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89.町から国へ、マッチから電化製品へ 6

時系列としては前回の続きから。

移民が到着するまでの間の話です。

 空には雲がかかり、無数の雨を大地に落としている。

 どしゃどしゃと屋根を打ちつける雨音はやかましいほどに激しい。


 その反面、ぽつぽつとした音も俺が今いる部屋から聞こえてくる。

 雨漏れの音だ。


 これはおかしい。

 能力でつくった家は、完全無欠。それがたとえ江戸時代のものであろうとも、安値のものでなければ、そんな欠陥住宅のような雨漏りなどしないはずである。

 つまりそこは、俺がつくった家の中ではないということだ。


 牛、豚、鼠、狼、蜥蜴。そして耳の長い、人間に似かよった顔。

 それらが今、俺の目の前にある顔。


 もはや語るべくもない。そこは北の森の集落にあるエルフ族の族長の家。

 現在俺は、族長衆と火を囲んで膝を突き合わせているところであった。


「さあ、遠慮せずにやってくれ」


 俺が勧めたのは、それぞれの前にある上等な酒と肉。

 もちろん俺が持ってきたものだ。

 しかし彼らは手をつけず、戸惑うような、それでいてチラチラと俺の方を見て疑わしそうにしていた。


 不審の正体は俺。

 何故俺がここにいるのか、だ。


 当然、その理由は防衛の協力を取り付けるためであるのだが、彼らはそれをまだ知らない。

 加えて、これまで俺という人間はあまり彼らの前に姿を現さなかった。

 物品の受け渡しの際、数度、集落の外で何人かの族長に会ったくらいだ。


 それが今、機嫌を取るように酒と肉をもって、わざわざ集落の中にまでやって来た。

 物品の受け渡し時期でないにもかかわらず。

 だからこその、彼らの不審である。


「お前たちの疑問は正しい。俺がここにいるのは、大きな理由あってのこと」


 俺が言うと、一人欲望に負けて酒を飲もうと手を伸ばしていた、この集落での狼族の族長ザーザイムが、ビクリと肩を震わせた。

 他の族長衆にもザワリとした動揺が見て取れる。


「どういうことだ」


 威勢がいいのは、牛族の族長。

 その隣でも、豚族の族長がこちらを見定めるように目を細めている。


「人間の軍が攻めてくる」


「貴様! 裏切ったのか!」


 俺の言葉を聞いて、牛族の族長がいきり立って腰を上げた。

 豚族の族長も同様だ。

 彼ら二族長とは顔を合わせたことはなかったが、なるほど、聞いていた通りの性格のようである。


 俺はといえば、慌てることもない。

 俺の後ろでは状況の変化に合わせて、衣擦れの音が聞こえていた。

 護衛の狼族が二人、拳銃を構えたのであろう。


 だが俺が冷静であるからと言って、この状況が好ましいのというわけではない。

 争いに来たのではないのだ。弁解が必要だろう。


「勘違いをするな。確かに敵軍が攻めてくる。では、どこに? 我がフジワラ領に、だ。この集落を直接的な目標としているのではない。

 いいか。西の大国イニティアが、このドライアド王国に攻め込んだ。イニティアの軍は強く、ドライアド王国はじきに滅ぼされるだろう。当然このフジワラ領にもイニティアの軍はやってくる」


 俺はあくまでも余裕の態度。

 イニティア王国軍の侵略がなんでもないことのように装って説明する。


 対する族長衆は等しく面上を蒼白に変えた。

 俺の説明に怒りのぶつけどころを失えば、必然、彼らは現状の危機に向き合わねばならない。

 人間の軍がこの地にやって来るという己の置かれた状況を直視し、その結果、顔面を青くしたということだ。


 俺は続けて言う。


「戦う準備はできている。協力してくれ」


 声に抑揚をつけないように努めた。

 協力を取り付けるためには、一か八かの戦いだと思われてはならない。

 まず勝てる。

 そう思わせることが、大切なのだ。


「か、勝てるのか」


 声を震わせたのは、エルフ族の族長。


「お前たちが我らの持つ武器を使えば」


「ぶ、武器とは……?」


「知っているだろう。かつてお前たちの前で実演してみせた大砲。金属の筒にて、遠く離れた敵に多大な損害を与えるあの武器だ」


「あれを……我らに……」


 一同は唸った。

 武器が与えられるその意味を噛み締めるように。


 しかし、よからぬことを考えられてもらっても困る。

 武器とは力。

 力を得れば手段が生まれる。


 かつての町でも、そうだった。

 あの時あの場面で裏切られたのは、そこに武器があったことが一つの要因である。


「いいか、戦う相手を間違えるなよ。誰が敵で誰が味方か。これをよく考えるんだ」


 俺は、釘を刺すように言った。

 失礼に取られるかもしれないが、しかし彼らにも心当たりはあったのだろう。

 ハッと目が覚めたような顔をする者が幾人かあった……というか、まあ、その幾人かは牛族の族長と豚族の族長に、あとは狼族の族長ザーザイムなのだが。


「領内が一つになってことに当たる。南に巨大な都市をつくった。そこに人間も獣人も皆が一つに集まり、イニティア王国軍に対抗する。今の平和を望むなら、お前たちにも協力してもらうぞ」


「人間と一緒に住む? 馬鹿な」


 それを口にしたのは鼠族の族長だ。

 この男は族長衆の中でも頭を使おうとする印象がある。

 エルフの族長もそうであるのだが、鼠族の族長はより顕著だ。


 こういう者はやりやすい。

 感情よりも思考で物事を判断する。

 しっかりとした勝ち目を提示すれば、必ずや他の族長に働きかけてくれるだろう。


「馬鹿なものか。いいかよく聞け。

 二キロ四方の城壁で囲った城郭都市。内にはもう一枚の城壁をもって都市を南北に二分する。北は獣人の住処、南は人間の住処。

 住人は人間の方が多い。だからこそお前たちに武器を持たせ、人間には武器を持たせない」


「ふむ。人間には武器を持たせない。つまり戦うのは我々だけということか。しかしそれでは、人間のために我々が矢面に立つようなものではないのか?」


「是とも言えるし非とも言える。

 俺がもつ武器は最新かつ強力。そんな武器を預けるのは、信頼できる相手でなければならない。はっきり言おう。俺が一番信頼しているのは、ジハルたち狼族だ」


 別に驚くことでもない。

 これは、目の前の族長衆もよく知るところだ。


 なお、お前のことを言ったわけではないのに、何故かどや顔をする同じ狼族の長ザーザイム。

 それに気づいた隣の蜥蜴族の族長が、イラッときたのであろうか、ザーザイムの太ももをつねりあげるのを俺は目撃した。

 部屋に、ザーザイムのすっとんときょうな悲鳴が轟き、『突然どうしたのか』『大事な話の腰を折るな』と言わんばかりに、侮蔑の視線がザーザイムに集まった。


「す、すまねえ、話を続けてくれ」


 ザーザイムは赤面して謝罪すると、蜥蜴族の族長に恨みがましい目を向けるが、蜥蜴族の族長は素知らぬ顔である。

 

「いいか、続けるぞ。俺が一番信頼しているのはジハルたちの部族。しかしジハルたちだけでは、武器を扱う人数が足りない。ならば、次に俺が信頼すべきは人間かお前たちか、ということになる。さあここで問題だ。これから行われるであろう戦いにおいて、人間に武器を渡せばどうなるか」


 族長衆は、難しい顔をした。

 自分達に武器が向けられる光景を脳裏に浮かべてでもいるのだろう。


「人間は数が多い。その上、敵方も人間。寝返られでもすれば、厄介なことこの上ない。

 逆にお前たちに武器を渡した場合どうなるか。

 裏切って、俺に刃を向けるか? それでどうする? 人間であるイニティアの軍につくのか、それともイニティアの軍とも戦うのか? ふっ、俺とジハルの部族を抜きにして、イニティアの軍と戦えるとは思えない。いやたとえその場は凌げようとも、その後にやって来る別の人間の軍にまで対処できはしまい。

 では人間に下るのか。それこそ本末転倒だ。俺を裏切る意味がない」


「なるほど。ならば聞こう。この戦いが終わってからも我らが裏切らないのであれば、武器は我らのみに与えるということか?」


 鼠族の族長はくりくりとした愛らしい瞳で、射貫くように俺を見つめた。


「……それはわからない。人間の脅威は“数”。対抗するためには、同じく人間の協力が必要になるかもしれないからだ」


「それなら、大陸中の人間ではない者たちを集めれば!」


 いいことを思い付いたとでもいうように、俺と鼠族の族長との話に割って入ったザーザイム。

 これには牛族と豚族の族長も同意して、そうだそうだと頷いた。


 確かにそれは悪くない案だ。

 しかし――。


「今度攻めてくるイニティア王国の軍には獣人の部隊があるそうだ」


「え……?」


「言おうかどうしようか迷ったが、いざ戦いの場で出会って、士気を落とされても困る。

 今回の戦い、確かに敵は人間の国であるが、その中に獣人がいるかも知れないことを念頭に置いてほしい」


「な、何故! 何故獣人が人間の味方をしているんだ!」


 信じられるか、という思いが伝わってくるザーザイムの叫び。

 人間は敵。手を繋ぐことなど考えられないといったところか。

 とはいえ、俺も人間なんだが。


「そこまではわからない。無理矢理戦わせられているのか、自らの意思で戦っているのか」


「馬鹿な! 人間のために自ら戦うなど!」


「イニティア王国は大陸の支配を目論んでいる。『それが成就した暁には豊かな土地をくれてやる』とでも言われれば、獣人たちも参加するのではないか?

 イニティア王国側が、約束を守るかどうかは別としてな」


「そんな……信用などできるわけないだろう……何をやっているのだ……」


 ザーザイムはうなだれながら、敵側にいる獣人たちに向かって恨み言を吐いた。


「その者たちをこちら側につけることはできないのか?」


「機会があれば考えてみるが、そもそも実際に相対するのが獣人たちだと決まったわけではない」


 再び口を開いた鼠族の族長に、答える俺。


「では、戦場で出会った場合、相手にはこちら側につくよう交渉するということか」


「いや、そうはしないだろう。こちらに引き込み、内側から乱を起こされては困る。戦場だ。敵として容赦はしない」


「ならば、今回の要請。獣人と獣人の共倒れを狙ったフジワラ殿の策ではないとは言い切れまい。まずは我らを犠牲にし、その上で領内の人間と協力して、イニティアの軍を討つという算段なのではないのか?」


 鼠族の族長の言葉に、他の族長衆も目端をつり上げた。

 確かにそう考えるのは何もおかしいことではない。

 そして、その考えは間違っていると証明する術も、ここにはない。

 しかしここに証明する術がないのならば、それがある場所へ行けばいいのだ。


「とりあえず、新たな都市というのを見てからでも遅くはないだろう。

 お前たちの部族全員が住む家も用意してある。

 また、その防衛設備を見れば、俺がお前たちを捨て駒にするつもりのないことが、よくわかるはずだ」


「ふむ……」


 鼠族の族長がエルフの族長を見た。

 答えはエルフの族長に任せるということだ。

 他の族長たちも、族長衆の中でリーダー格ともいうべきエルフの族長に視線を送っている。


「わかった! 見てやろうじゃないか!」


 だが、立ち上がってそれを口にしたのはお調子者のザーザイム。

 ザーザイムは蜥蜴族の族長に太ももをつねられて、ギャアと悲鳴をあげた。


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[一言] なるほど人間の寝返りを警戒して獣人にのみ武器を持たせるわけか。
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