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異郷より。 作者:TKミハル

楽園の夢

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水の領域

 若干長めです。あと、カニバリズム表現や、多少グロい描写と残酷描写などがあります。ご注意ください。
 苦手な方は真ん中だけ読み飛ばすことをお勧めします。
濃厚な緑に包まれた森の中に入ると、日差しがあり乾いていた外とは一変して湿った空気が流れ込んできた。
 こんな場所でも誰かが通っているのだろうか。覆い茂る草は柔らかく、くるぶしほどしかなくて歩きやすくなっている。

 遠くでリィリィリィと小さく、近くでチチッ、チチッと虫が鳴き、近づくと止み、通り過ぎればまた再び鳴くのを繰り返す。

「……やっぱり、何かいるんだろうな」
 シャロンは誰にともなく呟いた。辺りに獣の気配はなく、ただ湿っぽい風が時折吹いてじっとりと服を重くさせる。
 上を見れば木々の隙間からわずかに太陽が見えるものの、方角の助けにはなってくれそうもないので、ここはアルの勘だけが頼りだ。

「えっと……今、多分南の方角に向かっているはず、だよな?」
「違う。道が北寄りに伸びているから、なるべく南東側を行こうとしてる」
「ああそう。よし、任せた」

 今さらだが……自分の方向感覚ほど信用できないものはない、と再確認して、アルの後をついていく。

 パシャパシャと靴先が水を跳ね飛ばし、じわじわと中へ水が滲み込んでいく。上には靄がかかり、日差しは遮られたまま。
 どうやらここら一帯は湿地になっているらしい、と思いながらも歩いていると、急にひらけた場所に出た。

 広い広い、湖なのか沼なのか判別しがたい水溜まりの前に、裾の長いローブにエトワールと呼ばれる細いリネンの布を巻きつけ、長衣をまとった青年が佇み、こちらを認めるなり、
「僕の領域テリトリーへようこそ。お客はいつでも大歓迎だよ!」
両手を伸ばしてにっこりと微笑みかけてきた。

「誰?」
 先にアルフレッドが問いかけ、シャロンがこっそり羅針盤を窺えば、針はまっすぐにこやかな青年を差している。
 水色の髪に、底のない沼を覗き込むような緑青の瞳が、嬉しくてたまらないとでも言うようにキラキラと輝いた。

「僕?僕はエッヘ・ウーシュカさ!」

「……」
「……」
 自信たっぷりに言われたものの、はあ、としか返しようがない。

 青年はさも無念そうに胸に手をあて、
「その反応……さては僕のことを知らないね?ああ、なんという悲劇!」
大げさに上を仰ぐ。

 怪しいことこの上ないが、久々に話の通じそうな相手が現れたようだ。多分。

 まずは情報を得ようとシャロンが、
「ええと、エッヘ・ウーシュカ?ちょっと尋ねたいんだが……」
「なんだい?なんでも聞いてくれ!」
にこやかなエッヘ・ウーシュカ。アルフレッドはそれをうさんくさげに見つめながらも、沈黙を守っている。

「私たちは旅をしているんだ。で、この国の王に会いたいと思っている。それにはまず、どこへ進めばいい?」
「うーん……それは難問だ。この国の王様かあ……随分前だけど、その噂を聞いたことがあるよ。隠された城の主、かつての英雄、その技は老いてなお鋭く、三度……おっと、これ以上は大声では言えない」
 きゅっと眉根を寄せ、声をひそめて手招きをする。

「もう少し寄ってくれないか。いつどこで誰が聞いているかもわからない。こんなことをしゃべったのがバレたら……」
 スッと首の前で手を横に引いてみせた。

「……わかった」
 アルと二人で、青年の傍へ行く。
「ああ、ありがとう。これで、やりやすくなった」

 ザガシュッ

 青年が爪の伸びた手を振り上げ、同時に剣を抜いたシャロンとアルフレッドがそれを弾き、青年を斬り裂こうとしたが、その姿はただの水柱と化し流れ落ちていった。

 その後ろ、水溜まりの上に浮かんだエッヘ・ウーシュカは、自分の手をしみじみ眺め、
「あーひどいやいきなり斬りつけるなんて。爪が欠けちゃったじゃないか」
 手近となった獲物の体、それを抉ろうとした瞬間に爪を弾き飛ばされ、シャキンと再び生やしながら恨みがましくこちらを見た。

「……それはこちらの台詞だ。襲っておいて」
 シャロンが言いながらアルフレッドと油断なく剣を構える。

「ああそれはしょうがないよ。だって君たちはこの場所では異質なんだ。異物を排除するのは当然だよね。望めば無限の力も、強さも得られるのに……なぜ、人の殻を破ろうとしないんだい?ま、僕にとってはごちそうだけど」
 ペロリ、と唇を嘗めて嬉しそうに、
「あああ、僕はなんて運がいいんだろう。柔らかくほどよく締まっていて美味しそうなお肉と、濃厚そうで食べがいのありそうなお肉。どっちも楽しめるなんて」
捕食者の眼で見つめられ、ぞくりと背筋に寒気が走った。短く深く息を吸い、風を放つ。

 風が水面を撫でた。

「シャロン!」
 ザシュ、とアルの剣が後ろの水柱を斬り、飛沫が飛ぶ。少し離れたところに、再び青年が現れ、チッチッチと指を振る。
「まったくもっと優雅にできないのかい?少しは僕を見習おうよ」
 パッとその手を上げれば、空気中の水分が一気に冷え、キラキラと光を反射して七色に輝きながら粒となって落ちていく。

 ……寒い。手はかじかみ、身体はガタガタと震え、吸った空気は肺まで凍りつきそうで、苦しくなった。

 ピシピシ、と音を立てて凍り始めた水溜まりを、すぐに手を振って戻しながら、
「綺麗だろ?まあ、これは大技だから、あんまりできないけどね」
そう得意げに言うエッヘ・ウーシュカ。

 そこに氷塊を飛びつつ近づいたアルフレッドが、斬りつけようとして失敗に終わる。その下には水が!

「アル、ごめん!!」
 咄嗟にアルを吹き飛ばし、深そうな水溜まりの外へ追いやって、風の刃を何回か同時に放つが、バシャバシャバシャ、と水柱を盾に、すべて散らされた。

 さすがにまずい、とシャロンが焦り、すぐ傍に転がる荷物の元へ寄る。同時に青年はああ、無駄無駄、とにこやかに笑う。

「ここは僕の領域内だと言っただろ?実はこんなこともできるんだよねー」 
  ぽよん、ぽよん、と水の玉が浮かび上がり、水の弾丸となって一斉にこちらに襲い掛かった。

 激しい衝撃に意識が飛びそうになったが、風を使い水を散らすと、視界の隅でアルが起き上がり、背後から再びエッヘ・ウーシュカへ向かうのが見えた。

 奴の気を逸らすため、いくつかの氷を風で巻き込み、叩きつける。

「おー、やるねえ」
 水の膜でそれを防ぎパチパチと拍手を鳴らす。アルがその姿を捉えた、と思った瞬間、ぐるり、と青年が振り返る。

「残念でした」
 エッヘ・ウーシュカは片手でアルフレッドの喉を握り潰し、同時にもう片方の手でその体を抉るとぐしょり、と肝臓を取り出して放り投げた。
「どうも昔っからこればっかりは好きになれなくて。あああ、血が。もったいない」

 視界が色を変えた。とめどなくあふれる自分の叫び声が、遅れて耳に届く。まるで時間が長く引き伸ばされたような――――――。

 自失状態に陥ったシャロンは、ほぼ無意識に体を動かし、カバンから巻物を取り出してそれを広げた。その中から、描かれた怪物、二本の角と四つ足の鉤爪を持つバンダースナッチが姿を現し、美味しそうな獲物を持つ手近なライバル、すなわちエッヘ・ウーシュカへと襲い掛かった。

 うわ、なんだこれ、と顔を歪めた彼は、アルフレッドを取り落とし、バシャン、と彼は水の中へ落ちていく。

 アルを。助けないと。

 渾身の力を籠め、剣を振るい水を裂く。このままじゃ勝てないと思ったのか、エッヘ・ウーシュカは体を大きく一つ振るわせ、巨大な口にビッシリ生えた牙を持つ馬の姿へと変化し、バンダースナッチの長い胴体へ噛みついた。

 対峙する怪物たちの脇を通りながら、少しのあいだだけでいいから保ってくれ、と剣に祈り続け、水底からアルフレッドを拾い上げ、なんとか担いで水の外へ。腕輪の宝石は一つ欠けて、いる。

 悔しい、悔しい悔しい……!!

 激しい戦いの音を聞きながら、シャロンはアルフレッドを抱き抱えたまま、涙を流していた。
「私、が、もっと強ければ……こんな……」
 涙はアルフレッドの顔にかかり、やがて彼は目を開けた。

「アル……!ぶじで、」
 まだぼろぼろと涙を零したままのシャロンの頭をポンポンと撫で、
「そろそろ、勝負がつく。チャンスがあるとすれば、その時だ」
と厳しい表情で互いに満身創痍で、噛みつき噛み千切られ絡み合う二頭の怪物を窺った。

 やがて、バンダースナッチが倒れ、エッヘ・ウーシュカが馬から人の姿へと戻る。位置はギリギリ水際で、そこなら剣が届く!

「まったく。僕と同じ水妖とはね……!!さて、さっきのごちそうは」
振り返るその瞬間、めいっぱい溜め込んだ風の力を解放し、その体を斬り裂いた。
「この程度……!」
 剣を突き立てたシャロンを爪で抉ろうとした、その動きが、ドスッ、という鈍い音とともに、止まり、そこへアルフレッドの剣が首から腹部へと斜めに体を斬り裂き、エッヘ・ウーシュカは血を吐いて地面にドッと倒れ伏した。

「や、やったのか……?」
 膝をつき、肩で息をしながらも、油断なく窺うシャロン、そして険しい表情のままのアルフレッドの前で、青年はゆっくりと身をもたげた。

「ふ、ふふ……。こんなことで、僕を死なせられると思うなよ……。僕らは皆、永遠の命。この世界が終わるまで、生き続け、て、また復活してやるさ。何度でも、何度でも…………」

 そう呪詛のように吐き捨てたエッヘ・ウーシュカの体は、ぐずぐずと綻びて、後には藻屑の塊と、なぜだかボウガンの矢。

 その矢を拾い上げたアルフレッドが、森の奥へと視線を走らせたが、そこには何もない。

「アル……大丈夫か?今のうちに森を抜けよう」
 そう声をかけたシャロンの上から、やがてぽつ、ぽつりと雨が降りだし、次第にその勢いを増していった。
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