星降る夜に 2
サブタイ:気の毒なアルフレッド。
次の日はよく晴れて、村は早朝から荷馬車などの出入りが激しく、広場のあちこちに資材を運んでいた。
「おう嬢ちゃん、どうした?連れなら、奥にいるぜ」
板と木をハンマーで打ち付けていた男が顔を上げ、こちらに一声かけてまた作業に戻る。
どこかで剣の鍛錬を、と思ったんだが……アルは何やってるんだ。
言われた場所へ歩いていくと、確かに見覚えのある姿が資材のあいだで動き、ひたすら薪を割っている。
「アル?何やってるんだ、こんなところで」
「……薪割り」
「それはそうなんだが」
力いっぱい斧を振り下ろす彼の隣には、背丈を超す勢いで薪の山が並んでいて、話の合間にも手は休むことはない。
「結構、いい鍛錬になる」
「ふーん」
それならと、ひとしきり薪割りや資材運びを手伝うと、いつのまにか日は高く上がり、近くにいた大工が小さな袋を投げてよこした。受け取ると小銭がジャラリと音を立てる。
その後彼から聞いた話によれば、流星は先触れから三~四日目、つまり明日明後日の夜が一番最高らしい。天気もよさそうだし、ちょうどよかったと、教えてくれた男はからからと笑う。
「何せ、前回なんかはこれからってぇときに降り出しちまってなあ。あんまり悪天候の年が続くと、村の将来が心配だし、旅人の客足も遠のくしで、空だけでなく先行きも暗いとときてる。本当助かったぜぇ」
「そ、そうなのか」
こうやって話しているあいだにも木を割る音や、削る音が絶えることなく響き、祭りの市の枠組みが少しずつ出来上がっていくのは、なんともいいようのないわくわくした気持ちをシャロンにもたらしていた。
そして、その次の日。藁ぶきの家々は美しく花やリースで飾られ、歩く人の足取りもどことなく浮足立っていた。
立ち入り禁止だった広場は昼下がりにやっと解放され、屋台で肉などを焼くいい匂いとともに、
「安いよ安いよ!なんとライ麦、袋に詰め放題で半銀貨!これは安い!」
「えー、果物はいらんかね。これは今朝獲ったばかりの新鮮なリンゴだよ」
など、にぎやかな売り子の声が、少し離れたところにいるシャロンたちにまで届いてくる。
シャロンは祭りの喧騒にうきうきしながら後ろを振り返ると、対するアルフレッドは、どことなく気が進まなそうに眉根を寄せていて、動こうとしない。
そういえば、こいつは人の多いところは、それほど好きじゃなかったんだった。
シャロンは迷ったが、せっかくのお祭りだから、一人より二人の方が楽しいに決まっている、と考え直し、
「アルは行かないのか?私は、できたら一緒にまわりたい」
意を決して誘ってみた。
すると、ますますアルフレッドは嫌そうに顔をしかめ、
「………………別にいいけど」
と低く返してきた。というか、随分沈黙が長かったんだが、やはり人混みは苦手なんだろうな。それでも了承してくれたのが嬉しかったので自然と顔がほころぶ。
「ありがとう。なら、なるべく人の少ないところへ」
「それはいい」
間髪入れず渋面でそう返されたので、戸惑いながらも頷き、
「そう、か?それなら、まず右の方へ行こう。獣肉を焼いてる屋台があったから」
それで、一緒に向かうことになった。
市を物色したり、屋台を見てまわるうちに、ゆっくりと夕方になり、広場の真ん中に火が灯された。陽気なバルバットやドラム、手拍子の音に合わせ村人が踊り始める。
日が沈むのに合わせて辺りは暗くなり、焚き火の炎と道に置かれたランプだけがぼんやりと周辺を照らし出している。
見ているだけでも楽しかったが、やはり星祭りでもあることだし夜空を楽しもうと、少し離れた草地に並んで座り、今にも落ちてきそうな星の輝きを見上げてみる。
すると、ほどなくして一筋、二筋と星が滑り始めた。
「今年も涙は枯れず、か」
ぽつり呟くと、訝しむような目を向けてきたのでそれに笑いかけ、
「いや、ほら、話であったじゃないか。昔、夜の乙女が恋人の思いを試そうと、こう言った。『もしあなたが私を本当に愛しているのなら、あの赤い光を抱く怪物を倒してきて』……恋人は見事怪物を射止めたが、最後の力を振り絞った怪物、その角の一突きにやられ命を失ってしまう。だから、毎年この時期になると、乙女は恋人を思い出して、涙を流す、と。確か、こんな内容だった」
隣のなぜかやや離れた位置に座っていたアルフレッドは、眉根を寄せたままで首を振る。
「僕のいたところは、違う。この時期に星が流れるのは、魂が空に還っていくからだと。そんな話。グレンタールの奥の山は、春が過ぎても雪が深く、最後の遭難者の遺体が発見されるのがちょうどこの少し前で、この時期に皆が揃って還っていく、とされてる」
「それ、は、なんというか、殺伐としてるな……」
そんな話を聞かされたせいか、なんだかうすら寒く、鳥肌まで立ってきた。
「なんだか、少し寒いような気がしてきた……」
思わず呟くと、突然アルフレッドが立ち上がり、宿に帰る、これ使っていいからとぶっきらぼうに言うと上着を投げ捨てて、ぎこちない足取りで去っていった。
「あれ?」
その姿を見送り首を傾げたシャロンは、もう一度空を見上げ、流星群を堪能すると、せっかくこんないい場所に来たんだから打ち合いでもすればよかったとがっかりしながら、仕方なくひとりでステップを踏みつつ素振りの練習をすることにした。
このとき、星祭りの相手にあぶれた男が二、三近くを通ったりしたものの……残念ながら剣を振り回しているシャロンに近寄る猛者はいなかった。
〈補足〉
このお祭りは、村人としては合コンのようなもので、第一夜でいい相手を見つけて第二夜に待ち合わせをします。第二夜に来ないとお断り、来たら恋人成立。そして第二夜にあぶれ者同士くっついたりもする。
この時点で、シャロンはこのことを知らないけれどアルフレッドは知っています。