挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。
<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕 が含まれています。

悪い子同盟に入ってみた。

 ドラえもんも、しまじろうも、嘘つきだってことは、なんとなくわかっていた。
「幼稚園はたのしいお友達がいっぱいだよ!」とか「小学校の先生はおもしろい人ばっかり!」みたいなことを『たのしい幼稚園』だの『こどもちゃれんじ』だの、幼児向けの楽しい雑誌でやつらは言ってのけた。
 あふれんばかりの笑顔を浮かべながら――だ。
 でも、実際に幼稚園や小学校に通ってみても、あの笑顔みたく笑うことはできなかったし、たのしいお友達もいなかったし、面白い先生に出会うこともなかった。
 ドラえもんとしまじろうは嘘の笑顔を浮かべていたんだ。営業用の笑顔を。
 小学校一、二年の時には既に「営業用の笑顔」って概念が私の頭には住み着いていた気がする。
 きっかけは、近所に住んでた高校生のお姉様。
 特に誰かとしゃべるわけでもなく、笑ってることなんかみたことないお姉様。
 そのお姉様が型にはまったような笑顔をしていたのを見てしまったことがある。
『スマイル0円』ってメニューに書かれてて、可愛さのかけらもなく、狂気すら感じるあのキャラクターさん達のいる――あのハンバーガー屋さん。
 レジで「ご一緒にポテトはいかがですか?」って聞くだけで巨額の富を得ることができる仕事。
 その仕事をアルバイターとして全うしていたのがお姉様。あの時の笑顔は、タヌキ型ロボットやあの虎畜生と同じものだったのだ。
 なるほど。世の中は嘘ばっかりだ。
 七歳か八歳の私は何かを悟ってしまったのだ。
 ブッダさんとかキリストさんがいろいろがんばって悟ったものを、ただお姉様に言われるがままポテトを頼んだだけで私は悟ってしまった。たぶん世の中のどんな学校よりもどんなセミナーよりもどんなユーキャンよりも安上がりに学んだのだ。
 次の日から、みんな同じ笑顔を浮かべていることに気づいた。
 いろんなお店、そして、学校。偉そうな顔した政治家や目の上ブルーなおばさんも。
 生きるためにはお金が必要で、そのお金のために、未来デパートから来たロボットや個人情報ばらまき動物は笑顔を作らなければならないのだ。
 営業スマイルに違いがあるとすれば、アルカノイド名人やうさぎ、鳥、ひつじをなぜか食べない肉食獣の笑顔はお金になるだろうけど、お姉様の笑顔はお店の方針でプライスレスになるということくらい。
 そうなってくると、自然に学校になんて行かなくなるもの。この町に一人の登校拒否児――かっこよく言えばスクールエスケーパーが誕生してしまうのである。
 そんなこんなで学校に行かない日々を過ごしながら、私はいつのまにか一二歳になっていた。

     ◇

 寝過ぎたせいで、背中が痛い。
 喉も乾くし、頭もぼーっとする。
 こんなコンディションなので、特に動く気力もせ出ず、またベッドに潜る。あんなに寝たはずなのにまた寝てる。
 私は、人よりも眠れる体質らしい。スクールエスケーパーの素質が元からあったのだ。
 他のスクールエスケーパーの皆様がどんな生活を過ごしているかはよくわからない。
 いろいろと大変な思いをしながら登校拒否ることを続けてる方もいらっしゃるだろう。
 けど、私は今の生活に不自由なことは何一つなかった。
 一人っ子の特権で自分の部屋はあるし、その部屋にテレビもあるし、パソコンもある。
 当然、パソコンにはネットもつながっているし、特にアクセス制限といったものも設定されていない。
 極めつけはうちの両親が引きこもりに寛大だということ。
寛大……なのか、放任なのか、とにかく私を悲観的な目で見てくることもないし、自分たち自身を責めたりすることもしてない。
 ネットでよく見る廊下にラップがかかった食事が置いてあって「お願い部屋から出て来て!」みたいな置き手紙が置いてあることもない。
 私はけっこう充実したスクールエスケーパーなのかもしれない。
 起きたら冷蔵庫にあるもので朝食兼昼食を適当にすまし、夕食は両親と普通に食事をしている。
 話す内容は学校に行ってる時と特に変わらない。リビングに流れてるテレビ番組に対してツッコミを入れてるだけ。
 もしかしたら、両親には、私が学校に行ってるという幻覚をどこかで見ているんじゃないかってことを本気で疑うことがある。
 学校から何かしら連絡は来ているはずだし、クラスメイトがたまーに学校に誘いに来ているはずだからわかってはいるはずなのだ。
 その学校からの電話も私が直接対応するし、迎えにくるクラスメイトも私が自分で追っ払う。
 比較的両親に迷惑をかけてない部類のスクールエスケーパーではあるという自負はあるんだ。

 さてさて、学校は行かないといっても外には出たくなるものである。
 それこそ、ずーっと部屋で寝てるとやっぱり身体の調子は悪くなるもので、成長期な私はどうしても太陽の光を欲してしまう。
 そんな時は外に出てお散歩に徹する。
 私みたいな年の女の子が昼間からぶらぶらしてたら「学校はどうしたの?」っていうお巡りさんがくる……のかもしれないけど、我が家はそこそこ田舎にあるのでお巡りさんに遭遇したことがない。
 これもおかしい話。だって、吉幾三大先生によれば、田舎のお巡りさんは「毎日、ぐーるぐる」状態なはずなのに私の住む地域にはぐーるぐるしているお巡りさんもいない。
 今のお巡りさんはどうにかこうにか点数を集めなきゃいけないわけで、点数にならないスクールエスケーパーの相手はできないわけよねー。
 なんてことを思いながら、今日も今日とて、地元のスーパーマーケットの衣類コーナーで買ったジーンズとこれまた衣類コーナーで買った無地で薄手のパーカー。これにホームセンターで買った無地のメッシュキャップをかぶる。
 そして、裸足にクロックスを履いて、私は外に出る。世の一二歳がまず着ないであろう組み合わせで散歩に出かけるのだ。
 万が一、ぐーるぐるお巡りさんに会ったとしてもギリ主婦のお姉さま方に見てもらおうという魂胆。
 まあ、もし本当の年がばれたとしたって「登校拒否やらせていただいてるものですが、何かご質問がおありでしょうかー」というスタイルで職務質問を受ける気まんまんですので、それはそれで。
 久々に太陽の光を浴びて、うーんと背伸び。
 あら、気持ちいい。
 柔らかい春の日差しは、三度寝、四度寝した私の身体にもすごく優しい。
 私の前世ってもしかしたら植物だったのかもしれない。
 動きたくはないけど、太陽の光は必要なのだから。
 前世の私はどんな植物だったのかな。
 野菜は食べられちゃうからイヤだな。
 草もやだなー。雑草だと抜かれちゃうし、牧草だと食べられちゃうし、野草も岡本信人に食べられちゃうし。
 うーん。コケとかがいいかな。川とかの岩とかにいるやつ。
 岩に張り付いてればいいし、それほど食べられる心配もないだろう。
 夏は涼しそうなのもいい。冬は寒いだろうけど。

 なんだか川に行きたくなった。

 あの涼しい風とか水のぽこぽこした音とか冷たい冷たい水とか。
 そうだ。今日は川へ行こう。
 私の頭の中のカーナビが勝手に目的地を設定する。
 所要時間。徒歩一〇分。
 こんなスナック感覚でサクっと川へ行けてしまうのも田舎の特権だと思う。
 日光とテレビとネット環境と自然があるこの場所は、もっとも不登校に向いてる地域なのではないだろうか。
 町役場の方々はこういった方面で町おこしに動いてみるのはどうだろう。
 不登校児が集まる町なんて、なんか……素敵やん?

     ◇

 風が冷たくなってくる。身体に優しい日光、そして冷たい風。正反対とも思えるこの組み合わせがなんだか心地いい。まるで、こたつでアイス、みたいな心地よさ。
 平日ということもあって、すれ違う人がいないどころか、車もすれ違わない。川での水遊びにしては季節が早く、釣りをするには時間が遅すぎるのだろう。
 きっとこの時間に車が通り過ぎるとしたら野生の動物を管理する役場のパトロールくらい。
 そういった人たちはオレンジ色をして、歩くとシャカシャカ言いそうなナイロンのスタッフジャンパーを来てるからすぐにわかる。
 そして、車のエンジン音でわかってしまうものだ。
 だって、川のせせらぎ以外なにも聞こえてこないのだから――。
 そんなことを思いながら歩いていたから、私が車を引き寄せてしまったのだろうか。

 後ろから車が来るエンジン音が聞こえてくる。

 走ってきたのは、真っ赤な可愛らしい色をした車。
 車高が高いタイプのちっちゃな軽自動車だ。
 たしか「じむにー」とか言う奴じゃなかったっけ?
 なんか、おもちゃみたいでとっても可愛い軽自動車。
 あの車にはたぶん、役場で雇われたパトロール隊のおじちゃん達が乗ってるに違いない。
 定年を迎えたおじちゃん達が役場のアルバイターとして乗ってくるんだ。お巡りさんはぐーるぐるしないのにこの人達は毎日ぐーるぐる状態なのだから。
 ほら……シャカシャカしたオレンジのジャンパーを……あれ? 着てない? 着てないどころか、おじいちゃんでもなかった。

 黒くて綺麗な髪をした、女の人だ。

 しかも、グレーのブラウスに赤いリボン。その服装に見覚えがあった。
 あの、ハンバーガー屋さんでお金にならない笑顔を浮かべたあのお姉様が通ってた高校の制服。

 高校の制服を着た女の人がじむにーを運転している。

 ただ、文にすると簡単だけど、私がこの状況を理解するのにはちょっとだけ時間がかかった。
 だって、完全に理解した頃にはじむにーは私の横を通り過ぎて、川の方向へと走り抜けていったのだから。

     ◇

 マイナスイオンいっぱいの川の水が霧状になって体に降りかかってくる。
 ゆっくりゆっくりと流れる川の水は、まるで足をつけるのにちょうどよく調節されているかのようだった。
 そして、流れに逆らってまーるくなったおっきめの石はまるで誰かが座るために準備された椅子。

 そこに女の人はいた。

 彼女は、靴とソックスを脱ぎ、足を川の水につけ、まるい石を椅子代わりに座っている。
 そして、手には白地に緑色の円が書かれた少し長めの飲み物――缶ビールが握られている。
 まんなかに可愛くはない、妖怪図鑑とかそういうのに載ってるタイプのキリンさんが描かれているビールだ。
 うちの母親が飲んでいるのと同じ糖質オフタイプの緑色したキリンさんのビール。
 それを吸い込むように女の人は飲み干していく。
 彼女の喉と一緒に私の喉も鳴ってしまいそう。
 本当にテレビのコマーシャルを見ているみたいなシチュエーションが私の目の前に広がっている。
 コマーシャルと違う点をあげるとするならば、彼女が制服を着ているというところであり、それもコスプレとかじゃなくって、年相応の女子高校生のお姉さんが年相応の高校の制服を着て、年相応ではないお酒を飲んでいる――という点だ。
 なんだか、夢を見ている気分。
 もしかしたら、夢の中なのかもしれない。
 寝過ぎたせいで現実にやや近い夢を見ているのかもしれない。
 なんとなく、アンバランスさがちょうど夢の中のあべこべ感といっしょ。
 もしかしたら、もうちょっとしたらいつものようにベッドから起きだして、背中痛いなー、とかちょっと頭も痛いなー、とか言い出すのだろうか。
 まあ、それはそれでいいので、夢だとしても今の状況を楽しみたいものです。
 私が向こうを観察しているのだから、当然向こう側もこっちに気づくようだ。
「一緒に飲みませんかー?」
 彼女の若さ、みたいなものが声からわかった気がした。やっぱり彼女はアルコールを飲んでもいい、って認められた年じゃないのだ。
 未成年飲酒ってやつでしたか。
 そうですか。
 いけませんね。
 何がいけないのかは、具体的によくわからないのだけど、とにかくいけませんね。
 だって違法ですもの。人は殺しちゃいけないし、物は盗んじゃいけないし、アニメは動画サイトにアップしちゃいけないし、野球選手が覚醒剤を使用しちゃいけないし、英語の教科書の萌え英語教師を使った二次創作もしちゃいけないのです。
 それと同じ感覚で未成年の飲酒、喫煙は法律で禁止されているはず。
 罰則として、目を縫いつけられるレベルの中世ヨーロッパチックな罰ゲームが用意されてるはず。
 っていうか、あれですね。
 やっぱり、私は今、年相応に見られてないってことだね。
 衣類コーナーすごいね。立派だね。

 未成年飲酒はいけません!

 本来、私は注意しなければいけない立場なのかもしれない。
 だって、「いけないことはいけない、ってはっきり言えるようになりましょう」って学校の先生が道徳の教科書に書いてる通りに教えてくれてたもん。
 教師用のなんかいろいろ既に書き込んであるような『大人のずるい教科書』に書いてることをそのまま口に出して、そのまま黒板に書いてまで教えてくれたもん。
「いけないことはいけない、って注意できる勇気をもとうね!」ってちゃんと言ってたもん。
 自分自身は、クラスのいじめも注意しないし、教頭先生の異様なまでの女子に対するスキンシップや、体育教師の異様なまでの男子に対するスキンシップや、校長先生の異様なまでの生徒のお母さんに対するスキンシップを見てみぬふりしてるくせにお前は何言ってんだ? みたいなつっこみを完全に待ってる体制で先生は教えてくれたもん。 
「就職先全部落ちたからとりあえず教員試験受けてみたら受かったんだよねー」が口癖の先生がしっかりと教えてくれてたもん。
 それを実行しなきゃいけなかったんだ。
 でも、それができなかった。
 いけないどころか……私は女の人の横に座ってしまっていた。冷たい水に足をつけるのは抵抗があったので石の上にあぐらをかいている状態。
 女の子があぐらをかくのはみっともないことかもしれない。けど、私のを見ているのは横にいる女の人だけ。
 だから今日くらいはいいのかもしれない。
 椅子代わりにしているまんまるの大きな石は、どっしり堅くて、どっしり冷たい。
 おしりの中まで冷たさが伝わってくるみたい。
 私が隣に座ってるにもかかわらず、お姉さんは引き続きグリーンの長いビール缶を美味しそうに飲み続けている。
 するするするするビールが喉に通っていくのが隣にいるだけでわかる。
 まるで水を飲んでるかのよう――。いや、水もあんなにはするすると飲めないかもしれない。
 本当にこの人が飲んでるのはビールなのだろうか、しかもちゃんとしたアルコールのビールなのだろうか。
 水しぶきと同じくらい透明でまっしろなお姉さんの肌は、お酒を飲んでないかのようにまっしろなまま変わらない。
 父親だって母親だって、お酒を飲んでる時はまっかになる。
 父親はそのまま寝てしまうし、母親は目が二重になってきて、その上だんだん舌っ足らずになってくる。
 お姉さんは寝てしまう気配も二重になってくる気配もない。
「ところで……」
 口を開いたお姉さんの口調はしっかりしていて、舌っ足らずとはほど遠いものだった。
「今日学校はどうしたの?」
 あ、やっぱりバレていましたか。
「そりゃそうだよ。そういう地味な格好してたら大人に見られるなんて思ってるのは君だけだよ。きっと」
 こっちの魂胆までバレバレでした。
 まあ、いいですけど、そっちだって学校はどうした? なんて言える立場じゃないんじゃないですか?
「学校? 今日は休み!」
 もろに平日なはずですが。
「学校の創立記念日なんだー」
 お姉さんの着ている制服は隣の市の県立女子校のものなので、創立記念日とかは、ないんじゃないかしら、なんてことを思ってみたが、口には出さなかった。
「公立だって創立記念日ぐらいあるさ。たぶん」
 エスパーですかこの人は、なんでこっちが思ってることがわかるんですか。もしくは、私は思ってることが勝手に他の人に伝わってしまうとかいうあれなのですか?
「好きなタイプは『なかとみのかまたり』かな」
 うん、偶然だったみたい。
 それに私がなんて質問すればそういう答えが帰ってくるんだろう。謎の大化の改新しばりはなんなんだろう。
「それで、どう。一緒に飲まない?」
 いや、だってごらんの通り未成年だし、おそらくあなたも未成年だし。
「そうだよ?」
 失礼ですけどおいくつなんですか?
「一七歳!」
 なんとなく、いい大人の方が自分の年を「永遠の一七歳」なんて言うことがあるけど、お姉さんの場合は実際に一七歳っぽいので困った。
「未成年がお酒飲んじゃいけないって誰が決めたの?」
 そりゃ大人の偉い人たちが決めたんじゃ……。
「そうでしょ? 偉い大人たちが決めたことは偉い大人たちが従ってればいいの! 私たちみたいに偉くない子どもは従う必要はないの!」
 なんて言う理屈。って『私たち』って私も入ってる?
「そりゃそうでしょ。学校も行かずにここにいるのは偉いことではないでしょ?」
 そりゃ確かに。偉くないどころか悪い子ではあるかもしれない。
「うんうん。悪い子同士だね。悪い子同盟だ!」
 ネーミングセンスはこの際どうでもいいとして、私はどうやら悪い子同盟に入ってしまったようだ。お父さん、お母さんごめんなさい。
「同盟に入ったところで祝杯をあげようよ」
 そう言って、お姉さんはグリーン缶を私の頬に押し当てる。
 おしりだけでも冷たいのにほっぺまで冷たい。冷え冷えで冷凍マンモスになっちゃうよ。
「あ、祝杯をあげる前にひとつ聞いておきたいことがあるんだけど……君、キスってしたことある?」
 キス? キスってあの?
「むろん、魚ではない」
 いや、わかってるがな! と使ったことのない関西弁でツッコんでしまった。
「ちゅー、とか接吻、とか口づけとか人工呼吸とかのあれよ」
 なんか最後のは違う気がするけど、どっちにしろまだ経験はございません。
「そう、ならよかった」
 よくはないと思うぞ?
 だって、飲酒とキスは関係ないもの。
 基本的にお姉さんが言うことを否定し続けている間にもお姉さんは、気持ちよさそうにグリーン缶を飲み続ける。
 見た感じグリーン缶は手に持ってる一つだけのようで、どうやら私に渡すための缶はないらしい。
 私が見ていることに気がついたのか、お姉さんは飲むのをやめて、私の方を見る。
 家族以外の人と対面するのは本当に久しぶりでなんだか戸惑ってしまう。
 目が綺麗だなーって思う。
 この自然の中で見てるから余計に綺麗に思ってしまうのかもしれない。
 彼女の長い黒髪からちょこっとのぞく耳はすこしとんがっていてなんだかピーターパンみたいだ。
 けどこのピーターパンは、本当に大人になりたくないのかな? だって昼間からビールを飲んでるんだぞ?
 お姉さんの顔がどんどん近づいてくる。ほんのりとアルコールの匂いがする。やっぱりこの液体は、水なんかではなく、ノンアルコール飲料なんかでもなく、本物のビールなんだろう。
 顔がどんどん近づいてくる。
 彼女が何をしたいのか、私はなんとなくわかった気がした。
 お姉さんは綺麗な目をそっと瞑る。私も目を瞑る。
 柔らかな唇と、そして、ビールが口の中に入ってくるのがわかった。
 柔らかくて、苦い。そして、べろの上でしゅわしゅわする。
 それが美味しいのかどうかはわからないけど、気持ちいいと思った。
 そして、もっと欲しいと思った。
「もっと?」
 やっぱりお姉さんはエスパーだ。
 私はこっくりと首を縦に動かす。
「ほしがりさんだね」
 お姉さんは再びビールを口に含むと、私にそっと流し込む。
 苦いけど、柔らかくて、そしてちょっとだけ温かい。
 この世の中にはそんなもの存在しないんじゃないんだろうか。
 コーヒーだってこうはいかないはずだ。
 喉がだんだんと熱くなってくるのがわかる。
 あ、やっぱりこれお酒だ。喉から……そして口元から……だんだんと暖かくなってくる。
 私はあぐらを崩して、足を川の水の中につっこむ。
 キンっと身体中に冷たさが走り抜ける。ジーンズとクロックスがどんどん冷たくなる。その代わりに喉がどんどん熱くなっていった。
「酔っぱらっちゃったのかな?」
 お姉さんの手が私のほっぺにふれる。
 ほっぺがきゅうっとする。
 もしかしたら、恋とか愛とかってこういうものなのかなって思う。
 無性に胸が熱くって、顔が熱くって、苦くて、柔らかくって、無性に恋しい。
「あんまりよそのお嬢さんを酔わせたら怒られちゃうね」
 いや、酔わせる以前に飲酒をさせた段階で怒られると思うのですが。
「おうちまで送ってくよ」
 お姉さんはぽーいっと空になったビール缶を投げる。
 川の流れに乗って運ばれていくビール缶は、あきらかに地球に悪いことをしてるのだけれど、なんだか美しかった。
 もう私はすっかり、悪い子同盟の一員になってしまっているのだ。

     ◇

 送っていくって……車で?
 というツッコミはもっと早くしなければいけないものだろう。
 私は勢いで、じむにーの助手席に乗って、シートベルトをしてしまっているのだ。
「そうだよ。私はあなたを送っていく義務が発生しているのだよ?」
 どうやってそんな義務が発生しているのかはよくわからないけど、流れにのってほいほいとついていってしまったのだ。
 もう、頭がぐらんぐらんしている。なんだか世界が逆転してしまっているみたい。
 お姉さんは、車のエンジンをつけると、私と一緒にシートベルトをしめる。
 未成年飲酒、飲酒運転、無免許運転というトリプルビンゴの状態なのにシートベルトはしめるんだ……。
 頭がぐらんぐらんなのに、そのへんのつっこみはできるという自分がなんだか怖い。
「じゃあ、行くよ」
 お姉さんが運転するじむにーは、ゆっくりと走り始めた。
 安全運転だなー、と思う。しらふで運転する私の父親の運転の方が荒いくらい。
 もしかしたら、私は誘拐されるんじゃないか――そんなことが頭にぽんっと浮かんでくる。
 だって、現に私はお酒のせいで何もできない。抵抗することも逃げ出すことも助けを呼ぶこともできない。
 携帯電話くらいもってればよかったな、って思う。そうすれば、じーぴーえすとかいうやつで私を探し出すことができるんでしょ?
 誘拐されたら私にはどんな生活が待ってるんだろう。ずっと、部屋に閉じこめられるんだろうか。
 ……今の生活と何も変わらないじゃないか。
「大丈夫?」
 お姉さんは、私の手をぎゅっとにぎる。
 冷たい手だった。
 私の手が熱すぎるのかもしれない。
 よくよく考えてみれば、手をつなぐのも初めてなんだな……って思う。
 初めてのお酒、初めてのキス、……そして、初めて手をつないだ。
 私のいろんな初めてをこのお姉さんに奪われてしまったのだ。
 だけど、悲しくはなかった。逆になんだか誇らしくあった。
 なんとなくだけど、このお姉さんとだったら一緒にいてもいい気がする。
 たぶん私はこれから、悪い子同盟のアジトに連れて行かれてしまうんだろう。
 お父さん、お母さん、心配しないでね。
 あと、悪い子でごめんね。もう、悪い子同盟の一員になっちゃったみたいなんだ。
 心地よい車の振動と共に私の瞼は重くなる。

     ◇

 悪い子同盟のアジトもずいぶん寝心地がいいものなんだな……。
 だって、ちゃんとベッドがあって、テレビもパソコンもちゃんとある。
 まるで私の部屋みたい――って背伸びをしたらずきずきって頭の中が痛む。
 まるで頭の中でちっちゃいおっさんが私の血管をぎゅうぎゅうにしぼってるみたいな痛み。
 そして、無性に喉が乾く。
 私は急いで台所へ駆け下り、冷蔵庫の中のアクエリアスをコップにそぐことなく一気飲み。
 今まで飲んだどんな飲み物よりもこのアクエリアスが一番美味しい。
 こんなに美味しいものがこの世にあるのかってくらい美味しい。
 美味しいけど……悪い子同盟のアジトも私のうちと同じような間取りをしているもんなんだな。
 同じ冷蔵庫に同じようにアクエリアスがあるものなんだね。
「あれ? やっと起きたん? そんなに寝てると目が腐るよ」
 あれ? うちの母親によく似た女性まで……悪い子同盟の幹部の方か何かかな?
「よくそんなに眠れるね。何もたべてないんじゃない? いつものオムライスでいい?」
 幹部の方は何で私の主食を知っていて、それでいてすぐに作ってくれるのだろう。
 あの……幹部の方!
「なに……? かんぶって何」
 私の両親に連絡とかとっちゃまずいですよね?
「あなたの両親って……私は違うの?」
 母親に顔と声がそっくりな幹部の方は変なことを言う。
 そして、変に手際よくたまねぎを炒める。
「あ、そうそう。お父さんは遅れるって」
 お父さんってのは、悪い子同盟の最高幹部か何かですか?
「だから、かんぶって何のことよ」
 またまたとぼけちゃってー。またいい匂いさせちゃってー。
「なんだかねー。すっごい大きな事故があったらしいのよー何台も救急車が来てるらしくって。ジムニーがもうなんかすごいことになってるって……」
 たまねぎっていい匂いですねー。ジムニーってどういう車でしたっけ? お姉さんが乗ってたようなやつかなー。
 ――なんだかだんだんたまねぎの匂いがわからなくなってきた。
 ねえ、お母さん。
「あ、やっとちゃんと呼んでくれた。ねえ、何さっきからかんぶって――」
 飲酒運転って危ない?
「危ないから禁止されてるんでしょ?」
 ごもっとも。
「あんた絶対飲酒運転なんかしちゃだめだかんね。あと、飲酒運転の車に乗ってもだめだかんね。まあ、乗ることなんかないだろうけど」
 ねえ、お母さん。緑の缶のビールって美味しい?
「うーんと、本当は緑じゃないやつのほうが美味しいんだけど、緑のやつもおいしいよ」
 母親は、冷蔵庫を開ける。すると、緑のビールが並んでいる。
 そして、緑じゃないやつもちょこっとだけ並んでいる。
「なーに? 飲んでみたいの?」
 いじわるな笑顔で母親はケチャップライスを炒めていた。
 やめときます。
 それだけ言って私はアクエリアスを飲み干す。
 ちょっとだけ、さっきよりも苦い気がした。でも結果として、オムライスは美味しかった。

     ◇

 やっぱり、椅子代わりのまるい石は冷たい。
 そのことを見越して部屋にあったクッションを持ってきたのだけれどやっぱり冷たい。
 一人で来る川っていうのはなんとなく、寂しかった。
 なんだか、地球に自分だけ残ったみたいな感じがした。
 人は寂しいとアルコールを摂取するのだと聞いたことがあった。
 私はプルトップをゆっくりと開く。
 ぼしゅぼしゅぼしゅときめ細かい泡があふれてきた。
 それをすすってみた。
 苦かった。
 緑のビールと比べて美味しいのかどうかよくわからない。
 だけど、あの時飲んだビールにあった柔らかさとか温かさはなかった。
 なんていうか、美味しくない。
 ますます寂しくなってきた。
 だから、もう一口飲んでみた。
 前と同じように喉が熱い。
 ここで酔っぱらったらどうなるのかな。また前と同じようになぜか自分の部屋にいたりするのかな。
 また頭がぐるんぐるんになってきた。
 お姉さんに会いたいなあ。今度こそ誘拐して欲しい。
 そう思いながらちびりちびりアルコールを喉に通していく。

「誰と会いたいって?」

 頬にぴたーっと冷たいものを押しつけられる。
 見たことあるグリーン缶。
 出たなエスパー!
「エスパーって何かね?」
 だって、いつの間にか生き返ってるし!
「死んでねえし」
 車も……直ってるし!
「壊れてねえし」
 だってすごい事故だって!
「そもそも事故ってねえし!」
 学校はどうしたんですか!
「今日も創立記念日なんだよっ!」
 なんで私を誘拐しなかったの!
「勝手に人を誘拐魔にするな!」
 グリーン缶で頭をこつん、とされる。
 酔っぱらってるせいか、不思議と痛くない。
「まあ、いいや。それより、その美味しそうなやつ……ちょうだい」
 私のビールを奪うと、お姉さんはまた美味しそうに飲む。
「んー。うまーい!」
 笑顔だった。営業用じゃないお金が全く発生しない笑顔。
 そうか。こう笑えばいいのか。
 笑えるようになればいいのか。
「ちゃんとしたビールは美味しいね。もう一口もらっていい?」
 水のように飲み続けるのでちょっと私も飲みたくなった。
 私にも……ください。
 思いっきり、口を彼女に押しつける。
 身体がびくっと震えるのを感じた。
 けどその震えはすぐに収まって……また私に口移しでビールをくれた。
 グリーン缶よりも、アクエリアスよりも、素晴らしく美味しい。
「いい笑顔だね」
 お姉さんは、私を見て笑った。
 そっちこそ。
 と言おうと思ったけどやめた。この笑顔を崩してしまうのがちょっと怖い。
 私はお姉さんから缶ビールを取りあげて、自分の口に含ませる。
 そして、お姉さんに飲ませてあげた。
 お姉さんは美味しそうに飲んだ。
 悪い子だなー、って思う。
 お姉さんも私も本当に悪い子。
 お父さん、お母さん本当にごめんなさい。
 冷蔵庫のビールを勝手にとってごめんなさい。
 未成年飲酒でごめんなさい。
 悪い子でごめんなさい。 
 そして、飲酒運転の車でまた帰るね。
 今日は前より悪い子になれそうだ。
 だって、もう一つ。
 グリーン缶がまだ残ってる。
                  (了)

 

    

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ