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57.幕間 永井昌也 1

更新遅れてすいません。

次話は明日あたりに投稿します。

 神の下に集められた、日本に生きる112名の者達。

 彼らは神より自身の力となりうるカードが与えられると、異世界へと旅立った。

 その際に、神は「生活の地盤が築ける場所に送る」と告げている。

 その言葉の通り、おおよその者は転移した先で無事な生活を送っていたといえよう。


 たとえば、ある少女は【水の魔法の才】【小】【★★】を得て、とある町へと飛ばされた。

 彼女は現在、見過ごすことができなかった孤児達の面倒をみながら、水売りを生業として日々をたくましく生きている。


 また【武器全般の才】【中】【★★★】を得たある青年は、ふとしたことからある商人を救い、それ以後はその商人の護衛となった。

 さらに商人の娘に見初められ、今では商会の跡取り候補として忙しない日々を送っている。


 そしてまた、ある男子高校生は――。



 ――よく勉強をするようになったのはいつだったか。

 それは、異世界へと転移した男子高校生――永井昌也が小学生であった頃のことである。


 永井は別段、頭のいい子供ではなかった。

 先のことなどあまり考えず、今日の楽しみを頭に浮かべて毎日を過ごす、どこにでもいる子供だ。


 そんな彼がある日、テストで100点をとった。

 一度ばかりのほんの気まぐれ。

 たまには褒められるのもいいだろうと、なんとなく勉強した結果である。

 だが、実際に周囲の者から褒められてみると、それは想像以上に心地よかった。


 皆の前で永井の成果を発表し、「よくやったな」と答案用紙を渡す教師。

 席に戻ると、「永井君、頭いいんだ」と話しかけてくる隣の席の女子。

 家に帰ったなら、「昌也はやればできる奴だと思っていたんだ」と自分のことのように誇らしげになる父。


 まさに快感。

 褒められる度に、麻薬にも似た陶酔感が永井の心を支配した。

 それは、自らの意思による努力に成果が結び付いた結果であるといっていいだろう。

 そして、この時より永井は優等生となったのである。


 永井は毎日を勉強と体力錬成に費やした。

 小学生の頃に確たる目標をもって努力している者などそうはいない。

 せいぜいが、親に言われるがままに自我の欲求を我慢しつつ勉強をするくらいだ。


 だが、永井は自らの意思で努力を続けた。

 すると、その努力はすぐに成果を出していく。


 テストの度に高得点をとるようになったし、体育でもよく活躍した。

 周囲からは、頭がよくて運動もできる奴と認識されていった。

 しかし永井は、まだ足りないと思った。


 やがてテストで100点をとることが当たり前となり、運動においても永井が一番だと目されるようになる。

 教師や両親は永井を褒め囃し、クラスメイトは羨望の眼差しを永井に送った。

 嫉妬にかられて貶す者もいたが、所詮は負け犬の遠吠えである。

 気にする価値すらない。


 そして永井は、何事にも一番であることが当たり前となっていった。

 誰よりも優れ、褒められて、非常にいい気分に浸っていたのだ。


 だが努力には限界がある。


 永井が中学生の頃。

 貼り出された試験結果の順位表において、初めて二位の場所に名前を刻んだ。

 スポーツに至っては、明らかに自分とは逸脱した才能を持つ者が現れた。


 屈辱であった。


 自分に足りない才能。

 努力だけではたどり着けない境地。

 それを認めることができなくて、永井は必死に努力した。

 天辺を眺めて、そこは俺の居場所なのだともがき続けた。


 しかし、届かない。


 一番であることが当たり前となっていた永井にとって、自分より優れた者がいることは耐えられるものではなかった。

 己は誰よりも優秀だ。劣っているわけがない。

 そう自分に言い聞かせる。

 だが高校に進学する際、永井は地域で二番目の偏差値の高校を選んだ。

 高校で一番になるために、二番目の高校を選んだのである。


 恥辱。己の居場所を得るために、自ら選択した負け。

 そのことは永井の心の水溜まりに、一滴の穢れたものを落とした。

 そしてその一滴は、段々と永井の心を澱ませていくことになる。


 高校生になると、永井は心の中で他人を見下すようになっていた。

 自分がいかに優れているか、他の者がいかに愚劣であるか。

 己の中にある恥辱を覆い隠すように、自分の優秀さを自らに言い聞かせた。


 さらに自分の居場所を脅かす者は許さないとばかりに、頭角を現してきた者を潰していった。

 無論、表だった行為ではなく、自らの悪意を悟られぬよう裏から狡猾に、だ。


 かつては己を高めるために行っていた努力のベクトルは、もはや違う方向へと向いていた。

 いつか、ただの人間になる。

 そんな言い知れぬ焦燥感の中で、永井は日々を過ごしていたのである。


 すると、そんな時であった。

 永井の前に神を名乗る老人が現れたのは。




 朝、通学の電車に乗っていた永井は、気がつけば真っ白い部屋にいた。

 自分だけではない、同じ車両に乗っていた者達も同様である。

 そして、永井達の前に現れたのは神を名乗る者。


 神は言った。


 ――お前達には他の世界で暮らしてもらう、と。


 真っ白い部屋で、次々とカードを選び光の中に消えていく者達。

 永井もまたカードを選び、眩しい光に包まれて目を瞑る。

 次に目を開けた時、そこは見知らぬ場所であった。


「どこだここは……?」


 豪奢なベッドの上で目覚めた永井。

 仰向けになった視線の先には、見慣れぬ天蓋があった。


 そこに「おお!」という声がした。

 上体を起こしてそちらを見てみれば、そこにいたのは初老の白人。

 着ている服は、洗練され立派なもののような印象を受ける。

 しかし、現代の服装とはかけ離れており、いわゆる昔の西洋の紳士服という風であった。

 そんな老人に対し永井は、彼が医者であると何故か“知って”いた。


「……ここは一体」


 つい口に出し、キョロキョロと辺りを眺めた。

 そこは、いかにも高級そうな調度品が並んだ、きらびやかな部屋。

 だが、永井はその部屋に“見覚え”があった。


「意識がまだはっきりしておりませんか。3日間も眠っておられたのですから当然でしょう。

 少し失礼しますよ」


 老医は、永井の額に手を当てた。熱を測っているのだろう。

 次に永井の目と舌を見る。


「ジュリアーノ様、腕を出してください」


 ジュリアーノ。

 目の前の老人は永井のことをそう呼んだ。

 永井の名は永井昌也だ。

 決してジュリアーノという名前ではない。

 だが、永井は不思議なことにその名を自然と受け入れ、言われるがままに腕を出した。


 永井には記憶があったのだ。

 永井昌也としてではなく、ジュリアーノ・ガヴィーノ・ヴァッサーリとしての記憶が。


 老医が脈をとる。

 その間、永井は己が引いたカードを思い出していた。


【領主になる】【★★★★★】


 永井は自身の手を見た。

 老医の肌同様とても白い。

 これは黄色人種であった永井昌也にはあり得なかった白さだ。


 永井昌也という人間が、領主という職にあったジュリアーノ・ガヴィーノ・ヴァッサーリという人間に憑依した。

 そういうことなのだろう、と永井は思った。


「ふむ……、異常はみられません。死にかけていたのが嘘のようだ。

 とはいえ油断はなりません。

 当分は安静にしていてもらいますぞ」


「わかった」


「それで、どうして死にかけたかは覚えていらっしゃいますか?」


 その質問に、永井は頷いた。

 永井の頭の中には、ジュリアーノが死にかけた時の記憶ももちろんある。


 昼食の最中であったジュリアーノ。

 彼はワインを飲んだところで、胸をもがくほどに苦しくなった。

 おそらくジュリアーノはそこで死んだのだろう。

 そして、死んだジュリアーノの体に己の魂が入ったのだと永井は理解した。


「では、くれぐれも安静に。また夕食前に来ますので」


 そう告げると、老医は部屋から去っていった。

 部屋に残されたのは自身以外に、メイドが一人と、扉の前に立つ護衛の騎士が二人。


 永井は体を再びベッドに沈め、ぼうっと天蓋を見上げながら思考する。

 己が手にした【領主になる】というカード。

 それには星が五つ書かれていた。

 その星がカードの価値なのだろうというのは、想像に難しくない。

 では果たして、星五つというのが高いのか低いのか。


 一番始めにカードを引いた男子学生。

 彼のカードは【槍の才】【大】だったはずだ。

 【大】ならば【小】と【中】もあることだろう。


(【小】を星一つとすれば、【大】は星三つか?)


 短絡的すぎるとも思ったが、個人の才能と領主という人を束ねる職との価値の差を考えた場合、そんなに間違っているとも思えない。


 そんなことを考えていると、廊下が慌ただしくなった。

 部屋の外から聞こえる複数の足音。

 すぐに、部屋の扉は開いた。


「おお、ジュリア……! よかった……!」


 部屋に入ってきたのは、下女をつれたジュリアーノの母である。


「これは母上。ジュリアはこの通り、無事でございます」


 永井は、体を起こしてにこやかな笑顔をつくった。

 するとジュリアーノの母は目に浮かんだ僅かの涙を指で拭い、本当に安心したという様子で、永井に声をかける。


「おお、おお……! 元気そうで何よりです……!

 ずっと目が覚めず、母もどうしてよいか……とても心配したのですよ?」


 ――だが。


「ふっ、私がちゃんと死ぬかどうかの心配ですか?」


「――な!?」


「この者を捕らえよ。此度の主犯はこやつだ」


「ま、待ちなさい! 何を言うのですか!」


 永井という魂が入り込む以前のジュリアーノは気づいていた。

 母がまだ幼い弟を当主に据えたかったこと。

 そのためにジュリアーノを疎ましく思っていたこと。

 しかし、ジュリアーノはなにもしなかった。

 親を思う子の情が、まさか命まで狙うわけがないと躊躇させたのだ。


 ジュリアーノへの愛情を失っていた母。

 対するジュリアーノは、母への愛情をいまだに残していた。

 だから殺された。


 そして今、ジュリアーノとなった永井には母への情などは存在しない。

 自身の母はあちらの世界におり、この場にいる女性は他人でしかないからだ。


「私の愛しいジュリア! これは何かの間違いです! ああ、ジュリア!」


 護衛の兵に腕を掴まれて扉から出ていくジュリアーノの母を、永井はなんら感情を揺さぶられることもなく見つめていた。

 やがて扉が閉じられると、その視線を正面に戻して呟く。


「領主か……悪くはないな」


 永井は、まだ年端もいかない端麗な容姿をもつジュリアーノの体で、ニヤリと口に弧を描いた。


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[一言] 領主の場合はこうなるのね
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