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掌の小さな奇跡
作:鈴木浩康


あの時の俺ら、本当に繋がり合っていたんだ。


手と手が繋がっていただけじゃないんだ。


それにお互い気がつくことができた。まぎれもない奇跡だったんだ。あまり大きな奇跡じゃないけど、そう思ったっていいだろう??


お前のてのひら位の小さな小さな奇跡だったかもしれないけど俺にとってはとってもあったかくて、優しい奇跡だった。


俺にとって最高の奇跡だった。












何でもないことで喧嘩。前日からメールの返事が来ない。


今まで喧嘩なんか一度もなかった。


いつだってうまくいっていた。


今回だって本当にちっぽけな喧嘩。


昔より少しだけ逢う時間が減っただけ。しかも一時的。我慢すればなんてことない。


すぐ乗り越えられる問題。


だけどなんでだろう。自然と心が離れていくのがわかってしまう。自分も彼女に離れていき、彼女も自分に離れていってる。


目に見えないけど目に見えるほどしっかりわかってしまう。


日曜のお昼過ぎ。


「もう別れよう。」


突然そんなメールが彼女から届く。


わかっていたんだ。わかっていたよ。


いままでずっとがっちり手を繋ぎ合っていたのが段々ほどけていくことも。


それでも俺は期待していた。久しぶりのメールに・・・


仲直りという3文字を。


それでもわかっていたんだ。わかってた。


いつかこうなるってこと・・・・。


それでもなんでだろう。自分をこんな気持ちにさせるのはなんだろう。


寂しくて、悔しくて、怒りもこみ上げて、涙がでる。


感情が溢れ、隣にあった枕を壁に向かって思いっきり投げ飛ばす。


なんでだろう。


わかんないからまたぶつけてみる。


いままで喧嘩したことなんか一度もなかったじゃないか。


そんなことを考えてしまって、誰にも見せたくない弱い自分が思いっきり出る。


楽しかった思い出、彼女の笑顔さえ頭の中を駆け巡る。


好きだ。戻ってこい。それだけの言葉を簡単に言えたなら、どれだけ楽なのだろう。


とりあえずは来たメールに精一杯のメールを返す。


できることはやってみよう。そして出した返事。


「最後に会って話しないか?」


「いいよ。」


「ありがとう。」


これが今自分にできた精一杯のメール。


待ち合わせは彼女の家の近くの公園。特に思い出深いわけじゃない。ただ、彼女の家に行くときはいつも通る。ただそれだけの公園。


いつも少年野球場として使われていて、よく野球のの応援や少年たちの元気な声でにぎわいを見せている。


その公園までバイクを飛ばし30分かけて公園に着く。今日も日曜なので公園は少年野球で賑わっていた。


ベンチに腰をかける。さっき買った缶コーヒーを片手に少年野球を見ながらぼーっとする。


秋になりかけの暑すぎない暖かな日差し。とっても気持ちいい。


空は絵描きが素晴らしいタッチで描いたような綺麗な青空と今すぐにでも飛び乗りたくなる白い雲。その大空を追いかけっこしている鳥。


これから別れ話をするなんて思えないほどのすがすがしい気持ちよさ。


そして携帯が鳴る。


彼女は今出かけているらしく、1時間ほど待って。というメールが来た。


「わかった」


と一言返事をする。


そして少年野球を眺める。自分は野球なんかこれっぽっちもかじっていないので見ていても全然わからなかった。


それでもピッチャーはうまいなぁと言うことは経験者じゃない自分にもわかった。


そんな感じで1時間経つ程経った頃、犬を散歩しながら彼女は公園に姿を現わした。


そんな彼女は俯きながら泣いていて、既に目が赤くなるほどになっていた。


僕は「大丈夫か?」と声をかけ、彼女の心配をした。


うん。大丈夫彼女はそう言って、俺の隣に腰をかけた。


そうして彼女との別れ話が始まった。


彼女の別れたい理由を聞いた。


もう何とも思わなかった。悲しさなどはすでにどこかに消えていた。


「そっか。わかった」


俺はそう答え、それで別れ話は終わった。


彼女は話の最後まで泣きやむことはなかった。


最後に楽しい話をして帰ろうと俺は提案し、彼女も賛成した。


そうして最初は世間話、テレビ番組の話、好きな芸能人の話、くだらない話をしていた。


最初は彼女を泣きやますためにやったのだが、話していくうちにいつのまにか盛り上がってしまっていた。


そしてしまいには、二人の思い出話になっていた。


思い出すときりがない。


楽しかった。思い出すことがとても楽しかった。彼女と一緒に思い出に浸れることがとても嬉しかった。


付き合ってる頃は思い出話なんてするわけもなく、昔を振り返ることさえなかったから。俺らは次のことばかり考え、付き合っていた。


そして思い出話が盛り上がっていと頃にはもう夕方近くなり、すっかり日も暮れ始めていた。


先ほどまで試合していた野球の少年たちもいつの間にかいなくなっていた。


そうして俺は「そろそろ帰るわ」と一言言って立ち上がった。


彼女も「うん」と一言返した。


そうしてバイクにまたがろうとしたとき、彼女が声をかけた。


「ねぇ。最後の犬の散歩しない?」


そうだった。俺らはよく二人で彼女の犬の散歩をしていた。また思い出が蘇る。


「そうだな」


俺はそう返事してバイクにまたがるのをやめた。


そして彼女の愛犬と彼女と共に道を歩いた。


この時の二人は先ほどの話が盛り上がったときとは裏腹になぜか会話もなく、ひたすら気まずかった。


そう。でも、お互いわかっていたんだ。


「お互いまだ別れるときじゃない。別れたくない。」ということが。


でも俺はそれを伝えるにはどうすればいいのかわからなかった。


とりあえず俺ができることをした。公園に着く前にもう一周しないか?と声をかけた。


彼女の返事は「うん」だった。


そして俺らは自然に手をつないだ。


いつも繋いでいたいつもの手。


いつも繋いでいたけれどいつもと違う幸せ。緊張感。


こんなに彼女の手は暖かかったのか。小さかったのか。


と、この時はじめて手を繋いだかのように気づく。


そして彼女は言う。


「ねぇ、さっきの道じゃなくて違う道行かない?いいとこあるから」


「うん。まかせるよ」


そういって俺らはさっきとは別の道を通ることにした。その間さっきみたいに会話は全くなかったが、それでも明らかに散歩の最初の無言ではなく、


どちらかといえば、少し照れくさいと言った方がいい無言だった。


そしてしばらく歩くと彼女の言う「いいとこ」に着いた。


そこは幼稚園だった。


柵をよじ登り勝手にあがらせてもらう。


彼女の愛犬も俺と彼女が柵越しに手渡しで幼稚園の敷地に入れる。久しぶりに幼稚園のグラウンドにあがる。幼稚園のグラウンドはこんなに小さかっただろうか。


そんなことを思いながら幼稚園の中をまた無言で散歩をする。


その時もう二人の手は離れていた。それでも、心はしっかり繋がっていた。


そして俺は「なあ。」と声をかけ、「また一からやり直さないか?まだ遅くないだろ?」と彼女に言った。


というより彼女の心の中に問いかけた。












この時の俺ら、本当に奇跡だと思うよ。


この時お前はどう思ってた?どんなことを感じ、何を見ていた?


俺は全然覚えてないけど、多分俺はただただお前のことだけをを見て感じて考えていた気がするよ。


今まで付き合っていた頃は、先のことばかり考え、思い出を語ったときは過去の事を考えてた。でもこの時は違った。


しっかりといまを考えていた。


未来でも過去でもない。俺とお前のいま現在を。


お前も気づいていたかわからないけどきっとそうだったと思う。


その俺らを繋げるきっかけをくれたもの。わかるだろ?お前の愛犬だ。お前の愛犬にまずは感謝しなきゃだよな。ありがとう。お前は天才犬だ。


だけど、俺らの心を繋げたものは愛犬じゃないんだぜ。俺のこの不器用な手とお前の小さな手だ。あの時のつないだ手が俺らの心を引き寄せたんだ。すべてを失った俺らに一つだけ残されてた光。それを俺らは取りこぼすことなく手に入れた。


その掌がすべてを引き寄せたんだ。


なあ、これって掌の小さな奇跡って言っていいんじゃないか?


なあ、そうだろ?












彼女に問いかけた「また一からやり直さないか?まだ遅くないだろ?」


という言葉は、彼女の心にしっかりと届いていた。


彼女は「うん。また一からやり直しだね」と泣きながらも笑顔を作って返事をしてくれた。














そして俺らは再び手を取り合って、「もう離さない」そう誓いながら第二の恋に向けて始まりのキスをした。














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