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異郷より。 作者:TKミハル

『広い海と嵐と魔物と』

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出航前の下準備

 下ネタ注意。
 改めて漁業組合の事務所で落ち合う約束をして、四人でレイノルドの家を出た。

 ヒューイックとジークはどちらも複雑な表情をしていたが、ややあって頭の上で手を組んだジークが、
「オレ、ケイン嫌なんだけど。あいつ絶対なんかやらかすし」
「……おまえが言うか?あいつはレイには劣るが航海の知識があって、腕もそこそこ立つ」
「ほぼ性格でだいなしだけどな。あーやだやだ。実の兄目の敵にしてる奴同じ船に乗せてどうすんだよ」
非難じみた言葉を発したが、それを軽くいなして、
「それはともかく、だ。夕暮れからレイと相談して、必要なものをまとめる予定だが……そっちはどうする?来れるか?」
存外真面目な表情でこちらを振り向いた。

 なんだか否応なしにぐいぐいと巻き込む気満々なんだが……どうしたものか。

「ちょっと二人で相談させてくれ」
 そう断って、声が届かない程度の離れた場所へアルを連れて行く。


「どうせならもっと人気のないとこで――とか××とかすればいいのに」
「阿呆。どう見てもあの嬢ちゃんはバージンだろ。相手の苦労が知れるな」
「あんなに身を寄せ合って……きっと色気のねー会話してんだぜ?まったく、人生無駄にしてるとしか思えねーよ」

 少し離れた場所でこちらを見つめる二人がそんな話をしているとは露知らず、シャロンは真剣な面持ちでアルフレッドに向き合う。
「アル。これまでの話を聞く限り、ヒューイックは人を集め海に出て、ことの元凶を叩くつもりに違いない。向かう先は魔物の巣窟だ。今ならまだ引き返せる」
「で、シャロンは?」
「私は、行こうかと思ってる。自分に何ができるかわからないが、行かずに後悔するよりは」
なんだか乗せられた感もあるが……ま、いいかと苦笑をこぼす。
「僕も行くよ。他にすることもないし」
「いや、命を落とすかもしれない船旅に、そんな理由か」
真顔で冗談(だとシャロンは思った)を言うアルフレッドに突っ込みつつも呆れ、
「じゃあ、そんな危険な場所に行くシャロンが心配だから」
「そんな嘘くさい……とにかく、一緒に来るってことでいいな」
そう確認を取ると頷いたので、どうも主体性のない奴だななどと思いつつ、ヒューイックたちのところへ戻る。

「話は終わったか?」
「別にさ、そこらの茂みに入って、しばらく戻ってこなくてもよかったのに」
 何か言う前にヒューイックがジークのすねを蹴り、呻いて足を押さえ跳ね回るのを無視して、覚悟はできた、と頷いて見せる。

「……そうか」
 ヒューイックはふいっと目線を逸らし何か思うところあるのかやや早口に、
「あー、ところでおまえら、船に乗ったことあるのか?」
と尋ねたので、河川のなら、とシャロンは答えたが、アルフレッドからは返答がない。
「アル?ひょっとして……船に乗ったことないのか?」
「……」
 さらに沈黙で返すアルフレッドに、シャロンはグレンタールの地形とこれまでの道中を思い浮かべ、まさかこいつ、泳いだことすらないのでは……?と戦慄した。

 結局、出航準備には一週間ほどかかるのでその間に慣らすことになったが、そういえば、とヒューイックが眉根を寄せる。
「女が船に乗る場合にも約束事があったな。まあ、乗れないってことはないはずだ。それも、後で話し合っとくか」
「……もっと早く思い出して欲しかったんだがそういう重要そうなことは」
 次々後から出てくる条件に、シャロンはふぅ、と肩を落とした。


 また後でと約束してヒューイックと別れ、屋台で軽く腹ごしらえをしながら通りを歩いていく。
「この焼き串、なんだか噛みにくいな。海フーサっていったいなんなんだ」
「ああ、オレ知ってるよ。よく浅瀬で岩にへばりついていてうにょうにょ動く奴」
「……訊かなきゃよかった」
 げんなりして食べかけの串をアルに押しつけ、酒類を物色していると、次第に約束の時間が近づいてきた。
「そろそろ行こうぜ」
 ジークの呼びかけに頷き、漁業組合の事務所に足を向ける。

 中へ入ると、広くはない部屋に山と積まれていた紙類は一部を残して片付けられ、地図の乗ったテーブルを、レイノルド、ヒューイック、ブロスリー、ハリーが囲み、真剣に話し合いをしていたが、こちらに気づき、ヒューイックが手をあげた。
「よお。地図が見える位置に来てくれ」
 テーブルにつくと、待っていたようにレイノルドが立ち上がり、地図の上に指を滑らせる。

「作戦はこうだ。出航後、岩礁地帯へ向かい、なるべく安全な道を通りながら奥を探る。ここまでの距離がおよそ数十カロだから、二、三日はかかる。天候が悪い可能性もあるので、五、六日は見ておきたい」
「……水と食料が大量にいるな」
「俺の倉庫にも干し魚やなんやらがあるからそれを使え。あとは、金に飽かせて用意すればいい」

 話し合いは、深夜遅くまで続き、翌日にはほぼ積み荷の内容が決まっていた。


 明け方近く。壊血病を防ぐために欠かせないティムの実をどのぐらい積もうかという話の後、シャロンはふと、ヒューイックが女性の乗船にはいろいろ条件がとかなんとか言っていたのを思い出し、尋ねてみた。

「……なあ、船に女が乗るのは何か問題があるのか?」
「あ?あー、そうか、あんたも乗るんだな」
 ハリーに時折質問しながら紙の束をめくっていたレイノルドが手を留め、ずり落ちそうになる眼鏡を押さえながらこちらを見る。同時にヒューイックも、はっとしたような表情になった。……これは、忘れてたな?

「まず船乗りたちのあいだに女性が乗ると海が荒れる、どうしてもというなら潔斎した者だけ、と未だに信じられている節があって。だから船上では食事、主に肉類が制限されることになる」
「なんだ、その男尊女卑」
 呆れるシャロンに、おまけに、その……と彼は言いにくそうに、
「月のものが来た女性は、無条件で乗船は不可。特に今回は魔物の巣窟に行くんだ。奴らは血の匂いに敏感だからな」

 どきっと心臓が跳ねた。

「……出航予定は?」
「一週間後だ。乗れそうか?」
 隣のアルフレッドが硬直し、レイとヒューイックも固唾を呑んでこちらを窺うのに対し、それならなんとか大丈夫だ、と頷いて見せる。ああ、やばかった。

 緊迫した空気を感じ取り、少し前から起きていたブロスリーが眠い目をこすりつつふにゃっと笑う。
「よかったよかった。ここまで来て乗船できねえとか目も当てられねえ」
「……まあ、そうだな」
 女ってのは厄介だな、と彼が零した言葉に今さらながら激しく同意して、ため息を吐いた。

 しばらくして、今日はここまでにしよう、とヒューイックが解散宣言をしたので、一足先にアルと外へ出ると、東の下の方、雲の合間から薄く太陽の光が伸びていた。
 ……なんだか随分と久しぶりに見るような気がする。

 同じ方向を見つめてはいるが、何考えているんだかよくわからないアルフレッドと一緒にじっと空を眺めていると、やがて後ろからヒューイック、続いてレイノルドが出てきて目をしばたき、顔に手をかざした。
「ヒュー、人員確保は任せたからな」
「ああ、わかってる」
 神妙に頷くヒューイックに、一瞬迷うような表情を見せたが、かぶりを振って気を取り直し、誰それの腕がいいだの、何某は最近どっぷり酒に溺れているからやめとけ、だのとあれこれアドバイスをしていく。

「シャロンさん、ちょっと」
 その大分後ろでハリーが手招きしたので傍に行くと、
「あの、ヒューイックさんのこと、頼みます。今、かなり無理してると思うんで」
声をひそめて話しかけてきた。

「……そうなのか?」
 レイノルドと話し合う姿はいつもと同じで、特に変わったところはないように思える。
「あの人、ああ見えて悲観主義だから。アイリッツさんと正反対の性格してて」
 雲の切れ間から徐々に太くなる光の帯に目を細めながら、
「いっつもリッツさんの思いつきの無茶振りに、反対材料山ほど用意して、真っ向からぶつかって。でもそれで二人で言い合ううちに、いつのまにかでたらめだった計画が実現可能なものに変わってる。それがまた面白くて」
 その時の場景を思い出しているのか、口元にはかすかに笑みが浮かんでいる。
「俺たちはもともと、あの二人に恩があるんです。レイノルドさんもそう。彼はね、肌が弱くて。今でこそ名が売れてますが、昔はそのことで誹謗中傷の対象にされ、随分辛い目にあったとか。……今、リッツさんが行方不明になって、不安定な状態なはずなのに、それでもヒューイックさんは自分のやるべきことをやろうとしてる。だから、俺たちが今度は支えていかないと」
 視線の先で、ひとしきり話し終えたらしいレイノルドが顔を出す太陽を見つめて思いっきり顔をしかめ、じゃあな、と手を上げフードを目深に被り去っていく。

 というわけだから、協力をお願いします、とハリーは頭を下げ、シャロンがわかった、と頷くと礼を言って入り口でぼーっとしていたブロスリーに声をかけ、中へ入っていった。

 入れ代わりに、これまで寝室でぐっすり眠っていてまったく姿を見せなかったジークが、跳ねた髪を手櫛で整え、大きく伸びをして出てくる。
「お、今日は晴れそうじゃん」
「ああ。久しぶりの太陽だが、レイの肌が焼けるのもあるから素直に喜べないな。……何話してたんだ?」
 戻ってきたヒューイックがこっちに問いかけ、シャロンは笑う。
「ああ、レイノルドと仲がいいんだなって話してた」
「そりゃ付き合い長いから……ジーク、殴るぞおまえ」
「ありゃ、バレた」
 後ろで、片手の輪に人差し指を引っ掛ける、いわゆるゲイだとかバイだとかの仕草をしていたジークは慌てて手を引っ込めた。

 先が思いやられるな、と呆れて再び東の空を見れば、もうその向こうから分厚い雲の一群が近づいてきていた。
 片手で輪を作り、そこに人差し指を入れるジェスチャー……西洋では性交、もしくは同性愛者、という意味を持ちます。

 ティムの実……ライムのような実のこと。ビタミンC補充用。
+注意+
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