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64.新たな土地

「陛下、行きましたよ」


 イーデンスタムが去ると、女近衛兵が扉を開けてオリヴィアに声をかけた。


「あー、疲れた」


 近衛兵から報告を受けると、オリヴィアはドレスをばさりと脱ぐ。

 その話し方も振る舞いも、先程の神話に出てくる聖女のような姿とはまるで違った。

 しかし、近衛兵は驚かない。

 彼女はオリヴィアの本性を知る数少ない者の一人だ。


「全く、爺やも急に来ないでほしいわ」


 オリヴィアは文句を口にしつつ、ベッドの下から書きかけの紙の束を出した。

 それはオリヴィアが政務をおろそかにして執筆していた書きかけの小説。

 こうみえても彼女、ちまたで売れっ子の人気小説家である。

「女王とは世を忍ぶ仮の姿。真の姿は謎の恋愛小説家オリーブオリーブよ」とはオリヴィアが近衛兵たちに常日頃口にしていることであった。


「しかし、いつまでもこんなことを続けていてよろしいのですか」


 オリヴィアがあまり働かないのを危惧しての近衛兵の忠言である。

 しかし、オリヴィアは視線を近衛兵に向けることなく、片手を左右に軽く振って言った。


「いいの、いいの。餅は餅屋。余計なことをして、命を狙われたら洒落にならないし」


 王族の平均寿命は短い。

 生を全うしたというわけではなく、多くが早年に殺されるのだ。

 オリヴィアはそれをよく知っていた。

 オリヴィア自身、過去に毒を飲まされた経験があるからである。


 毒から一命をとりとめて以降、オリヴィアはとにかく臆病に暮らした。

 明日にでも死んでしまいそうな孤児を育てて恩を売り、絶対に裏切らない者として近衛兵にしたし、食事も全て彼女たちにつくらせた。

 女王となってからは、政敵をつくらぬよう自身で政務は行わず、一番まともそうなイーデンスタムにまかせている。

 さすがに度を超えたものには口を出さざるを得ないが、それ以外の政治についてはほとんど放任していた。


 世の人がこの事を知れば、さっさと女王の座なんて降りてしまえばいい、なんて思うだろう。

 だが、そうはいかない。

 後宮にいる親族は贅沢をする以外に能はなく、もし仮にその者たちが王権を握ったなら国家はさらに傾くに違いなかった。

 そうなればいずれ反乱が起き、一族連座でオリヴィア自身も処刑されかねないのだ。


 国はもはや末期。

 国の財政は困窮を極め、それに従い地方の領主の力が強まっている。

 盛者必衰の言葉通り、ドライアド王国はいずれ滅びるのだろう。

 しかしオリヴィアに今できることといえば、節制に努め国の崩壊までの時間をゆっくりと遅らすだけ。

 女王としての責任などは感じるが、それよりも何よりもオリヴィアは自身の命が惜しいのだ。


「さあ、今日もバリバリ書くわよ! 読者が私の小説を待っているんだから!」


 胸に渦巻く不安や葛藤をぶつけるように、オリヴィアは今日も筆を走らせる。

 紙が安くなり、女王でありながら小説家という新たな職業の先駆者となったオリヴィア。

 彼女が希代の文学家として有名になるのは、果たしていつの日か――。



 ドライアド王国は王都ドリスベンを北へと進む二台の幌付き馬車。

 その一方に俺は乗っていた。


 少しここまでの説明をしよう。

 俺たちは途方もない距離を経て、サンドラ王国からドライアド王国に無事に入国。

 ドリスベンにある王城にて領地を購入し、俺はドライアド王国の貴族となった。

 そして現在は己の領地へと向かう前に狼族たちが隠れて待っている合流地点に向かうところだ。


 馬車の御者は、体の多くを布で覆って獣人であることを隠した護衛の狼族たち。

 さらに、旅装束に着替えたエルザも馬車に同乗している。


「ほどよく暖かい。ほんま、いい具合の気温やなあ。これが夏やっていうんやから恐れ入るわ」


 めくりあげられた後ろ布幕から外を眺めていると、正面に座るエルザが呟いた。

 その声に反応して、俺はエルザの方を見る。

 エルザの顔は外の景色を眺めたままだ。


「そうですね」


 俺は相づちを打ちつつ、目は正面に釘付けになっていた。

 エルザの横顔はなかなか美しい。

 見とれていたのだ。


 思えば、ドリスベンで見たエルザのあのドレス姿と振る舞いは、ドキリと胸を打つものがあった。

 まるでどこかの令嬢。

 美しいという言葉がよく似合う女性だったと思う。


 俺は、あの時の姿を思い浮かべて、目の前のエルザに重ねた。

 すると、エルザが視線に気づいて顔を正面に向けた。

 反射的に俺は横を向く。

 向いた瞬間、しまったと思った。

 これではまるで子どものようではないかと考えて、己の行動を後悔した。

 ああ、わかる。

 視界の端で、エルザがニヤニヤとしているのが。


「なんや、恥ずかしがらんといつまでも見とってええんやで?

 目の前にこんな美少女がいたら、見とれてしまうんも当然やしな。

 うちもその辺は自覚しとる。美少女の宿命ってやつや」


 エルザがニシシと笑いながら、俺をからかうように言った。

 それに伴って、狼族からの遠慮しがちな視線がこちらに向く。

 恥ずかしい。

 俺は、顔が熱くなるのを感じた。

 それにしても、これがドリスベンにいた時の彼女と同一人物とは思えない。

 なんというか、まるで品がないのだ。


「いやー、そっかー。フジワラさんも、うちの美しさには敵わんかぁ。罪な女やなぁ、うちも」


 エルザの自画自賛とどや顔。

 確かに見とれていたのは事実だが、それをいつまでも言われるのは癪だ。

 俺は少しばかりやり返してやろうという気になった。


「……小じわ」


 俺はボソリと言った。言ってやった。

 俺の呟きは届き、その意味を理解したのだろう。

 エルザは顔を緊張させた。


「……エルザさんの目の横にある小じわが気になっただけですよ」


「なっ!?」


 エルザの口から驚くような声が漏れた。

 途端、狼族らの視線がエルザの目元に移る。


「な、何言うてんねん! うちみたいな超絶美少女に、こっここ小じわなんかないわっ!!」


 のどかな平原に、エルザの怒声が響いた。

 その顔は彼女の髪の色と同様に真っ赤。

 俺としては、『よし、やり返したぞ』という満足感でいっぱいだ。

 というか美少女ってなんだよ。

 もうとっくに二十を超えてるだろうに。


 その後、エルザはプリプリと怒り、ついには口を利いてくれなくなった。

 よく考えてみれば、こちらが圧倒的に悪い。

 あとで化粧水でも渡して許してもらうこととしよう。


 馬車はそのまま街道から外れ、道なき道を行く。

 周囲に人の気配はない。

 やがて丘陵の陰にさしかかり、何名かが頭を出した。

 ここに隠れていた狼族たちだ。

 もちろんミレーユもいる。


「どうだった?」


 馬車を降りた俺に、ミレーユが問いかけた。


「ああ、無事に領地は買えた。これで俺も貴族の仲間入りだ」


「これで、私の役目は果たせたわけだな」


 俺が一枚の羊皮紙を誇るように見せると、ミレーユは満足そうに頷いた。


 俺たちは夜を待ち、馬車から車両に乗り換えて出発する。

 エルザとミレーユとは明るいうちに別れている。

 エルザも暇ではない。やることが済んだのなら、早々に己の商会に戻らなければならなかった。

 ミレーユはエルザの護衛としてついていった。彼女にも城への報告がある。

 いや、もしかしたら配慮であったかもしれない。

 俺は人前で能力を使うのを避けていた。町をつくる際には、どうしたって能力そのものを見られてしまう。

 俺が嫌がると知っているからこそ、能力の詳細が露になる瞬間を逃してまで帰還したのではないか。

 そんな考えが俺にはあった。


 別れの時には二人に化粧水を渡した。

 するとまたエルザは怒り出した。

 当て付けだと思ったらしい。

 そんなつもりはないと謝って、受け取ってもらった。

 ミレーユにはついでだ。


 車が、夜の闇の中を進む。

 やがて俺の領地――フジワラ領に入ったが、俺たちは人間の村がある場所とは別の方へと向かった。

 まずするべきは、俺たちの本拠となる新たな町をつくることであるからだ。


 人間の村は人間の村でやっていけばいい。

 今ある村とは別に、隠れ里のように狼族たちの町をつくる。

 ミレーユの軍人としての知識とエルザの抜け目のない商人としての知識から、選ばれた場所へ。

 そこが新たな町をつくる地だ。


 俺の領地に入ってからは、人の目を気にする必要もない。

 明るい日差しの下を行く。

 ただし轍を極力つくらぬよう、車は草の上を常に走らせた。

 大きな森を迂回し、川が行く手を阻めば、【橋】を【購入】し、そして【売却】する。


 思ったことがある。

 ドライアド王国の北部は、これまでの大陸の中でもとにかく平地が多い。

 竜の角。元の世界ではデンマークにあたるところだ。


 休憩時間にデンマークについて少し調べている。

 緯度は日本の北海道より北に位置しているにも関わらず、その気候は穏やか。

 夏は涼しいのに、冬はそれほど寒くならないらしい。

 沿岸を流れる暖流の影響だという。


 ではこちらの世界はどうなのか。

 話はドリスベンにて聞いた。

 夏が涼しいのは変わらない。だが冬はとても寒いのだという。

 地図には海岸沿いにそびえる山脈が描かれている。

 おそらくこれが海から来る暖かい空気を遮断しているに違いない。


 山とは一般的に周囲より200メートル以上高い土地のことをいう。

 デンマークには平地ばかりで山と呼ばれるものがない。

 だが、この世界にはあった。

 そういうことだろう。


 そして俺たちはとうとう目的地を見つけた。

 東と北には丘。南には大きな森がある。ここならば町をつくっても周囲からはバレはしないだろう。

 車を停め、全員に降りるよう指示を出した。


「ここですか?」


 ジハル族長が尋ねた。

 ミレーユやエルザがいた頃は、あまり話しかけてはこず、必要最低限の会話しかしていない。

 族長なりの心配りであったのだろう。


「ええ、そうです」


 俺は敬語で答えた。

 ジハル族長に対してというより、目上に対しては今も丁寧な言葉を使っている。

 これは性分だ。


 ややあって狼族全員が車より降りて辺りを見回す。

 当然だが、草むらが広がるばかりでまだ何もない。

 狼族たちは、きょとんとした表情を浮かべている。

 ここが目的地だといわれても実感がないのだろう。


 だが俺には、とうとうここまできたという思いがあった。

 かつての町を脱してからの長い長い旅路。

 ここでもう一度やり直すのだ。


 思えば俺の目的は、この世界において現代的で怠惰な生活を営むことである。

 それは今も変わらない。

 しかし今の俺には、俺を裏切らなかった彼らを幸せにしたいという一念も強くあった。


 ビジョンはある。

 かつての町の失敗はなんであったかを考えた時、俺一人だけの統治に問題があったのは明らかだ。

 たとえるなら俺という町長がいて、その下には役人が一人もおらず、各民族がある程度の自治権をもって暮らしている状態。


 能力があろうと俺一人でできることは限られていた。

 今度は彼らを共に歩むもの――パートナーとして育てる。

 同じ目線で、町を運営していく仲間が必要だったのだ。

 そのために俺は――。


「あなたたちには全てを見せようと思う」


 俺は『町データ』を呼び出して操作する。

 それにより目の前の泥がせりあがる。

 町がつくられていく。


「おおぉ……」


 ジハル族長の感嘆した声。

 狼族たちのざわめきを、泥のせりあがる音がかき消した。


遅れてしまって、すみませんm(__)m


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[一言] 女王はまともそうだな
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