露出プレイ
うちの学校は場所だけは意味もなくある。
専ら授業に使われている本校舎の他に、職員室とか生徒指導室とか会議室といった教職員が主に使っている教職員校舎、そして、基本的に生徒が自由気ままに使っている旧校舎だ。
この旧校舎ってのは、うちの学校がその昔、私立だったときの校舎で、その後、経営が成り立たなくなったところを自治体が引き取って公立になったとき、今の本校舎が建設されたそうだ。その前の古い校舎は、まぁ、それほど古くもない感じだったのでちょっと改修して残しておかれた。
で、今まで通常の授業をやっていた教室やら理科室やら美術室やらの特別教室やらが空き部屋になって、そこを、まぁ、部活の部室とかに利用しているわけだ。それでも、空き教室がたくさんあるので、今回の晩秋演劇祭などがある際には、各クラスに物置兼練習場として教室掃除の条件と引き換えに空き教室が割り当てられる。
僕らのクラスに割り当てられたのは三〇八教室だった。教室自体に名称がないので、ホテルか集合住宅の部屋番号みたいな名前になっている。
「さーて、では、我らが準備室となったこの教室で本日より早速作業を開始しよー。衣装班、小道具班、大道具班、舞台班、それぞれの班長の指示に従って作業を進めろ。作業日程に従って作業しろよ。暇な奴は班長に指示を仰げ。行き当たりばったりで作業しちゃあ不効率だからよ」
教壇の上に立った最上さんの指揮に従って、それぞれの班が動き出す。班には各班ごとに何をどーいう順番にいつまでにして次にどーするかっていう予定を決めた作業日程があり、それを基にして班長が指示に下し、それに従って一人一人が役割を与えられ、効率よく作業を進めていく。各班長と対策委員会は週一くらいの頻度で会合を行い、作業の進捗具合を確認し、必要に応じて進んでいる班から遅れている班へ人員を応援にいかせたり何だりをする。ちなみに、何故だか演劇祭対策委員会の面子に加わっていた僕と彼女と町野さんだけれども、図書委員は脚本がまぁまぁできたところで御役御免ということで対策委員会をクビになった。
「あんたらには演技に本腰を入れてもらわねーとな」
という理由もあるようだ。
「さーて、こっちの役者班も今日から稽古を始めるぜー」
教室後方に向いていた最上さんが、入口付近に屯していた僕と彼女を含めた役者班に向き直る。その手には町野さん原案、僕修正による脚本と金属製一メートル定規が握られている。下手な演技をしたら、アレでぶつんだろうか? 痛そうだなぁ。
「ところで、演技の練習ってここでするのかしら?」
じと目の町野さんが最上さんを見上げながら尋ねる。や、僕を盾にして意見するのは止めてくれない? 僕、木の盾程度の防御力しかないから。或いは布の服。
「あ? んだよ」
最上さん。日本語は正しく使おうよ。まぁ、一応、肯定みたいだけど。
「他の班の連中が作業している前でやれっていうの?」
町野さんは露骨に嫌そうな顔をした。
最上さんも露骨にイラっとした顔をした。
すかさず、僕を盾にする町野さん。だから、僕にゃあ、鍋のふたくらいの防御力しかないんだってば。或いはTシャツ。
「ったく、分かってないねー。きーちゃんはよー」
「きーちゃん言うなっ!」
最上さんの言葉に町野さんがキレる。町野希美子だからきーちゃんね。まぁ、町野さんがそんな呼び名で呼ばれていることを聞いたことないけど。
「本番じゃあここにいる何倍、何十倍の人間に見られるんだぞ? ここで恥ずかしがってたら全然話になんねーぞ」
まぁ、確かにそうだなぁ。
「というわけで、まずは一通り、やってみよう。そうしよう」
んな、教育テレビの子供向け番組みたいに言わんでも。
というわけで、まずは一通り、やってみた。そうしてみた。
昔々、ある王国に、というのは、これは架空の世界の話であり、時代や国といったものは全てフィクションであり、実際には存在せず、もしも、似たような時代や国、人物などがあったとしても、本作はそれらとは全く無関係なのです。白雪姫のモデルはバイエルンの都市「ローア・アム・マイン」の方伯の娘であるマリア・ソフィア・マルガレーテ・カタリーナ。或いはヘッセンのヴァルトエック=ヴィルドゥンゲン伯フィーリップ四世の次女マルガレータとされておりますが、本作「白雪王子」とは全く無関係であり、
「っちょっと待てやーっ!」
序文のナレーター部分でいきなり最上さんが文句を言い出した。
「脚本家ぁーっ!」
「何かしら?」
「何かな?」
「こりゃ何じゃっ!?」
何じゃって言われてもなー。
「普通に注意書きよ。映画とかドラマでもあるでしょう?」
「あるけどよ! あるけどさっ! いらんだろうがよっ! 説明がくどすぎるだろうがっ!」
最上さんは脚本もどきの紙束を机にバンバン叩きつけながら叫ぶ。
「そうかしら?」
「いやー、そんなことはないと思うよー?」
僕、長々しい説明とか余計な蛇足とかそーいうの好きだしね。普段、考えてることとか喋ってることからして、そんな感じだし。
「あー、もう! こいつらに脚本任せたあたしが馬鹿だったっ!」
最上さんの頭が少々残念なのは前々から知ってるとか言ったら殺されるからここは黙っておこう。生きるためだ。
「よし。ここは削って。先行くぞ」
というわけで再開。
むかーしむかし、ある王国に、とても美しい王子様がおりました。王子様はとても白い雪のような肌を持っていたので、白雪王子と呼ばれておりました。
「おハロー」
「ヘンテコな挨拶をすな」
「痛っ! 定規で突っつかないでよ!」
白雪王子の父親である王様は人は良いものの、少々弱気で、イマイチ発言力がなく、消極的で優柔不断という凡庸な人物で、王族や貴族が自分たちの良いように政治を牛耳っておりました。
「ダメダメじゃん」
「ろくでもない王様だなー」
「指導者には向かないわね」
「無能な奴ってこったな」
王様(僕の親友鈴木君)はなんだか微妙な顔で黙り込んでいる。この王様の設定考えたの僕なんだよねぇ。ごめん。
お母さんの方は白雪王子が幼い頃におっちじまって、その後釜にやってきたのは、国でも有数の貴族が王様を傀儡にして権力を握ろうという思惑によって送り込まれてきた貴族の娘で、国一番の美女と有名でしたが、傲慢で我侭で自分勝手で金遣いは粗いわ、家事はしないわ、何も実力ないくせにプライドばっかり高くて、人を見下しているし、
「ちょっ! ちょっと待ちなさいよっ!」
お后様(佐藤さん)が声を上げた。
佐藤さんは少し茶色っぽい肩くらいの長さの髪で、やはり、茶色っぽい大きな瞳が印象的で、お家がお金持ちでお嬢様っぽい感じの女子だ。僕の彼女と少し仲が良いっぽい。
佐藤さんは顔を真っ赤にして、大きな目を吊り上げて怒鳴り出す。
「何で、そんなに悪い性格なんですのっ!?」
「いや、そーいうキャラだから」
石田君の言葉に佐藤さん以外の全員が頷く。
「そ、それはそうですけれども。何も、こんなにも人柄の悪さを書き立てなくてもいいじゃないっ!」
「そーかー? あたしはもっと悪いとこ書いた方がいいと思うけどなー」
まぁ、悪役が悪い奴であれば悪い奴であるほどいいもんだよねぇ。悪役が微妙にちょっと良いところを見せちゃったりするのは勧善懲悪的であるこのお話にとっては不利益でしかないからね。
「王様の目を盗んでは愛人とやりまくってるとか、乳首が真っ黒とか、少しでもかわいい侍女とかを乞食とか野犬に犯させてるとかいう設定にするか」
「止めろ」
最上さんが即興で考えた設定を呆れ顔の石田君が却下した。
てか、彼女はどーしてそんな人が引くような話にしたがるんだろうか?
「そんな設定絶対にお断りですわっ! 今の設定だけでも我慢の限界なのに!」
「まぁ、いいじゃねぇか。鈴木王の嫁さんだぜ?」
ぷりぷりと怒る佐藤さんに向かって最上さんがニヤニヤ笑いながら言った。途端に佐藤さんは平素から大きな瞳を更に一回り大きくさせ、口をぱくぱくさせて、最上さんを見つめ、鈴木君を見つめ、あわあわしていた。
あぁ、なるほどね。分かったわ。うん。
佐藤さんの無言の慌てふためく様を見て、最上さんや僕を含めた殆どの面子はニヤニヤ。でも、肝心の鈴木君は「何を騒いでいるんだ?」とでも言いたげな怪訝な顔つきをしている。彼って、鈍いんだよね。あと、僕の彼女は無表情だから何を考えているのか分からない。何も考えてないのかもしれない。
「おら、続きだ。続き」
暫くニヤニヤしてから、脚本読みを再開する。
で、性格最悪なお后様は、まぁー、本当にナルシストでいらっしゃったので、毎日毎日魔法の鏡に向かってある質問をしていたのでした。
「かっ、ん、こほん。か、鏡よ。鏡。せ、世界で一番美しいのは誰かしら?」
お后様は真っ赤な顔で魔法の鏡(町野さん)に問いかけます。
「えー。それは、お后様です」
魔法の鏡は赤い顔で恥ずかしそうにぼそぼそと答えます。
こんな日課を送っていたある日のことです。お后様がいつものようにいつもの質問をしたところ魔法の鏡は、
「白雪王子です」
と、ぼそぼそ答えました。
「おい! こら! 鏡! もっと声張れよ!」
「嫌よ! こんな皆に見られている場所で恥ずかしいっ!」
「かまととぶってるんじゃねぇよっ! おらっ! もっと声張らんかいっ!」
「やっ! やめなさいよ! そんな硬いの突かないでっ!」
さて、この最上さんと町野さんの会話を聞いて変な想像をした人、正直に手を挙げなさい。挙手した皆、妄想は程々にしようね?
でも、町野さんが恥ずかしがるのも分かるな。教室のあちこちで作業しているクラスメイトたちがちらちらとこっちを眺めてにやにやしたり哀れんだり同情したりしているからね。まぁ、ついつい見ちゃうのも分かるから見るなとも言えないし。
「おらおら、こんなクラスメイトしかいねーところで恥ずかしいだ何だ言ってたら本番話にならねーぞ!」
役者連中の顔にはありありと「恥ずかしい」と書いてあるけども、最上さんは金属製定規を振り回しながら容赦なく僕らを劇へと駆り立てる。
ちなみに、厚顔無恥と自他共に認められる僕はそれほど恥ずかしくはない。なーに、小学校時代から毎日のように先生から遅刻や宿題忘れや居眠りでホームルーム中や授業中に怒られて注目されていりゃあ、人の視線にも慣れるもんだよ。
さて、度々の中断を挟みまして、再び脚本読みあわせに戻ります。
魔法の鏡から白雪王子が一番美しいといわれたお后様は激怒します。そりゃそうです。よりにもよって義理の息子の方が美人だとかいわれたんですからね。てか、野郎が一番美人の国って、どんだけ女性の容姿のレベルが低い国なんだろうか。
「なっ、なんですってー!」
お后様は棒読みで怒鳴ります。
そこで、お后様は腰巾着の猟師に白雪王子を連れ出して森に連れて行って殺し、その心臓を持ち帰ってきてソテーにしろと命令します。
「え。心臓食うの?」
「原作ではそうだよ。肝臓説もあるけど」
「カニバか」
「まぁ、昔の童話にはよくあることさ」
今時の子供向けアニメとかでそんなシーンを放送したら大問題だろうけどね。
「へっへっへ。分かりやした。お后様。仰せのとおりにいたしやす。その代わり、礼金の方はたんまりお願いしますぜ」
猟師は下卑た笑みを浮かべて了解しました。
「というか、猟師役古川君は下卑た笑みが似合うなぁ。そんなこと口に出して言ったら殴られそうだけど」
「おい、白雪王子。今、なんつった?」
あ。口に出てた。
「いてててて。首根っこを掴まないで! 痛い痛い!」
「お后様の命令で仕方ねーんだ。恨むなら佐藤を恨んでくれ」
「私じゃないでしょっ!」
「おう。そうだそうだ。恨むならお后様を恨んでくれ」
猟師は白雪王子を森へ連れ込むと、
「よし。レイプだ」
「却下」
最上さんの提案は例の如く石田君に即却下された。当たり前だ。
猟師は何の罪もないのに殺される白雪王子の身を哀れんで、密かに逃がしてくれました。
「サンキュー」
「おい。白雪王子。軽いぞ」
「練習だからいいじゃない」
白雪王子は森の中をうろつきまわった後、森の中に家を見つけ、無断進入し、勝手に食い物や飲み物を漁って貪り食ってからこれまた傲慢にもベッドで眠り始めました。
そこへ、やってきた家の持ち主の七人の小人たち。白雪王子を叩き起こして「何勝手に家の中入って寛いでるんだ」と当たり前のことを言います。白雪王子は己の身の上を説明して同情を引き、なんとか七人の小人宅に潜り込みます。
「何か主人公であるはずの白雪王子があんまり良い奴に思えないのは何故なんだろうな?」
「やっている奴がアレだからだろ」
「おい、古川君。それはどーいう意味さ?」
白雪王子が上手く七人の小人に取り入って、その家に潜り込んでいる間、お城ではお后様は、ニセの白雪王子の心臓(実は豚の心臓)をソテーにして食らい、まーた例のナルシスト質問を魔法の鏡に浴びせていました。
白雪王子亡き今、一番美しいのは私と思っていたところ、魔法の鏡はやっぱりぼそぼそ、
「白雪王子です」
と、同じ回答をするばかり。
そこで、実は白雪王子が生きていると知ったお后様は、まず、自分を騙した猟師を吊るし、
「え。俺、ここで処刑されるの?」
「うん」
古川君の言葉に総監督兼演出家である最上さんも脚本家である町野さんも僕も頷く。
「貴族だったら斬首刑なんだけど、猟師は平民だから本来ならば車裂きとか八つ裂きの刑であるところを、温情をもって絞首刑ってとこだね」
中世庶民の処刑方法で最もメジャーなのが絞首刑なんだよね。あんまりにも凶悪犯だとか国家に反逆した奴とかだともっと残虐な処刑方法に変わるのさ。
そんなわけで猟師を吊るしたお后様は林檎売りの老女に化けて白雪王子の住む小人たちの家に向かい、白雪王子をまんまと騙くらかして、毒林檎を食わせることに成功します。
七人の小人たちは白雪王子が亡くなったことを嘆き悲しみます。
そこへ、ご都合主義にも偶然通りがかった死体愛好家の王子様。
「おい、ちょっと待てや。何で、王子様が死体愛好家なのよ?」
「そーいう説もあるのよ」
最上さんのツッコミに町野さんが冷静に答える。
「何? じゃあ、白雪姫の王子って死体愛好家だから白雪姫にキスしたんか?」
まぁ、よくよく考えてみれば、いくら美しい姫様だからって、普通の人は死体にキスするのはかなり躊躇するよねぇ。でも、その死体が好きな人ならば何の苦でもないはず。
ただ、何度も言うけど、原作ではキスしてないんだよね。棺を運んでいる途中、ガタンと揺れた衝撃で林檎が喉から取れて生き返るのさ。
「よし。そこでキスだ」
「わかった」
最上さんの言葉に彼女はしっかりと頷いて僕の両肩を掴んだ。
「いや、キスじゃなくて、普通に起こすって脚本にあるじゃん。だから、キスしなくていいの! ちょ、手を離してよ! もし、キスするとしても、今、本当にキスしなくてもいいじゃないの! 他にも人がぁむちゅ」
唇を合わせる僕には彼女の顔のどアップしか見れなかったから、クラスメイトがどんな反応をしているかは全く分からなかったけれども、「きゃーきゃー」「わーわー」と喚声が上がっていたのは十分に聞こえた。
何だって、僕はこんな露出プレイを強要されているんだろうか?
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