ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
初ノ巻
初ノ弐*
「や、っ、このっ、うぐっ!」
 逃れんと身を捩るが、その度に刀に縫われた傷から、血が零れ激痛が走る。だが子供が苦鳴を上げるのにも構わず、黒牙乾は布の脇から尚も執拗に、薄く毛を生やした其処を探った。掌には小さく縮こまった棹と嚢の、柔らかい肉の感触が伝わってくる。
「ああ、本当に男なんだな。しかしそれにしても、お前の年頃じゃあ、随分可愛らしく無えか?」
 そう呟いて、黒牙乾は揶揄するように子供の顔を覗き込んだ。
 身動きが、出来ない。
 身体の最も弱く柔らかい処を何時握り潰されるかと言う恐怖が、子供の背を凍らせる。しかしその手は飽くまでも優しくゆるゆると、震える未熟な股間を弄り続けた。
「造り物じゃ無えみたいだな。ちゃんとひくひくしてら。ああ、そんな心配すんなよ。力尽くでもいだりなんて、そんな恐ろしい事しねえから。ハハハハ!」
「うっ……はあっ、はあっ」
 冗談めかしに告げられた言葉など、信用出来る訳がない。子供は恐怖で止まりそうになる息を必死に継ぎながら、早くこの手が去る事を心から願った。しかしそれとは裏腹に、黒牙乾の指は更に奥へ伸ばされる。途端に子供は思い切り眼を見開き、拒絶を叫んだ。 
「さわるなッ!」
 そう叫んだ瞬間、両掌の傷から血が溢れた。だが、子供の強い反応に更に興味をそそられた黒牙乾は、そのまま指を奥へ進める。すると、ねとりと柔らかい肉に触れた。
「へ? 何だこりゃあ」
「やめろっ、このっ、あう!」
「何でこんな処割れてんだよ? 女じゃあるめえし……って、まさか」
「や、やだっ! 見るな……ぁぐっ、ぐあぁッ!」
 ばたつく身体に引かれ、縫い止められた両手の傷が更に痛み、血の帯を刷く。黒牙乾は大きな体を屈め、子供の強張る足を片方担いで開くと、隠された内へと顔を近付けた。
「……こりゃあ珍しい、双成りって奴かよ! へえ、人間のは初めて拝んだぜ」
 そう驚く黒牙乾の声に、子供がぎゅうと眼を瞑り、ぐっと身を固くする。いよいよ観念したのだろう。暫く抗わず良いように弄られていたが、そのうちに洟を啜り上げ、嗚咽を漏らし始めた。
「う……うう、うっ、もう、ころせ、ッ」
「オイオイ、自分から、何言ってんだよ」
「こんな、こと、しやがって……ううっ、うっ」
 子供の言葉にまさぐる指を止め、思わず黒牙乾が見上げると。その白粉を塗られた顔は、涙と洟でぐしゃぐしゃに歪んでいた。
「汚ったねえ、面」
「おまえ、の……せいだ」
「ふん、ちょっと見せて貰っただけじゃねえか」
 露草色の瞳は涙に赤く充ち、先程放たれていた殺気はすっかり無くなっている。その弱々しい様子に、ついほだされたらしい。黒牙乾は大きな溜息を吐くと、傍らに落ちた子供の帯揚を手繰り寄せ、その顔を拭った。
「ほら、少しはさっぱりしたか?」
「う、ううっ、くううう……」
「まだ泣くのか、もう止めただろうが!」
「……はやく、ころせ、よ」
「へ?」
「俺、いきてても、どうせ、また……」
「また、って、何だよ?」
「……」
「話せ。気になるじゃねえか」
「……えぐっ、ひくっ……」
「ああ、もう泣くんじゃ無え、この糞餓鬼!」
 力無く睨む子供の瞳から、また涙が一粒零れる。ばつが悪そうに眉を顰めた黒牙乾が、今度は手を伸ばし、直に涙を掬い上げた。その優しい感触に目を伏せ、生温い涙を拭われるまま。子供は洟を一つ啜ると、重い口をやっと開いた。
「あなぐら、に、いれられる」

 他人と違う髪色、他人と違う瞳の色。そしてたまたま双成りの身体に生まれついたせいで、子供は幽閉され育った。
 四肢の欠損も含め、異形異色に生まれついた子供は通常、赤子のうちに殺される。五体満足が人間の証であり、その他を『人外の者』と考える風潮は、この界隈では良く有る事だ。
 更にその中には、人間と魔物の間に生まれる子供も含まれ、その証は髪や瞳の色に現れると考えられていた。特に鮮やかな色であればある程、魔物に近いのだと言う。そういう子供は殺めれば却って災いを招くとされ、人目に触れぬよう一生幽閉された。故に、普通は持つ筈の無い色で生まれて来たこの子供は、魔物と人間の合の子、つまり『穢れの子』とされて、疎まれて来たのだった。
 子供は眼を伏せたまま、たどたどしく言葉を紡いだ。
「あいつが、だしてやる、から、おまえをころせ、って」
「アイツって、村長か?」
 そう問うと、子供は恐る恐る眼を上げて小さく頷いた。
「へえ、俺を殺せってか。出来る訳無えのに? つうかお前、そんな戯けた約束、本気で信じたのかよ?」
「……」
「所詮餓鬼だな。ちょっと考えりゃ判るだろ。見てくれが変わってるからって、お前みたい餓鬼を平気で苦しめる奴等が、そんな口約束守ると思ってんのか?」
 皮肉な笑みを浮かべた黒牙乾の言葉に、子供は力無く目を逸らした。
 今までの、自分が村人から受けた酷い苦痛を考えれば、確かにその約束は俄に信用し難い。しかしそう思いながらも『解放』と言う条件は、子供にとって涙する程に魅力的だった。
 いつも穴蔵の高く狭い窓から差す僅かな陽光を、思い切り全身に浴びてみたい。時折姿を見せる小鳥達が空を廻るのを、さらさらと風に揺らぐ木の葉を、清々と流れる川を直に感じて見たい。そして、その中を誰に囚われる事無く、駆け回りたい──狂おしい程の憧れを逆手に取られ、子供は黒牙乾との無謀な対決を、余儀無くされた。それが自分の命を餌とした、罠だと知らずに。
 項垂れすっかり力を無くした山吹の髪を、大きな掌が無造作に撫でつけた。
「なあ、餓鬼──人間なんてのはよ、一人なら弱えが、束になるとそりゃあ残酷なんだぜ? 多勢に無勢でなぶり殺された魔物なんか、山程居るしよお」
 喋りながら黒牙乾は鼻をひくつかせると、何かに気付いたように目線で探り、耳を揺らす。それから子供の両掌を貫く刃に手を掛けると、腕を抑え一気に引き抜いた。
「ぐあっ!」
「俺の相棒だって、何にもしないのに殺られちまった……最ももう随分と昔だけどな。おかげで俺はずっと独りだ」
「くっ!……あっ、うう」
「痛むか? 悪かったな、傷付けて」
「……え?」
 意外な謝罪の言葉に、子供は耳を疑った。
 喰われる、若しくはなぶり殺されると思っていた。黒牙乾はそのくらい恐ろしい魔物だと、散々聞かされていたからだ。だが、まさか人間のように『情』を持つなんて、今の今まで知らなかった。
 黒牙乾は蹲る子供ににこりと微笑むと、しゃがみ込んで白無垢の裾を掴んだ。それを少し裂いて細長い紐を作り出すと、子供の両手に巻いて固く結んだ。
「取り合えず、血止めだ。後で、ちゃんと治してやる。それから、餓鬼」
「?」
「やっぱり最初っから、テメエは謀かられてたんだ。だからあんな狸野郎なんて、簡単に信用すんなよ」
 黒牙乾はそう言うと、子供を背に庇うように位置取り、辺りを窺った。
 外から僅かにきな臭さが漂って来るのに、子供も気付いた瞬間。頭上の屋根と壁を、何かに幾つも叩かれた。続けてごうごうと低く吼えるような声が、焼けるような熱を伴い二人の頬に吹き付けた。
 どうやら社に、火を放たれたようである。焦げる臭いが鼻をつき、不意に黒牙乾が激しく咳込んだ。
「ゲフッ、ガフゴフッ! ああ、臭え……ッ」
「なに?」
「俺の嫌いな香を混ぜてやがる! 鼻が効くのも良し悪しだな……ゲホッ、はぁ」
 そう呟き、喉元に巻き付けていた布を鼻の頭まで引き上げる。そして背後に蹲ったままの子供に手を伸ばし、ぐいと肩を抱き込んだ。
「捕まれ、跳ぶぞ」
「へ?」
「落ちたら燻製になるぜ?」
「え、うわっ!」
 無造作に抱き抱えられ、咄嗟に黒牙乾の首にしがみ付く。炎の舌が回り、屋根が轟音を上げ崩れ始めると同時に、子供の視界を黒い風が覆った。





挿絵(By みてみん)

copylight K.Aiba


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。