93.フジワラ領防衛戦 3
カラカラの喉。
交感神経が強く働いて、唾液が分泌しない。
喉が渇いたせいか、はたまた他の別の要因か、胸元からせり上がるものを感じた。
無惨な死骸を晒す自軍を前にして、小松菜は金縛りにでもあったように、動くことができなくなっていたのだ。
合戦の最中にあって、動かざる者には死あるのみ。
されど小松菜の中で、動かなければという意思は彼方に消えていた。
現在フジワラ軍の方からの砲撃は止まっていたが、それが再び開始された時、小松菜は死ぬのであろう。
既に盾となっていた、甲竜の死体は横に転がっていたのだから。
だが、である。
小松菜の体を再度動かしたのは、皮肉にもフジワラ軍からの砲撃であった。
重厚な音が響き、空から榴弾が降ってくる。
その模様は死の雨と言っても過言ではない。
大地の各所で爆音が響き、さく裂した榴弾の礫の一つが、小松菜を現実に引き戻した。
「ぐっ」という呻きと共に、腕に走った痛み。
その痛みによって、小松菜は瞬時に現状を理解し、何をするべきかを判断したのである。
「ひ、退けーッ!! 退け、退けーッ!!」
小松菜が大きく吸い込んだ空気を声にして、全力で吐き出した。
大砲とは異なる攻撃の正体がわからない以上、もはや退却以外に道はない。
「左右に分散して逃げろ! 的を絞らせるな! ただ逃げろ!」
叫びながら、自身も甲竜の巨大な体を再び持ち上げ、それを背後の盾として後退を始める。
さらに歩みを遅くし、大きな声を出し続けることで、己が囮となって他の者たちを先に逃がした。
「逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!」
「退却命令だ! さっさと逃げるぞ!」
「ま、待て、待ってくれ!」
騎獣する者、甲竜から振り落とされた者、傷を負った者。
それぞれが、榴弾が降りしきる中を死から逃れるために、生にしがみつくために駆け抜けた。
こうして小松菜率いる機甲科部隊はほうほうの体で、既に三キロ地点にまで後退していた自軍に合流したのである。
この時、生還した機甲化部隊は半分にも満たず、部隊としては全滅と言っていい有様であったといえよう。
また、 戻ってくることができなかった兵士の中に生者はいたであろうが、それを救いに行くことは死に行くことと同義。
そのため、敵の攻撃が届く位置に捨て置くしかない。
機甲科部隊の兵たちは、己が体を大地に投げ捨てるように倒れ込んだ。
これは騎獣していた者も、甲竜を失った者も隔てなく、である。
生を喜びもしなければ、仲間の死を悲しむこともない、必死に逃げ延びた結果をいまだ受け入れられない兵士たち。
彼らの全身は熱した鉄棒のごとく湯気が立ち、思考もままならない。
それを端で眺める本隊の兵士たちの心はいかばかりか。
「まさか、敵も大砲を持っていたなんて……」
「敵の大砲の方が、能力は上ではないか。……大丈夫なのか、この戦い」
本隊の兵士たちは緊張と動揺のもと、囁き合う。
――次は我が身かもしれない。
口には出さないが、多くの兵士たちが思っていることであった。
イニティア軍の士気は低迷しつつあったのだ。
傷つきボロボロとなった機甲科部隊には、すぐに治癒術士が派遣され、兵士たちの復旧が急がれた。
最後まで囮として戦場にいた小松菜のもとにも治癒術師がやってきたが、「大したことはない」と言って、重傷者の治療を優先させている。
「うう……」
「ぐっ……くそっ……」
痛みを耐えるようなうめき声がそこかしこで聞こえる。
小松菜は改めて自軍の惨状を眺めた。
敗北。仲間の死。
かつて一度味わった苦渋が呼び起こされていく。
体中の血が沸騰するように熱くなり、その血流に乗ってどす黒い禁忌すべきものが、心臓から全身に行き渡るようであった。
小松菜は、ただ一人敵陣に乗り込んで、この有様をつくった相手を皆殺しにしてやりたい気持ちにさせられた。
しかし、己が侵略する側なのだと思いなおすと、相変わらず体は熱を帯びていたが、敵を憎む気持ちだけは消えていった。
そこに機甲科部隊の損害を確認しに来たレアニスがやって来る。
「すみません……部隊はもう半分以上を失ってしまいました……」
土に汚れ、腕は真っ赤に染まった姿での小松菜の釈明。
するとレアニスは優しく笑った。
戦場にあっても真っ白い、決して赤く染まらないと思える美しい笑みである。
「小松菜、キミが無事でよかった」
レアニスは小松菜を抱擁で迎えた。
体に充満していた熱は、レアニスに吸い取られるようにして冷めていき、小松菜はその温かな胸に包み込まれるようにして落ち着きを取り戻した。
◆
東西南北の城郭の上。
櫓と櫓の間に組を設け、それぞれジハルを族長とする狼族と北の森の族長衆を組長に置いている。
南の城郭には、鼠族の族長、牛族の族長、さらにジハルを族長とする狼族から数名を組長としており、南門のすぐ隣を守護する牛族の族長の組に信秀はいた。
「なんとかなったか」
退却していく敵を眺めながら、信秀はふぅと息を吐いた。
とりあえず、緒戦は勝った。
そのことが一時の満足と安堵となって、信秀に心地よさを与えた。
「うおおおおおお!!!」
「俺たちが、俺たちが人間の軍を倒したぞ!」
「こっちは被害ゼロだ! 凄いぞこれは! 人間を俺たちが圧倒している!!」
北の森の獣人たちから歓喜の声が上がる。
どこかで見た光景だった。
鬱屈としたものが解放される気分なのだろう。
元の世界の言葉で、カタルシスだったか。
だが、喜んでばかりもいられない。
信秀は、この先、敵がどう出るかを考える。
(とりあえず地雷によって敵の戦車部隊は壊滅させた。
対してこちらには、大砲が十全に揃っている。兵の数は足りずとも、戦力は十倍勝るだろう)
思いつつも、信秀の心には敵に対して『退却してくれ』という思いがあった。
今の戦いを思い起こせば、やはり北の森の獣人たちの練度が足りないのだ。
虎の子の地雷も使った。
これは、【側溝】を【購入】し、そこに密封した【火薬】をつめこんだお手軽なものであるが、距離が距離である。
城郭都市から一・三キロも離れているため、この場からの設置は不可能であった。
(退却する様子はないか……)
イニティア王国軍は城郭より南に三キロの地点で待機している。
今のところ退却のそぶりはない。
しばらくにらみ合うようにイニティア王国軍との対峙が続いた。
その間、「フジワラ殿、フジワラ殿」と牛族の族長から握手を求められ、手を痛くしてしまったのはちょっとした笑い話だ。
他の獣人たちも嬉しそうにして、握手を求めようとするのだから堪らない。
有名人にでもなったかのようで、信秀自身悪い気はしなかったが、現在は戦争中なので控えてもらった。
やがて白い旗を手にした騎兵が一騎で南門まで駆けてきた。
敵方からの使者である。
獣人たちの緊張が高まるが、それを押しとどめ、さらには手を出さないようにと他の組にも通信機で伝える。
使者は門前にて手綱を引くと、使者は城郭の上に向かって大声で言った。
「私はイニティア王国軍の使者だ! フジワラ殿はいらっしゃるか!」
「ここにいるぞ!」
今更隠れる必要もない。
しかし何かあっては怖いので、信秀は牛族の族長の大きな体に隠れて返事をした。
「フジワラ殿に問う! 開戦にあっては互いに口上を並べるのが戦場の習い! 何ゆえそれを無視なされたのか!」
何を馬鹿な、と信秀は思った。
口上とは戦争における互いの大義の言い合いであろうと推測するが、そんなことをするために軍が近づいてしまっては、自陣が持つ大砲の射程というアドバンテージ――すなわち有利性を失うことになる。
「馬鹿なことを言う! ドライアドの地を荒らしたお前たちとは問答など無用! 我が領に軍を率いて踏み込んだ時点で、既に開戦ののろしは上がっているのだ! それが認められないというのであれば、ただちにこの地より立ち去るがよかろう!」
「そちらの言い分はよくわかった! 我が主、レアニス様、コマツナ様よりお言葉と書状を預かっている! まずはそのお言葉を伝えよう! 『同郷の者よ!』とのことだ! さあ、書状を検められよ!」
書状を掲げる使者。
わかっていたことであったが、やはり同郷の者。
それももう一人。敵の大将、レアニスも日本人だったとは少し意外だ。
はたしてなんのカードを引いたのか、気になるところではあるが、今考えることではないだろう。
「誰か!」
言えば牛族の若者たちが「おう!」と名乗りを上げて、北門上の櫓を通り、一階に下りていく。
彼らは門を開けると、書状を受け取った。
牛族の若者たちに、使者はいささか驚いた様子を見せていたようである。
信秀は、牛族の若者から書状を受け取り、それに目を通した。
『日本人、フジワラ殿。
気づいていると思うが、私ことレアニスと左将軍である小松菜は日本人だ。
時にこの世界を見て、日本に生きていた貴殿はどう思われるか。
多くの餓えた者を私は見てきた。彼らは、その日の食事すらままならぬ生活をしている。
国は戦争ばかりで、彼らを顧みることはない。
確かに今、私たち自身も戦争を起こしている。このレアニスこそが戦争を起こし、多くの者を死に追いやった当事者だ。
しかしこれは、争いを終結させるための戦争だ。大陸を統一するための戦争だ。
大陸を統一し、皆が平和に暮らせる世界を私たちは望んでいる。もし、この考えに共感してくれるのならば、私たちの下に降ってほしい。
何か望みがあるのならば、できる範囲で叶えて見せよう。
共に、日本で見たような光景をつくっていきたいと願っている』
書状を読み終えると、『まあ、こんなところだろうな』と信秀は思った。
予想の範疇を出ない手紙。
レアニスの考えは素晴らしい。
素直にそう思えど、それを信じるかどうかは別だ。
この世には悪人がたくさんいる。
誰かを騙し、その生き血を啜る輩が。
それがレアニスでないとは判断できないのだ。
今わかる確かなことは、『レアニスは武力がもってこの地に攻めてきた』――これだけだ。
本当に信用してもらいたいというのであれば、裸一貫で来るべきだった。
「返答を伝えてくれ!」
「心得た!」
「『降るつもりはない。この地を侵す者とは戦う以外に道はなし。それが嫌ならば、即刻立ち去るべし』とな!」
信秀の返答を受け取ると、使者は南へと馬を走らせていった。
◆
――城郭より三キロ地点、イニティア王国軍本隊。
怪我を負った者たちが、本隊から昨晩一夜を明かした後方の陣地(城郭から四キロ地点)に下がっていく。
一夜にして陣営が築けるわけもなく、現在でも後方支援隊が陣地設営は続いている。
だが、敵も大砲を持っている以上、四キロという距離には危惧が残る。
そのためレアニスは、さらに歩兵を割き、後方にも陣地を築くように命令していた。
そのような中、曇った空を天井にして小松菜とレアニスが向き合って大地に腰を落としている。
既に小松菜の腕の治療は済んでおり、時間としてはちょうど先ほどフジワラ軍へ使者を出したところだ。
「機甲科部隊の先頭を一掃した敵の攻撃。あれはなんだったのでしょうか」
「私は地雷じゃないかと思っている」
「地雷……」
小松菜は呟くと、地雷について思いを巡らせる。
元の世界においては忌むべき武器として使われていた。
火薬を使う以上、イニティア王国軍においても地雷運用が考えられたことはある。
実際に守勢に回ったならば、火薬を使った簡易な地雷を使うことになるだろうが、今のところずっと攻勢する側だ。
「おそらくは一列に地雷を埋めて、一度に点火したのだと思う。ただ、恐ろしい火薬の量だ。それに火薬の質も私たちが使っているのよりもいいように思われる。おそらく、ずっと前から戦争の準備をしていたのだろう」
レアニスが悔しそうに口元を歪めた。
いつも清廉として美しいレアニスには珍しい表情だ。
「……退却してはどうでしょうか」
ためらいながらの提案だった。
イニティア王国軍にとって恥辱以外の何物でもないが、敵が自軍より優れた兵器を持つ以上、退却もやむなしと小松菜は考えていた。
小松菜の言葉は続く。
「戦力差は歴然です。こちらよりも優れた大砲。豊富で優れた火薬に、どれだけ埋まっているかわからない地雷。……正直、勝てる要素が見当たりません」
「いいや、小松菜。あくまでこちらは攻める側で、あちらは守る側だ。それを間違えてはいけない。彼らがこの地に籠ったことこそ、余裕がない証拠だと思う。
後方にはまだ大砲が十門残っている。生き残った大砲と合わせれば二十門は超えるだろう。
退くにはまだ早い」
なんとなくではあったが、小松菜はレアニスのこの答えを予想できていた。
ここでの敗北はあとを引く。
勝とうが負けようが東方諸国は動き出すだろう。
されど士気が違う。
ここで退いたなら、「イニティア王国はたかが一領にも勝てない弱卒ばかりだ」と東方諸国は俄然勢いづく。
さらにこのフジワラ領と東方諸国との二正面作戦を展開しなければならない。
――いや、それだけではない。
南のヨウジュ帝国の反乱。
一領主であった同郷の者と密かに盟を結び、反乱はこの侵略戦争と連動して行われた。
(ジュリアーノ・ヴァッサーリ伯爵。日本名は永井……だったか。彼は間違いなく勝ち抜き、ヨウジュ帝国を手にするだろう。
火薬の技術はもともと彼らから手に入れた物。その力は計り知れない)
確かに、永井とは同盟を結んでいる。
しかし、国盗りなどを行おうという者が、国を手に入れただけで満足するとは思えない。
もしイニティア王国が東方諸国を滅ぼせば大陸の支配者は決定される。
永井が牙を剥く機会は、イニティア王国が東方諸国と決戦する時以外にないのだ。
こうやって現状を整理すると、今ここでフジワラ領とは戦って勝つべきだろうか、と小松菜は考えを改めつつあった。
「ならば夜に攻め込むというのは? 闇夜の中なら敵の大砲も狙いがつかないでしょう」
「周到な相手だ。時間を与えてまた地雷を埋められてはたまらない。先ほど払った犠牲を無駄にはできない」
「開けた地です。大砲を設置しておけば、牽制になるのでは? 大砲を向けられては、敵も容易に地雷を埋められないと思いますが。
こちらの大砲の射程はおよそ一キロ。敵がそこまで砲弾を飛ばすのに、およそ二.三キロ。敵の射程範囲だったとしても、大砲を少し後ろに下げて、敵が地雷を埋めに出てきた時だけ大砲を前に出せばいい」
「確かに、いい手だ。しかし相手側も大砲を外に出せば、それまでだろう。
城郭に設置している分が全てというわけじゃないはずだ」
「しかし……」と言い募ろうとしたところで、小松菜は口をつぐんだ。
レアニスは微笑を浮かべていたのだ。
長く隣にいたからこそわかる。
これは、何を言っても考えを変えるつもりがない顔だ。
「ふう、わかりました。それで何か作戦はあるんでしょうね」
このまま無策で戦っては結局無数の被害を出すことになる。
それはレミングの行進と何も変わらない。
対策が必要だった。
「集団で動くからダメなんだ。敵の地雷は個人を相手にするというよりも対軍用の地雷。巨大な一つの地雷であると考えていいだろう。
そして、敵がこちらの大砲のことを知っているとなれば、射程を考えてあと一回あるかないかだ。
そうでなければ誘爆してしまうからね。
もしかしたら、個別に地雷をばらまいた地雷原もあるかもしれないが、この際それは無視しよう」
「なるほど。それで?」
「それでだ、甲竜を一頭だけで門に突っ込ませる。さらに――」
作戦会議は続き、またその間にも使者が帰ってくる。
フジワラからの返答は大方予想通りのものであった。
ここまでの戦力を有している者が、同郷であるからと言って、早々に降るとも思えない。
もしかすれば、フジワラもまた大陸に覇を唱えようという野心があるのかもしれない、と小松菜は思っていた。
作戦会議が終わると、レアニスの考えた戦術はすぐに実行に移される。
本隊から出撃するのは横一列極力幅をとった甲竜の群れ。
これが死を恐れぬ勇敢な兵を背に乗せて、のっしのっしと城郭へ歩きだす。
無論、率いるのは小松菜だ。
ややあって、城郭から二キロ――砲撃が来るであろうと予測される場所――より手前
の地点。
ここでピタリと甲竜の横列行進は停止したかに見えた。
しかし、ただ一頭だけ抜け出した。
速度を大きく上げて。
他の甲竜は大砲を牽いているにもかかわらず、この甲竜は何も牽いていない。
途端、駆け抜ける甲竜に向かって轟音が空に響いた。
城郭の大砲が火を噴いた音だ。
ならば、次にやってくるのは榴弾の雨。
されどこれは、フジワラ軍の練度が低いためか、はたまた運がよかったのか、素早い動きで突進する甲竜には命中しなかった。
その一連の様子を凝視していた小松菜は、ごくりと喉を鳴らした。
ここからだ、と。
一頭だけでひた走る甲竜が地雷原に入った。
なおも大砲の音は続いている。
地雷原に大砲を撃つということは、もう対軍用の地雷はないとみてよかった。
「よし、進めーッ!」
小松菜の号令に合わせてさらに二頭の甲竜がいく。しかし今度は大砲を牽いていた。
さらに時を置いて、また二頭。
さらに時を置いて、また二頭。
――波状攻撃。
もう一度地雷原があっても、波状攻撃ならば、後続が敵に詰め寄ることができる。
「地雷が爆発しない? ないのか! もう!」
小松菜の顔が狂喜に歪んだ。
――いける。
仲間たちの死がよぎり、復讐心が再びその身に充満した。
今、前を走っている騎獣兵は皆、レアニスの志に感動し、心酔している者たちばかりだ。
いわば同志。
そんな彼らの内、生きて帰ってくることができる者は、どれだけか。
将軍たるもの、兵の犠牲に囚われてはならない。
しかし小松菜はそこまで無情にはなれなかった。
せめてもの手向けとしてやれることは何か。
そう考えた時、未来への復讐心とも呼べる、矛盾した感情が生まれるのである。
勝てば、できることは多い。
ならば勝ちを前にした時、人は誰でも夢想する。普段、考えもしないことを夢想し、勝利に酔う。
それゆえの、残虐的な復讐心ともいえた。
もちろん実際に勝ちを得た時、それを実行するかどうかは勝者の心根次第。
とにかくも、この時の小松菜は勝利という眩しい光に手を伸ばしていたのだ。
だが――。
ここでもやはり、だが、である。
人生とはそんなに甘いものではない。
勝利を掴もうとしたその直前、するりと逃げてしまうことなどままあることであった。
小松菜は聞いた。
砲撃音の隙間、突如として戦場に響いたのはダダダダダという連発音。
群を抜いた動体視力を持つ小松菜の瞳は捉えていた。
一つ一つが尾を引いてまるで一本の線のようになった閃光を。
「ば、馬鹿な……あれは……! あれは……ッ!!」
――銃弾。
驚愕と共にその単語は、小松菜の脳内で反芻された。
そして最先頭を行く甲竜。
甲竜の騎乗者がまず崩れ落ち、おそらく頭が打ち抜かれたであろう甲竜も地面に突っ伏すようにして倒れてしまったのである。
小松菜は銃弾が放たれた場所を見る。
窓より突き出たのは、大きく長い銃身。
火縄銃のような初期の銃火器よりも、もっと先進的で機械的なフォルムに感じた。
その直後――。
「退け、退けーーッ!!」
小松菜の口から出たのは、屈辱的ともいえる本日二度目の退却命令であった。
レミングの死の行進は捏造だそうです。