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保健室へGO

 僕は大変な虚弱体質で、ちっとばかし激しい運動をするとすぐに貧血を起こしてぶっ倒れるという極めて迷惑な習性を持っている。
 その為、僕は普段からなるたけ激しい運動を避け、のんびりゆっくり体に優しい行動をするように心がけているのさ。
「故にだね。体育のサッカーの試合中に半分寝ぼけているような感じにふらふら一見意味のないように動き回っていたとしても、それは体力の節減に努めているのであり、けっして楽しようとしながらも、さすがに動かないと不味いよなーってな感じで渋々と動いてサッカーしてるふうに見せかけていたわけではなかったんだよ」
「うるせえ。お前のその手の言い訳は聞き飽きた」
 体育の授業中、意味もなく自軍ゴール前をうろつき回って後頭部に近距離からサッカーボールを食らって卒倒した僕を抱え起こしてくれた鈴木君は不機嫌そうにぶっきらぼうに言い放った。さすが半年近く友人をしているだけあって、僕の魂胆などお見通しだね。
「いやぁ、しかし、サッカーのディフェンダーってのは中々体力がいるもんだね。ボールがくるまでぼんやり待ってればいい楽な仕事かと思ってたんだけど、皆が動け動けとせっつくし、周りが走り回ってるもんだから一人だけぼーっとしてたら不自然かと思って僕にしては動き回っちゃったよ」
 なんていうの? 走るサッカー? 攻める姿勢ってのをやりたかったみたいだよ。うちのチームは。
「走っても走らなくても戦力にならねーんだから、無駄に動き回るんじゃねーよ」
 鈴木君は僕を抱えて安全地帯まで輸送しながら言いなすった。中々酷い言い様だけど、的を得ているので同意しかできない。
 僕はグラウンドの端っこにある背もたれのないベンチに横たえられた。サッカーは既に再開され、クラスメイトはボールを追うのに忙しく、こっちを見向きもしない。まぁ、もう何度も見た光景だから慣れたんだろうね。まぁ、僕としても汗臭い青年諸君に囲まれて、看病されるのも中々ぞっとしないからいいんだけど。
「鈴木君、君もサッカーに参加するといいよ。僕はだいじょ」
「そうか」
 僕の言葉が終わる前に鈴木君はサッカーに参加すべく走っていってしまった。彼はゴールキーパーだからあんまり席を空けていられないんだよ。しかし、あっさりしすぎじゃない? もうちょっと後ろ髪引かれようよ。引かれるほど長い髪じゃないけどさ。
 てか、僕の後頭部にゴールキックで蹴り上げたボールぶつけといて謝罪の一言もなかったな。あのゴールキーパー。
 まぁ、そんな細かいことを気にする僕ではないのだ。全然全く気にしていないのだ。これっぽっちも。米粒ほどもね。僕は器が大きいから。体育後にねちねちと後頭部の痛みを訴えて缶ジュースの一つも召し上げるくらいで許してあげようじゃあないか。僕はなんて心が広いんだ。これが他の奴だった場合、代償はコンビニの肉まん一個くらいかかるね。値段的に殆ど変わらないことは言うまでもない。
 そんなろくでもないことを考えながら、僕はベンチに横たわっていた。ボールの衝撃は結構僕の貧弱な脳味噌を揺るがしていて、支えなしで歩行が辛うじてできるかできないか程度の脳震盪を起こしているらしく、暫くの安静が必要と思われる。全くの自己診断だけど、まぁ、いいでしょう。体育教諭はサッカーの試合に興じる生徒どもを放置してどこへとやら行ってしまっていているので不在。ならば、自己診断に頼るしかない。
 こーいう体育時間中に先生が消える現象ってのは他の学校じゃどーか分からないけど、うちじゃあよくあることさ。サッカーとかバレーとかバスケとかドッチボールとかバトミントンのチームと試合形式と試合順だけ決めて、あとは生徒に試合させといて教諭がどっか行っちゃうことってね。これって体育版自習なんかな。学校的、或いは教育委員会的に問題があるのかないのかは不明。
 しかし、この木製の硬いベンチで寝ているよりは保健室の薬品臭いベッドで寝たいんだけどなぁ。誰か連れて行ってくれないもんかなぁ。
 などと思っていると、僕が体をどこも動かしていないのに、頭が宙に浮いた。わお、超常現象!? どんとこいっ!
 というようなジョークというか戯言というか蛇足は置いといて。実際、僕の頭が宙を浮いたのは人知を超え、物理法則を無視した異常現象というわけではなく、また、僕の頭が僕の体に嫌気をさして飛んで行こうとしたわけでも、宇宙人に首から上だけアブダクションされそうになったわけでもなく、ただ、単に、僕の頭は他の人に抱え上げられていただけだった。てか、実際は超常現象っ!? とか思う間もなく理解したんだけどね。よって、先の何行かは全くの蛇足だね。このお話はこんなんばっかです。今更、気にしないように。
 僕の頭を抱え上げたのは、最初からなんとなく察しはついていたけれども、やっぱり、思ったとおり、彼女だった。
 彼女は無表情かつ無言で、僕の頭を抱えたまま、何やらごそごそとやっている。この首引っこ抜いてやろうかと試行錯誤しているわけでも、僕の首を刈り取って干し首にして部屋に飾ろうとしているわけでも、僕の頭抱えて「ずーっと一緒だよ」とかヤンだことをやろうとしているわけでもないといいなぁ。と思いつつも、実際にそうされてしまう可能性も無きにしも非ずだったので、僕は緊張に閉口したまま、何が起きるのかとどきどきしていた。半分嘘。
 彼女は僕の頭を大事そうに抱えたまま、何やらもぞもぞとやってから、再び下ろした。下ろされた先には柔らかく温かくすべすべな何かがあって、ちょうど枕の役割を果たしてくれていた。今までの硬い硬い木製ベンチよりも数倍、数十倍も心地よいね。
「膝枕?」
 僕が問いかけると彼女は黙って頷いた。
 やはりね。この柔らかさと温かさとすべすべさは女子の膝枕以外にはありえないものね。とはいえ、膝枕なんてしてもらったのはもう十数年ぶりなんだけども。昔昔、お母さんがしてくれた覚えがある。今しようとしたら頭引っこ抜かれること請け合い。
 しかも、この膝枕、生肌である。
 ブルマ、なんてものを、僕は漫画とかでしか見たことがないし、実際、もう絶滅しているんじゃないかと疑っている。当然、うちの高校でもブルマは絶滅していて(過去、ブルマだったことがあるのかどうかは知らないから、絶滅どころか誕生すらしていない可能性も否定できない)、うちの高校女子たちはジャージを着て体育に励んでいる。ジャージには長い冬用の他にも、僕は履いたことがないけれども、短い夏用短パンジャージも存在する。彼女はこれを履いて、更にそれをたくし上げて生肌の上に僕の頭を置いているようだった。何のためにそうしてくれているのかは不明だけれども大変心地よい。たぶん、僕が喜ぶであろうことを予測して生肌膝枕にしてくれているんだろうね。さすがっ! わかってらっしゃるっ! ありがとうっ!
「てか、何で、膝枕っていうんだろうねー? これ、確実に太もも枕だよねぇ」
「そうだな。何でだろう」
 ふと思ったことを口にすると、彼女も無表情で首を傾げた。
「本当は膝の上に頭を置くのが正解なのかな? 太ももの上に置くのは誤った用法?」
「ふむ、なるほど」
 そう呟くと、彼女は僕の頭をちょっとずらして膝の上に、
「あ、いたたたたっ! 痛い! 硬い! ああぁっ!? 落ちるっ!?」
 膝の上は太ももよりもずっと痛くて、しかも当たる面積が小さいものだから、そこだけに痛みが一点集中してベンチよりも悪い。その上、安定感がないから、危うく頭がずれて地面に落ちそうになったところで、彼女に救われ、元通り太ももの上に戻された。
「危ないところだった」
「膝の上で枕は難しい」
「だよねー」
 僕と彼女は頷き合い、お互いの認識を確かめた。
「じゃあ、何で、膝枕っていうんだろう? 今度、国語辞書で調べよっと」
 膝枕って項目にそれほど多くの説明が割かれているとは思えないけどね。まぁ、辞書がダメだったらネットで調べようじゃあないか。インターネットは簡単手軽に様々な情報を仕入れることができて大変便利だよねぇ。
 ということを考えてから、彼女を見つめる。彼女も僕を見つめる。見つめ合う二人。しかし、考えてることは全然違う。
「君、何で、ここにいるの? 女子は体育館でバレーボールじゃなかった?」
 僕はグラウンドの側にある体育館を指差しながら尋ねる。体育館にはグラウンドに出られるドアが二つあって、その両方が開け放たれていて、たまに女子がグラウンドを眺めたりしていた。
「君が倒れるのが見えたから助けに来た」
 彼女はさも当然そうに仰った。
「そりゃどうも。しかし、君が体育館を脱出して体育の授業をエスケープしてまで、来るほどのことじゃあないと思うんだけど。てか、君、上履きだし」
 そりゃそうさ。体育館から直接こっちに走ってきたんならば、当然、履いているのは上履きだろう。
「問題ない。それよりも問題なのは君の頭だ」
「僕の頭がおかしーってかい? まぁ、そりゃ確かによくお前は変だ。とか頭おかしーんじゃねーか。とか脳味噌腐ってんじゃないか。とか言われるけど、そんなにおかしいかな?」
「おかし、じゃない、そうじゃなくて、頭に怪我がないかとか」
「ちょっと待て。ねぇ、君、今、普通におかしいって答えようとしなかった?」
「してない」
 僕の追及に彼女は無表情で首をふるふると振った。こーいうときクールフェイスって便利ね。表情読みにくいから。
「どこか痛んだりはしないか? 違和感とかは?」
 彼女は太ももの上に置いた僕の頭を優しく撫でながら問いかける。太ももと感触と相まって非常に心地よく気持ちよく、脳味噌が溶けて耳から流れ出そう。
「いいや、平気だよ。特段、何か問題があるってわけじゃあないね。でも」
「でも?」
「視線が痛い」
 彼女の視線が痛いわけじゃあない。確かに、彼女の視線は凶器といっても過言ではないくらいに恐く痛いことがあるけれども、今回はいつものような怜悧さはあまり出ていなくて、彼女にしては穏やかな顔つきをしている。
 では、誰の視線かといえば、男子諸君のに決まっている。
 間抜けなクラスメイトが一人頭にボール食らって卒倒してリタイアしたともなれば、どんなに酷い奴だって少しは気になるものさ。ましてや、ちょっと顔を向ければそいつが寝ているのが見えるくらい近ければ尚更ね。そんなわけで、少し気になって視線を向けてみれば、そいつときたらクラスでも綺麗どころに入る少女に膝枕されてるじぇねえか。しかも、頭撫でられてだらけきっているともなれば視線も険しいものになるのは自然といえるね。てか、今にも殺されても不思議じゃない。これは早々に避難しなければ、僕は本日二度目のサッカーボールを食らうことになるだろう。その後、靴を投げつけられて、靴下に石を詰めたもので殴られて、蹴られて踏まれて潰されてぺしゃんこになってしまうに違いない。
「そうだ。保健室へ、行こう」
「保健室へ?」
 何処か昔、聞いたことがあるようなキャッチフレーズを呟くと彼女は僕をじっと見つめて小首傾げた。そして、暫く何事か考えた後、頷いた。
「じゃあ、保健室に行こう。立てるか?」
「うーん」
 彼女に介護されながら上体を起こすと、頭の中がくわんくわんいって、すぐに姿勢を保てなくなった。バタンきゅーしそうになったところで、彼女が僕の体を支えてくれる。
「すまんねぇ。わしがこんな貧弱なばかりに、お前には迷惑をかけて……ごほごほ」
「……………」
 僕の言葉に彼女沈黙。
「……ねぇ、今のところは、それは言わない約束でしょ。おじいちゃん。おぉ、そうだったねぇ。ごほごほ。ってなるところじゃない?」
「仕方ない」
 僕が抗議すると彼女は少し渋い顔で呟いた。お。やっとこさ、僕の振りに応えてくれるのかな? 彼女が僕のジョーク(といえるものかどうかはさて置き。面白いかどうかはもっとさて置き)に反応してくれることは大変稀なので中々嬉しいな。
「保健室まで私が運ぼう」
「ちょっとぉーっ! 何、さっきまでの流れを華麗にスルーしてるのーっ!?」
 あまりの華麗なるスルーっぷりに僕はかなりの衝撃を受け、思わず全力で抗議。
 彼女はそんな僕を面倒くさそうな冷たい目で見つめた。おもちゃ売り場で駄々をこねるガキンチョを見る醒めた店員さん(勿論、お客さんから見えないところでの)並みの視線。きっつぃ。精神的に。
「では、保健室に行こうか」
 駄々こねはもう終わったのかしら、とばかりに声をかけてくる彼女に僕は声もなく頷くだけ。
「輸送方法は前回と一緒でいいか?」
「それは全力で遠慮します。あんなことをされるくらいならここに踏み止まって男子諸君に足蹴にされる方を選択します」
「君は何を言っているんだ?」
 彼女は変なものでも見るような顔をしたけれども、とりあえず、僕の要請には応えてくれて、僕の搬送方法をおんぶにしてくれた。
 前回、彼女と僕が付き合うきっかけになったのは、今みたいに彼女が僕を保健室へ搬送してくれたからだったんだけれども、そのときの輸送方法ってのが何故だかお姫様抱っこだった。以来、僕はそのときの羞恥が身に染みており、お姫様抱っこはトラウマに近いのさ。普通の男は一生されることないから、女子にお姫様抱っこをされるという僕の体験を分かってくれる人はまずいないだろうね。
 彼女に背負われて保健室に向かっていると、ちょうど正面から体育教諭がやって来た。あんた、今まで何やってた?
「どうした? また、いつものか? 相変わらず軟弱だなー」
「先生。それは生徒に対して配慮を欠いた発言じゃないですか? 僕が自殺したりしたら先生の責任になりますよ」
「お前、自殺するような繊細な神経持ってねーだろ」
 僕の抗議に体育教諭は呆れ顔で言いなすった。よくご存知で。教員生活二〇年は伊達じゃないってことですな。
「それで? いつもの貧血か?」
「いやぁ、うっかりボールを頭に食らいましてねぇ。頭がくわんくわんして駄目なんですわ」
「そうか。まぁ、大人しく保健室で寝てろ。中村先生には俺から話しとくから」
 中村先生というのは僕らのクラスの担任のことさ。中年で眼鏡でちょっと小太りで髪の毛後退しつつあるおっさんだ。ラブコメとかでは担任の先生はグラマラスで大人の色気漂う二〇代若しくは三〇代前半の女教師っていう法則があるはずなのに。おっかしぃなぁ。
 まぁ、そんなどーでもいいことはともかくとして、僕は先生に礼を言って、彼女に背負われ保健室へ向かった。
「ん? ちょっと待て。何でお前、女子に背負われてんだ!? 女子は体育館でバレーだろっ!? おい! 待て!」
 体育教諭の言葉を背中に受けたと同時に彼女は猛ダッシュ。あっという間にグラウンドを後にした。なんという速さ。人を背負いながら走る競技があったら県大会も夢じゃないレベルだ。全国も頑張ればいけそうだな。でも、全国には強豪がたくさんいるから、一年生の彼女にはまだ表彰台は遠い。スポーツの世界は厳しいんだな。


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