなよ。それは、ふいに容赦なく訪れるものだからな」

そう真摯に告げた。


 シャロンがその台詞に胸を詰まらせながら、

「わかってる。……リッツは……優しいな」

そうなんとか返すと、

「なんだよ。今ごろ気づいたのか?」

そう笑って、じゃあ、開けるぞ、と宣言した。



 蓋は軋む音を立てながら開いた。途端に埃交じりの空気が、一気に吹き込んでくる。そこは、薄汚れた暗い牢の中だった。


「牢の中、か……」

 空気が重く冷たい。ぷん、と焦げたような臭いが鼻に突く。アルフレッドに次いで、シャロンが入り口の穴から出ると、悲鳴を上げかけ咄嗟に口を塞いだ。牢の壁に、人の形をした真っ黒の物体が、もたれかかっている。


「…………炭」

 小さく呟き、錆びた牢の格子を開けてそこから出た。通路脇にずらりと並んだ牢の中は、いずれも黒い人形ひとがたの炭が、あるいは項垂れるように、あるいは投げ出されたように放置されている。


 通路先の扉を開け、二股に分かれている道の一方を選んで進む。漂う臭気の中に、ごくたまに噎せ返るような刺激臭が混じる。


 中央に大きな柱が立つやや幅広の通路に出た。そのずっと向こうに階段がある。それに気づいたところで、バタン、とドアが閉まる乱暴な音が聞こえた。


「…………」


 誰かがいる。シャロンは即座に風の結界を張り、足音を消した。しかし、階段へ向かうにはその目の前に繋がる広い空間を横切らなければならず……三人は慎重に足を運んでいく。


「血と、機械の匂いが」

 アルフレッドが囁き……半ば予想していたが、広い空間に出た瞬間、ベージュの軍服に身を包んだ薄い榛色の髪の長い女と、同じく軍服だが色は黒、黒髪短髪で煙草をくわえた体格の良い男が、そこに待ち構えていた。


「……ねずみか」

 女がそう呟き、臨戦態勢でいるこちらとは対照的に、どことなく優雅に立ち、そしてしゃがんでくつろいだ風体の二人は、

「一応名乗っておこう。看守、バルバラ」

「同じく、ボドウィック」


そして、戦闘は開始された。


 ボドウィックが拳を繰り出し、シャロンがそれを受ける。ガキィ、と硬く金属音が鳴り、驚いたが同時に風を使い、その体を吹き飛ばす。鞭を使いアルフレッドとアイリッツに対峙していたバルバラに、ぶつけるつもりでいたが、彼女は避けて鼻で嗤い、同時にアルフレッドが斬りかかる。

「く」

「オレも忘れちゃ困るな」

 アイリッツが軽くいいながら小剣で鞭を弾き、もう片方で斬り込んだ。


 起き上がるボドウィックにシャロンが風で斬りつけ、即座に肉迫する。と、鞭がボドウィックに絡み、二人は場所を入れ替えた。


「なッ」

 バルバラの体から伸ばされた細い鞭がシャロンに絡みついて、絞め上げ、電流を流す。

「ぁああああっ」

「シャロン!」

 叫んだアルフレッドをボドウィックが襲い、殴りかかると思いきやその上体がパックリと二つに割れて棘のある内部が覗き、その腕をガチリと挟み込む、締まり食い千切られるそのギリギリでアイリッツが双剣を突き立て防いだ。



「ハハっ、自動殺戮人形オートキリングドールと戦うのは初めてらしいな」

 バリバリバリ、と火花が散る。

「く、そッ」

 シャロンは剣を掴み、風でコードを斬り裂き、床に転がり遠ざかろうとして足を掴まれ、再び風をバルバラを叩きつけ、距離を取った。


 素早く自分の受けたダメージをチェックし、床すれすれに風を薙ぐ。ボドウィックが体勢を崩したところでアルフレッドがその体を蹴り、アイリッツとともに離れた。


「くそ、やたら硬いな」

 傷つけはしたが、すぐに自動修復されていく。そう見て取ったアイリッツは、

「シャロン、アル!生半可な攻撃はするな!」

叫んでカバンを開け、中身を確認した。


 アルと見交わし、ボドウィックと、余裕の表情を崩さないバルバラの前に、それぞれで立つ。

「フン、何のつもりか知らんが」

 バルバラが鞭をしならせ、一斉に襲いかかってくるのを、あるいは風で斬りつけ、あるいは弾いていく。


 アルフレッドはボドウィックに剣で斬りつけ、弾かれながらもさらに攻勢を緩めない。ボドウィックの体にいくつか無視できない大きさの傷が付き、軋みを上げる。焦れたボドウィックが、再び体をパクリと開いた、その刹那。アイリッツが動いた。


 同じタイミングで、シャロンが鞭に捕まり、再び電流を浴びせられる、その瞬間に。


「ああさようなら、オレのお茶」

 開いたボドウィックのその体に、ポットの蓋を開け、カップごと放り込んだ。中に大量の熱い紅茶が注がれる。

「あちぃッ!何しやがるてめえッ」

 錆びたらどうしてくれる、と叫び、バリバリと中身を噛み砕く。


 それとほぼ同時に、それまでボドウィックの攻撃を流しつつ力を溜めていたアルフレッドが、シャロンに絡みつき雷撃を浴びせている、バルバラへと肉迫し、力を解放し斬りつけた。


「しまッ……」

 ぐしゃり、と潰れる音と同時に、バルバラのその体が裂けた。驚くボドウィックに体を切り返し、再び彼へと刃を向ける。


 雷撃を食らって倒れ込みながらも、シャロンはその剣を離さない。剣はその意思を受け、重い風でボドウィックの体を崩す。アイリッツの方へと。


 ボドウィックの完全には閉じられていなかった体にアイリッツが双剣を突っ込み、その体をねじ開ける。すぐさまアルフレッドが、剣に溜めた力で、ボドウィックを真っ二つに斬り裂いた。

 




ヴォロディア城内では、一部の者はともかく、ほとんどが侵入者のことなどどこ吹く風、といったように、思い思いの時間を過ごしていた。


 ジゼルは早朝の鍛錬を終え、侍女として働いた後、いつものように昼過ぎの自由時間に十数人からなる淑女のグループで行われる、マナーそしてダンスのレッスン

に参加していた。


 マナーの講義と実技の後の、ダンスの時間は、彼女が最も得意とし、愛する時間でもあった。


 ゆったりとした動作から始まり、曲調に合わせて速くなる足さばきも軽やかに、ジゼルは練習する人々のあいだを縫ってステップを踏む。


「素晴らしいですわね。ジゼル・コルシェシカさんは。あの柔軟さと軽やかなステップ、それになんといっても動きや表情の繊細な表現力が抜き出ているわ。ほら、あなたたちも見習わなくては」

「「「はい、先生」」」

 褒められたジゼルも、

「……恐れ入ります」

自然な所作で止まり、ドレスを摘まんでふわりと優雅に腰を折ってみせる。


 パンパンと講師が手を叩き、ダンスが再開される中、疲れた様子も見せず彼女はまた、必死に笑みを浮かべ間違えないようにとステップを踏む見習い淑女たちの合間を、くるくると踊り出した。


 

 昼過ぎ、少し日が傾きかけた頃、前回秘密裏にと会議を行ったメンバーに再び収集がかかっていた。

 かけた本人シルウェリスは、庭園で結界の強度を確認したのち談話室へと向かい、部屋へ入るとすぐさま集まっていた面々がそちらへ一斉に注目した。


 呼びつけておいて遅刻か、とラスキが吐き捨て、エルズは思ってはいるものの口には出さない。


 ナスターシャが、喧嘩が勃発する前にと、慌てて、

「シルウェ、“忌みの塔”に、なんか引っかかってるって話だけど」

「ええ。敵も馬鹿ではなかった、ということですね。なかなかに早い行動です」

そう彼は微笑んで。

「私はもう一度結界を張りに行きます。皆さん、打ち合わせの通りに。あ、抜け駆けは無しですよ」

「え、もう張ったって言ってたじゃない」

「念には念を入れ、ということですよ」


 その場にいる誰もが、いったいどれだけ強力な術式を展開するつもりなのか……、と呆れたが、言っても聞かないのはわかりきっているため、表立って突っ込む者はいなかった。



 



 地下牢出口の階段付近での戦闘の後。辺りにはなぜか奇妙な形をした椅子の残骸と、真っ二つに割れ、中に針がびっしり設置された鋼鉄の棺らしき物体が転がっていた。


 それをなるべく視界に入れないようにしつつ、アルが腕を霊薬アムリタで癒すのを見ながら、こちらも動かすだけで引き攣れたような痛みが走る体を、回復した。リッツから残り数本の霊薬を受け取り、二人で分けて、カバンへと仕舞い込む。


 アイリッツの方は、シャロンがアルフレッドに近づき、傷がないのを確認し、ほっとしたような笑みを浮かべ、霊薬を分け合ったのち、ビュン、と音がしそうなぐらい勢いよく離れたのを、生温かい視線で眺め、あれじゃ逆効果じゃないのかなあ、と思ったりした。

 逃げると追いかけたくなる、狩人の性質を知らないらしい。


「じじじ、じゃあ行くぞ」

 案の定傍に寄られて動揺し、何事もなかったように振る舞ってはいるが、声が裏返っているシャロンを見ていると……面白、じゃなかった、痛々し、というか腹が痛い。


 笑い上戸なアイリッツの忍耐と腹筋を多大に試すような出来事がありつつも、看守部屋で短い休息を取り、一呼吸おいて、緊張感を取り戻したシャロンたちは慎重に階段を上がっていく。


 ……そこは、薄紫の闇が広がっていた。むせ返るような臭気がひどく、息が苦しい。


 すぐにシャロンが風の結界を張ると、アイリッツが、厳しく目を細め、

「どうやら、どこかの封鎖された建物のようだな。うっすらとだが、毒が流されてる。風の結界はしばらく張っていた方がいい」

と忠告した。


 階段を上がった通路の先には再び扉、そしてそこを開けると、その先には……薄汚れた大きな玄関ホールの中、いつからとも知れず、上に張られたロープ、襤褸切れが垂れ下がり、あちこちの壁に‘呪われろ’‘ここから出せ’といった忌々しげな筆記の跡、そして中央の、より固く固く閉ざされているらしい扉に、“ここは、忌むべき搭。決っして出れぬ無限地獄”と乱れた字で書き殴りがされてあった。


 そして、ごそり、と薄暗い物陰が動き、黒い人の形をした、得体のしれない何かが立ち上がり、こちらへ向かって駆け出してくるのが、カンテラの光にくっきりと浮かび、照らし出されていた。

バルバラ……使われなくなって久しい自動殺戮人形の一。役割は電気椅子。

ボドウィック……拷問部屋とともに廃棄された自動殺戮人形その二。役割は鋼鉄の処女。男性体なのはご愛嬌。



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