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オンマリシエソワカ
作:T・ミーナ



第六話 ムカゴじゃない!


第六部 ムカゴじゃない!
 
 川ぞいを上流に向かう。
 ふたごの滝を越えて、さらにいくつも滝をさかのぼった。それはわたしが昨日たどったのとまったく正反対の道。わたしが横たわっていた河原を少し上がったところから、背丈ほどもある雑草を分け入って山の中に入った。
 山の斜面は急で樹木が密に生い茂っていた。頑丈な木の根っこや、幹に巻きつく蔓をたよりに、山肌をはうようにのぼる。
 少しのぼったところで、突然視界が広がった。樹木がまとめて伐採されているせいで、そこだけぽっかりと広場のようになっているのだった。
 教室くらいの広さはあるかもしれない。たぶんさっき政治がわたしたちに話していた場所なのだろう。
 朽ちた切り株に誰かがすわっていた。
 向こうむきなので顔はわからない。
「エリカ」
 とヒロが呼びかけると、はっと振り返った。大きな目をいっぱいに見ひらき、しばらく無言でみつめていたかと思うと、突然顔をぐしゃぐしゃにして泣きだした。

 リュックは見つからなかった、などと政治が花田に話している。政治はなくしたリュックをさがしていて、偶然わたしたちを見つけたらしい。
 リュックの中にはお弁当、そのほかにこの周辺の地図、腕時計、エリカの携帯電話などが入っていた。話は久保先生の死体のことに及ぶ。
 エリカはなかなか泣きやまない。
 いつまで泣いてるつもりなのか。泣いてたって、何の解決にもならないのに。起きてしまったことを嘆くよりも、この先どうするかを考える方が大切なのに。そんなこともわからないんだろうか。
 だけどヒロは、そんなエリカの背中を根気よくさすりつづけている。
 本当にやさしい人なのだ。
「おなかすいた」
 泣くだけ泣いて、ようやくエリカが顔をあげた。
「政治ったら、ぜんぜん頼りにならないんだもん」
 聞き捨てならないという感じで、政治が首をつっこんできた。
「だからリュックをさがしにいってたんだろ。エリカが携帯携帯、携帯がないと生きていけないってうるさく言うから」
「だけど結局見つからなかったじゃん」
「見つかったってどうせ使えねえよ」
「それでもいいの。いつもそばにないといやなの」
 エリカはぷいっとそっぽをむいた。ちえっと政治が舌打ちをする。エリカは、わたしが話を聞いて想像していた以上の、おそるべき傲慢わがまま娘だった。
「よしよし、おなかすいてるんなら、あたしがあとで魚を捕まえて焼いてあげる。ムカゴとさっき食べたんだけど、ここの川魚、まあまあいけるんだよ」
 そう言って、ヒロがモリを手元に引きよせたときだった。
「そっ、それは!」
 突然花田がのけぞって指をさした。さささっと四つんばいではってきて、鼻先をくっつけるようにモリの刃に目を凝らした。
「どこでこれを?」
 わたしとヒロは顔を見合わせた。ヒロが久保先生の首に突き刺さっていたことを、言いにくそうに白状した。
「これは苦無と呼ばれる、忍者必携の道具です。攻撃以外にも土を掘ったり、屋敷に忍び込んだり、はしごを固定したり、あらゆるシーンに活躍するので、よく使われていたそうです」
「く、ない?」
 政治はおかしな発音で繰り返した。
「はい、苦しむの苦に、無理の無と書いて、くない。社会の歴史便覧にも写真が載ってました。たぶん本物でしょう」
「歴史便覧? そんなのあったっけ片山」
「さ、さあ」
 ヒロは頬をぴくぴくさせながら、首をかしげた。
 おもちゃじゃないの。だとしたら、あの手裏剣も本物ってこと?
 モリの刃先にそおっと手を触れた。忍者の道具なんて始めてみた。こんな特殊なものをふつうの人が持っているとはとても思えない。
 久保先生を殺したのは、頭のおかしな変質者だろうと思っていたけど、そうじゃなかったのか。
 とすると、ここはやっぱり江戸時代?
「ムカゴ」
 ふいにエリカがわたしを呼んだ。
 その呼び方がわけもなく横柄だったので、似た調子で、なに、と答えると、あからさまに嫌な顔をされた。まさしく、何さまのつもりって感じ。
「ヒロにちょっと優しくされたからって、あまり調子にのらないでね。わかった? 勘違いしないこと」
 露骨なくらいさげすんだ視線で、わたしのことをじろじろと眺め回した。
「返事は? 前はしゃべれなくても、もっと素直で、うんとかすんとか、首くらいは振ってたわよ」
 何も答えなかった。というか答えようがなかった。
「あんた、本当に記憶がないの。うそついてんのかと思った。ふうん。見れば見るほど不思議。口がきけて、あの汚いアトピーもきれいに消えて、あんた、本当にあのムカゴ?」
 こんどはもの珍しい動物でも見るような目。
「それでもやっぱりあんたはムカゴだよ。ムカゴは死ぬまでムカゴなんだから。おぼえときなさい」
 ムカゴは死ぬまでムカゴ?
 自分という人間をまるごと否定された気分。
 ここまで人に言われるわたしって、いったい何?
「ねえねえ、花田、ムカゴのアトピー、なんで消えちゃったの」
 ころっと態度を変えて、今度は花田に話しかけた。
「うーん。そのことに関しては、実はぼくもずっと不思議だったのですが、仮定として考えられるのは、向井さんのアトピーの原因となっていたのは、空気の汚れ、つまり大気中に含まれている排ガス等の化学物質で、それが除去されたことによって、本来の美しさが」
 とそこまで言ったところで、花田ははっとなった。顔を真っ赤にして、下がってもない丸めがねの縁をくいっとずりあげた。
「うん。たしかにかわいいかも」
 と政治の視線。
「ちょっと」
 政治に向かって振り上げようとしたエリカのこぶしを、ヒロが止めた。
「やめなって。あのさ、さっきも話したけど、ムカゴは事故のショックが大きすぎたのか、どこかに頭をぶつけたのか、理由はわからないけれど、記憶が一部とんでるんだ。たぶん一時的なものだと思うけど、ちゃんと医者に診てもらうまでは、そっとしておくこと。このことを約束してほしい。本人を不安にさせるような言動は絶対慎む」
「不安にさせるような言動?」
 エリカのモデルのように美しい眉がぴくりと動いた。
「たとえば、この人が、クラスの中でいじめにあっていたとか」
 エリカがわたしに笑いかける。完全に人をばかにしたような目。もう我慢できない。「ちょっとあんた」
 エリカにどなりつけた。
「あなた、頭がおかしいんじゃない。さっきから黙って聞いてりゃ、やれおながすいただの、ヒロとなれなれしくすんなだの。なんなのそれ。わたしが誰と仲良くしようがそんなのわたしの勝手でしょ。おなかがすいたんなら、自分で食べ物くらい探しにいくのが当然でしょ。ほら行け。ほらほら」
 モリをエリカの胸元にぐいぐい押しつけた。
「なんですって」
 エリカが逆上して立ち上がった。きっとなってわたしをみおろし、
「ムカゴのくせに」
「そんな人、わたし知らない」
 わたしも立ち上がって、きっとにらみ返した。
「言いたけりゃなんでも言うがいいわ。わたしは不安にならない。だってわたしはムカゴじゃないだもん。だから、死ぬまでムカゴだなんて、ありえない。変な言いがかりはやめて」
 ふんっと顔をそむけた。
「むちゃくちゃやん」
 政治がぽつっと口にした。
 むちゃくちゃなもんか。
 わたしは、自分の言ったことがおかしいなんてこれっぽっちも思ってなかった。みんなが驚いているのは、みんながムカゴのことを知っているからであって、わたしはムカゴなんて知らないのだから。
 言いがかりだ。
「わかった」
 ヒロが言った。やさしい、いつもの人を許す声。
「こうしない? ムカゴのこと、今日はじめて紹介された友だちとかって思うの。過去の情報も何もない、親の都合で引っ越してきた新しい転校生みたいな」
「そうしましょう。それがいいです。お互いのため」
 エリカとわたしを交互に見て、花田が言った。
 わたしはそれでいい。だけど、エリカはといえば、悔しくて涙も出ないって感じで、全身をわなわな震わせていた。鬼のような形相で、怒りで浮き上がったこめかみの血管がびくびくとけいれんしている。
「違う。なにがあってもムカゴはムカゴなのよ」
 歯ぎしりの間から漏れるような声で、エリカが言った。
 
 なんなの、わたし。
 っていうか、ムカゴってやつ。
 なんでいじめにあってた?
 しゃべれるのに、なんで口をきかなかった?
 アトピーで顔が醜かったから?
 それでいじめられるから?
 なんなの。弱すぎ。理解できない。
 おまえなんか、わたしの前に二度と姿を見せるな。

 



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