成就した恋愛を描く無価値
成就した恋愛を描くことに価値はない。と、何処かで聞いたことがある。色々な意見があるとは思うけど、僕個人の意見としては同意だね。
あの人が好き、この人が好き、告白する、しない、といった恋の始まりとか、両想いなはずなのに素直になれない男女のすれ違いとか、違う魅力を持つ新しい男或いは女の登場による三角関係とか色々なイベントと交際或いは結婚に至るまでの云々は、まぁ、よく物語になるもんだ。少女漫画とか恋愛小説もそういった経緯を描くことが多いしね。こういった恋愛が成就する過程っていうのは、どーいうわけか人々の関心を惹くみたいだ。他人の恋愛だっちゅーにね。で、好きだなんだと色々あって、ヒロインとヒーローが結ばれてハッピーエンド。めでたしめでたしってな結末が王道かな。こういった「恋愛が成就する過程を描く物語」は結構な需要があるみたい。そうでなかったら少女漫画や恋愛小説が世の中に確固とした一ジャンルを形成しているはずがないもの。
そーいう「恋愛が成就する過程を描く物語」に対して「恋愛が成就した後の物語」には、それほどの需要も供給もないんじゃないかな。
そもそも、二人の恋路を阻む者も遮る事もなく存分に堂々と好き合って付き合ってるカップルがいちゃいちゃべたべたしている模様を延々描いたところで誰が喜ぶものか。せいぜいが「はいはい、ラブラブですね。良かったですね。お幸せにね」とか思うくらいで、人によっては「この駄カップルがっ! いちゃいちゃべたべたしてんじゃねえよっ! 別れちまえばいいんだっ! 死ね! ばーかばーか!」と思うに違いない。口にしなくてもそう思うに違いない。僕は思う。作者は激しく思う。
つまり、そーいったわけで、人々は「恋愛が成就する過程を描く物語」を好む。最初から結末が見えている話を見ていても面白くないのさ。結果の分かっている試合ほどつまらないものはない。
いや、違うな。喩えが宜しくない。試合そのものである「恋愛が成就する過程を描く物語」に対して、「恋愛が成就した後の物語」というのは試合の結果とその後の凱旋パレードだけを見るようなものだ。どんなにパレードが華々しくっても、それだけで楽しむもんじゃあない。某ねずみの国のパレードならば、それそのものだけで楽しむことはできるけど、この場合、言っているのは、野球の優勝パレードみたいなものだ。野球を見ずに優勝チームの凱旋パレードだけを見ることに何の価値があるだろうか?
ましてや、日本人には物事の結末に至る過程を重要視するという価値観がある。最後の試合終了後のパレードだけを見て楽しむなんてことは邪道に他ならないのさ。
さて、長々と「恋愛が成就した後の物語」の無価値を説明したところだけど、つまり、何が言いたいのかといえば、要するに、この物語はそーいう話だということさ。試合そのものではなく、試合はとうに終わり、優勝チームが凱旋パレードしている様を描いている物語なのさ。
よって、さっき僕が述べたことに「うんうん、なるほど。その通り」だと思われた、試合後の優勝パレードだけを見るつもりなど毛頭ない賢明なる読者紳淑の方々は速やかにこの駄文を読むことを止めることをお勧めするね。
何故ならば、この物語は自他共に認めるバカップルである僕と彼女の愛に満ちた日々をひたすらに、ただ、ひたすらにぐだぐだだらだらと垂れ流すだけのお話だからさ。
それでも、なお、この話を読み続ける読者紳淑の方々は、次のことにくれぐれも注意することだ。
まず、第一に、これは先に述べたように「恋愛が成就した後の物語」であり、作中において好き合って付き合っている僕と彼女はひたすらにひたむきにバカップルを演じ続ける。一時的に喧嘩や仲違いをすることがあったとしても、それは傍から見ればただの痴話喧嘩に過ぎず、しかも、さして時も経ず、すぐに仲直りして、また元通りにらぶらぶべたべたする。こーいったバカップルを見ていて胸糞悪くなる方は直ちにこの駄文を読むことを中止すべきだね。
次に、僕の彼女はいくらか恋愛とそれ以降の行為に積極的なお嬢さんだ。そして、僕とて青春真っ只中な健全たる青少年であり、彼女の強い愛をさほど強硬に拒む気もないし、拒む力もない(大変遺憾なことに体格、体力、腕力、全てにおいて僕は彼女よりいくらか劣っている。大変遺憾なことに)。そういった理由により、ちょこっとばかし、いや、やれる限りの、えろえろちっくな展開に発展することも無きにしも非ずというか、事あるごとに、機会あるごとに、そーいう展開に発展することが多々あると思う。たぶん、確実に。よって「えっちぃのはいけないと思います!」って声高に叫んじゃうような人もさっさと読むのを控えるべきだね。
最後に、ご存知の方もいるとは思うけど、このお話はシリーズものだ。第一作「君ハ私ノモノデアル」は本作の番外編(もうちょっと詳しく説明すると、僕と彼女が付き合い出してから最初のバレンタインの話)であり、第二作「私ハ君ノモノニナル」は、僕と彼女が付き合うことになった出来事を描いたもので、本作の前日談たる話であり、一応「恋愛が成就する過程を描く物語」だ。なんかいきなり急展開にいつの間にか付き合うことになっちゃってた感じだったけどね。こっちを読んでいない方でも本作を読むことにはなんら問題はないので、読むのを諦める必要はないけれども、前二作を読んでからの方がストーリーが上手く把握できるかもしれない。
まぁ、ともかく、本作は前記3点に注意して頂き、それでも構わんという方々は、この僕と彼女のバカップルがひたすららぶらぶべたべたえろえろするだけの、描く価値などないといっても過言ではない「恋愛が成就した後の物語」を何卒温かい目で見守っていただきたいものだねぇ。
て、この長々とだらだらと書き並べた文章は何なの? プロローグ? 前置き? 注意喚起? 作者の言い訳? それとも、いつもながら、作者がてけとーにキーボードを叩いていたらできあがっていた意味不明な文章? そんなものを、小説本文として最初に掲載する必要があるの? それを物語中の登場人物である僕に語らせる必要性は?
そーいった全ての疑問に答えはない。何故ならば、本作は元々こーいったテイストのお話なのだからね。
登場人物に作者の事情だの言い訳だのを語らせるのはタブーらしいし、現に、評判も宜しくないけど、んなもん知ったこっちゃない。安易なエロネタ下ネタもタブーだそうだけれども、そんなもんガン無視だ。バンバンやっちゃうもんね。個人的に面白いと思えば夢オチだってしちゃうもんね。つまりは、僕が、作者が、面白いと思えば、否、作者が面白いと思っていなくてもキーボード叩いていてできあがっていたら、全部OKなのさ。
要するに、このお話は、作者が自由奔放に気が向くままに書いた、僕と彼女のバカップルがひたすららぶらぶべたべたえろえろする「恋愛が成就した後の物語」なのさ。
何度も言うけど、そんな話が嫌だっていう人は直ちにバックすべきだね。それがお互いの精神安寧の為さ。
さて、次話より僕と彼女の愛に満ちた日々のはじまりはじまりー。
めでたしめでたしで締め括られることを心から祈ろう。
『私ハ君ノモノニナル』の続編でございます。
今話は前書きのような序文であり、本編は次話からとなります。
内容は今話で述べたとおりです。宜しくお付き合い頂けましたら幸いです。
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