88.町から国へ、マッチから電化製品へ 5
フジワラ領の概ね中央に存在する、地図にも載っていない城郭都市。
広さは四平方キロメートルにもおよび、王都ドライアドにも劣らない大都市であるといっていいだろう。
その大都市の中央を走る大通りを、万を超える人間がずらりと並び、列をつくっている。
当然、ワイワイガヤガヤと大層な騒ぎになっており、やかましいことこの上ない。
そのため列外では、人々のやかましい声にも負けず、列の統制員が大きな声を上げていた。
行列の先頭にあるのは、役所となっている大きな屋敷だ。
役所の中では、ポーロ商会の者が臨時の役人となって移民一人ひとりに応対し、流れるような作業で移民たちの戸籍をつくっている。
それを端の方から見つめている男がいた。
この都市の支配者、藤原信秀である。
「とりあえず、間に合ったか」
信秀は安堵するようにぼそりと呟いた。
この戸籍づくりは、【町をつくる能力】における『時代設定』を『現代』にするための必須事項。
イニティア王国軍に対し、『現代』にすることを防衛計画の基盤に組み込み、信秀はこれまでやって来たのだ。
今ここに移民たちがたどり着けなければ、今日までのおよそ二カ月にも及んだ準備は、半ば水泡に帰すというものある。
「今日までの苦労も報われるというものだ」
そう、二カ月の準備。
信秀はその苦労を思い出していた。
話は、およそ二カ月前にまで遡る。
◆
レイナが使者として王都に向けて出発した日。
俺はすぐに、狼族たちの暮らす町へと向かった。
何故か。
『本拠地』を変更するためである。
では、何故『本拠地』を変更するのか。
これには少々説明が必要だろう。
イニティア王国軍がフジワラ領を占領するにあたって目標とするのは、領主の館がある村(町と呼べるまでに発展しているが、便宜上村とする)であることは、言うまでもないことだ。
されど、これを防衛することは難しい。
防衛体制などまるで考えず、ただ人が増えるままに、発展していった村であるからだ。
無論、【町をつくる能力】を使えば、速やかに城壁や塹壕などの防衛設備を整えることはできる。
だが俺は、万能ともいうべき能力の存在は晒すべきではないとしていた。
敵であれ味方であれ、己の価値を知った者がはたしてどのように動くのか。
そう考えた時、ゾッとする結果しか浮かばないのだ。
己の能力を知る者は、狼族のみ。
こればかりは決して譲れぬことであった。
また、村の防衛設備が不十分であるという以外にも問題はある。
それは、人。――防衛のための兵だ。
戦うべき兵の存在がなければ、城壁や塹壕をいくらつくったところで、それらは張りぼてと同然だろう。
かといって領民を徴兵し、兵に仕立て上げるというのは無理がある。
にわか仕込みの素人兵が、ここまで連戦戦勝を繰り返してきたイニティア王国軍に勝てるとは思われない。
ならば、この時代にはない次世代の武器を用いて彼我の戦力差を埋めよう、という考えもあった。
しかし、それはもろ刃の剣。
逆に次世代の武器を使って裏切られるかもしれないという危惧が、俺の中には存在した。
領民に対し、信用に値する確固たるものがなければ、そのような手立てをとることなどできようはずもない。
つまり俺が持つ現有戦力は、本拠地に住む三百にも満たない狼族のみといってよかった。
では彼らを領主の館がある村に派遣し、防衛する?
フンっと鼻で笑ってしまうほど、馬鹿げた案だ。
次世代の武器があろうとも、それを扱う者の数が少なすぎる。
相手が大砲を持っているとわかった以上、狼族たちだけでは少々手に余るというものだ。
そもそも、ただでさえわずかな狼族に対し、俺は女性や子どもは戦いに参加させたくないと考えていた。
彼女たちが戦う時が来るとすれば、狼族に対しての直接的な危機のみであろう。
女性や子どもは宝。
狼族の人口を増やすのに一人でも多くの女性が必要だし、子どもは未来にて中核をなすべき存在だ。
さて、「何故『本拠地』を変更するのか」という最初の問いに戻る。
この答えは、これまでに羅列してきた「現在の俺に何が必要か」を考えれば、自ずと見えてくるであろう。
俺が必要としているものとは、防衛陣地および、裏切ることのない次世代の武器を扱う兵。
それらを一気に得るにはどうすればいいか。
簡単なことだ。
今ある『本拠地』を変更し、人間の村も、北の森の集落もなくし、獣人も人間も一か所にまとめた大都市をつくればいいのである。
さすれば、新たな城郭都市によって防衛陣地は築かれる。裏切ることのない次世代の武器を扱う兵も、敵が人間である以上、ある程度の信用ができる北の森の獣人たちを得ることができる。
まさに一挙両得。
加えて、王都からの移民によって『時代設定』を『現代』にまで跳ね上げさせる。
まさに一石二鳥どころか、三鳥四鳥を得る考え。
これこそが俺が『本拠地』を変更する理由。さらには、これから俺が実行するべき計画であった。
俺は、まず本拠地に行き、狼族たちを【D型倉庫】の前に全員集めて現在の状況の説明を行った。
「イニティア王国の軍がこのドライアド王国に攻め込んだ。残念ながら、我が国は劣勢。そう時もかからずに、イニティア王国軍は我が領地にも踏み込んでくるだろう。逃げ隠れても、いずれは見つかる。我々は戦わなければならない」
戦争が起こる。
これに誰も不満な顔を見せなかったのは、これまでの人間との戦いで得た自信、さらに今日まで訓練してきた銃の存在に依るところが大きいだろう。
しかしその次の言葉――。
「新たな都市をつくり、人間と共にそこに住まう。了解してほしい」
これには皆、快くない色を浮かべた。
ジハル族長ですら、眉間にしわを寄せて、難しい顔をしている。
だがそれは、人間と共に暮らすことに対してではない。
ある狼族の若者が言う。
「あの、防衛の時だけ私たちが行くというのはダメなんですか……?」
言わんとすることはわかる。
ここを離れたくないのだ。
これまでに彼らは二度住みかを変え、三年を超える月日をこの地で安息に過ごした。
皆、ここを理想郷として、骨を埋めるつもりだったのだろう。
「……すまないが、それでは万事に対応できない」
敵の奇襲、内側からの乱。
突然起きる不測の事態に対応する時、狼族たちには傍にいてもらわなければならない。
それらを説明すると、皆は仕方がないという表情になった。
また、他にも様々な質問が飛んだ。
敵軍のこと、新たな住処のこと、共に住む人間たちのこと。
俺はその全てに、納得のいくよう説明をした。
やがて狼族たちは、平穏を得るために何が最善かを理解していく。
翌日は、全員環境整備。
それが済んだら、財産の全てを俺に譲渡する旨を書いた書類にサインしてもらった。
さらに次の日の朝、町を出る準備ができた皆の前で、俺は最後に【売却】を行った。
家が、町が、大地に沈んでいく。
これで二度目。
茫然としている者に、瞳に涙を浮かべている者。
狼族たちは思い思いの表情で、消えゆく町を眺めていた。
この時ばかりはカトリーヌも外に出して、町の終わりを見届けさせている。
しかしカトリーヌはぱちくりと瞬きしたあと、大きなあくびをしてそのまま腰を沈めて居眠りを始めてしまった。
色々と台無しだ。
まあ、彼女はずっと倉庫の中にいたから、特に何の思い入れもないのだろう。
なんにせよ、長く住んでいた場所との別れ。
町を残しておくことを考えなかったわけではない。
だが、それでは皆、次に進めないだろう。
これは必要なことなのだ。
「さあ、感傷は終わりだ! 全員乗車!」
目指すは東、フジワラ領にあっては中央に位置する平原。
俺たちを乗せた十を超える車両の列は、新天地へと向かった。
フジワラ領のおよそ中央。
土壌が痩せているためか、草が疎らにしかに生えていない、特に珍しくもない平地。
そこで俺たちは車両を停めた。
俺は装甲車の運転席から下りて、地図を眺めながら辺りを見回す。
ここだ、と思った。
周囲の見晴らしはよく、敵がどこからやってきても一目瞭然。
近くには川もあり、城郭都市をつくるにはうってつけの場所といっていい。
俺は満足しつつ、トランシーバーを手に持って言う。
「全員下車。ここに町をつくるぞ」
各車運転手が後板を下げ、後部座席に乗っていた者たちが次々に下りていく。
キャッキャッという子どもの元気な声が聞こえた。
どうやら前に住んでいた家を失っても、それほど堪えているというわけではないかもしれない。
いいことだ。
四方に人がいないかよく確認させ、その後は全員に休憩を与え食事をするように言った。
食事のメニューは、【ヒレカツ弁当】だ。皆には、せめておいしいものを食べてもらって、その心を癒してほしい。
ただし俺は食事をあとにして、一人能力とにらめっこ。
俺は『町データ』を呼び出し、下部コマンドから【町づくり】を選ぶ。
今更説明の必要もないと思うが、この【町づくり】は、建物を一つ一つ建設していくという面倒な作業を簡略化するためのもの。
眼前には本拠地周辺の立体地図が現れ、それに付随して文字が表示される。
《これよりシミュレートを開始します。範囲を選択してください》
ここに来るまで、俺はどのような都市をつくるかをずっと考えていた。
人間と獣人、いきなり混じりあわせてもうまくいくはずがない。
人間は獣人に対し下等であるという認識を持っているし、逆に獣人は人間に対し憎しみを持っている。
まあそれに関しては、戦いのあとにでもゆっくりと交流を深め、軋轢を解消していくということでいいだろう。
可能かどうかはわからないが。
とにかくも今は差し迫った危機に対処することが最優先。
それゆえこれからつくる都市は、人間と獣人との問題を起こさぬよう住居を別々にしなければならない。
「うーん」
どれくらいの大きさにするべきか。
二キロ四方……は大きすぎるか。
大きいということにはロマンがあるが、兵の数を考えるべきだろう。
城郭を広げれば広げただけ、守るべき範囲が増える。
つまり戦う者が足りなければ、守りが薄くなるのだ。
「一キロ四方。王都と同じ程度でいいか。ついでに真ん中に境目を設けて、と」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、目の前のパネルを操作する。
すると目の前の立体地図に城壁が浮かび上がった。
一キロ四方の城壁。真ん中には獣人が住む区域と人間が住む区域を隔てるための壁を用意した。
「これだけでは隔てたことにはならないか。俺が狼族と共にいること、さらに獣人と人間の数の差、大砲などの武器を城壁に設置することを考えたら、城壁には人間に上らせるわけにはいかないな」
俺は人間区域の城壁から階段を取っ払った。
次は住居。
さあ、これが問題だ。
かつてのサンドラ王国の南の町では、およそ五百メートル四方の敷地の中に六五八戸。
今回人間が住む区域は幅一キロメートル、奥行き五百メートル。単純計算で当時の二倍であるから、家の数も一三一六戸。
はっきり言って、一万人が住むには到底足りない。
では同じ広さの王都では、何故城壁内に何万人もの人々が住めたのか。
これは家と家の間隔が狭かったこと。加えて平屋ではなく、多重階層の家ばかりであったことが理由に挙げられる。
ならば、俺もそのようにすればいいのではないかと思うかもしれないが、そうはいかない。
王都の建物は、火災に強い煉瓦造りや石造り。
対してこちらが【購入】できる物は、火災に弱い木造しかない。
多重階層にするのは可能だが、それだけでは足りず、家と家との幅を狭めてしまえばいずれ大火事に見舞われるだろう。
悲しきは、日本の物しか買えないという我が能力の不便さか。
「うーん、これもダメか」
俺は立体映像の城郭内で、家を色々と動かして試行錯誤をするがどうもうまくいかない。
というか、圧倒的に広さが足りない。
うーむ。やはり城壁は二キロ四方にするか。
城壁の上に櫓をいくつも立てて、そこに重機関銃でも設置しておけば、守りの薄さもカバーできるだろう。
そういうわけで、城壁が囲う広さを二キロ四方にして家を建てていく。
また獣人が住む区域よりも、人間の住む区域の方を大きくしておいた。
「よし」
指を忙しなく動かし遂にできあがった。
はっきり言って、会心のできだ。
俺は画面の隅にある【完成】というパネルに触れる。
【この町を購入しますか】【はい/いいえ】
もちろん、【はい】だ。
ズズズという地鳴りのような音がして、大地から土がせりあがっていく。
既に食事を終えた狼族たちがそれを眺めているが、驚く様子はない。
もう皆も慣れたもので、そのうちに日本語の勉強を始めたり、DOKATA-×DOKATA-の単行本を読み始めたりと、思い思いの時間を過ごし始めた。
それにしても、かつてないほどに高い買い物だった。
【石垣】【幅二キロメートル、奥行き二キロメートル】【高さ十メートル】1200億円
【住居】【四六三二戸】237億9200万円
【旅館など特殊建設物】8億1500万円
【下水など公共施設】143億2340万円
これらに加えてカトリーヌのための【D型倉庫】や俺の家とその設備。【四斤山砲】なども買ったのだから大変な出費だ。
元々の【資金】はおよそ1兆3800億円。
そして現在の【資金】は1兆2009億6966万円。
しかしこのうちの1兆円は『時代設定』を『現代』にするために使うものであるから、実際に俺が自由にできるお金というのは約2009億円しかない。
いや、初期の頃を考えると、“しか”というのも贅沢な話だが。
なんにせよ今は町ができあがるのを待つばかり。
俺は、ようやく己の食事に取り掛かった。
――数時間後。
馬運車でカトリーヌと戯れていると、音が鳴り止んだ。
外に出てみれば皆、新たな町にソワソワしているようである。
「よし、全員乗車。町に入るぞ!」
『はい!』という元気のいい声が聞こえ、皆は弾むような足取りで乗車した。
車列は、俺が運転する装甲車を先頭にして、南より城郭内へと入っていく。
そこには、まさにザ・日本とでもいうような景色が広がっていた。
大通りには商店街が広がり、旅館など特に見栄えのいい建物が揃っている。
シミュレーションで先にどんなものができるか知っていたが、やはり実際に見るのとは段違いだ。
大通りを抜けて、獣人たちの住む区域に入る。
そこにある、ほぼすべての住宅は懐かしの土蔵造。
防寒に関しては、『現代』になり次第、魔改造を施してやろうと思う。
さらに、獣人の住む区域には、当然、俺専用の特別な場所を設けてある。
誰に気を遣うこともなく能力を行使できる他とは隔絶した空間。
俺とカトリーヌの住処だ。
「全員下車」
各車に下車の指示を与えると、車より下りた者から感嘆の声が聞こえてきた。
懐かしさに誰もが、感動している。
かつて過ごした、あの砂漠に近き町を思い出しているのだろう。
とりあえず、町の出来栄えに対しては誰も不満がないようで一安心だ。
新たな『本拠地』についてはこれで終わり。
【四斤山砲】も設置済み。
あとは、北の森の獣人たちの協力を取り付け、彼らに四斤山砲の訓練をしてもらうだけ。
――と言いたいところであるが、まだやるべきことがある。
もうこれを言うのは何度目になるかわからないが、相手は大砲を持っているのだ。
聞いた範囲では、【四斤山砲】の方が性能は上だろうと思われる。
それに城壁という上方の利もあれば、やはりこちらが有利。
しかし、勝利条件がこちらと相手では違う。
はっきりいって、こちらは死者を出すわけにはいかない。
これは誰かの死を悼んでのことではない。
いや、誰一人として死なせたくないという思いはある。
だがそれよりも、戦力の補充がきかないという意味で、死者を出すわけにはいかないのだ。
戦闘に加わる者が全員獣人。
このあと、北の集落へも行き協力を仰がなければならないのであるが、彼らが加わったとしてもその数はまだまだ少数。
その少数を失うわけにはいかない。
だから、失わないためにやれることはやって置こうと思う。
「アザード!」
「は、はい!」
俺が呼んだ名は、狼族の中で最も頭のいい狼顔の青年のものだ。
「イバン、リッカ、ジーム――」
さらに学業で成績がいい者の名を呼び上げていく。
中には女性もいるが、こればかりはしかたがない。
彼らが俺の前に出る。
俺はある【兵器】と、その【教本】を【購入】した。
【兵器】の値段はおよそ1000億円(定価10億円)。
今は一台が限度のその【兵器】。しかし、現代になれば幾らでも【購入】できる。
「なんとかして、これを使いこなせるようになれ。使いこなせるようになったら、教官として他の者たちを指導してもらう」
イニティア王国軍がこの領地にやって来るまでのタイムリミットはどれほどか。
一カ月、いや二カ月近くはかかると思っている。
これは一種の賭けだ。
もし移民がここまでたどり着けたのなら、『時代設定』は『現代』となる。
そうすれば、およそ1000億円のこの現代兵器は10億円という本来の値段になり、大量に【購入】できる。
とはいえ、航空機のような高度な技術を要する兵器は【購入】しても意味はない。
ならば、対人地雷でもと思い、探してみたがこれも存在しなかった。
日本では製造されたことがなかったのか、それとも製造されていたが、現代では製造されていなかったか。
どちらにしろ、ない物はないのだから、執心するのも馬鹿らしい。
そこでこれ。
以前より目をつけていた。
関連書籍を読んでみたが、運転自体は簡単だという。
あとは彼らがこの【兵器】を十全に使いこなせるかどうかだ。
すみません、遅くなりました。
前回と前々回の誤字修正を送ってくださった方々、重ね重ねすみません。
まだ修正できておらず、修正は明日以降になりそうです。
次回は普通に投稿できると思います。