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26.商人 1

 石垣の上で弓を構える獣人達。


「目標、向かってくる敵歩兵! 今だ、射て!」


 俺の命令により一斉に矢が放たれる。

 矢はまるで雨のように降り注ぎ、地面に突き刺さった。

 しかし、そこに敵歩兵は存在しない。


「梯子がかかった! 敵が石垣に張り付いたぞ! 石を落とせ!」


 俺の指示に従い、獣人達が石垣から石を落とす。

 だが、石に当たる者は誰もいない。


「敵が乗り込んできたぞ! 突き殺せ!」


 獣人達は短槍でもって、なにもない空間を突き刺す動作をする。

 当然、なにもない空間であるのだから、そこに敵がいるわけもない。


 では、いったい俺達は何をしているのか。

 もはや言うまでもないことであるが、これらは敵が来たことを想定した訓練である。




 サンドラ王国軍が去って数日、町は既に平常の態勢に戻っており、平和そのものだった。

 だが、この平和がいつまで続くのかという懸念が、俺の中にはあった。


 今回敗北したサンドラ王国。

 かの国が今後どのような行動を移すのか。


 怒りに任せて、とって返すように再び軍を送り込んでくるのか。

 それとも、敗北を重く受け止めて、周到に準備を行ったのち攻めてくるのか。

 はたまた、労多くして益少なしと断じて、この地にはもう関わろうとしないのか。


 しかし、その答えは出ない。

 それはそうだ。

 答えを出すための情報がほとんどないのだから。


 ならばサンドラ王国が再び攻めてくると仮定して、こちらも準備をしておくべきだろう。

 最悪の結果を予想しておけば、とりあえず最悪の結末にはならないはずだ。


 ――というわけで、週に一度の割合で訓練を行うことにしたのである。


 石垣の上、やっ! はっ! とそこに存在しない敵に向けて、思い思いに短槍を振るう獣人達。

 最初は皆恥ずかしがっていたが、俺自らがエアバトルを真剣にやってみせると、皆の中に羞恥なんていう躊躇いはなくなっていた。


「うおお! 人間め! ゴブリン族の恐ろしさを、とくと思いしれ!」


 ゴブリン族の一人が、自前のナイフを振り回している。

 やたら気合いが入っているのはいいが、体の小さなゴブリン族は補給係のはずだ。

 なぜここにいるのか。

 いや、戦う機会はいつどこであるかわからないから、別にいいんだが。


 そして、俺以外にも各族長が指揮を執り、また局面を変えたりして訓練は続いた。


「――はい! 状況終了です、お疲れ様でした! 武器は返納し、速やかに矢の回収に移ってください!」


 息の詰まる状況から漸く解放され、真剣であった皆の顔が笑顔へと一変した。

 口々に喜びの声を発しながら、皆は矢を回収するために石垣を下りていく。

 そんな中、俺はゴブリン族の男に目がいった。


「ふんっ、人間などゴブリン族の前では敵ですらないわ」


 どや顔で、何もない石畳に呟くゴブリン族の男。

 彼の目には倒れ伏した人間が映っているのだろう……。




 秋が終わり、冬がやって来た。

 空気が冷たくなり、町の者達は火鉢で暖をとることが多くなる季節である。

 俺としては、一酸化炭素中毒に気を付けるよう、秋の終わりから冬の始まりにかけて口酸っぱく注意を呼び掛けている。


 そのおかげか、過去に一度だけ一酸化炭素中毒で倒れた者が出たものの、それ以降は皆、換気に心がけて火鉢を使っているようで何よりだ。

 倒れた者も、発見が早くて助かっている。


 まあ、俺は火鉢なんて使わず、炬燵でミカンを食べながら、ぬくぬくとしているわけだけれども。

 ビバ、現代文明。


 そんなわけで、冬のある日、俺は自宅にて炬燵に潜りながら海外のコメディドラマのDVDを視聴をしていた。


「ははははは」


 俺の口から漏れる笑い声。

 いやあ、異世界であっても現代と変わらない生活を送れる、この素晴らしさよ。

 なんという贅沢であろうか。


 するとジリリリリと部屋の隅に置いた電話が鳴った。


 はて、と停止ボタンを押して、動画を止める。

 今日は別に連絡を受けるような用事はなかったはずだ。


 俺は、不審に思いながらも電話の受話器をとった。


『フジワラ様ですか? 豹族の――』


 相手は豹族の者であった。

 どうでもいい話だが、現在町には俺の家に繋がる電話が二つある。

 一つはジハル族長の家、もう一つはコボルト族に任せている商店。

 狼族以外の者は大抵、商店の電話を使っている。


「どうしましたか」


 先程の豹族の声色は焦った風ではなかった。

 ということは、大した用事ではないだろう。

 そんなことを思っていたのだが――。


『人間がまたやって来ました』


「なんだって!?」


 あくまで冷静に言葉をつむぐ相手に、俺は思わず声を荒げた。


「規模はどれくらいですか!」


『三人です。商人を名乗り、商売に来たと言っております。

 町の長と話がしたい、と』


 なんだ、三人か。

 気が抜けると同時に、全身からも力が抜けた。

 受話器の向こうの者が、落ち着いて報告できるわけだ。


「わかりました、すぐに行きます。人間達は町の外で待たせておいてください。

 絶対に手を出さないように。いいですか、絶対ですよ?」


 人間に手を出さないようにと、しつこく念を押して、俺は電話を切った。


「しかし、商人か」


 俺はニヤリと笑った。

 商人というのは偽りで、サンドラ王国のスパイとも考えられる。

 だが、本当に商人だとすれば、俺にとって間違いなく好機だった。


 やがて来るかもしれない戦いに備え、何が一番重要かと問われれば、それは金であると断言できる。


 ――町をつくる能力。


 この能力は極めて単純だ。

 金であらゆる物を買い、町をつくる。

 これだけだ。

 それゆえに、金の力がより顕著だった。


 正直な話、この能力は金さえあればなんだってできるだろう。

 だが、逆に金がなければ何もできないとも言える。

 資金が少なければ、それだけできることの可能性が狭められるのだ。


 問題は金をどうやって増やすか、である。

 今現在の資金は498億円。

 町の業績は黒字ではあったが、その利益は微々たるものだ。

 2000人にも届かない人口の町は、長い目で見ればそこそこの収支が得られるだろう。

 しかし、少なくとも一年やそこらで目覚ましい資金は得られない。


 いっそ町を【売却】して、外敵の存在しないであろう砂漠の真ん中にでも新たに町を作ってみるか? なんて考えたこともある。

 だが、これは論外だ。


 【購入】したものを【売却】する時、見逃してはならない悪条件が発生する。

 一度【購入】したものは、100分の1の価値でしか【売却】できなくなるのである。


 およそ500億円でつくりあげた町。

 それが5億円にしかならないとなれば、そう易々と【売却】するわけにはいかなかった。


 町の収入は期待できない。

 ならば、どうするか。


 内が駄目ならば外、人間社会に目を向ければいい。

 こちらの世界の人間達に珍しいものを売り、大金を稼ぐのである。


 その手段が、今、目の前に転がってきた。


「ふふふ、運が向いてきたな。

 いいだろう、見せてやろうじゃないか、【香辛料】のバリエーションを」


 俺は頬が自然ににやけるの感じながら、体に装具をつけていった。


 ――十数分後。


 俺は装備を整えると、カトリーヌに乗って町の北門へと向かった。

 すると、そこには夥しい人だかりができている。


 おうふ。

 手を出すなとは言ったが、だからって集団で取り囲んで威圧するとは。


 まあでも気持ちはわかる。

 フロストが町にやって来た後に、人間の軍がこの地に現れたのだ。

 人間は少数であっても警戒すべき、と町の皆は考えているのだろう。


「道を開けてください!」


 俺は大きな声で、自身の到着を知らせる。


「おい、フジワラ様が来たぞ!」

「道を開けろ!」


 ザザッと人混みが二つに別れ、一本の道を作り出す。

 わかるだろうか、この反応の良さ。

 俺がただ一人で人間の軍を退かせて以降、獣人達の俺に対する敬いの心は、これまでよりもはるかに高まっていた。


 そして、道の先に見えるのは、三人の人間と馬車。

 一人はコートを着た赤髪の女性、他の二人は銀色の鎧を身に纏った、共に金髪の男女である。


 三人に共通しているのは、若さ。

 いずれも、30歳は超えてないように見える。


「おっ、ようやく話のわかりそうなのがきたやんか」


 三人のうち、赤い髪をした女が口を開いた。

 その言葉には、少し訛りがみえる。

 俺の印象としては、とても軽い女。

 こちらを警戒する様子も、威圧する様子も、媚びへつらう様子もない。

 ただ気安い。

 そんな風に見えた。


 だが、その左右にいる剣士然とした男女は違う。

 どちらも柄に手をかけて、油断なく獣人達を警戒している。


「うちの名前はエルザ・ポーロ。ポーロ商会の主や。

 あんたが“獣人の町の主”、フジワラさんでええんか?」


「ええ、その通りですが、私のことを知っているのですか?」


「フロストって学者さんから話は聞いとるで、あんたに手紙も預かっとる、ほれ」


 懐から取り出される一通の手紙。

 しかし、俺と彼女との距離は10メートルほどある。


「誰か代わりに受け取ってもらえますか」


 俺の言に従って、前に出たのは豹族の男。


「なんや、警戒しすぎやないか?」


「それは、そちらの二人の剣士さんに言ってください」


 エルザが豹族の男に手紙を渡しながら言い、俺はそれに言葉を返して手紙を受け取った。

 俺の言葉通り、二人の剣士はいまだに剣に手をかけており、臨戦態勢を崩していないのだ。


「あーやめやめ! レイナ! ライル! ここに来る前に言うたやろ、あくまでも町に着くまでの護衛やって! 獣人と喧嘩はなしや! ほら、さっさと剣から手を離さんかい!」


 剣士の二人は互いに顔を見合わせたあと、剣から手を離して直立した。


「これでええか? まだ足らん言うなら、二人の剣をあんさんに預けとこか?」


「ええ、お願いします」


「え?」


 面食らったようにエルザが呆けた声を出した。

 すると剣士の二人からは、『余計なことを言いやがって』というような、冷たい視線がエルザへと注がれる。


「あんたそこは『別に構いませんよ』とか言うて、ウチを信頼するとこやろ!」


「いや、信頼や信用よりも命の危険の方が大事なんで」


「う……しゃーない! ほらレイナにライル! 剣捨てえや!」


 わずかの逡巡ののち、レイナ、ライルと呼ばれた二人の剣士は、舌打ちと共に地面に剣を投げた。

 その舌打ちは、俺達に向けてのものではなく、エルザに対してのものだ。


 獣人がそれを拾う中、エルザはばつが悪そうに、俺に向かって苦笑いを浮かべていた。


「まあ、なんや。これでちょっとは信用してもらえたやろか」


「ええ、まあ」


 俺は返事をしながらも、フロストからの手紙を開いて中身を読んだ。

 そこには、この町に軍が派遣された経緯と、ただただ己が悪いという謝罪に次ぐ謝罪が書かれていた。


 経緯に関しては、捕虜であるローマットが話した内容と一致する。

 また、謝罪に関しては、いいわけをするような言葉は一つもない。


 エルザ達がスパイだとして、このフロストの手紙がこちらを油断させるためのものなら、ここまで馬鹿正直に書くだろうか。


「それで、商人ということでしたが」


「せや。あんたらと商売がしたくて来たねん。

 フロストはんから聞いたで、珍しい酒を飲んだってな。

 なんでもええ。珍しいものがあるんなら、うちに売ってくれへんか?」


「ふむ……」


 今のところ怪しいそぶりは見えない。

 とにかく、よく話を聞いて、それから判断を下すとしよう。


「いいでしょう。あなた達を町にご案内します」


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