僕と彼女と先輩の部活動
先輩の髪についていた汚れを取ったげて、先輩に指についた汚れを取ってもらい、お互いに礼を言って微笑み合っていると、ふと、先輩の笑顔が少し固まった。今までずっと僕に注がれていた視線が少し横にズレる。今まで独占していた視線が離れてしまって僕ジェラっちゃう。嫉妬に身を焦がして、肌が黄色人種に近づいてしまうよ。僕ってば極力外に出ないものだから肌の色は白人に近いのさ。
「その娘は?」
そう質問された先輩の視線の先を追うと、そこに突っ立っていらしゃったのは彼女だった。いつの間にかおトイレから帰ってきていらっしゃったみたい。さっきの先輩と僕の髪と指をお互いに綺麗にしたところを見られなくて良かったなぁ。
「入部希望者だったら嬉しいなぁ」
先輩は人懐っこい笑みを浮かべて、彼女を見つめる。
「いやいや、彼女は違いますよ。僕のクラスメイトで」
「恋人です」
僕の他者紹介の途中で彼女はごくごく端的な上に断片的な自己紹介をした。何だか少し機嫌が宜しくなさそうだ。
「君ねぇ」
「何か違ったか?」
「いや、違っちゃいないけどさぁ」
普通、自己紹介するときは最低限自分の名前を言うもんでしょうが。それをすっ飛ばして、いきなり僕との関係性を言い放つってのはどーいうことでしょうかね?
その旨を伝えようかとも思ったけれども、彼女があんまりにも不機嫌そうで恐い目をしているものだから、僕は下手して地雷を踏むことを恐れてお口チャックしておくことにした。
「こ、ここ、こ?」
鶏の鳴き声が聞こえてきた。今日は鶏を絞めることから始める鳥料理かな? なんと野性的料理部。魚は何匹か解体してきたけど、哺乳類の解体は初めてだなー。
んなこと考えながら振り向くと、先輩が無表情になっていた。あら、なんて顔してるんですか? まるで無愛想なお人形さんみたいですよ。
「こ、こ、ここ、こい、恋、人?」
先輩はふるふると震える指で彼女を指差し、僕を無表情に見つめて、かくんと首を傾げる。なんか悪霊に憑かれた人形みたいで嫌だなぁ。
「えぇ、まぁ、そうですねぇ」
ここで嘘を吐いてもしょうがないし、そもそも、彼女が目前にいる所で嘘を言ってもすぐに訂正されてしまうだろうから、正直に真実を口にした。こう言うと、なんだか僕がいっつも嘘を口にしていそうで遺憾だね。僕は真実しか口にしたことがありませんよ。というありきたりな嘘を吐いてみる。
「な、な、なな、何で?」
「何でもかんでも」
僕は困惑してしまって、なんとなく彼女を見る。彼女は軽くしかめ面をしていて、先輩を睨んでいた。
「君、何でそんな恐い顔してんのさ?」
「私はいつもこんな顔だ」
「なんか怒ってる?」
「怒ってない」
そう言いながらも彼女は殺人光線でも出せそうなほど鋭く恐い視線を先輩に突き刺していた。僕の彼女はひたすらに視線が恐いのさ。もしかするとあの眼鏡は彼女の視線の威力を抑制する為のもので、眼鏡を取って睨むと生きとし生きるものの命を刈り取る殺人光線を発射できるんじゃないかと妄想してみたり。もし、それが現実ならば、僕が真っ先に殺されてるな。
一体全体、どーしたものかと思いつつ、視線を先輩に戻せば、いつの間にか悪霊人形状態を脱して正気を取り戻していた先輩も負けじと彼女を睨んでいた。
彼女の視線を真正面から受け止めるなんて先輩も凄いなぁ。常人ならば眼球が潰れてしまっているに違いない。僕でもあんな視線をずっと受け続けていたら目から流血しそうだ。まぁ、僕はすぐ目を逸らすから大丈夫だけどね。
「こんにちはー。あ、行野君、今日は早いねー」
無言で睨み合う先輩と彼女をどうしたものかと思案、というよりは困惑していると、他の部活メイトたちがやって来た。僕と同じ一年の三人だ。他の部員は二年生が二人いる。三年生は既に引退済み。
「御機嫌よう」
「あはは、何その挨拶」
丁寧に挨拶を返してみたら部活メイトの井上さんに笑われた。いつもポニーテールにしていて快活かつ行動的な女子だ。
「ところで、先輩は何やってるの? その娘は誰?」
「あー、あの方、うちらのクラスの方ですね。最近、行野君と仲がいいって噂の」
僕が彼女の素性を説明する前に、唯一僕と同じクラスメイトと部活メイトを兼ねている田中さんが僕に代わって解説してくれた。田中さんは目が細くてショートカット。
「何でか知らないけど、彼女がうちの部活の見学をしたいっていうから、連れてきたの」
連れてきた説明を聞き、三人は「へー」と頷いた。
「料理部入ってくれるのかなー? うちは零細弱小部だからねー。しかも、そのうちの二人はかけもちだし」
「ご、ごめんね」
文芸部と手芸部とかけもちしている山家さんが申し訳なさそうな顔をした。山家さんはふわふわした髪の毛で眼鏡をかけた大人しそうな人だ。
うちの学校は何故だか部活動に関してやったらと甘ったるい学校で、一人の生徒が何個の部活に入っても問題ない為、いくつかの部活の部員を兼ねている人や名前だけ貸している人が珍しくない。うちの料理部にもかけもちの人が山家さんを含め二人いる。もう一人の二年生は幽霊と化している。僕もまだ会ったことがない。
「いーえ、入ってくれてるだけで御の字よ」
いつの間にか彼女との睨み合いの矛を収めていた先輩が山家さんに微笑みかけ、優しげな声をかけた。
「あと来ていないのは桃恵だけね」
先輩はぼそりと呟いてから、一年ズに今日はクッキーを作ることを宣言し、僕が来るまで混ぜていたクッキー生地を小分けにして焼く準備をするよう指示された。
ちなみに、桃恵さんというのは幽霊でない方のもう一人の二年生で、先輩のお友達だ。名前の由来はお父様が往年の国民的アイドルのファンでいらしたかららしい。だからって、自分の娘にその名前つけるのはどーかと思うな。
とはいえ、人ん家の命名制度に口を出せるほど、我が家の命名も大したもんじゃない。我が家の姉さん、僕、妹からなる三兄弟の名前は上から順に、歩美、歩、歩子ときたもんだ。姉さんはいいとしても、僕と妹はもう、テケトーに付けたことが丸分かりだ。ついでに言うと、母さんはたまに「あゆ」と略して呼ぶんだけど、その度に僕と姉さんと妹は顔を合わせて「一体、誰が呼ばれたんだ?」と首を傾げるものさ。
「ごめーん。ちょっと遅れちゃった。今日、掃除当番だったから」
わけの分からないことを考えてぼんやりしていると、最後の部員(幽霊除く)である栗山桃恵先輩がおっとり刀でやって来た。
ウェーブした髪型で、ふっくらとした顔立ちに丸っこい瞳の女性だ。なんとも人畜無害そう。あと、往年の国民的アイドルには全然似てない。僕、さっきから結構失礼なこと言ってるなー。口に出したら女の敵として毎日石をぶつけられながら生きていかないといけないよ。
「それじゃあ、今日はクッキーを作るから。生地は私が作っておいたから、オーブンを温めて、それから、生地を小分けにしてね」
先輩は部長らしくてきぱきと指示を飛ばし始めた。おぉ、先輩にしてはしっかりしてるように見える。
「何で、生地先に作ってたんですか? 皆で作れば宜しいのに」
「だって、早めに来すぎて暇だったんだもん」
僕の指摘に先輩はそう言ってにへらっと笑った。僕もにへらっと笑う。保健室の先生とかクラスメイト(男)がたまに語尾に「もん」とか付けると意味もなく無性に腹が立つのに、先輩だと何故だかとっても許せてしまうのは何故だろうねぇ。
「でれでれしてる」
僕と先輩が平和ににやにやしていると、それを許さない平穏を乱す者が僕の脇でぼそりと呟いた。
彼女は一見いつもどおりのクールフェイスながらも、僕を非常に不機嫌そうな目で睨み下ろしていた。下ろすのところが非常に遺憾。
「いきなり横で声出さないでよ。びっくりするから」
「びっくりしているようには見えないけど」
「心の中でびっくりしたの」
人の言葉の矛盾を突いて屁理屈言うなんてどこでそんな悪い癖を覚えたのかしら? きっと、いつも一緒にいる行野歩とかいうロクデナシが悪影響を与えているに違いありませんわ。ケシカラン。
「そーだ」
ちょっと頭の中で考えていた阿呆な妄想をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨ててから、彼女に声をかける。
「どーせ、来たんだから、ちょっとは料理部的活動をやっていきなさいよ。とりあえず、そのクッキー生地を小分けにして」
「む。分かった」
彼女は僕に言われた通り、クッキー生地を小分けにする作業を始めた。ふぅ、これで、静かになるぞ。
皆がせっせとクッキーを焼き始め、その間に僕は欠伸を八回して窓の外を一〇回見て先輩と六回目が合ってにこっと微笑み合って彼女と六回睨み合った。それから、昨日、下校途中に買っておいて鞄の中に放り込んだままだった漫画雑誌があるのを思い出して、家庭科室の端っこで読むことにした。なんだか、僕が凄く暇そうにしているように見えるかもしれないけれど、いやいや、そんなことはないのだよ。欠伸、外の観察、先輩との心温まる交流、彼女との心の少し冷える交流、読書、と、やることはたくさんあるのさ。あぁ、今日も多忙だ。
「君はそんなところでサボっていていいのか?」
漫画雑誌も半分を経たところで彼女が声をかけてきた。君は僕がこんなにも多忙を極めているのが分からないのかい?
「サボってないよ。僕は今、漫画を読むという作業をしているのさ」
何もしないをしているとか言う黄色い熊よりかはずっと有意義な活動をしているはずだ。
なおも彼女は怪訝そうな顔で僕を見つめる。僕のわけの分からない言葉の真理を考えているらしい。彼女は一々僕の言葉を真面目に受け止めて考えてくれるけど、実際、僕の発言の殆どには意味なんてないんだけどね。そうだ。僕のギャグだけは彼女何も考えてくれないっていうか聞いてもくれないな。それこそ、受け止めて欲しいのに。
「今日の料理はクッキーじゃない。昔からスイーツを作るのは女の子の仕事って決まってるのさ。僕の担当は主にご飯系なの。あと試食係ね」
「そうなのか?」
「そうなのさ。皆、スイーツを気になる男子にあげる日を夢見て練習しているのよん。それを僕がしゃしゃり出ていって邪魔しちゃ悪いでそ?」
「なるほど。じゃあ、私も君にあげるクッキーを作らなければ」
「うんうん。そーしなさいな」
彼女は終始無表情だったけどもその後姿からは意気揚々とした様子が窺えた。単純だなぁ。
その後、僕は試食係の職分をきっちりとこなし、下校時には鼻からクッキーが出そうだった。
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