100.建国から三カ月(秋)、電気ストーブと炬燵
内政の中でもいらない部分をすっ飛ばす説明回です。
84話の修正
→イニティア王国が小国群に攻め込んだのは三年七カ月後の冬。信秀はこの時三十一歳に。
そこから年月を少しずつずらしています。現在は信秀三十二歳です。
レアニスが解放されたのが九月の頃。
それから一カ月の間、大陸の情勢はそれほど変わってはいない。
兵糧攻めに持ち込んだ東方諸国連合の作戦によって、ドライアド東部の戦線は膠着状態に入ったままだ。
そんな中、エドの地には多くの商人が詰めかけていた。
その理由はレアニスを解放するために、イニティア王国がエド国に対して用意した多額の身代金だ。
金額が金額ゆえに、各商会にまでイニティア王国の役人たちが金の無心を行っており、商人ならば誰もがその金の流れを掴んでいる。
新興国家に急遽数千万フローという大金が転がり込むという事実。
金というものは使ってこそ。使わなければ、石ころと変わらない。
金を使い、人を集め、経済を活性化させ、国を大きくする。
成立から何年も経った怠惰な長寿国ならまだしも新興の国家ならば、必ずやそうするだろうと商人たちは考えた。
特に、エド国に関しては、かねてよりポーロ商会の影がちらついていたことは皆が知るところだ。
国の運営に商人が大きく関わっているともなれば、無能なことはしまいというのが各商会の見解である。
さらに、東西の大戦争には長期化の兆しあり。
これは新興の国が力を蓄える絶好の機会といえよう。
数多の“金”があり、天が与えたような“時”もある。
加えて、王都より避難したという万を超える住“人”。
金と時と人。
これら三つが揃っている“地”ならば、そこで店を構えるだけで、黙っていても儲けることができるというものだ。
まさに、商人にしてみれば理想郷とでもいえるような場所。
ポーロ商会だけにいい思いはさせられない。
ゆえにドライアドに根を張る商会の多くは、北を目指した。
そして今日もまた、遅ればせながらエド国フジワラ郷にやってきた商人の姿があった。
「おお、これは……」
馬車と奉公人を数名連れたある商会の跡継ぎ息子――フンケルは、フジワラ郷の巨大な城郭を前にして感嘆した。
たかが一領主がどのようにしてイニティアを破ったのか、というのは、ここのところ世間をよく賑わした、興味尽きない話の種であったといっていいだろう。
その真実がここにある。
王都にも劣らぬ見事な城郭。
噂には聞いていたものの、実際にそれを前にすると、フンケルは目を見張る他なかった。
フンケルのみならず、供の奉公人たちも唖然としている。
城郭の上には異様な建物が見える。
物見用の塔代わりだろう。
だが、そんなものよりもフンケルの視線を捉えて離さない物があった。
「大砲か」
城郭の上にある鈍い光を放つ大筒を瞳に映して、フンケルが呟いた。
イニティア王国が支配したドライアドにおいても、各所にて配備が行われている新兵器。
商人ならば喉から手が出るほど、今一番欲しているものだ。
市場に出回っているという話はまだ聞かない。
なればこそ、“あれ”を手に入れられたのならば一門幾らで売れるのか、とフンケルは舌なめずりをせずにはいられなかった。
フンケルの一行が、城門のすぐ前まで進む。
そこには体の大きな獣人が武器を持って立っていた。
(獣人が町の中核を担っているという噂は本当らしいな)
城郭の上にも睨みつけるように、獣人がいたのは確認している。
本来ならばありえぬ事態だ。
しかしフンケルは、だからどうしたという気持ちであった。
この程度で驚いていては商人など務まらない。
地獄の沙汰も金次第。
たとえ地獄の悪魔であろうと、金貨と三寸の舌をもって取引してやろうというのが、一流商人の心意気というものだ。
「何者だ。なんの用でここに来た」
「ピエフ商会のフンケルというものです。新たに国を興して王となられたフジワラ様に、お祝いの品を届けに参りました」
高圧的な態度で誰何する牛族の男に対し、フンケルはペコペコともみ手をしながら答えを返す。
獣人相手であっても、あまりに腰の低いその態度。
これに気をよくしたのか、心なしか獣人の声色が柔らかくなる。
己のプライドと、利益とを計算できるのが商人という生き物だった。
「うむ、では全員の顔を検めさせてもらうぞ。馬車の中身もな」
「はい、どうぞ」
しばし、獣人たちがフンケルたちを検査する。
動じないのはフンケルばかりで、供の奉公人たちは皆、怯えたような顔だ。
「よし、入ってよし。役所にて申請が必要だ。役所まで案内させる。言うまでもないことだが、もめ事は起こさぬようにしろ」
「ありがとうございます。あ、これは、ちょっとした心づけです」
フンケルが袖から銀貨を取り出して、牛族の男に渡そうとする。
だが、牛族の男はギロリと、視線を鋭くさせた。
「そういったものは受け取るなと言われている。受け取れば我らもお主も罰せられる。今後は、お主も気を付けよ」
「はっ、これは知らぬこととはいえ、とんだご無礼を」
フンケルはそそくさと銀貨をしまい、牛族の男にはぺこりと頭を下げ、「さあ行くぞ」と奉公人たちを連れて城門の内側に入っていく。
その心中は次の通りだ。
(人間の門兵などよりよっぽど立派ではないか。これはなかなか侮れんな)
賄賂なんていうものはドライアドでは当たり前のことだった。
逆に賄賂を渡さなければ、礼儀知らずであるとされた。
獣人が潔癖なのか、それともこの町の支配者が優秀ゆえに、規律が行き届いているのか。
なんにせよ賄賂が通用しないとなると、色々とやりにくいという思いであった。
獣人の一人に案内されて、フンケルは供の者と大通りを行く。
店が建ち並び、人が行き交っているが、女性が多い。
男衆は仕事に出ているということなのだろう。
獣人が先頭を行くせいか、進む先は広々としたものであった。
皆道を開け、誰もこちらと顔を合わせようとしない。
このことから、町の獣人と人間がうまくやれているということはないと考えられる。
店先には、同業種の者で幾つか知った顔を見た。
出遅れたと思いつつも、いまだ閉まっている店舗を見る限り、まだまだ食い込む隙間はありそうだ。
そのままフンケルは役所にて申請を済ませ、そこで町の規則を説明される。
規則にはこまごまとしたものが多く、面倒くさいという思いがまず先に立った。
その後は、貨幣の両替。
説明の中にあったが、この町で使える貨幣は決まっており、それ以外を使うことは原則禁止されているのだという。
なお、貨幣の種類は以下の通りだ。
大判、小判、二分金、一分金、二朱金、一朱金からなる金貨。
丁銀、五匁銀、一分銀、二朱銀、一朱銀からなる銀貨。
四文銭、一文銭からなる銅貨。
これまでに見たことのない特殊な貨幣。
比率などは教えてもらえなかったが、小判を手にしたところ、明らかに一枚の重さが軽い。
金の含有率が低い証拠だ。
これは詐欺ではないかとフンケルは思ったが、この町ではその貨幣しか使えないとなれば、もはや文句の言いようがない。
それに、金含有率など一笑に付してしまうような、もっと着目すべき点があった。
両替した貨幣は、大きさや形に加え、そこに刻まれている意味不明な文字も、寸分違わずに全く同じ。
この町の貨幣は全て均一だったのである。
はっきり言って異常だった。
これほどの芸当、どれほど素晴らしい鋳造技術が必要であるか。
いや、稀有な才能を持った錬金の魔法使いの仕業であろう。
とにかく、これでは贋金をつくることは困難。
すなわち、金の含有量が低くともこの町の貨幣は確かな価値を持っており、当初思った詐欺などという言葉は、もはや口が裂けても言うことはできない。
フンケルはただただ舌を巻くばかりであった。
換金を終えると、その金でフンケルは大通りの空き店舗を一つ借りることにした。
役人に貸店舗に案内されて、そこでもまた長々と説明を受ける。
三十分ほど過ぎると、ようやく話が終わり、一息ついた。
役人を見送ったあと、靴を脱いで屋内に上がる。
二階建ての立派な店舗だ。
フンケルは奉公人に馬車の下敷き持ってこさせて、その上にごろりと横になった。
床に寝転がるなど普通ならば考えられないことではあるが、靴を脱ぐというのなら、全体が腰を落ち着けることができる場所だと考えていいだろう。
しばらく横になって体を休めていると、奉公人から声をかけられた。
「若旦那、ひと月分の薪を貰ってきました」
「わかった。お前たちも今日のところはゆっくりするといい」
奉公人が貰って来た薪。
これは国から支給されており、欲しいだけ受領できるのだというから驚きだ。
しかし、薪の売買は絶対に禁止されているという。
見つかったら、即刻この町からは追い出されるらしい。
まあ、ただで手にはいる物に値段など付くはずもなく、売買の心配はないだろう。
値段を付ける者がいるとすれば、他所からやって来た者であるが、あんなかさばる物を外に運ぼうとすれば、すぐに見つかってしまう。
なんにしろ、ここに住む者は相当に恵まれているようだ。
翌日、外は生憎の雨模様。
何をしたものかなと思い、フンケルは玄関の段差(上がり框)に座ってずっと外を眺めていた。
(こうして座っているだけで、わかることもあるものだな)
雨の勢いはそれなりに強いが、水が家の中まで浸入してこない。
町の排水設備がよく整っているのだろう。
自身の商会の本店がある町は、ひとたび大雨が降れば、糞尿の混じった汚水に沈むことになる。
このフジワラ郷とはえらい違いだ。
それにしても、外は晴れた日よりも往来が激しい。
これをフンケルは不思議に思った。
雨の日は通常、人の活動が少なくなる。
フンケル自身が特に何もせず、家に留まっているのがいい証拠だ。
それに不思議に思ったことはもう一つあった。
玄関を横切る者たちは皆、傘を差しているのである。
これはおかしい。
傘なんてものは、女が日を避けるために使う物だ。
雨に傘を差せば確かに雨は凌げるだろうが、それはいわば非常識。
常識的な恰好とは言えない。
フンケルが思った二つの疑念。
だがこれらの答えは、向こうからやって来た。
「おや、ここはなんの店だね」
中年の男が、店の中に入って来たのである。
おおかた、開店していると勘違いしたのだろう。
「まだ、なにも売ってないよ」
「なんだ紛らわしい」
あんまりないい草である。
だが、こんなことで怒るようなフンケルではない。
微笑を浮かべて、男が去るのを待った。
しかしその時、フンケルは男の手にあった物に不意に目を留めた。
この男もまた手には傘を持っている。
「お前さん、何故この町では皆が傘を差しているんだい?」
「ん? ああ、なんだ。もしかして新入りかい。あんたも傘がかっこ悪いという口だね」
フンケルが傘について言及すると、ふふんと鼻で笑うように男は言った。
どうやら彼は傘を持っていることを、誇らしげにしているようだ。
「しかし、傘など紳士的じゃないだろう」
「雨に濡れたくないから、傘を差す。別に誰かに迷惑をかけているわけじゃない。実に実用的じゃないか。これこそがこのエドの在り方ってもんだ。外には出てみたかい? 雨だっていうのに傘のおかげで通りは大繁盛さ」
そのことは言われるまでもなく、フンケルも知っている。
先ほどまでずっと外を眺めていたし、雨音に混じって喧騒が聞こえてくるのだ。
男は言葉を続ける。
「雨の日は農家は休みだ。だからこうしてみんな町に出てきてるというわけよ。店からしたら、いわば稼ぎ時だ」
その男曰く、晴耕雨読なんていう言葉があるように、雨の日は農作業が休みとなり、そういった者は家でおとなしくしている――なんてことはない。
傘を開いて、町に出ては昼間から酒を飲んだり、集会所でリバーシを打ったり、通ぶったりしている者はチェスを打ったりする。
湯屋と呼ばれる風呂屋も人気なんだとか。
「特に飯屋がすげえんだ。フジワラ王が次から次に料理を発明してな。そのどれもが、舌と脳がとろけそうなくらいに美味いときてる」
「そんなに凄いのか」
「もしかして、まだ食ってねえのか。ったく、しょうがねえな。ほら、家に持って帰るつもりだった団子を一本やるよ。不味いってんなら金は要らねえが、美味かったら金払ってくんな。隣座るぜ」
男はフンケルの隣に座り、手に持った籠から葉の包みを取り出して広げる。
包みの中からは、丸い団子が四個刺さった串が、何本か出てきた。
(不味かったら金を払わなくてもいいとは、えらく気風がいいな)
フンケルは男のありように疑念を思った。
この町の住人は、多くが貧困街の人間だったはず。
あそこに住んでいた者は、ケチで意地汚い者たちばかりだ。
しかしフンケルは、そのような匂いなど目の前の男からは微塵も感じなかった。
「では、お言葉に甘えて……」
フンケルは串を一本手に取った。
タレをこぼさないように左手を下にして、右手でもって串を口に運ぶ。
フンケルが口を開けた時、団子から漂う匂いが鼻をくすぐった。
冷めてはいても感じることができる、仄かに香る甘い匂い。
途端、口腔内で唾液の分泌が活発化する。
食べたいという信号が脳から発せられたのだ。
それは無意識的なもの。
されどこの時、フンケル自身も確かな意思で食べたいと思っていた。
無意識と自我、双方の食欲が交錯する。
そしてフンケルは、一つの団子を丸々口に含んだ。
「――ッッ!!」
舌から脳天に向かって走る衝撃。
全身は硬直し、その一瞬、フンケルは痺れるような感覚に陥った。
「どうだ、うまいだろう?」
得意げに言葉を口にする男。
だが、フンケルは反応できない。
頭の中は、今食べた団子のことでいっぱいだった。
(甘く、それでいて、かすかに辛い……甘辛……)
食べたことのない味だった。
咀嚼し、気づけば口の中の団子はもうなくなっていた。
フンケルは、串に刺さっていた残り三個の団子もあっという間に食べていく。
手に持った串が空になると、不思議なことにフンケルの腹がグゥと鳴った。
足りない! もっと食べたい!
そう言っているのだ、フンケルの腹は。
「どうやら俺の勝ちのようだな」
言葉の通り、勝ち誇ったかのような男の態度。
いつから勝負をしていたのか。
されどそんな野暮なことを、フンケルは言うつもりもない。
「ああ、見事に負かされた。胃袋が悲鳴を上げ続けているよ。それで、なんというんだこの食べ物は」
「みたらし団子だ」
「みたらし団子……」
聞いたこともない名称をフンケルは呟くと、口の中に残った後味を飲み込むようにごくりと喉を鳴らした。
商人というものは勿体ないを信条とする。
たとえばここに来るまでの保存食。
何かあった時のために、より多く持ってきている。
フンケルの一行はこれら保存食を捨てることなく、今日も朝食として消化した。
しかし、こんなものを食べてしまっては、もう食べられない。
保存食は奉公人たちに任せて、昼食はみたらし団子にしようと、フンケルは心に決めた。
フンケルがフジワラ郷にやって来て幾日かが過ぎた。
季節の変わり目ゆえか、日を追うごとにはっきりとした気温の低下を感じることができる。
この分では息が白くなるのもそう遠くないであろう、と町の者たちは恐々としていた。
冬というものは、時に戦乱よりも恐ろしいものであることを、元貧困者たちは身に染みて知っているのだ。
しかしそんな寒さの中でもフンケルは精力的に活動していた。
残念ながら今日まで、王はおろか、人間居住区を統括するレイナ・グルレにも謁見はかなっていないが、商売をするにあたって必要なことは調べ終えたといっていい。
フジワラ郷に何を持ち込めば売れるのか。
この考えはきっぱりと捨てた。
せいぜい行きがけの駄賃として、ここに買い付けに来た際に各地の酒でも運ぶぐらいだろう。
フジワラ郷で何かを売るよりも、フジワラ郷で買ったものをよその土地で売る方がはるかに優れている。
それだけの特産品がこの町にはあるのだ。
胡椒、ジャガイモは言わずもがな。
来春からは砂糖の元になるというテンサイを育てるんだと語った農家の人間。
王が好物だとする米なる作物。
ナタネ、大豆から油を取る計画があり、醤油やソースなどという見たことも聞いたこともない調味料まで存在する。
作物ばかりではない。
井戸から水をくみ取るポンプに、機織りや糸繰の機械などなど。
幾つものビックリ箱を連続で開けているかのように、次から次へ目新しいものが出てくる。
芸術の分野でも、目を離すことはできない。
ある商店では、覆面を被った女性があの有名な『美しすぎて婚約破棄』の新刊を手売りしていた。
曰く、あの大人気作家のオリーブオリーブ本人だという。
そこでは人だかりができており、その中でも老人や甲冑を着た女騎士、それに立派な恰好をした金髪の女性が鼻息を荒くしていたが、歳を考えろと言いたい。
他にも、わかったことがある。
今現在この町の住民は、国より金を得て、それを使って物を買い暮らしている。
要は、国が町の者全員を雇っているという体制であった。
ポーロ商会によって売られている物資も、国からの委託品がほとんどなのだとか。
そのため、フジワラ郷内だけで循環させる小売業は今のところ難しいと役人からは言われた。
また、これらの体制は新貨幣の流通にも一役買っている。
ただし、給金は自身の職が安定するまでとのこと。
いわば、民が独り立ちするまでの準備期間。
しかし民らが途方もなく恵まれていることは間違いない。
(ここまでする理由は、やはり手っ取り早く人心を掴むことだろう。王は獣人と袂を分かつつもりはないらしい。なればこそ、人間にはいい暮らしをさせて、視線を逸らそうということか)
それにしたって少々やりすぎではないか、という思いがある。
今だってそうだ。
フンケルは商店の奥の部屋にある囲炉裏の前で座っていたところであったが、そこに聞こえてくる歓喜の声があった。
「毛皮だ! 綿だ! 我らが暖かく過ごせるように、フジワラ王が毛皮と綿をくださったぞ!」
声の発生源は外と内の両方。
フジワラ王が冬の到来を前に、毛皮と綿を町の民へと配ったのであるが、それらの品はフンケルの商家にも無料で贈られて、奉公人たちは大喜びであった。
(全く、なんと豪気なことか)
毛皮も綿も高級品。
魔法により、金属を生み出すことができる反動か、魔法でつくり出せない動植物から採れる物には貴重品が多い。
かつては絹織物が、金本位社会にとって代わろうとしたくらいだ。
フンケルも毛皮を受け取っている。
衣類はそろっているため、敷物として愛用することにした。
「本当に至れり尽くせりだな」
その感触を楽しむように、フンケルは床に敷いた毛皮を手の甲でさらりと撫でる。
目の前の囲炉裏には赤くなった薪がパチパチと音を鳴らしており、己が傍らには、ワインと皿に盛られたみたらし団子があった。
この町の生活を至れり尽くせりと評したフンケル。
だが彼は知らない。
こんなこと信秀にとってみれば、なんでもないことを。
石垣を一つ挟んだ先――獣人居住区画ではもっと凄いことになっていたことを。
◆
――蜥蜴族の居住区。
その族長の家では、本日ある物が設置された。
「暖かい、暖かいぞ!」
蜥蜴族の族長が、柄にもなくはしゃぐように声を上げた。
部屋の隅に、垂直に置かれた四角く平べったいもの。
内部にあるコイル状の棒が赤く熱を発して、部屋を暖めている。
詰めかけていた蜥蜴族の者たちからは「おおお!」という歓声が轟いた。
さらに、卓上部分と足の間に布団が挟まったような格好の机。
誰かが、「この中も暖かいぞ」と言うと、蜥蜴族の者たちが群がって、次々に足と尻尾を布団の中に突っ込み大変なことになっていた。
もうおわかりであろう。
それらは、電気ストーブと炬燵である。
屋根に備え付けた太陽パネルからパワーコンディショナーを併用した蓄電池によって、電気が部屋の中に供給されているのだ。
もちろん取り付けは手作業である。
そのため、一斉にというわけにはいかず、まずはジャンケンで勝った蜥蜴族の区画から作業を行っていくということになっていた。
「見たか、これが科学だ!」
興奮しきりの蜥蜴族の者たちに、得意満面の顔を見せる信秀。
その日より、異種族居住区画では電気ストーブと炬燵の設置が始まった。
祝100話。
皆さんここまでお付き合いくださってありがとうございます。
あとで個別にオリーブオリーブの小説を投稿します。