個性的姉妹
青春の権化活動を終えた後、僕と彼女は連れ立って帰宅した。
道中、僕は人間が滅びた後の世界はたった五〇年で森林だらけになっちまって、人間がいた痕跡なんて殆ど消えちゃうんだよーってな話をして、彼女は生真面目にうんうん頷きながら聞いていた。僕の話の詳しい内容を知りたい人は「世界から人間がいなくなっちゃったよー」みたいなタイトルの本を読むこと。
「それでだね。世界には地球や資源は人類を養う為に存在するっていうふうに考える人がいるかと思えば、地球環境を守るために人類を自発的に絶滅させようっていう運動をしている人もいるんだよねー」
「なんだか考えが極端だな」
彼女は頷きながら応じた。
僕に言わせりゃ、君の思考と行動も随分と極端だけどね。もっと中庸にものを考えられんものかね?
そんなことを考えていると、自宅前に到着した。彼女の自宅は僕の自宅の方向とは全く違うので、彼女は非常に遠回りをしているのだけれども、そんなことを気にしたところで意味はない。何より、彼女が望んでやっていることだしね。僕が止めなさい言うても聞かないし。
僕は玄関に入りながら彼女に尋ねる。
「で?」
「お邪魔する」
「そう」
これだけで僕と彼女の間の意思疎通は終了。僕の後に続いて彼女は当然のような顔で我が家に上がりこんでくる。
付き合いだした頃は「え? うち来るの?」だった質問はすぐに「え? 今日もうち来るの?」になり「で? 今日もうち来るの?」になり「で? 今日も?」になり、今に至る。今に「で?」もなくなると僕は予言する。大地震が来るよーっていう予言よりは当たる自信がある。僕、今、うまいこと言ったー。
「ねぇねぇ、今、僕、うまい駄洒落を思いつ」
「いつまでも玄関にいるな。寒い」
「いや、全然、寒くないし。それより、僕の駄洒落を聞い」
「ほら、早く上がれ。はい、靴脱いで」
「いやいや、それより、僕の駄洒落を」
結局、彼女は僕の家に上がりこみ、僕の部屋で少しだけ一緒に勉強して、あとはお互いに読書をして過ごした。もっと有意義なことをして過ごすべきだと思うけれど、仕方がない。だって、彼女が勉強しろとうるさいのだもの。あとゲームは一時間とかテレビは目に悪いとか。それじゃあ、ちょっと勉強に付き合ってあとは本を読むしかないじゃあないか。え? どっか行く? そんなことして何が楽しいの?
「ん!? なんだこいつ! また人妻と不倫か!? お前、前巻で人妻に弄ばれて傷ついたんじゃなかったのか!?」
「君は一体、どんな話を読んでいるんだ?」
「主人公が女の子をとっかえひっかえして弄ぶ話第一四巻」
「そんな不純なものを読むな」
「君は何読んでるのさ?」
「男を手篭めにする一〇〇の方法」
「胡散臭いから読むのを止めなさい」
そんな恐ろしい本を真剣に読んでいたのかこの娘は。
二人して互いの本をおかしな点を指摘し合い、己の本の有用性を主張していると、無言でドアが開け放たれた。
そこに立っていたのは僕よりも一回り小さい中学生女子。さっぱりしたショートヘアに僕とよく似た目によく似た鼻。ほっぺが見るからにぷにぷにしてる。あら、また、ニキビができているわ。
「兄ちゃん、彼女さん、夕飯の時間っ! うちはいっつも七時が夕飯の時間だって決まってるのに、どーして時間になっても下に下りてこないのさっ!? 毎度毎度、あたしが呼びに行かされてるの分かるでしょっ!? もういい加減、面倒くさいのっ! 自分で時間見て下りてきてよっ! 時計あるでしょっ!? 壁掛け時計に目覚まし時計に腕時計にケータイの時計! まさか、時計の読み方分かんないとか寝ぼけたこと言うんじゃないでしょうねぇっ!? んなこと言ったら小学校に叩き落とすぞコンチクショウッ! てか、目覚まし時計を七時にセットしときなさいっ! そしたら朝は七時に起きれて夜は夕飯の時間が分かって一石二鳥じゃないのっ! あと、ケータイのアラーム機能を活用しなさいよっ! 午後七時になったら、夕飯だよーとかいう機能セットしときなさいよっ!」
いつもの妹のマシンガンコールだ。僕が夕飯時間を気にしたり、食い損ねたりしないようにアラームをセットしないのは、この妹アラームが自然設定されているからなのだ。ちなみに、これがないと僕は夕飯を食い逃すことになる。うちのお母さんは飯に来ない奴のご飯は全部翌日の弁当か朝食か自分のお昼ご飯にしてしまうからね。
「はいはい、分かったよ。妹よ」
妹の呼びかけにてきとーに返事をしつつ、そのぷにぷにしたほっぺを触る。ぷにぷに。
「やめろっ! ほっぺた触んなっ! 気持ち悪いっ!」
「僕は君のほっぺ触るの気持ちいいんだけどなー」
「キモい! 姉さんも呼んできてよっ!」
妹は吐き捨てるように言うと、階段をドンドン踏み鳴らしながら一階へと下りて行った。
「妹に嫌われてしまった。傷ついた」
「そうか」
彼女が僕の頭を撫でてくれた。傷は癒されなかった。元々、ない傷は癒しようがないからね。
「さて、姉上を呼ぼうかな」
確認するように呟いてから頭をぼりぼり掻きつつ、隣の部屋へ行く。我が家の二階には二つ部屋があって、片方は当然僕の部屋であり、もう一つが姉さんの部屋になっている。その間にあるのは襖だけで、廊下(というほど長いものじゃないけどね。すぐ階段になっちゃうから)に出るまでもなく、隣の部屋へ行くことができる。お陰で自室でもオチオチ危ないことができない。危ないことが何かっていうのは言うまでもないことで、一々説明したくもない。
「姉さーん」
襖を開きながら声をかけた。部屋の中は照明がついてなくて、薄暗かった。
姉さんの部屋は僕のよりも畳二畳ほど広い。僕の部屋との境界である襖の半分を除く全ての壁に巨大な本棚や洋服箪笥、棚、台などが並んでいて、窓とドアを完全に封鎖しきっている。部屋の中心にある布団は殆ど敷きっぱなしでその前にはパソコンとテレビが鎮座している。灰色の絨毯を敷いた床にはネット通販サイトのダンボール箱や棚に納まりきらない未読の本、未見のDVD、未遊のゲームソフトなどが散乱し、パソコンやらラジオやらテレビやらのコードが這い回っている。これが難敵で僕は三回に一回はコードに足を引っ掛けて転びそうになるんだ。姉さんが電子機器を使用中にコードを足に引っ掛けて引っこ抜いた日にゃあ殺されかねない。四、五回、殺されかけた。
この雑多な部屋の主である姉さんは万年布団の上に転がっていた。寝ているのかと思い、近付くと、普通に目を開けていたので少しビビった。
「何だ。起きてるじゃん」
「誰が寝てるっつったのよ」
姉さんはむくりと起き上がりながら、眼鏡をかけた細い眼を更に細めて不機嫌そうに言い放った。長い髪の毛はぼっさぼさで、ほっそりとした顔は片頬をずっと下敷きにしていたせいか赤くなっている。ただし、着ている服に乱れはない。乱れようがない。白いブラジャーと黄色いパンツだけだからね。
「てか、ブラとパンツの色が合ってないよ。そもそも、その趣味の悪い黄色いパンツは何さ? 卵の黄身みたいな色してるよ!」
「うっさいなー。何でもいいじゃん。家から出ないんだし」
姉さんはけつをぼりぼり掻きながらうざったそうに言い放つ。
うら若い女性として大変遺憾な姿と言わざるを得ない。しかし、実際、姉さんの言うとおり、姉さんは家から出ないのだ。何故ならば、引きこもりだから。精神的、身体的な病気などによって、はたまた、ただ人と付き合うのが苦手だったり、仕事や学校が嫌で引きこもっているならば、まだいいと思うけど、うちの姉さんときたら「外に出んのが面倒くさい」とかいう理由、つまりは怠惰な怠け者ゆえに引きこもっているという引きこもりの中でも最低の部類に位置する、引きこもりの風上にも置けないのが我が姉だ。
こんなダメ姉さんだけれども、昔からダメだったわけじゃあない。というか、以前は随分優れた才能を持つ人だった。小中高までの試験成績では学年トップテンから下りたことはなく、家でも学校でも、特に「勉強しろ」と言われなくても(我が家の親は放任主義なのさ)、生真面目に勉学に励んでいるような学生の鑑だった。僕に勉強意欲が全くないのは、全て姉さんが持っていってしまったからだと自他共に本気で広く信じられている。
そんな学生の鑑の姉さんはさる国立大学に推薦で早々に合格を決めてしまった後から、すっかりぐぅたらになってしまった。というのも、今まで十数年の人生を勉強一筋で生きてきたのが、突然、自由の身になり、時間を持て余した姉さんはしょうがないので家で日がなひたすらごろごろごろごろしているうち、すっかり引きこもり癖がついてしまったらしい。仕事人間なサラリーマンが退職してボケちゃうのと同じ理論だと僕は思っている。
姉さんは今じゃあろくに大学に行かず家で一日中惰眠を貪ったり本や漫画を読んだりネットサーフィンしたりネット掲示板荒らしたりして過ごしているのさ。
そもそも、実家にいる時点でおかしい。姉さんの通う大学はうちの町から特急列車で九〇分ほど突っ走った先の町にあるのだ。大学受験終了から大学入学までの半年近くの引きこもりぐぅたら生活を貪った結果、一人暮らしをする生活力もやる気も喪失してしまったらしいのだ。なんと嘆かわしいことか。
「で? 何の用?」
「ご飯だけど。てか、姉さんは寝てないんだったら何してたの?」
「ぼーっとしてた。寝起きだから」
姉さんはそう言ってから頭をぼりぼりと掻き毟りながら大きな欠伸をした。寝てたのが、どおりで隣の部屋が静かだと思った。静かでも姉さんが不在だとは思わなかったね。うちの姉さんが自室を出るのは便所か風呂か飯か家事手伝いか通販受取しかありえないからね。
「寝起き? 昼寝してたの? でも、昨日は僕と一緒にゲームしてたから五時には寝てたよね?」
僕は昨夜五時まで姉さんとゲームをして過ごして、その後、眠いから寝るかーってそれぞれの布団に入ったのだ。それは覚えてる。勿論、この五時っていうのは午前五時ね。その後、七時半に起こされても眠気が取れているわけがない。そうして、僕は学校で睡眠を取り、放課後辺りになってようやく元気になるわけだね。そして、夜更かし。おぉ、生活リズムの典型的悪循環だ。
「んー。昨日の五時に寝て、さっき、起きた」
つまり、一四時間睡眠というわけだね。なんという怠惰ライフ。
「あー。寝すぎて頭痛いわー。しかも、腹空いたー」
姉さんは目をごしごしと腕で擦りながら部屋を出て行った。
呆れてものも言えないね。人から呆れられることが多い僕に呆れられるなんて大変なことだよ。
僕の後ろでずっと突っ立って黙っていた彼女がぼそりと呟いた。
「なんというか、君の家族は、あー、個性的だな」
それは間違いなく、良い意味での「個性的」ではないんだろうな。と、思いながら、僕は黙って頷いておいた。同意せざるを得ないからね。
マシンガントーク妹と引きこもり姉さんです。
妹の台詞は凄く長く書かないといけないので結構苦労します。姉は書いているうちに凄いダメな人になってしまいました。まぁ、設定からしてダメな人なんですけど。
次話でも主に姉妹が出る予定。
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