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時代劇と斬新な弁当

「おはーょ」
「おはよう」
 さぁ、どっちが僕の挨拶で、どっちが彼女の挨拶でっしょーっか? クイズにもならないね。当然、僕、前者。彼女はこんなテケトーな挨拶しないのさ。
 クラスメイトがそれぞれてけとーに挨拶を返してくる中、僕らはそれぞれの席へと向かう。
 彼女の席は教壇まん前という最悪の立地だ。授業中にしょっちゅう昼寝することを日々の習慣としている僕がその席だったならば寝不足で倒れかねない。僕は夜更かし型人間で、ついつい朝五時に寝て朝八時に起きて登校しちゃうような生活を送っているから、授業中の昼寝は生きる為に必要な睡眠なのさ。
「ん、よ」
 真っ先に僕へ朝の挨拶をしてきてくれたのは、僕の友人の一人にして、貧血でしょっちゅうぶっ倒れる僕を保健室まで搬送する係(公称保健委員)の鈴木君だ。彫りの深い少し外人っぽい顔つきで、中々男前だ。その上、クラスで三番目に背が高い上に体力もあって、サッカー部で、と、まぁ、モテ要素満載な男だ。友人ながら忌々しい。特に背。
「いやー、疲れた」
 僕は鈴木君の斜め後ろ、窓際最後列という一等角地の自席に座りながら呟いた。
「お前は毎度毎度学校来て席に座る度に疲れた言ってるな。朝っぱらから何疲れることがあるってんだ」
「朝、起きて支度して登校するだけで、僕にとっては十分疲れる行動なんだよ」
「そんくらいのことでか」
 僕の返答に鈴木君は呆れ顔だ。僕の言動の一つ一つに彼が呆れるのはいつものことさ。
「ところで」
 僕が椅子に座って脱力して、起床・準備・朝食・登校の疲れを癒していると、鈴木君が話しかけてきた。彼は比較的寡黙な少年なので、いつもは僕が色々話しかけて、彼が応じるという会話スタイルを取っている為、彼から話しかけてくるというのは少し珍しいともいえる。しかし、とりたてて希少ってわけでもないかもしれない。どっちだ。
「お前、最近、よく一緒にいるな」
 彼の言葉に一瞬考え込むけど、
「ん? あぁ、彼女とね。うん」
 すぐに合点がいって、素直に頷いておいた。彼女っていう名詞を略されるとややこしいから略さないで欲しいなぁ。日本語は正しく使おう。でも、日本語っていう言語は主語を略すことが多い言語らしいね。
 例えば、
「一緒に相撲しよう」
 ていう言葉があったとすると、誰が誰と相撲を取りたいのかは言わずとも分かるよね。勿論、言っている本人と言われている相手だ。しかし、同じ意味の言葉でも、英語ではIとYouが必須だ。
 とまぁ、そーいうわけで、日本語は主語を略すことができる言語なのさってなことをどっかで聞いたことがあるような気がする。
 以上、蛇足。こんな、蛇足が多いとお酒を飲み損ねてしまうよ。意味が分からない人は古文の勉強をしよう。たぶん、教科書に載ってる。僕の持ってる教科書には載ってるよ。
「まぁ、そうだねぇ」
 と、僕は言葉を濁す。だってねぇ。自分から「俺、あの女と付き合ってっから。マジで」とかそんな恥ずかしいこと言うなんて、なんともハシタナイというかしょうもないっていうか恥知らずというか、そんな気がするので、僕は彼女との交際のことを積極的に口に出そうとは思わなかった。
「お前らそんな仲良かったのか?」
「うーん、まぁ、少し前っつか数日前からね」
「そうか。まぁ、仲のいい奴が多いことはいいことだ。お前は友達少ねーからな」
「友達が中々できないもんでねー」
「作ろうとしてねーからだろ」
 バレてる。
 いや、だってねー。友達の作り方とかわかんないじゃん? 大体、学校でも教えてくれないし、親も教えてくれなかったしさー。
「友達ってどーやって作るのさー? 初対面の相手に、いきなり「やあ、初めまして。僕と友達になろうよ」とか言えばいいの? 子供向けアニメだの漫画だの絵本ではよくあるシチュエーションではあるけど、現実にいたら普通に変な人じゃんか。話しかけられた相手が僕だったら引くね。「あ、あぁ、うーん」とか言葉と反応を濁して距離を置こうとするね」
 と、友達の作り方の難しさを説明してあげると、鈴木君はじろりと僕を睨んで一言。
「うっせ」
 ひっでー。
「てかさ。お前ら、実は付き合ってんじゃねーのか?」
 鈴木君に次いで僕と親しい友人の古川君が下卑た笑みを浮かべながら言ってきた。古川君は浅黒い肌に中肉中背の少年で、どことなく小悪党っぽい顔立ち及び雰囲気を持っている。いや、でも、いい奴なんだよ? まぁ、実際、小悪党っぽいような言動が見受けられることも事実なんだけども。特に笑い方とか悪代官に金色のお菓子を差し入れする越後屋みたい。
 ちなみに世で有名な越後屋っていうのは延宝元年創業の呉服屋さんの屋号で、後に三井呉服店と名前を変え、更にその後、三越呉服店となったもので、つまりは、今の三越のことなんだよね。途中の三井呉服店って名前から分かるとおり、越後屋は後の三越にして、戦前に大変栄えた三井財閥のご先祖様ってことなんだよ。悪役にされたのはたぶん大変繁盛していたからとか有名だったからってな理由だろうね。有名税ってやつかな。
「おう、どーなんだよ。実際、本当に付き合ってるんじゃないのかー?」
 越後屋はにやにやと悪そうな笑みを浮かべながら更に僕と彼女の関係を追及してくる。
「うるさいよ。越後屋」
「越後屋って何だそりゃ? 俺は水戸黄門の敵か?」
 あら、心の中で思ってたことが口に出ちゃったみたい。
 そして、水戸黄門と言われれば、こう言いたくなる。
「助さん、格さん、懲らしめてやりなさい」
「誰が助さんで、誰が格さんなんだよ」
 ノリで言ってみた台詞に鈴木君が少し呆れ顔で尋ねてきた。彼にしては中々食いつきがいいなぁ。
「うーん、じゃあ、鈴木君、助兵衛やってくれる?」
「何で助さんじゃなくて助兵衛なんだ。ていうか、助さんのフルネームは佐々木助三郎だ。どっちかっていうと、俺は軟派な助さんよりも渥美格之進の方が好きだ。なんてたって印籠を出す役だからな。やっぱ、何だかんだ言って水戸黄門はあの場面が華だし」
 ぺらぺらと水戸黄門談義をいつになく饒舌に話す彼を見て、僕と古川君は顔を見合わせて、微妙に無表情。変な表現だけど、このときの表情を何と表現すればいいのか分からないのさ。
「ん? どーした?」
 ふと違和感に気付いた鈴木君は歴代水戸黄門の笑い方の違いについての話をひとまず置いて僕らを怪訝そうな顔で見る。その表情を君にされるのは甚だ遺憾だよ。
「いや、君、何でそんな水戸黄門に詳しいの?」
「助さん、格さんのフルネームなんか初めて聞いたぞ」
「お前、そんなことも知らないのか。非常識な奴だ」
 助さん格さんのフルネームなんていう常識は知らない。昼間のゲートボール場やパークゴルフ場、温泉施設、病院の爺様婆様の集いでは常識かもしれないけど、男子高校生の間でそんな知識が常識とされていることを僕はとんと気付きませんでしたよ。
「いや、そりゃ常識じゃねーよ」
 あ、古川君も僕と同意見だったらしい。僕がマイノリティじゃないと知って少し安心。もし、時代劇知識が高校生活に必須だったとしたら、僕は毎夕、時代劇の再放送を視聴しないといけないところだったよ。という嘘のような本当。
 鈴木君は水戸黄門知識が高校生としてマジョリティじゃないと言われ、なんだか釈然としない顔をしていたけれども、担任教諭が入ってきたので、鈴木君は釈然としない顔のままホームルームを迎えた。

 授業中、僕が何をやっているかという点について、わざわざ文章にして描写することはひたすら無意味だといえる。
 何故というに、僕は大変勤勉で生真面目な優等生であるからして、授業中は教諭の話を一言漏らさず聞き、黒板に書かれた文字を一文字残らずノートに書き写し、教科書や資料集を読み、問題を解き、と、勉学に励んでいるからである。というのは真っ赤な嘘で、実際に、僕が授業中にやっていることといえば、黒板の文字をだらだらとちっとだけ書き写して授業を受けてるっぽいことをしてから惰眠を貪り、教諭に見つかり怒られるだけさ。
 まったく、僕は何しに学校に来ているんだろうねぇ。学費の無駄だ。親に泣かれるよ。まぁ、実際は親にぶたれてるんだけど。
 そんな調子で僕は数学と英語と現代文を寝て過ごし、気が付くと四限目の音楽を欠席扱いにされていた。そりゃそうだ。音楽室でやってる音楽の授業の間、ずっと教室で熟睡してたんだから。出席に○をつける教師がいたらそいつは教育委員会から再教育されちゃうよ。
 僕がいつの間にか意図せずして音楽を欠席していたことを知ったのは皆が教室に戻ってきて、お弁当を机の上に広げ始めた頃だ。てか、そんくらいの時間になってやっとこさ起こされた。
「もっと早くに起こしておくれよ。お陰で本日最楽の授業を欠席しちゃったじゃないか」
「学校で寝ることがおかしい」
 僕が抗議すると、僕を起こしてくれた彼女はいつもの無表情で容赦なく正論をぶつけてきてくれた。仰るとおり。正解! 彼女に一ポイント!
「一ポイントいらないから一緒に昼ごはんを食べよう」
 彼女は僕が差し上げた一ポイントをあっさりと返上し、代わりに弁当箱を僕の机に置いた。
「んー。そーね」
 さして断る理由も思いつかなかったので、僕も弁当箱を取り出し、
「あれ、ない」
 落としたかな? そーいえば、僕、お母さんからお弁当もらってないや。
 あわや昼絶食という危機に瀕した僕を尻目に彼女はもう一つこじんまりとした弁当箱を机の上に置く。ん? なんか、見たことある弁当箱だなー。具体的言うと、毎日、お昼休みに机の上にあるのを見ているような気がするなー。てか、僕のじゃん。
「何で君が?」
「預かっていた」
「あ、そう」
 今の宰相じゃないよ。あ、分かり難い? 今のは「あ、そう」と麻生を掛け合わせた駄洒落でって、こーいう駄洒落の解説ってのが寒いんだよねー。
 なんてどーでもいいことを考えながら僕は弁当箱を開く。本日の昼食のメニューは、なーにかなー?
 プラスチックの蓋を開けると、目に飛び込んできたのはひたすらの純白。白飯オンリー。梅干すらない。
「お、おぉぅ……、なんというシンプル……」
 あまりの衝撃に言葉を失いかけていると、彼女がもう一つ弁当箱を置いた。
「こっち、おかずの」
 そうだ。僕の弁当箱は二段式で、小さい箱に白飯を、大きい箱におかずを入れているんだった。一緒の箱に入れると白飯の水気がおかずの方に流れちゃうからね。白飯を十分冷やしてから入れるといいらしいんだけど、そんな手間隙をかけてくれる母親の子に生まれた覚えはない。
「さーて、おっかずはーなーにかなー?」
 改めてプラスチックの蓋を開くと、黄色、緑、赤と色合いはカラフル。
「なんとおかずの半分がミックスベジタブルとは」
 ミックスベジタブルってご存知? トウモロコシと微塵角切りのニンジンとグリーンピースの冷凍食品ね。それのバター炒めが僕の弁当箱の半分にぎっしりと詰め込まれている。いや、嫌いじゃないんだよ。どっちかっていうと好きな方なんだけどね。でも、これって、副菜っつか、添え物っていうか、和食でいえば漬物の立ち位置にあるやつだよね。こんなふうにどでんと主役の位置にあるのはどうだろうか? そして、残りのおかずは胡瓜の漬物とミニトマトとホウレン草のバター炒めだった。主役不在。あとバター炒めかぶってる。
「斬新だ」
 僕のおかずを見た彼女は無表情で呟く。斬新。斬新ねー。その表現はあっているの?
 結局、僕はひたすら冷えた白飯と同じ温度のミックスベジタブルをもそもそと食べた。斬新な僕の弁当と比べ彼女のお弁当は大変美味しそうだったけれど、彼女が全部食べた。


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