「・・・・・・様」
名前を呼ばれ、私は立ち上がった。
首や腕、そして腰に巻かれた玉がしゃらしゃらと涼やかな音を立てた。
鏡を覗き、化粧のできばえを確かめる。
磨きぬかれた銅は、それでも細部までははっきりと写すことはできず
私は入ってきた侍女に尋ねた。
「今日の化粧の出来は美しいかしら」
だが、侍女は答えず片袖で顔を覆った。
「・・・・・・おいたわしゅうございます」
喪に服すものが纏う黒い衣の隙間から、嗚咽交じりの声が漏れる。
おいたわしい?私が?
なぜ?私はうれしくてたまらないのに。今もこらえていなければ
声を上げて笑い出しそうだ。
声を出せない私に代わって、体中の玉がなる。
しゃらしゃら、しゃらしゃら。
部屋の外にでると、多くの人々の視線がいっせいに私に注がれる。
が、私が人々をみると、皆侍女と同じように顔を伏せる。
耳に届くのは押し殺した嗚咽と、「おかわいそうに」という声のみ。
不思議だ。本当に不思議だ。
私は誰に強制されたわけでもなく、自分の望みでこの場に居る。
誰も気付きはしないだろうが、生まれて初めてのことだ。
しゃらしゃら、しゃらしゃら。
玉の音だけが涼しげに、私の後をついていく。
やがて、目の前に現れた陵墓は、草木が生えていないことと
小さな入り口があることを除けば小高い丘そのもの。
ここに私の夫であり、この国の王でもあった人が眠っている
墓を守る兵士が深くうつむいて、私に小さな松明を渡してくれた。
微笑んでそれを受け取り、一瞬の躊躇もなく私は入り口に足を踏み入れた。
墓の中は真っ白な石が敷き詰められ、女官や宮廷の庭の様子が描かれている。
あの人は寂しがりやだった。死して尚、何もない場所に居ることが
耐えられないのだろう。
重い音が背後から響く。振り返らなくても私には分かる。
あれは、入り口がふさがれる音。不届きな輩にあらされることがないように
重い石で。もちろん私が中からどんなに力をこめても、あけることはできない。
石に映る私の影がどんどん細くなり、ついに消えた。と、同時に
たいまつの光で出来た薄い影がユラユラと立ち上がった。
王が眠る部屋まで、もう少し歩かねばならない。
しゃらしゃら。しゃらしゃら。
玉をならしながら、私は歩をすすめる。
「王はたくさんの妃をもつものです」
幼い頃から王の妃となるべく育てられ、父もまた大勢の妃をもっていたから
十分に理解していたはずだった。
だが、実際に自分が妃になると、大勢の中の一人であることが
私には耐えられなかった。
母はどうして、ちがう妃のもとへ行く父を笑顔で送り出せたのだろう。
「女がたくさんの玉を持ちたがるのと同じことですよ」
と侍女は笑ったが、私は玉ではない。玉ならば砕けようと捨てようと何もいわない。
だが、私は違う。
だから、王の杯に毒を入れた。
これ以上、違う妃のもとに通わぬように、新しい女が目に入らぬように
美しい娘を、口説かぬように。
王からすべてを奪ったのだ。
無論、奪っただけではない。代わりに私はこの身を差し出すのだ。
王と共に死者の国へと旅立つ。
四神に囲まれ、王は永遠の眠りについていた。
部屋は広く、棺は置かれていても十分に余裕がある。
私は玉を揺らしながら棺に手をかけた。
ああ、王君。ようやく私だけのものになられました。
深く、深く笑いながら、わたしは大君の隣に身を横たえた。
石棺と死者は冷たい。だが、
一人寝の床の冷たさに比べれば、水とお湯ほどに違う。
もう、離しません。どこまでも共に。
動かぬ体を抱き、青ざめた唇に私は自らの唇を重ねた。
1988年 藤ノ木古墳より出土した石棺が考古学者らの手によって開封された
埋葬されていたのは、男女2名。尚、日本の墳墓で、男女が同じ
棺の中に入っていた例はこれ一つであり、
日本考古学史上 最大の発見の一つとされている
注意 この話はすべてフィクションです
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