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異郷より。 作者:TKミハル

楽園の夢

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アイリッツの夢の欠片

 残酷表現あり。今回長めです。第三者視点。
 まだ風の冷たい春のある日。孤児院の前で蹲っていた双子の片割れ。それが彼。

 もう一人は金髪に碧眼、まるで綺麗な人形のようだと言われたが、アイリッツは銀髪はともかく、赤に近い瞳の色を見るなり、多くが一瞬顔をしかめ、次に子どもに悟られまいと慌てて笑顔を取り繕う。

「うわ、気持ちわりぃ血の色みてえ」
 まったくいつでも子どもというのは率直で容赦がない。教会の近くに建てられた“家”――――そう呼びなさいと言われていた――――でもことあるごとに囃し立てられ、その度にアイリッツは、
「おめえらほかにいうことないのかよ。まったくよくほえやがる」
「ざけんなてめえ!」
売られた喧嘩を買い、手伝いのシスターに悲鳴を上げさせる毎日の繰り返し。

 しかし、そんな子どもなりの洗礼を何回も経て、悪口を言う子の数が減り、その強さをわかりやすく示し、意外に面倒見いいアイリッツのまわりにいつしか集まって、彼はその仲間の一員として、次第に認められていった。

 年が上がっても、大人たちを煩わせるのは相変わらずで、暑いからと掛け布を夜、外のひさしに乗っけて寝るわ、一部の子を引きつれ屋根に上がり競争をしたり、脱走などは日常茶飯事。騒動の中心にはだいたい彼がいた。

 脱走も最初は躍起になって止めていた大人たちも、数多いうちの一人にかかりきりではいられない。脱走しても何事もなく夕餉の時刻には帰ってくるアイリッツに、一応の説教、食事抜きや反省部屋などの罰を与えるのみとなっていた。

 少しずつアイリッツが子どもたちに受け入れられてきた頃。アイリッツの双子の片割れ、シンシアに貰い手が現れた。相手は孤児院の出資者のうち、初老の夫妻で、シンシアを一目見て気に入り、養子にしたいとのことだった。

「私、リッツとじゃなきゃ、いやだ。いかない!」
 これまで聞き分けがよく、下の子たちの面倒をよく見ていたシンシアは、その時初めて駄々をこねた。泣きながら床に足をばたつかせ、それでもどうにもならないと知るや、部屋に閉じこもったまま出て来ず、三日が過ぎた。

 そんなシンシアに、アイリッツはドア越しに辛抱強く言い聞かせるように
「シア、これはチャンスなんだよ。このままここでずっといるより、幸せにしてくれる人のところへ行った方が、ぜったいいい。またここに会いに来ればいいじゃないか」
彼女を説得した。

 その説得が実を結び、彼女は翌週には養女として、小さな荷物を抱え、「ぜったい、会いに来るから!」と叫び手を振りながら、その夫婦と一緒に“家”を去っていくことになった。

 実際彼女は、夫妻が仕事の都合で町を離れるまでの数年間、綺麗でおしゃれな服と笑顔、たくさんのお菓子を持って、何度かアイリッツに会いに来ていたし、町から遠く離れてからも、手紙を月に数回送ってくれていた。

「ご主人の方が拒否したんですって。あの目が気味が悪いって……」
「可哀そうなリッツ……せめて茶色で生まれていればよかったのに」
 妹が引き取られてから数週間たった夕方遅く。たまたま台所に何か食べられるものがないかと探りに来ていたアイリッツに、そんな言葉が飛び込んできた。

 しかし彼は気にしない。シアに言ったように、チャンスは掴めるものが掴むべきもの、オレには別の夢がある。

 そんなアイリッツはある場所を目指し今日も町を行く。片手には野菜売り場のおばちゃんから貰った痛んで売り物にならなくなったブラムリー。それをシャリ、シャリと齧りながら、ギルドの入り口に辿り着き、酔っ払いの話やごくたまに現れる吟遊詩人が歌う言葉に耳を傾ける。

 遠くの地で、剣を振るいやすやすと魔物を倒す冒険者や、胸躍るような船での航海。それは、彼にとっては憧れそのもの。特になかでも、本当に一握りの者だけが、功績を重ね、やがて英雄と呼ばれるようになるのだと、知った時から、彼の意志は固まった。

 オレはいつか、この大陸に名を轟かせる、英雄となるんだ、と。

 孤児院に身を置きながら、目を盗み外に出て、辺りに油断なく目を配り、道行く人々を観察する。落ちている金目のものを拾い上げ、売っ払う。そのうちにコソ泥のようなこともするようになった。狙うは盗ってもダメージを受けそうにない、金持ちの懐。

 “家”では、『悪いことをすれば、神様がちゃんと見ていて、罰を与えますよ』と教えていたが、そんな神がいるなら、どうして。

 ごちそうを食べ、裕福で暖かい服と暖かな暮らしをしている人のすぐ傍で、満足に服も着れず、ガリガリにやせ細った者が、寒さで凍死するようなことが起こっているのか。たいていは裕福な者たちはそういった者を見れば、顔をしかめ見ないようにと足早で去っていく。

 どこかの大人たちが、あれは怠け者だからそうなるのですよ、と言うのを聞いた。

 ふざけんな。毎日のように背中に薪を背負い、長いこと歩き詰めで売っていた者が、怠け者なわけがあるもんか。

 そんな日々の中で、アイリッツは、金はある者から貰えばいい、と考えるようになる。まあ、やりすぎはよくないが。

 ギルドの酒場でたむろしている親父たちの中から子ども好きそうな者、面倒見よさそうな者を見つけては、剣の稽古をつけてもらい、腕を上げる。

 道端の使えそうでしかも足のつかなそうな物は見逃さず、すべて売り払いコツコツとお金を貯め、そして、“家”でもそろそろ一人立ちを考える年でもある十三、四歳を過ぎたある日。 

 アイリッツはこれまで慕ってくれていた子たちに別れを告げ、‘冒険者になる’と書き置いて、ある日、とうとう“家”を出た。

 もちろん最初は、手紙を届ける、薬草を探す、荷の運び入れの手伝いが多かったが、それでもアイリッツはまずは小さなことから、と細々《こまごま》した依頼を受け続けていた。

 そんな中、ちょっと離れた町へ使いに行った帰り。ある家に屈強な男がニ三人押し寄せ、やたら急いで家具を運び出している光景に出くわした。

 アイリッツが外で様子を窺っている時、中では、メンバーのリーダーが上からぶら下がる死体に舌打ちし、
「くそッこんなところでおっ死にやがって。売値が下がったらどうしてくれる!おい、とにかく全部運び出せ!これを下ろすのは後だ。小僧、おい小僧!邪魔だどけッ」
虚ろな目で両親を見上げたまま動かない少年を蹴飛ばしさらに舌打ちした。
「こいつも売っ払いますか?」
「ああ、その話は後だ。こら、もっと丁重に扱え!これは高級品だぞ!売れば金貨三枚は下らん!」
男たちの目がそちらに一斉に向かい、少年から手が離れた。その隙に、彼は意味不明なことを叫びながら家の外へ飛び出していく。

「あ、あいつ、逃げやがる!」
「あ?ああ、ほっとけほっとけ。ああなっては売るに売れん、連れていっても厄介ごとよ。それより、バール持って来い。床を剥がすぞ。下に何か隠し金があるかもしれん」

 アイリッツが家をじっと見ていると、中から同じ年ぐらいの少年が飛び出してきた。わけのわからないことを叫びながら道のど真ん中をふらつき、走り出してはあちこちにぶつかっている。

 これはいかんとすぐに近寄り、こちらに来ていた馬車を避けるように脇へ寄せ、大丈夫か、と尋ねたが、また何事か叫びながら腕を振り回してきた、ので。

 ドカッバキッ

「まったく。何考えてんだ」
 拳で昏倒させ、近くの酒場までズルズルと引きずり、小金を払ってオンボロ荷車を借り、乗せて運ぶことにした。

 二つ向こうの小さな町まで荷車で運び終える頃には真夜中になってはいたものの、なんとか拠点として目星をつけていた小屋へ運び入れる。やっぱり、名を成すには仲間が必要だ。こいつをなんとか言いくるめて、と。

 明け方近く。そこそこ育ちの良さそうな服に、焦げ茶の髪と似たような色の目をした少年は、やっと目を開け、簡易寝台からゆっくり起き上がった。
「……目が覚めたか?ここは、オレの基地(仮)だ。ちゃんとギルドの許可も貰ってある」
 警戒させないよう笑顔とともにアイリッツが言ったが、彼はそのまま起き上がり、寝台と壁の隙間の窮屈そうな隙間に入り込み膝を抱えると、それきりどう声をかけても、返事をしなくなった。

 こりゃまずいのを連れて来たかな……と思いつつ、ま、いっか、と思い直す。声かけて育ててればいつか動き出すかもしれない。

 そんな鉢植えかもしくは猫か犬の子を育てるかのような的外れなことを考えつつ、アイリッツは仕事をこなす片手間に、少年――――服につけてある名からヒューイック・ボナバントラと判明した――――の面倒を見て適度な食事を用意したり、ヒューイックが、なんでこんなことに、なんてブツブツ言ったり時折叫びながら夜ふらついている状況があったので、近所の人に、両親を失った悲しみが深いようだ、なんて訳を話し、同情を買って幾ばくかのお金と引き換えに、長期仕事の時の食事などを差し入れてもらうことに成功した。
 ……小さな町で、住民たちも皆暖かい心を持っていたのが幸いしたのかも知れない。

 ギルドの仕事は、物品探しや納入の場合、必要とされている物を別の仕事のついでに手に入れ保管しておいた方が能率が上がる。

 どうせスペースが余ってんだから、倉庫にしよう!とアイリッツは思いつき、必要最低限の通り道以外はたまに気が向いた時の手土産や、出荷待ちの物品でヒューイックのまわりを埋めていった。

 ヒューイックは相変わらず隅っこでじっとしていることが多いものの、奇行が減り、一言二言こちらに返事を返すまでになっていた。

 それと同時に、これまでごみ溜めのようだった基地は少しずつ整頓され、綺麗に掃除されていくようになった。貸し屋、ということだったので、ごくたまにチェックに来たギルドの職員が驚くほど。

 そして、その小屋の定期視察から数週間経たないうちに、回復し、体力作りに励むヒューイックと、仕事を続けるアイリッツに、ギルドから立ち退き命令が出されることとなった。

「綺麗になったから別のことに使おうってのは、まったく虫のいい話だよな」
「…………」
 ヒューイックは考え込むようにして、無言だったが、同意してくれたものと勝手に解釈してアイリッツはうんうんと頷き、
「でもオレもここでくすぶってなんかいられないからな。今度は、海の近くへ行こうぜ」
そう爽やかに指を立てて見せた。

 アイリッツとヒューイックは、アイリッツが言うところの“悪の組織”となり、悪徳商人からお金や品物、時には借用書などを盗んだり、遺跡に潜ったりしてともに活躍を繰り返す。

「くそッここの遺跡は盗掘された後か……魔物もきちんと倒していけッての」
「いや待て。まだ使えそうなものが残っているかもしれない」
 遺跡の奥の部屋の埃と蜘蛛の巣の下を引っくり返していたが、遺跡の壁を今にも小刀で削らんばかりのアイリッツに驚愕して叫んだ。
「これなんかどうだ、って何してる!!」
「何って、せっかくここまで到達したんだ。名でも残しとこうかと」
「古き遺産を汚そうとする馬鹿がどこにいる。さっき倒した巨大狼の骨にでも刻んどけ」
「お、なるほど。それだとオレらが倒した証拠にもなるしバッチリじゃないか」

 ガリガリと削る音を背後に、ため息を吐きつつ残された品々を探っていたヒューイックは、そこに打ち捨てられていた奇妙な斧を発見した。

 捨てられていた理由はすぐにわかった。重すぎる。半ば意地になって引きずりながら運び、重いからちょうどいい、と無理矢理理由をつけて修行に励むうち、それは使い込むほど軽く使用者の手になじむアーティファクトだとわかり、ヒューイックの喜びは大きかった。

 手入れを欠かさず、寝床まで持ち込みかねないその扱いに、アイリッツがからかい気味に、
「おまえもう、その武器と恋人になれよ。武器のみが恋人か……うわ、寂しいやつ」
プププッと笑う。
「……自分で言ったことに、自分でウケんな」

 また数年の月日が流れ、そろそろ隠し金の場所にも困りつつあったアイリッツとヒューイックは、新たな拠点として、当時はさほど大きくなかった港町テスカナータに目をつけ、住むことにした。

「ヒュー、表に立てる看板の候補、これなんてどうだ。パッと思いついたのがこれなんだが」
珍しく自信なさげにアイリッツがさらさらと紙に文字を書きつける。
「あ?見せてみろよ」
受け取って見てみた。

“怪しい二人の小屋”

「まんまじゃねえか!!」
却下だ却下、といいつつヒューイックは紙をビリリと真っ二つにして放り投げた。
「そういうけどな、他に思いつかないんだよ」
「……よく考えたら、看板なくてよくねえか?」
「いや!誰かが訪ねてきたらどうする。何もないとわからないだろ」
「俺たちに突然訪ねてくる知り合いなんていねえよ!」
首を振り、
「じゃなくて、この薄汚れた掘っ立て小屋をどうするかとか、もっと他に考えることあるだろ!」
手でぼろい木切れやごみの散らばる周りをぐるりと示すと、アイリッツは瞳を輝かせ、
「やっぱり秘密の地下室は外せないよな!」
と言ったので、その夜は言い合いからど突き合いに発展し、まったく改築作業ははかどらなかった。


 拠点にするならばと、テスカナータの小屋を改築し人の住める場所へ変えるのと同時に、仲間を増やせないかと、町のあちこちをあたってみる。

 やがて年数が経ち、拠点はカムフラージュも兼ねてなぜか“漁業組合受付”との看板がつき、事実地元漁師の相談がちょくちょく持ち込まれたりもした。

「くっそ、あの船……まだ作り途中なのにめっちゃ地元民から期待の目で見られてるぞ……まったくこういう時に限ってあいつは居やがらねえ」
時にあちこちへ冒険、と称して音信不通になるアイリッツに悩まされ、時に海の魔物の被害に地元漁師を集めてその相談に乗り……将来的に知名度を上げる、その地盤を固めるための、ヒューイックの地道な努力は続いていく。

変なところで要領の悪いアイリッツは、子どもの時の夢を抱えたまま、今日も遺跡に潜りに行く。


「あ、ヒューイックさん、お帰りなさい!アイリッツさんが来て、ジーク連れてミストランテに出かけましたよ」
「あああ、あれか。そういや、ここでもしょっちゅう話題になってたな……。しかし今回はもう駄目かと思った……海妖に船に巻きつかれてな……でかいのが一艘犠牲になった」
 どっかと椅子に座り目に手を当て仰向けに倒れるヒューイックに、旦那も大変ですねえ、とねぎらいの声がかかる。
「ミストランテだと……今からじゃついた頃には閉鎖されてるな。アイリッツの帰り待ちか。まぁた長々話をきかされるんだろうな」
「まあまあ。きっと俺らに話だけじゃなく、ちゃんとした土産も持ってきてくれますって」
「センス悪いぞあいつは」


 遺跡に行ってくる、とさっさと出かけるアイリッツを見る度、その可能性を思わなかったわけではない。しかし、どうあっても、アイリッツのあのずぶとい性格と、暗い死のイメージとは、そぐわなかった。だから、ジークの持ってきたその知らせはまさしく晴天の霹靂で、遺体がないこともあり、ヒューイックたちは、まだ心のどこかで、彼の死を信じられずにいるのだった。


 英雄になりたいと願っていたアイリッツ。

 もし、ミストランテの遺跡へ行くときに、ヒューイックが不在ではなかったら。

 ジークがニーナの依頼を、不審に思い断らず、引き受けていたのなら。

 彼は、ミストランテの遺跡の女神を倒し、名を上げて、英雄としての一歩を踏み出していたのかも知れない。

 …………ここにある、これは。そんなアイリッツの、夢の欠片かけら
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