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異郷より。 作者:TKミハル

『広い海と嵐と魔物と』

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彼方の海

 戦闘シーン有。
美しかった姿は見る影もなく、傷だらけの体でのたうちまわっているその魔物と、目があった。
その瞳には、こちらを恨むような色もなく、ただ驚きと悲しみに満ちていて、ひたひたと冷水が押し寄せたかのような罪悪感が胸を支配していく。

 ……海の守り神と呼ばれるのもわかる気がする。

 苦しい思いで眺めていると、
「おい、あの攻撃がもう一度くるまえにこいつを仕留めるぞ!!」
とヒューが叫び、岩から跳び移り斧を突き立てると、きゅぃいいと苦鳴を上げ、振り落とそうとする絶妙のタイミングを見計らって飛び退いた。
 魔物は胸ビレを切り落とされたままぐるぐると周辺を泳ぐものの、どうも方向感覚が狂ったらしく、また再び同じ場所に戻ってくる。
「……行くぞ、もう一度だ」
 呼びかけたが、こちらが佇んで動かないのを見ると顔をしかめ、アルを促して二人てま素早くその体に飛び乗り、ところ構わず何回か武器を突き立てた。


 白く光る体が苦しそうに鳴き、身をよじらせのたうつタイミングを見て、離れては突き刺し、を繰り返している。

 もはやこれは、一方的な戦いだった。

 美しく、悲しげな瞳を持つ生き物が、ただひたすらに蹂躙され続けている。
 船にいた者の多くがこの存在に助けられたと笑い、感謝をしていた。この状況を知ったら彼らはなんと言うのだろうか。

 いや――――――ヒューイックは、それを知ってなお、この魔物を打ち倒そうと決意して、いたんだった。

 傷ついてもなお、白く淡く明滅して神々しさを残す魔物は、体の上から勢いよく血混じりの潮を吹き、そのまま体をひねって応戦する。

 戦い続ける二人と、すぐ隣で同じように呆然としているジーク。こちらは、どうやらボウガンがきれたらしい。

 ああ、行かなければ。彼らだけに任せて、こんなところでぬくぬくと守られているわけには――――――。

 もう一度風を使い、跳び退った二人の着地の衝撃を和らげた。そのまま魔物の白い体に駆け寄り、剣を突き立ててよじ登っていく。上から見ると、ヒューイックと、アルが、そしてジークも蒼褪めた顔でこちらを見上げ、上ってこようとしている。シャロンはそんな彼らを尻目に、ひたすら上、巨大な魔物の頂点を目指していく。

 もし、この魔物がこんな力を持っていなかったとしたら。もし、自由にどこへでもいけるような姿で、こんな、人の近くに棲んでいなかったら。もし――――――。

 ヒューやアルが別方向から登ってどこかに剣を突き立てたらしく、魔物が身をよじり、なんともいえない悲しげな声を発した。そろそろ、終わりのようだ。

 他に方法がないのなら。皆の非難を浴びても構わない。ヒューイックだけに責を負わせるわけにはいかない。そしてせめて、こいつがもう苦しまなくてすむように。

 登りきったシャロンは剣に‘力’を込め、その体の中央と思しき場所に深く深く突き刺した。同時に注いだものを解放し、内部から切り裂いていく。黄金の血の波の中に、悲しく美しく蒼く光る宝石が埋もれている。その時、誰かがささやいた。

 ――――――もう一度、剣に‘力’を込め、あの宝石に。

 幻聴かも知れない。懐かしい響きをしたその声に従い、シャロンは一度、ギリギリまで剣を抜き、再び強く宝石目掛けて突き刺し、同時に、‘力’を解放した。

 硬質な手応えとともに宝石に無数のひびが入り、砕けていく。それと同じくして、全体に光り輝いたかと思えば、シャロンを中心に、魔物の体からザァッと白い魚の群れが。光を放射するように、なるべく遠くへ遠くへと分かれ、泳いで散っていった。

 そして、足場どころか魔物すべてが消失した。

 バッシャァアアアン、と大音を立てて、水飛沫が三つ上がる。

 大量に海水を飲んでしまったシャロンは、慌てて浮上し岩に立つと、ケホッコホッと咳き込みながらも周辺に目をやった。すぐにヒューイックが波間に浮かび、こちらへと泳いでくる。だが、アルフレッドの姿はない。
「しまった……っアルは泳げないじゃないか!!」
 くそっ、と毒づきながらもじっと蒼い水面に目を凝らし、埒があかない、と飛び込みかけたのを、ヒューイックが止める。
「待ったッ。こっちだ!」
 指差す方向を見ると、海の中確かにアルの姿がまっすぐに岩場に向かってきていて、やがてぷはっと水面へ顔を出す。

「アルッ!大丈夫だったのか!?」
 よかった、泳げたんだな、とほっとしつつ手を貸すと、黙って首を振り、底を蹴って戻ってきた、と短く答えた。
「あああ……それはよく頑張った」
「というかほぼ超人の域だろ」
 いつのまにか太陽の光が差し込む海の中は碧がかっていて、底の白い岩場がよく見えている。

「言っておくが見た目ほど浅くないからな。元環礁地帯とはいえ」
 ヒューが疲れたように言い、シャロンはそこで始めて太陽の元、ゆっくりと辺りを見まわした。
「すごいな……海は、蒼かったんだな」
「意味が分からないな。当たり前だろうが」
 そう呆れたように首を振る。
「しかしな……あの魔物は……姿を変えて逃げちまったって、考えるのが正しいだろうなあ」
 ぼんやり水面を眺めながらヒューイックが呟いた。
「すまない……」
 シャロンがしょんぼりと肩を落とすと、
「別にいい。どう転ぶかなんてわかんねえんだ。まあもしどこかでまた魔物が大量発生したら、おまえが責任とって討伐に行けよ」
「ああ……わかってる」
その返事を背後に、ヒューイックは遠く海の向こうを見つめ、
「奇跡なんてない。時は遡らず、失ったものも戻りはしない。でもそれだからこそ、俺は、俺たちはここで……前を向いて、自分の選んだ道を進んでいくしかないんだ。いつかは報われると、そう願いつつ」
自分に言い聞かせるよう低く呟き、ややあって、それじゃ行くか、と後ろの面々に声をかけて、
「ってちょっと待て。ジークはどうした。姿が見えない」
はっと、顔を強張らせた。

 急ぎ三人で手分けして探すと、ジークは岩場の影に、打ちつけられたような姿勢で倒れていた。出血している様子はないが、顔色が悪く唇は紫色をしている。

「おい、しっかりしろ」
 ヒューが頬を叩きながら呼びかけると、うぅっと小さく呻き、やがて目を開けた。
「あ、オレどうして、ぁぐ」
 体を起こそうとしたが、苦しそうに顔を歪め、ドサリと横たえる。
「む、胸が死ぬ……」
「胸か……おい、おまえはいったいどうなった」
「よじ登ろうとして……跳ね飛ばされた。岩にぶちあたって……」
「これは肋骨がいっちまってるかも知れない。とにかく、一度船に戻ろう。……立てるか?」
 ジークに肩を貸して支えつつゆっくりと立ち上がった。

「もしオレが…………だったなら」
 持ち上げられる瞬間、ジークがかすれた声で何事かを呟いたが、よく聞き取れなかった。

 彼を担ぎ上げたのち慎重に岩場を歩くヒューイックの後について歩きながら、シャロンは深く波によって表情を変える海を見つめ、自分が決断した時のことを考えていた。

 ――――――忘れないようにしよう、このことを。何かを選んで、何かを捨てなければいけなかった、あの瞬間を。

 一行は各々がそれぞれ異なる思いを抱きつつ、ゆっくりと岩場を渡って最初の場所へ近づいていく。
「あ~そうか。あの大波で、小舟は流されちまったかもしれん」
 大分歩いた辺りで、ジークを運びつつヒューイックが苦い顔で言う、アルフレッドが何かに気づき、その心配はなさそうだよ、と返事をした。

「そんな保証がどこに……と、なんだあの一団は」
 遠く向こうから賑やかしい二艘の小舟がやってきて、こちらを確認したのか手まで振っている。

「ブロスリーにええと、デュサクにビクター、後ろはフェストにヒィロ、ソーマか……おまえら、何しに来た」
「船長!ジークはどうしたんですか!?」
「ああ、ちょっと体を打っただけだ。おまえらはなんでここに」
「いやそりゃ、航海士から指令が出たんですよ。先の大津波で小船が流されたかもしれないから、護衛も数に入れて様子見がてら迎えに行って来いって。とりあえず空は晴れるしまわりをうろついてた魔物は光る魚を追ってどっか行っちまうしで、状況を知りたいって奴らもちらほらいて。それがすごいんすよ!!もう入れ食いってか魚がわんさかいて、俺がちょっと網かけただけでも十数匹は入ってくるんで、船では大釣り大会が始まりそうでした。あああ、早く俺も参加してぇ」
「……阿呆。まだ油断するんじゃねえよ」
 ヒューイックはそう言ってブロスリーの頭を叩き、それでもどこか安堵したように笑う。

「シャロンさんたちも無事でよかった。アイリーンさんたち二人が心配してましたよ」
「……なんで、俺じゃなくおまえに頼むかなあ様子見とか。マジねえわ」
 ソーマの言葉にふてくされたようにヒィロが吐き捨てた。

 こちらも相変わらずのやりとりに、思わずシャロンが吹き出し、並んだ二艘の舟の上はしばらく笑いに包まれていた。
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