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暴露出
 自分でも考えててよく分かんなくなってくるような妄想をしていると、いつの間にやら保健室前に到着していた。うちの学校の保健室はグランドから近いからね。怪我人を早く搬送できるようになっているんだろうねぇ。何も考えんと学校建ててるわけじゃないんだね。ただ、去年、体育館の耐震強度が問題になって耐震工事をしたらしいって話を聞いたことがある。建てるとき、地震のこと考えなかったのかな? まぁ、僕の住んでいる地域は地震なんて滅多にないから我が家でも地震のことなんかこれっぽっちも考えてないんだけどね。
 僕が意味もなく防災について考えをめぐらせている間に彼女は保健室のドアを足で開け、づかづかと中に入っていった。
「君ね。失礼しまーすとか普通言うもんでしょう?」
「誰に?」
「そりゃ保健室の先生にだよ。他に誰がいるってのさ」
「誰もいない」
「だしょー?」
 意味分からない人がいるかもしれないから一応補足説明しとくと「だしょー?」ってのは「でしょー?」と同義です。意味分かるよね? たまーに、僕が日常的に使っている用語が実は世間じゃ全く使われないどころか「え。何それ?」的な扱いをされることがあるから、人と話すときは注意が必要だ。きちんと正しい日本語を喋れば問題ねーっつの。しかし、あえてそれをしない僕自身を少し好きだったりするのは秘密。
「保健室の先生もいない」
「だしょーって、何ー?」
「ほら」
 そう言って、彼女が姿勢を変えて僕に保健室の中の様子を見せる。確かに、誰もいない。保健室の先生の影も形もない。
「お休みかなー? もし、怪我人とか急病人出たらどーするつもりなんだろ? いやいや、ちょっと待って。今、保健室のドア、鍵かかってなかったよね? じゃあ、いるんだよね。おそらく。お散歩中かな? それかお花を摘みに?」
「さぁ?」
 僕の言葉に彼女は小さく呟き、首を傾げる。
 なんとなく思うんだけどさ。僕が小文字及び句読点と「?」とか「ー」含め一〇〇文字も喋って、彼女の答えが三文字だけってちょっとアレじゃないかなー。なんていうか。きちんとコミュニケーションが取れてないような気がする。僕ばっかり喋ってて彼女は聞いて頷くだけ。これは正しい双方向コミュニケーションといえないのではないか?
 なーんてことを滔々と述べている間、彼女は黙って僕を輸送してベッドの上に寝かせ、僕の後頭部を観察して特段治療する必要は無いと判断して一息吐き、丸椅子をベッドの脇まで持ってきて座り、眼鏡を外してハンカチで拭き、かけ直して、まだ喋っている僕を面倒くさそうに見て、
「うるさい」
 と、一言。
 はいはい、黙りますよ。黙ればいいんでしょー。
 こうして僕が黙ると保健室の中はすっかり静かになってしまった。保健室は教室なんかからも遠くて、グラウンドにいるクラスメイトの声も殆ど聞こえなくて、本当に、何も音のない、静寂、だった。自分の息さえも大きな音に聞こえる。あんまりにも静かだったから何か耳鳴りのようなものが聞こえてきて、頭がくらくら、背筋がぞくぞくしてきた。
「ダメ。ダメだ。僕、静かなの苦手なんだよ。気持ち悪くなってきた。吐き気までするよ」
「何で?」
「何でって言われてもなー。そーいう性分なんだよ。うん」
 僕の答えに彼女はなんとなく頷いたけど、渋い顔で「変な奴」的な目で僕を睨んだ。僕からすりゃあ彼女は十分「変な奴」なのでお互い様だね。
「とにかく、僕は無音が苦手なの。寝るときも音楽つけながら寝るくらいだよ」
「ふーん」
「む。今、弱点とか短所とかが多い奴だなーって思ったでしょ。体力はないわ。貧弱だわ。お喋りだわ。ジョークは寒いわ。無音は苦手だわ。押しは弱いわ。やる気はないわ。勉強はできないわ。怠け者だわ。朝は苦手だわ。しかも、まぁ、えーっと、ちょっと小柄だわ」
「私はそんなこと思ってない」
「いや、今のは君言ったんじゃないよ。次元を超えた向こう。そう、パソコンや携帯電話の画面の向こういる連中に言ったの。君、君だよ! 何、笑ってんの! こっちは真面目に話してるんだよ!」
「やはり、当たり所が悪かったか。ちょっと寝たらどうだ? きっと君は疲れているんだ」
「僕は大丈夫だよ! そんな、モルダー、あなた疲れてるのよ。みたいに言うなー!」
「歩。君は疲れているんだ」
「言い直さないの! しかも、微妙な真似具合! あと、僕の名前をこんなあっさり暴露しないで! うわ! 何をする!? あwせdrftgyふじこっ!?」
 そこで、僕の意識は失われた。最後に見えたのは丸椅子を振り上げた彼女だったような気が……。

「はっ! ここは何処? 私は誰?」
「ここは保健室。更に言うと、保健室のベッドの上。君は歩。更に言うと行野歩だ」
「ねぇ、君さ。こー、なんていうか。いきなり、あっさりと僕の名前を暴露するとやめて欲しいんだけど」
「暴露? ここには二人しかいないが」
「こっちの話」
 そこではたと気が付く。
 彼女があんまりにも平然としているからうっかりスルーしちゃうところだった。今まで僕は色んなことを、主に関わると面倒くさいことになりそうだからという理由でスルーしてきたけれども、今回ばかりはそうもいかない。いや、関わると面倒くさそうなのは今回もそうなんだけどね。でも、無視できない。
「君さ」
「何だ?」
「何で裸なの?」
 僕は彼女の乳を見つめながら尋ねた。スケベ? いやいや、本能に正直なだけですよ。
「裸じゃない」
「じゃあ、何かい? 君はどこぞの御伽噺の国の王様が着ていた服を着ているっていうのかい? 愚か者には見えないってかい? てのは、つまり、暗に僕のことを馬鹿にしてるのかな? 馬鹿で悪ぅござんしたね!」
「違う。下は履いてる」
 彼女の言葉に視線を下にやれば、なるほど、確かに、彼女の下半身はきちんと短ジャージの中に収納されていて、無意味に露出されていなかった。
 では、その上が無意味に露出されているのは何故か?
 そこで、別のことにも気付いた。おぉ、僕、パン一だ。パン一って意味分かりますか? パンツ一丁ってことですな。黒地に白い水玉模様のガラパンだ。男のパンツの描写はいらん? 仰るとおり。僕も激しく同意だ。
 どうせ下着を描写するのならば、せめて彼女の下着を描写すべきだ。しかし、残念なことに彼女のパンツはジャージの下で僕の目の届く範囲にはない。そして、彼女は上半身裸で、ブラジャーが見当たらない為、その描写もできない。目に映るのはきめ細かく滑らかですべすべしてそうで、少し薄桃色がかった肌色の、細長い首と、女性にしては少ししっかりした肩と、それほど大きくはないけれども、垂れる様子もなく凛と重力に逆らっている綺麗な形の乳とひきしまったウエスト、ついでにおへそ。
「てか、君、腹筋微かに割れてない?」
「そうか? たまに腹筋してるからかな」
「何でそんな酔狂なことをしているの?」
「いつ何時でも君を背負って運べるように」
 そんなに僕はいつでも何処でも倒れるような貧弱者に見えるのかな? いや、まぁ、本当のことだから否定できないんだけど。
「で、何で、裸なのよ」
「裸じゃない。下」
「下はいい! 下はOK! 正解! 合格!」
 バンバンと寝そべっているベッドのへりを叩きながら彼女の下半身を褒める。
 彼女はちょっと不満そうな顔で僕を睨む。何さ。
「私のことは褒めてくれたことなんかない」
 何その嫉妬っぽい言動は? いや、人間、嫉妬するのは仕方がない。でもさ。自分の下半身に嫉妬するってどうよ? しかも、褒めてるっていうか、下にジャージを履いていることが正しいってことをちょっと僕なりに大袈裟に言っているだけだよ?
「とにかく、何故、君は上を着ていないの? ティーシャツはどこやったのさ? あとブラは?」
「ここに畳んで置いてある」
 彼女はベッドの端っこを指差した。確かに、畳んで置いてある。あるね。確かに。問題はそこじゃない。
「何で着てないの? てか、脱いだの? そして、僕も何で脱いでるの?」
「あー、アレだ。そろそろ体育も終わるから、制服に着替えようと思って」
「ほうほう」
「君も着替えさせてやろうと思って」
「へー」
 彼女はなんとなく道理の通った理由を述べた。しかし、この理由は最初から破綻しているね。
「じゃあ、聞くけど。君、ブラを脱いで制服を着る気だったの? それとも、君は運動用のブラと普段用のブラを変えているのかな? あと、僕らの制服は何処にあるのかなー? 僕はたぶん更衣室にあるんだと思うけど」
 僕の質問に彼女は沈黙した。ふ。他愛もない。
「で? 本当の目的は?」
「せっかく、ベッドがあるんだから、セ」
「もういい」
 理由を問いかけておいて回答の途中で遮るのはどうかとも思ったけど、これ以上、彼女に何か喋らせるのはマズい気がしたので、スバッと彼女の発言をぶった切る。朝じゃないから昼ズバ。
「とりあえず、服返して。それから服着て。ブラを忘れずに」
 僕の要請に彼女は不満顔。何が不満なのか全く意味が分からない。
「ほら、服」
「やだ」
「やだって、君、ガキンチョじゃないんだから! もう高校生でしょ?。保育園児でも無意味に裸になる女の子なんていないよ」
 男の子には結構いるけどね。無意味に裸になる奴。これは残念なことに結構大人でもいる。お酒の席の二次会とかで酔っ払って脱ぎ出しちゃう人ね。あと公園で(以下略)。
 彼女は更に眉根を寄せて不機嫌そうな顔をして、僕を睨みながら顔を寄せてきた。頭だけが空中浮遊して近づいてきたとしたら僕は脱兎の如く窓から逃走を図るけれども、彼女の首は体を接合されており、当然、彼女が顔を寄せてくると、その下、胴体も僕の方へ寄ってくることになる。何が言いたいかっていうと、そーね。はっきり言うと、彼女の乳が近寄ってきて、僕大変。
「君は私のことが嫌いなのか?」
「いきなり何を言うのさ?」
 僕は身を危険を感じ、ベッド上を後退りしながら応じる。
 彼女は、猫を思わせるような格好で僕を追い、ベッドの上に上ってきた。
「君はいつも私を遠ざけようとするじゃないか」
「そんなことはないよ」
 彼女の言葉を即座に否定するも、その間にも僕はじりじりと近づく彼女から離れようと後退りをしているのだからあんまり説得力がないかもしれない。
「私が迫ると君はいつも逃げる」
 彼女は眉間に深い皺を作った大変不機嫌そうな顔で仰った。
「いやさ、それは君が時と場面と所を構わず迫ってくるからでしょうが。そーいうことをするのに適する時と場面と所があるのだよ」
「適する時と場面と所って?」
「いや、そんな反問されてもなー。そーねー。分かりやすく言うとだね。基本的に時は夜。場面は二人っきりであるべきだね。あと良い感じの雰囲気が出ているべきだ。両者の気分が乗っていることも重要だね。所は寝室とかホテルとかのベッドの上だろうね」
「ベッドならここにある」
「ベッドはあるけど、このベッドは絶対にそーいうことに使ってはならないベッドだから」
 このベッドは校内で傷つき病んだ人々を癒すための設備であって、そんな聖なる場所においてエロとかグロとかテロとかしてはいけないのだ。まぁ、グロとテロをしていい場所なんてないけどさ。
「でも、定番の場所だぞ?」
「それはアダルトビデオとかエロ漫画とかの中でだけでしょ! 実際にそんな用途に頻繁に使われているとしたら、僕は日本の若者の乱れた性に本気で絶望してしまうよ! 絶望した! 若者の奔放すぎる性に絶望した!」
 ちょっとこのパロディネタ使い過ぎかな? 自覚はあります。でも、好きなんだよ。漫画及びDVD全巻揃えるほどに。
 そんなふうに絶望していると、保健室のドアが開いた。
 吃驚して僕と彼女はドアを見る。
 そこに立っていたのは、僕とは顔馴染みの、おそらく先生の中では最も僕と会話している保健室の先生だ。よく保健室に搬送される上に性格の合っていた僕と先生は大の仲良しなのさ。
 まぁ、僕は一年生の中では先生と多く会話を持っている生徒だと思うね。何せ、ほぼ毎時限先生に「起きろ」とか「何で宿題を忘れた」とか「遅刻か。何で遅れた」とか言われているし、生徒指導室で先生とみっちり会話をすることもあるからさ。僕ってば社交的だなぁ。
 さて、保健室の先生はこざっぱりと髪を短めに切り揃え、真面目そうな眼鏡をかけ、いつも少し気だるげな妙齢の女性で、実年齢は不明。好きな食材は野沢菜わさび。好きな男性のタイプは仕事ができて堅実で真面目で優しくてギャンブルしなくて煙草を吸わない人。休日は韓国ドラマかアメリカドラマをレンタルして見るという人だ。
 先生は僕と彼女を見てあんぐりと口を開け、手にしていたハンカチを落とした。どうやら、おトイレに行ってらっしゃったみたい。しかし、長いトイレだな。ははーん。さては女性の大敵お便秘だな。それか女の子の日? 先生は重い方で、女の子の日はいつにも増して気だるそうなのだ。 うちの家族は姉さんが重い方で、女の子の日はいつも寝込んでいたなぁ。母さんは軽いから女の子の日がきてもけろっとしてるけど。
 さて、デリケートな話題はさて置いて。
 僕と彼女のほぼ裸を見て唖然としていた保健室の先生は、突如キレた。
「何なんだテメーらはーっ!?」
 いきなり叫び出す先生の方こそ何なんですか?
「人が生理で頭は痛いわ。腹はぐるぐるだわ。だるいわ。何だでとにかく辛いってのに! それでも仕事で頑張ってるのに、テメーらは何やってんだコンチクショーっ!? ここはラブホじゃねーぞっ! 盛るんならもっと別の場所でやれや! 体育用具室とか放課後の誰もいない教室とかでよーっ! 独身三十路過ぎ絶賛生理中の私の前でイチャつくんじゃねーっ!! くそー! あたしに生理休暇を寄越せーっ!」


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