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ホラー小説

白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶ

作者:しまうま
 ――なんだかみんなの雰囲気が違う。

 それに始めて気づいたのは、一月ほど前だった。

 中学二年の11月。
 学校へ向かう途中の空気が、ひどく冷たく感じられる朝が続く。
 吐き出した白い息のぬくもりがはっきりとわかる寒さだ。

 制服が、冬用のものになる。
 重たくてやぼったい紺色の生地。
 景色が色あせていく。

 それはつまり、季節が変わったということだ。
 そして、もう一度季節が変われば、私は中学三年生になる。

 受験生。
 考えるだけで息苦しくなるような、私を追い詰める言葉だ。

 季節が変わって、新しい年になって、そして新しい年度になれば「それ」はやってくる。
 もう、すぐそこまで近づいているのだ。
 クラスのみんなは、私よりもすこし早くそのことに気づいていたのだろう。
 無理に大人びた振る舞いをしようとして、なんだか空々しいような、クラスはそんな雰囲気に包まれていた。
 会話が止まったふとした瞬間に、特にそれが強く感じられた。

 ――もう受験生なんだから。

 とつぶやいてみる。
 私は素直に勉強をがんばろうとはとても思えなくて、むしろそういう雰囲気には徹底的に抵抗してやろうという気分になって、授業もろくに聞かないようになっていった。


 ***


 ――虫に刺されたかな?

 授業が始まると、私は前の席の男子の背中に隠れるようにして身をかがめた。
 教師の話を聞くつもりはない。
 制服の袖をめくって、自分の手首をじっと観察した。

 真っ白で、どこかにぶつけたらぽっきり折れてしまいそうで、おもちゃみたいと母からは言われ、自分でも笑っちゃうくらいに細い私の腕は、痛々しい姿になっていた。
 手首周辺の皮膚が、真っ赤になっているのだ。

 今朝からどうもかゆいなとは思っていた。
 たまらずに制服の上からひっかいてしまっていた。
 だが、ここまで腫れあがっていることには気づかなかった。
 肌が白いために、ひどく目立っている。

 ――どうしようか、これ。

 手首に包帯を巻いていたら、リスカしたと思われるだろうなと考えて、私はくすりと笑った。

 虫に刺された記憶はない。
 植物にかぶれたのだろうかと思ったが、それらしいものを触った記憶もない。
 これだけ腫れているのに、その原因がわからないというのは不思議だ。

 つ、つ、つ。

 人差し指で、赤くなった肌をなぞると、いつもと違う感触がした。
 かさかさに乾いて、自分の肌ではないような感触。
 じっくりと確認してみると、その範囲は広い。
 手首と肘の中間付近まで、肌は乾いている。
 触っているうちに、思い出したようにかゆみがぶり返してきた。

 ――これ以上ひっかかないほうがいいんだろうけど。かゆい……。

 肌が傷ついてしまうということはわかっているのに、どうしても、もうすこしだけひっかきたくなった。

 軽く爪を立てるだけで感じる、首筋がしびれるような痛み。
 耐えられないような、鋭い痛みではない。
 ぼんやりとしていて、とらえどころがない。
 あるのかないのかもはっきりとしない。
 すぐに見失ってしまうような痛みだ。
 だから、もう一度たしかめてみたくなる。

 そうやって、今朝から繰り返していた。
 伸ばしかけた手を膝の上に戻す。

 ――やめとこう。さすがにもう我慢しないと。痕が残るかもしれない。

 私は赤い手首を眺めて、静かに息を吐きながらかゆみが治まるのを待った。

 ふと、机の上に転がったシャーペンが目にとまった。
 腫れ上がった右手は動かしたくない。
 かゆみのない左手で持ち上げて、芯を出してみた。

 カチ、カチ、カチ。

 黒くて細い芯が、すこしずつ長さを伸ばしていく。

 ――これでひっかいたら、どんな感触だろう。

 芯を見つめるうちにそんなことが気になって、私の頭の中を占領してしまった。
 我慢しなければと思った分、誘惑が大きくなる。
 左手でおそるおそる、シャーペンを近づける。
 針のように細い芯が肌に触れた瞬間、私は「ああっ」と声を上げそうになっていた。

 いままでよりもはっきりとした痛み。
 それが首筋を駆け抜けたあとに、ほんの一瞬、快感が訪れたのだった。
 視界が白くなるような、強烈な快感だった。
 びくっと体が反応したせいで、シャーペンの芯は折れてしまっている。
 肌にはうっすらと、ひっかいた痕が残っていた。
 快感が去ったあとには、さらに強い欲求が残っていた。
 抵抗できるわけがない。

 ――もう一度。

 今度は芯をすこしだけ出して、肌に当てる。
 力をこめるほどに、痛みがクリアになっていく。
 そして、シャーペンの芯が、ぷちっと肌を突き抜けた。

 いままでにない、強烈な痛みと快感が押し寄せてきた。

 ちいさく声を漏らして、とっさに机に伏せて、寝ているふりをした、
 息を殺すだけで、もう必死だ。
 私の声は周りの生徒には聞こえていなかったようだ。
 誰も気にする様子はない。
 授業に集中している。
 動悸が治まるのを顔を伏せたまま待った。

 落ち着いてくると、私はシャーペンを握りなおした。

 ――もうすこしだけ。あとすこし。

 それしか考えることができない。

 快感には少し慣れてきた。
 しびれるような痛みはまだ残っている。
 だが、なんとか我慢できそうだ。
 自分の体がふわふわと浮いているように感じた。

 肌に穴を開けてしまった場所を、シャーペンで丁寧にすこしずつ広げていく。
 そして、ある程度の大きさになったら、めくれた肌を爪の先でつまんだ。

 ぺりっ。

 皮膚がはがれる。
 ふうーと大きく息を吐き出して、私ははがれた皮膚をそろそろと引っ張った。
 私の腕から一枚の皮膚が離れていく。
 もうやめられなかった。
 痛みと快感が同時に訪れて、目を開けていられない。

 ――もっと……。はがしたい。

 夢中になって私は皮膚をひっぱった。
 すこしずつ、じっくりと、丁寧に、はがれた皮膚がちぎれてしまわないように。

 最後には一枚の、筆箱よりも大きな皮が机の上に乗った。
 押し寄せる快感で、痛みはもうわからなくなっていた。

 そして、私は奇妙なものを発見した。

 はがれた皮膚の向こう側、私の腕のなかに何かがあった。
 虫の卵のような物体だった。
 白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶ。
 小指の爪ほどの大きさしかない。
 それが腕の肉のあいだにびっしりとつまっているのだ。
 私の体液でぬるぬると光っている。

 ――なに、これ?

 シャーペンの先でつつくと、ぽとりと机の上に落ちた。
 もぞもぞと、動いている。

 ――生きてるの?

 その物体は伸縮を繰り返して、それによって移動をしようとしているようだった。
 足や手がついている様子はない。
 じわじわと私の机を縦断して、前の席の背もたれに張り付いた。
 体には吸着性があるようで、背もたれをいままでと同じように伸縮しながら登っていく。
 途中、何度か落ちそうになり、そのたびに慌てたようにもぞもぞと伸縮を早める。
 見守っていた私が思わず、

 ――がんばれ!

 と応援してしまうようなユーモラスな動きだった。

 ――でも、どうしたいのだろう。

 観察を続けると、白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶは、背もたれからいすに座る男子の肩に登る。
 さらに登って、男子生徒の首にまで到達した。

 そして、するすると耳の穴の中に入っていった。

 ――うそ、入っちゃった……。

 男子生徒がびくっと体を震わせる。
 私は息を飲んで、彼の様子を見守った。だが、それきり何の反応も見せない。
 振り返ることもない。
 そのまま黒板に集中していた。 

 私の腕には、まだたくさんの白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶが並んでいる。
 これを放っておくわけにはいかない。
 シャーペンの先でつついて机に落とすと、さきほどと同じように男子生徒の耳の穴に向かう。
 白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶが耳の穴のなかに入って、男子生徒がびくっと体を震わせるたびに、私は奇妙な満足感を感じた。

 ――私が何かをやっているわけじゃないんだし。「これ」が勝手に耳に入るんだから、私は悪くないし。

 そう言い聞かせて、夢中になって、机にぽとりぽとりとそれを落としていった。

 ふと私の斜め前、左側の女子生徒がさらりと髪をかきあげるのが視界に入った。
 玲子。
 私の学校で、たぶん一番の美人だ。
 目が大きくて、鼻筋がすらっとしていて、大人びている。
 髪の毛もきらきらしている。
 年上の彼氏がいるらしくて、でもその話はほとんどしない。
 美人だからといって気取ったところはないのだけれど、クラスの中では距離をとって、誰とも仲良くしようとはしない子だ。
 そういう態度が、慎重にみんなをあしらっているような振るまいが、なんだか馬鹿にされているようで、私は気に入らなかった。

 ――どうせなら。

 玲子のほうへ向けて落としてみた。
 私の意図が伝わっているようだ。
 白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶは机から床に降りて、まっすぐ玲子のほうへ進む。
 足を登り、膝を越えて、太ももからスカートの中へ潜り込んだ。
 少しして、玲子がびくっと体を震わせる。

 ――どこに入ったのかしら。

 そんなことを考えて、私はにやにや笑っていた。

 腕のなかにつまっていた白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶは、全て送り出してしまった。
 いまはもう、えぐれた肉が見えているだけだ。
 私はなんとなく、机の上のはがれた皮膚を持ち上げた。
 もともとあった場所に重ねてみる。
 ジグゾーパズルのように当てはめて、しばらく押さえてみる。
 そっと確認すると、皮膚はぴったりくっついていた。
 傷跡も残っていない。
 手首を触ると、つるりとしたいつもの感触だった。


 ***


「どうかした?」

 授業のあいだの休み時間。
 私は廊下にいた。
 窓際にもたれかかって、友人のゆかりと僅かな時間のおしゃべり。
 そのときに、不思議そうな顔でゆかりが尋ねたのだ。

「ううん」

 私が答えると、ゆかりは「ふーん?」と首をかしげていた。
 たぶん、ごまかせたと思う。
 そらした視線をもう一度ゆかりのスカートに向けた。
 白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶが、ゆかりのスカートの上を這っていた。

 ――こんなところにまで。

 そっと手を伸ばしてつまもうとする。
 急に距離を縮めて制服に触れようとする私に、ゆかりが困ったような笑みを浮かべた。

「なによお?」 

「ちがうの。なんでもないの」

 そう答えながら、私はポケットのなかのハンカチで指先をそっとぬぐった。
 白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶは湿っていた。
 そして、柔らかかった。
 軽くつまむだけでつぶれて、飛び出した体液で濡れてしまった。
 ハンカチでぬぐっても、いつまでもその感触が残っている気がした。


 ***


 昼食の時間が始まる。

 私の学校には給食がない。
 だから、昼食は自分たちで用意しないといけない。
 購買部でパンを買う子もいるが、たいていはお弁当だ。食堂で食べることもできる。
 中学校で給食がないのは珍しくて、ほかの学校に通う子には羨ましがられていた。

 カバンから、お弁当を取り出す。
 そして机を動かして、大きな長方形を作る。椅子を並べて、机を囲んで向かい合って座われるようにする。

 こうして仲のいいグループで集まって、食事をする。
 それが昼食時間のいつもの光景だ。
 授業も半分以上終わって、友達とくつろげるこの時間が、私は好きだった。

 私のグループはゆかりのほかに二人。
 合計四人のグループだった。

「いただきまーす」

「やっとお昼だね。長かったあ」

「うん、ようやくだね。英語が一番長かった気がする」

「あはは、わかる」

 そんなことをしゃべりながら、ふたを開ける。
 そのまま私の手は止まってしまった。

「どうしたの? 食べないの?」

 私の水色の弁当箱には、白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶが、ぎっしりと詰まっていた。
 もぞもぞと動いている。
 いまにも溢れだしそうだった。

 何も考えられなかった。
 私はただ止まっていた。

「お弁当、食べないとダメだよ? お母さんがせっかく作ってくれたのにぃ」

 見えているはずだ。
 白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶのうちのいくつかが、机の上にこぼれ落ちている。
 なのに、ゆかりは平然とそんなことを言った。

 おかしいのはゆかりだけではなかった。
 グループの誰も疑問を持つ様子がない。

「おいしそうじゃない」

「はやく食べなよー」

 全員が私を見ていた。
 何かを待っているかのようだった。

 私の指がプルプルと震えだした。
 止めようとしてもとまらない。
 自分の指ではないような感覚だ。

 皮膚がぼこっと浮き上がった。
 細い楕円の形になる。
 ちょうど、白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶの形だ。

 ひとつ、またひとつといぼのようなものが、私の皮膚に浮かぶ。
 そして、そのいぼたちが、もぞもぞと私の指先をめがけて動き始めた。

 しばらくして震えが止まった。
 私の指は――私の指だったものは、皮膚の内側にある無数の「それ」の動きに合わせて、ぐにゃぐにゃと動いていた。
 自分の意志ではもう動かせない。
 人差し指と親指で、弁当箱の中身をつまもうとしているようだった。
 力の加減がわからないのか、ぶちぶちとつぶしてしまっている。
 繰り返して、ようやくひとかたまりをつまんでいた。

 私の自由にならないのは指だけではなかった。
 今度は腕が持ち上がった。
 私の口に向かっていた。
 口を閉じることもできない。
 よだれをたらしてだらしなく開いたまま、白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶが近づいてくるのを待つしかなかった。
 別人のもののような感触の指が口の中に入り、私ののどの奥へと押し込んでいく。
 つるつると、いくつもの白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶがのどを滑り落ちていく。

 待ちきれなくなったのか、白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶは、弁当箱から机、そして制服をたどって私の口へ、列を作って行進していた。
 次々に私の口の中に入り、のどの奥へ飛び込んでいく。
 その感触を確かめるだけで、私にはなにもできなかった。
 体を動かすことができない。
 呼吸をするだけだ。
 体中にぎっしりとぐにゃぐにゃとした「何か」が詰め込まれているようだった。

 グループのみんなは私が「食べ終わる」のをじっと見ていた。

 弁当箱が空になる。
 静かに息を吐き、呼吸を整えた。

 ――これで終わったのだろうか。

 徐々に自分の体のコントロールができるようになってきた。

 ふと、床を見る。
 床は白くなっていた。
 もともとは木目調のタイルだったはずだ。
 それが、いまは廊下まで真っ白。
 原因は白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶだった。
 床にびっしりと並んだそれが、私を取り囲むようにして、近づいているのだった。
 ひとつ一つのもぞもぞとした動きが、波のようなうねりとなっている。

 ――うそ、やめて。

 白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶが、私の足を登り始める。
 体がまた動かなくなる。

 ――いやだ。

 そう思った瞬間、首筋をしびれるような痛みが走った。
 頭の裏を、なにかがもぞもぞと動いている。
 そうすると、不思議なことに、いやだという気持ちはなくなていった。
 むしろ、楽しみな気分になった。
 たくさんの白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶが、私の体を登ってくる。

 ――ああ、こんなにいっぱい。

 行儀よく、一列に並んで私の口を目指している。
 そういえば、私ははじめから、白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶに不快感を抱いていなかった。

 いつからだろう。
 なぜだろう。

 頭の裏で何かが動いている。

 いま私のなかには、どれくらいの白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶが入っているのだろう。

 私は誰だろう。
 私は何になってしまったのだろう。

 また身動きが取れなくなる。
 白い列が途切れることはない。
 どれだけ私の口の中に入っても、またどこからか、白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶが集まってくる。

 私はいつまでも、白くてつやつやして細長いちいさなつぶつぶがのどをつるつると通り抜ける感触を感じていた。
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