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僕と彼女の腹の探り合い
 夕飯はバイキングだった。
 バイキングだからといって、豚肉と煮豆とスパム、スパムと卵とソーセージとスパム、スパムとスパムとスパムとスパムと煮豆とスパムとスパムと……なんてもんを食べて、スパムスパムスパムスパムスパムスパムスパムスパムスパムスパムと合唱するわけではない。
 日本語でスパムじゃない、バイキングといえば食べ放題形式の食事スタイルのことだ。
 どういうわけだか、ホテルの人は「スパム式」じゃない「ビュッフェ式」と言ったりしていたけれども、要するに、所謂バイキングじゃないか。食べ放題を意味するバイキングは和製英語らしいけど、もう完全に定着しちゃったんだから、これはこれでもういいじゃない。わざわざ、ビュッフェとか舌を噛みそうな呼び方に改める意味がわからない。語感がいいとか、格好いい感じがするとかいうことでそう呼んでいるのかもしれないけど、食べ放題=バイキングという方程式が成り立ってしまった日本社会においては面倒なだけだと思う。ほら、今も、宿泊客のおじいちゃんが、
「ブッヘって、そりゃなんだね」
 なんて困惑顔でホテルの人に聞いて、ホテルの人は、
「食べ放題のバイキングの食事のことです」
「あぁ、バイキングのことかい」
「……そうです」
 なんて答えてるし。じゃあ、最初からバイキングでいいじゃんっ!
「黙って食え」
 僕の熱弁を彼女はその一言で片づけた。あぁ、そうですか。まぁ、そうでしょうね。バイキングかビュッフェかなんて、普通の人からしたら、そんなもんどっちでもいいんだろうね。ハイハイ、黙ってカニ食べますよ。カニ。日本人カニ好きね。
「しかし、北海道のホテルのバイキングだと必ずといっていいほどカニがあるよね。北海道人にとっては結構食べ慣れたものだけど」
「本州の人や海外の人が喜ぶんだろう」
 そう言いながら、彼女は熱心にカニの脚をカニキリバサミで切り開き、中身を引き摺り出して皿に積み上げていく。
「それに、君だって食べてるじゃないか」
「うん、まぁ、いくら食べ慣れてるとはいっても、やっぱり美味しいからねぇ。カレーをいっつも食べているから、飽きるかっていわれるとそうではないように、カニだって何度でも食べたいもんだよ」
「そうか。じゃあ、コレ」
 彼女はそう言うと、皿にこんもりと積み上げられたカニの剥き身を差し出してくる。
「それって、僕の為に剥いてくれてたの?」
 僕の問いに彼女はこっくりと頷く。
 人によっては他人が手で殻から引き摺り出したカニの剥き身を食べることに抵抗を覚える人もいるかもしれない。しかしながら、僕は全く気にしない。それどころか、面倒くさい殻むきの手間が省けてラッキーなくらいだ。
「じゃあ、遠慮なく」
 遠慮なく僕は彼女が手ずから剥いてくれたカニを黙々と食べるのだった。
 その間、彼女は大量のデザートとコーヒーを持ってきて、アイスをちびちびと食べ始めた。
「もしかして、このデザートも僕の分?」
 一人で食べるには多すぎるデザートの量に、ふと尋ねてみると、これまた彼女はこっくりと頷いた。
「でも、僕、キウイは好きじゃない」
「じゃあ、それは私が食べる」
 彼女はそう言ってキウイの切り身を口の中に放り込む。そして、無表情でぷるぷると振るえ始めた。あぁ、さっき、アイス食べてたもんね。酸っぱいだろうね。
「チーズケーキも得意じゃない」
「じゃあ、そっちも私が食べよう」
 そう言って一口サイズのチーズケーキをもくもくと食べる。
 カニを食べ終えた僕は手をタオルで拭いてから、デザートに取り掛かる。僕は甘党だからね。甘いものは大好きなのだ。
 フルーツチンp、おっと違う。フルーツポンチを食べていると、またもやいつの間にか彼女がコーヒーを持ってきた。彼女の分は既にあるから、言うまでもなく僕の分だろう。砂糖とミルクはどこかと思っていたら、既に投入され掻き混ぜられていた。ありがたくコーヒーを頂く。
 実は、僕らはずっとこの調子だった。
 一番最初こそ、二人で骨じゃない盆(盆とBone(骨)をかけています)を手にして、食べ物をいくらか取ってきたのだけれども、その後は、僕がアレとかコレとか美味しそうだったから、次は取って来ようと言ったものを、彼女が自動で持ってきはじめて、結局、僕はほとんど座ったまま、彼女に食べ物を取ってこさせているような形になってしまっていた。
 まぁ、楽だからいいけど。いや、いくない。これじゃ、バイキングの意味ないよっ! バイキングの醍醐味は自分で食べたいものを食べたい分だけ取って来て食べることなんじゃないかい? それを人に取ってこられちゃあ意味がないってもんだよ。その上、なんか、彼女に食べ物持ってこさせて彼氏はそれ食ってるだけってちょっと問題な気もするんだよね。
 とはいえ、僕は食べ放題という値段を気にせず好きなものを好きなだけ食べられるシステムは好きだけれども、わざわざ、自分で取って来て食べるってのは面倒だなって思ってしまう怠け者なので、結局、彼女のしたいようにさせてきてしまった。僕にはバイキングを楽しむという精神が欠けているようだ。
 彼女だけ働かせて動かないのはどうかという点にしても、そんなのもう今更だよね。僕が彼氏失格といってもいいほど男気に欠けていることは周知の事実であり、彼女もしっかりと認識しているはずだ。それでも、彼女は僕がいいというのだから理解し難いものだ。

 温泉ホテルに来てやることと言えば、第一に温泉に入る。第二に美味い飯食べる。第三はゴロゴロすることである。それ以外は寝るかゲームするかマッサージされるか、そんなくらいしかない。
 まぁ、温泉とかホテルなんてところは、ゆっくりのんびり、できるだけ何もせずリラックスして寛ぎと癒しを楽しむものだからね。何かしなければいけない事柄に追われ続ける日常から逃れ、ひと時の休息を得る場所なのだ。うーん、ちょっとホテルか温泉のCMみたいなことを言ってしまった。
 そういうわけで、温泉に入り、飯も食べた僕たちは、部屋に戻って既に敷かれていた布団の上でゴロゴロしていた。
 お布団は真っ白で、清潔で、ふかふかで、すぐさま中に潜り込んでぬくぬくと惰眠を貪りたい衝動に襲われる程だ。
「うーん。このまま寝ちゃおうかなー」
「食べてすぐに寝ると牛になるぞ」
「大丈夫。僕、食べても運動しなくても太らない体質だからー」
「まぁ、私もだけど。食べても脂肪が付き難い」
 ダイエット戦士に聞かせたらお腹周りを鷲掴まれそうな台詞を吐くバカップルであった。
 しかし、女性はお腹やら何やらにぷににんっといくらかお肉が乗っていても、それはそれで、ないと寂しい、どころか、いくらかはあった方が魅力的というか、良い様な気もする。それは余分な脂肪ではないのだ。女の脂なのだ。色気肉なのだ。
 彼女の場合、どれくらい色気肉が乗っているのだろうか。気にならなくもない。僕らは既に爛れた関係にあるので、彼女の裸を全く見たことがないわけではないが、それほどお腹に注目したこともなかったから、彼女の腹回りがどんな状態か覚えていないのだ。
「本当かなー? 実はお腹にぷににんっと余分なお肉が乗ってたりしないのー?」
「ない。全然ない」
 試しに聞いてみると、僕の傍らに座っていた彼女ははっきりと言い切った。
「嘘だと思うなら触ってみるがいい」
 そんなことまで言ってくるので、それじゃあ、というわけで、彼女のお腹を触ってみることにした。
 彼女は触り易いように浴衣の帯をしゅるしゅるっと取りかけて、ふと手を止める。
「帯、君が取る?」
「え、何で?」
「ほら、お代官様みたいに、やりたいかなって」
 あぁ、アレね。時代劇のコントであるような、帯引っ張って女の子がくるくる回るやつね。アーレーとか言ってね。やらんよ。
 彼女は少し不満げな顔をして、自分で帯を解き、浴衣の前を開く。浴衣の下には水色のタンクトップと薄い緑色の下着をを着ていた。パンティーが丸見えだけれども、結構見慣れたものなのでお互いに気にしない。タンクトップの前部分をぺろっと捲り上げて、
「ん」
 と言ってきた。
 そんじゃ、遠慮なく、と僕は彼女の腹に手を伸ばす。
「んー? んー……。確かに」
 そこには余分な肉と思しきものは何もなかった。きゅっと括れて、引き締まり、微かに割れているようにすら思える。
「これ、筋肉付いてない?」
「私は筋肉が付きやすい体質なんだ」
「あぁ、そう。ちょっとお腹に力入れてみて」
「ん」
「あっ! 硬い! すごーいっ!」
 と、ここまで会話して、ふと、これっと男女逆なんじゃねぇかと思った冬の夜。
 僕に筋肉? んなもんあるわけないじゃん。筋しかないよ。体を動かすのに必要最低限の筋しか付いてない。
 女性の腹を触る機会なんてのは滅多にないので、これ幸いと、しきりと彼女の腹を撫でていると、彼女がこんなことを言い出した。
「歩のお腹も触らせて欲しい」
「え。何、僕の腹なんて触っても何もないよ? 脂肪もないけど、筋肉もない。皮の下はすぐ内蔵だから、ちょっとの衝撃ですぐに内蔵にダメージ食らうから僕は人より脆いと思う」
「私のお腹を触っているんだから、君のを触らせてくれてもいいじゃないか」
 言われてみれば、それはその通りだ。こっちだけが一方的に触っているのでは対等とは言えない。
 じゃあ、いいよ。ってことで、僕も布団の上に立って帯を解こうとする。
「あ、私が解く」
「え。お代官様やるの?」
「やりたい」
「あぁ、そう……」
 彼女は珍しく小鼻を膨らませ、鼻息荒く、僕の帯を手に取り、結び目を解いてから、勢いよく引っ張り出した。僕はくる、くる、と一周くらいその場で回って、それで終わった。
「……満足した?」
「なんか違う」
 彼女は不満そうだ。そりゃそうだ。お代官様のやつは、アレって、もっと長い本格的な帯じゃないとできないんだと思う。現代の温泉ホテルにあるのは、帯っていっても、帯の仲間に入れていいのか迷っちゃうほど簡略化された短いやつだしね。ぐーるぐーるアーレーってやるには、元より不足だったんだよ。
 それでも彼女は意気消沈することなく、気を取り直して、僕が浴衣の下に着ていたTシャツを捲り上げ、細長い指を這わせた。ヒヤリと冷たく、滑らかで、こそばゆさに僕は腰を震わせた。
「くびれてる」
 その通り、僕のお腹はくびれがあるのだ。以前、風呂上りに洗面所の鏡を前にして気が付いた。まぁ、野郎がくびれてても何の意味もないけど。
「男で腹がくびれているって、気持ち悪いかもねぇ」
「私は気持ち悪いとは思わないけど」
 彼女はそう言いながら、僕のお腹を撫で擦る。こんなの触ってて何が楽しいのかしらねー? などと、思っていた直後、無防備なパンツを下ろされた。
「んぎゃーッ!?」
「何だ。元気がないぞ」
 彼女はふにゃりとした僕の息子を突きながら仰った。
「そりゃそうだよっ! 今までのどこに元気になる要素があったというのっ!?」
 お互いの腹を探り合ってただけですよ。こんくらいで性的興奮を覚えるならば、まだしも、息子が元気溌剌しとったら、それはちょっと興奮しすぎでしょう。
「私は濡れた」
「え。何で」
「君に触れられて」
「それは、僕に触られてってこと? 僕に触ることができてってこと?」
「両方」
 両方かー。そっかー。そんくらいで濡れちゃうかー。
「君のもすぐに元気にしてあげる」
 彼女はそう言って嫣然えんぜんと微笑んだ。たぶん、彼女の言うとおりになるんだろうなぁ。
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