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僕と先輩の愛に満ちた部活動
 部活動とは青春の権化みたいなもんである。と誰かが言ったような気もするし、僕が勝手に考えただけのような気もする。まぁ、どちらにせよそのとおりだと僕は思っている。
 よって、部活動をやっていないと青春をやっていないも同然であると言っても過言ではないはずだ。ただ、僕個人の思想としては、別に青春なんてしてもしなくてもいいようなもんだと思うけどね。
 何はともあれさて置いて、僕は青春の権化的活動に勤しむべく家庭科室のドアを開けた。僕らの部活の主要な活動場所は家庭科室なのさ。ちなみに、彼女は途中おトイレに寄って行くってっから置いてきた。
「こんいちはー」
「あら、歩君、こんにちは」
 家庭科室に入った僕を穏やかな笑顔で迎えてくれたのは、僕の所属する部活の部長である先輩だった。
 先輩は中々形の宜しい丸顔をしていらっしゃる。この丸顔にご本人は少しばかり不満であるそうだが、僕に言わせれば十分に愛嬌があって可愛らしい輪郭だと思う。鼻と口は小さめ。ただ目だけは大きい。この目が中々特徴的で、瞳をよく見ると何だか赤みがかっている。血のように真っ赤とか、そんなふうに化け物じみてはいない。ただ、よくよく目を凝らして見ると少ーし赤っぽいのだ。その少しだけ赤みがかっている大きな瞳でじっと見つめられると、何もなくともドキドキしてしまう迫力と、その目から目を離せない不思議な魅力がある。
 僕もこの目には弱く、部屋に置いて見ていたいくらい惹かれてしまう。
 この目で見つめられながら「うちの部活に入って」と勧誘されたことが、僕が今、この部活に所属している最大の理由だ。この場合、誘惑に負けたって言うのかな?
 誘惑能力を持つ目を持っていることもあって、先輩はとても美人と評判で、風聞によれば校内でも五指に入るとされているそうだ。この力を生かして霊験あらたかな壷とかモテるブレスレットとかを売る商売を始めれば一財産築けそうな気がするね。まぁ、築いた辺りで警察にちょっぴかれるのがオチだからお勧めはしないけど。
「いやいや、先輩。今日もお綺麗ですねー」
「あらやだ、相変わらずお世辞が上手ねぇ」
 僕が先輩に媚びようと言ったお世辞に先輩はにこにこと微笑みながら応えた。学校生活という狭い閉鎖空間での生活ではたった一歳二歳上なだけの先輩が絶対な社会だからね。先輩に媚びておくことは重要なことなんだよ。
「ところで、先輩。今日も御髪が大変なことになっていますよ」
「本当に?」
 僕の指摘に先輩は己の頭に手をやった。
 先輩の髪はちょっと癖っ毛で、前髪がすぱっと真っ直ぐ切られているのはいいのだけれども、肩よりもやや長い後ろ髪や先っちょはいつも跳ね回っていて、あっちこっちがぴんぴん飛び出していらっしゃる。世に言うアホ毛だ。基本的に、このアホ毛はいつもあって、まず、確実に午前中いっぱいは見ていることができる。運が良いと下校時まで見ることができる。
 このように先輩は中々抜けている人で、朝が非常に弱いらしく、遅刻を度々しておられたり、首もとのタイが曲がっていたり、スカートに皺ができていたり、靴下がずり下がっているなんてこともざらだ。こーいったところを見ると、あまり身だしなみに気を遣っているとは思いがたい。
 今日も先輩の髪は元気にぴんぴんアホ毛祭りだ。
「あら、本当」
 先輩は家庭科室に置かれている食器棚のガラス戸に映る自分の姿を見ながら呟いた。手鏡くらい持ってたらいいんじゃないかな。
「うーん、直らないねー」
 先輩は暫くの間、ガラス戸に映る自分の頭を手でぺたぺたと撫で付けるも、全く効果はなく、ぴんぴんアホ毛は今日も元気です。
「先輩。たぶん無駄ですよ。水かけても無理ですよ。無謀な試みですよ」
「そーねー」
 先輩は暫く未練がましくアホ毛を弄くり回してから、結局、諦めた。
「てか、先輩、クリーム色っぽいべたべたしたものが髪に付きまくってますよ」
「あらー」
 先輩はちょうど作業の途中であったらしく、彼女の手にはクリーム色っぽいべたべたしたものが付着していて、それで髪を触ったものだから、べたべたは髪にこびり付いてしまっていた。
「それ、何です?」
「小麦粉と卵とバター、砂糖を混ぜたものよ」
 そう言って先輩はテーブルの上にあったボールを指差した。中には小麦粉と卵とバター、砂糖を混ぜたべたべたどろどろのものが入っている。なんのことはないただのクッキーの生地さ。
 そいつに指を突っ込んで少し舐めてみる。僕は、このクッキーの生地を舐めるのが好きでねー。お母さんに見つかると拳骨を食らうので、良い子は真似しないように。うちのお母さんがクッキー作っている姿なんて見たことないけどね。我が家でクッキーを生産したことがあるのは僕だけさ。なんて家庭的なのかしら。嫁の貰い先には苦労しないね。おっと、僕は嫁じゃなくて婿になるのか。じゃあ、花嫁修業メニューをこなしても意味がないじゃなーい。今から、花婿修行メニューに変更しないと良い花婿さんになれないなー。
 と、そこまで考えてから、クッキー生地を舐めた感想を述べてみる。
「ちょっと甘さ少なくないすか?」
「そうかしら?」
 そう呟くと先輩はボールの中に入っているクッキー生地を見つめた。
「じゃあ、砂糖を足しましょう」
「その前に髪に付いてるのを取った方がいいですよ」
 後輩に指摘された先輩は自分の髪を弄くってべたべたを取ろうと四苦八苦する。その度に新たに付着するべたべた。悪循環極まりないね。
「僕が取ってあげますよ」
「あら、本当? ありがとう」
 先輩は大人しく頭を僕の方に下げ、僕は何だか美人に傅かれて良い気分に浸りながら、先輩の髪の毛に付いたべたべたを指で拭って差し上げる。
 つるつるとした艶やかな黒髪を摘み上げ、指で軽く挟んで、根元から毛先へと拭っていく。
「うーん、一応、粗方、取っておきましたけど、髪洗った方が良いですよ」
「うん、お家に帰ったらお風呂に入る」
 僕の助言に先輩はにっこり微笑んで応じた。うーん、そんな後でいいのかなー? まぁ、本人がいいっていうんならいいのかな。
「君の指、汚れちゃったね」
「ん。まぁ、そうですねー」
 僕の指には先輩の髪の毛から拭い取ったクッキー生地がこびり付いていた。いくら僕がクッキー生地を舐めるのが好きだとしても、先輩が美人でその黒髪が艶々キューティクルだったとしても、それを舐めるのはちょっとなー。
「ごめんね。私のせいで、指汚れちゃって」
「いやいや、先輩のせいじゃあありませんよ。僕が勝手にしたことですからー」
 デレデレしてる? うん、まぁ、自覚ある。
 先輩は僕の手を取った。すべすべで柔らかくて温かい手だなー。
「指、綺麗にしてあげるね」
 先輩はにっこりと微笑んで言うと、ちろりとピンク色のぬらぬらした舌を出して、僕の人差し指の根元から這わせていき、指先までいくとぷっくりとした唇の中に指をくわえ込んでいった。
「せ、先輩?」
 いきなりそんな行動を取る先輩を僕はただ見つめていることしかできない。
 口の中でもごもごと僕の指に舌を絡ませ、クッキー生地を舐め取っていく。てか、本当に綺麗にしてる?
「てか、先輩、汚いですよ?」
「ん? きふぁなくなひよ?」
 何言ってんの?
「君の指は汚くないよ?」
 先輩はひとしきり僕の人差し指を舐め舐めした後、ちゅぱっと指を吐き出してから、僕を見つめながら言い直した。
「はい、次の指ね」
 それから、先輩の作業は中指に移った。中指も同じように丁寧に舐め上げて下さった。その後、親指も同じように。薬指、小指はクッキー生地がついていなかったので省略。
「ん。取れた。べたべたするなら洗った方がいいよ?」
 先輩は満足そうに微笑みながら仰った。
「いえいえ、先輩に舐めて頂いたお陰ですっかり綺麗になりましたよ。少しぬめぬめしますけどね。ありがとうございました。」
「私の髪も君に拭いてもらったお陰ですっかり綺麗になったよ。ありがとう」
 僕と先輩はお互いに礼を言い合ってから微笑み合った。僕の皮肉はやっぱり不発なんだなー。


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