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異郷より。 作者:TKミハル

楽園の夢

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思いの名残と、目の前にあるもの

少し長めです。
一度にいろいろ起こりすぎて、混乱したままのシャロンが案内されたのは、簡素だが清潔そうな、質のいい部屋だった。
 椅子が2脚と小さなテーブルまであり、その横にはベッドが2つ並んでいる。

なぜだろう。エリーや両親のこと、もっと他に気にしなくちゃいけないことがあるはずなのに……。なぜこんなことに……!!

動揺してやまないシャロンの横で、アルはひどく真剣な表情で、
「この町は……前からこうなってた?どう考えても変だ。うまく言えないけど……あらゆることが、都合よすぎる」

 え?誰にとって?……みたいな質問はやめよう。藪蛇になっても困る。

そのままシャロンは無言で椅子を取り、ベッドからなるべく遠くて簡単に逃げ出せるような場所、つまり部屋の入り口付近に腰を下ろした。
「シャロンは、久しぶりの家に帰って……どう感じた」
声が届くよう椅子をわざわざ寄せてのアルフレッドの問いかけに対し、
「いや……私にも、よくわからないんだ」
シャロンは途方にくれたように呟いて、額を押さえ俯いた。

「私は……あまり家が好きじゃなかった。母――――といっても義理のだが――――それと父は、いつも豪遊にふけっていてあまり家にいることはなかったから。乳母やメイドにも、最低限の世話以外放置されていたからな。絵本が友だち、なんてシャレにもならない」
自嘲気味にそこまで言い、
「小さい頃は、それこそよく、優しい父や母を思い描いたもの、で……」
はっと気づく。

 自分のことを暖かく迎えてくれる、人たち。あそこに父や母がもしいれば、それこそ自分の思い描いた理想の家族そのもので、だとしたらそれは――――――。

 頭の中が混乱して、うまく考えがまとまらない。そうしていると、隣のアルフレッドが首を傾げ、
「シャロンはどうして、家から?」
とそう尋ねたので、
「まあ、その……本当によくある話なんだが……」
言葉をにごしつつ、
「だいたい十三、四歳ぐらいから社交パーティに出るようになって、これまで放任だった母が急に衣装や立ち居振る舞い、身の回りのことをアドバイスするようになって……。いつになく優しい母に、私自身、おそらく意識せず浮かれてたんだろうな、これが」
「ところが、ある夜……暑苦しくて眠れず、うろうろしてたところに、たまたまサロンのドアが開いてて……父と母の話が聞こえてきたんだ。二人は、私をなるべく金持ちのところへと、高く売りつける、みたいな算段をしてた」
「……」
「知らなければよかった……けど、知ってしまえば、これまでどおりに暮らせるはずがない。結局、エリーの協力もあって、家を飛び出すことになった。途中、人買いに攫われそうになったり死にかけたり、町の衛兵に連れてかれそうになったりと、いろいろあったが、それはなんとか逃げ途中に覚えた剣と、実家から持ち出した宝石の力でなんとかした。人間不信がひどかったのも、その頃だったな」
乾いた笑いが自然と浮かぶ。

 もう人には関わりたくない、と、山に籠もって修行僧どころかどこの野生人かというような原始的生活を送っていたりもしたが、結局冬が近くなり、飢え死にするかどうか、といった段になって訪れたギルドに、エリーの言付けがあった時はつい、恨んだはずの神に感謝するくらいだったが。

「……今は、それは?」
 腕をぎゅっと握り、どことなく心配そうに聞いてくるアルフレッドに、大丈夫だ、と笑って頷き返す。

 改めて言葉にして気づいたが、あの時あんなに感じた絶望は、今ではまるで遠いことのように、かすかに苦みを伴って思い出されるだけとなっていた。

 まあこの半年近く、いろいろなことがありすぎたな。

 そう思いながらシャロンは、傍らの存在を見上げて、おまえがいてくれてよかった、と感謝を伝えかけ、はたと気づいた。


 ……あれ?この状況で、この台詞って、まずくないか?

 ほぼ密室で、同じ部屋で、すぐ横にはベッド。しかもなんだかアルがやけに近い。

「シャロン……?」
 何かを口にしかけたまま硬直したシャロンに、彼は先を促したが、
「いや、その、なんだ。これまで関わってきた人たちや、アルのおかげだな。今は人間不信だったあの頃が遠い昔のように感じられて、驚いた。それだけだ。あと、ちょっと近い。離れてくれ」
アルフレッドは、何か別のことを言いかけた気がするけど、と言うとますます挙動不審気味になるシャロンをじっと見ていたが、やがて名残惜しげに離れた。

「あああ、そうだ。日が完全に沈む前に街に出よう。何か、異変はないかもう一度確かめたい。夕食のこともあるし」
「……そうだね。秋の夜は長いから」
 苦し紛れのようなその提案にしっかりと彼は頷き、立ち上がる。

 シャロンはじっとりと嫌な汗を背中に感じながら、カバンを引っつかみ、ひそかに呼吸を整えた。

 宿の真白く新しいシーツ。今来ている服はましな方だが……慌てていたため、洗濯もせず、目立たなくてもあちこちが汚れている。本来なら、汚さないよう服を脱いで下着姿でベッドにもぐるところだが……。

 シャロンは首を振って動揺を吹き飛ばすと、絶対に店で外衣ガウンを買っておこう、と決心して、アルフレッドと部屋を出た。

 相変わらず愛想のいい女将は快く近所で評判の居酒屋、定食屋の場所を教えてくれ、いってらっしゃい、と言葉までかけてくれた。

 ……どうしてだろう。親切にされると、宿の荷物は大丈夫だろうか、と妙に不安になってしまう。

 微妙な気持ちのまま外へ出ると、辺りはもう夕刻。薄暗い中、楽しげに遊んでいる子どもたちが、歩く傍らを走りすぎていく。

 ありえない。このぐらいの年なら皆、どれだけ人の顔が判別しにくくなる夕暮れ時が危険か、陽が沈めばすぐ隣に暗がりがある、そのことを親から嫌というほど聞かされて知っているはずなのに。

 そろそろ、街は別の顔を顕わし始める。花売りが道に立ち、より羽振りのよさそうな男を選んで袖を引く。うかつに女性が裏道を歩けば、すぐ連れ去られ、戻っては来ない。そのはずなのに。

 通りには女性の姿も少なくはなく、歩く人の足取りもゆったりと落ち着いている。陽が沈むからといって急ぐような人はいない。町になじまぬ雰囲気で、時折辺りを不安げに見渡すのは、服装からして、来たばかりの旅行者ではないだろうか。

 建物の下にうずくまる浮浪者も、怪しい売人の影も見ないまま、シャロンとアルフレッドは、女将お勧めの居酒屋に辿りついた。

 入れないぐらい混んでいるのではと思ったが、にぎわっている割に待つこともなく通された店内は小ぎれいで、威勢のいい注文の声が飛び交っている。
 出された料理も酒も、支払いの割には、味のいいものばかり。内陸だから、魚もあまり新鮮なものは出回らず、香辛料でひたすらごまかされていることが多いのに。

「美味しい、ね」
「うん、まあ、そうだな」
 酒もとても美味しく、食事に合う。だが、なぜだかあまり食べる気がしなかった。

 ……ここは、いったいどこなのだろう。

 夜遅く。ランプが灯され、さほど暗くもない夜道から、夜盗が飛び出ることもなく、無事に宿についてしまった。シャロンは胸に何かがつっかえたような気分で階段を上がる。

 それはそれとして、何か大切なことを忘れているような……。

 それは、宿の部屋に入った途端すぐ答えが出た。

 ……しまった、外衣ガウン買い忘れた。

「明日、一通り町を見てまわろう」
「あ、うん……」

 アルは平然と奥のベッドに行き、さっさと上着を脱ぎ始める。ちょ、ちょっと待て。

「シャロン、どうかした?」
 上半身裸のズボン姿で、不思議そうにこちらを見るアルフレッド。ってかわざとやってるわけじゃないだろうな。
 シャロンはとりあえず背を向けベッドに腰を下ろし、ぐるぐると何かが巡る頭を、懸命に働かせた。隣でアルがランプの明かりをしぼる。

 もうこのまま寝るか……?いや待て。このシーツ、ふかふかで本当に白い。できれば汚したくない。かといって脱ぐわけにも……!!

 思考の渦に陥るシャロンの脳裏に、さっと閃くものがあった。

 安宿だから、ないはずと思っていたが、もしや……!

 祈る気持ちでベッドの下を探ると、果たしてそこには衣装箱チェストがあり、中に外衣ガウンが入っていた。

「アル、ちょっとこっちを絶対振り向くな!!」
剣の手入れを悠然としていたアルフレッドに叫び、もうなりふり構ってられない、あいつが後ろ向いてるうちにと、急ぎ服を脱ぎ捨て下着の上に外衣ガウンを着てしっかりと帯を締める。
「……慎みはどこへ」
 隣で何か呟く声が聞こえたが、もう気にせずベッドにもぐりアルに背を向けたまま、上布を頭から被る。
 そうしていると、やがてアルもランプを消し、ごそごそとベッドに入ったらしい。
 目を閉じたシャロンは、やがてアルの静かな寝息が聞こえてきて、何やら負けた気分になってきた。

 ね、眠れない……。

 そのまま、隣を意識し続けた夜は、ひたすら長かった。
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