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魔女見習いの弟子

作者:深海いわし
「このクソ坊主! ここは立ち入り禁止だと何度言えばわかるんだ!」
 ランプの明かりに照らされた石造りの城内に少女の怒声が響く。フラスコと試験管が交差した意匠の看板が掲げられた小部屋から、金髪の少年が全速力で飛び出してくる。青い瞳の利発そうな少年は、脱兎の如く廊下の角を曲がって姿を消した。
「待たんかぁっ!」
 それを追って飛び出してきた少女が、手にしたほうきを振り上げて叫ぶ。ぶかぶかの灰色のローブに身を包んだ少女だ。紅茶色の髪に緑色の瞳の、まだ顔立ちにも幼さを残した少女だった。怒りで頬を真っ赤に染め上げた少女は、廊下まで追いかけたところで憤懣やるかたない様子でほうきを振り下ろし、追撃を諦めた。
「どうしたんじゃ、アーリィ」
 のんびりとした老爺の声が部屋の中から少女に話しかける。
「……師匠」
 心底うんざりした声音と視線を、少女は背後の部屋の中へ向けた。
「またあの小僧です」
「小僧って……お前と同い年くらいじゃろうが」
「あんな子供じみた男! 小僧で十分です!」
 少女はもう一度怒りにまかせてほうきを廊下に叩き付け、憤然とした足取りで部屋の中へ戻っていく。
 そんな光景が、ここ一ヶ月ほど毎日のように繰り広げられていた。

 少女の名はアリシアという。アーリィは愛称だ。宮廷魔術師であるクルークの元で魔術を修めている魔女見習いだった。
「今日はパーティじゃぞ、アーリィ。せっかく城におるのじゃから、お主ももぐり込んできてみてはどうじゃ? ギルバート王子の目にとまって玉の輿とかいうラッキーもあるかもしれんしのう」
 ほうきを片付けて戻ってきたアリシアに、クルークが紅茶を飲みながらのんびりと声をかける。オリーブ色の重々しいローブに長い白髭を三つ編みにして垂らし、三角帽子をかぶったいかにも魔術師然とした老人がクルークだ。年齢は不明だが、二百年ほど生きているという噂もある。少なくとも三十年前にアリシアの母が教えを請うたときにはもう今と同じくらい老けていたらしいから、噂もあながち嘘とばかりは思えない。
「結構です。ドレスなんて持ってないし。人ごみ嫌いだし。挨拶めんどくさいし」
「やれやれ、年頃の娘とは思えんのう」
 長いまゆ毛の下から、そこだけは若々しく好奇心と悪戯心に満ちた瞳がアリシアを見る。
「会場はどちらです?」
「東の大広間じゃよ。行くのか? 行くのか? 玉の輿か?」
 クルークの瞳が期待にキラキラと輝く。楽しそうだ。
「ええ、西の中庭に。東でどんちゃんやってるなら西は静かでしょうから」
 あくまで冷静に答えると、クルークは目に見えてがっかりした。
「……やれやれ。ほんに厭世的じゃのう」
「やかましいのが性に合わないだけです」
 もったいないのうとかせっかく可愛いのにのうとかぶつぶつ呟き続けるクルークはとりあえず無視することにして、アリシアは踵を返した。
「じゃ、そゆことで」

 いつも通り、すたすたと早足で歩いて西の中庭に向かう。中庭に着くと、適当な木を見繕って二階のバルコニーによじ登った。
 今日は星が綺麗だ。月も細く、星の光を邪魔しない。こんな日は天体観測にちょうど良い。パーティの夜の城を照らし出すランプの光は少し邪魔だが、城の西側であるこちらは大分暗いから問題はない。
 静かな葉擦れの音を聞きながら、アリシアはしばし星たちとの対話を楽しんだ。
 静寂を破ったのは、誰かが草をかき分ける音だった。
「誰だ!?」
「あれ? 人がいる」
 まったく緊張感のない声は、真下から聞こえてきた。
「お前……! 無断侵入小僧じゃないか!」
 見下ろしたアリシアはうんざりと嘆息する。
「む、無断侵入小僧って……酷いなあ」
 こちらを見上げる少年は、人懐こそうな顔を悲しそうに歪めた。
「まったく、せっかく人を避けて来たってのになんだって夜にまでお前なんぞと顔を合わせねばならんのだ」
「仕方ないよ。僕たち二人とも、お城に住んでるんだからさ」
 少年は軽く肩をすくめて言うが、それは大本の認識が間違っている。
「何を言うか。私の住み家は城下町だ。今は実験が佳境で目が離せないから泊まり込んでいるだけで」
「えっ、そうなの?」
 意外そうに目を見張る少年に、アリシアは「ああ」と短く返した。
「どの辺り?」
「だぁれが無断侵入小僧なんぞに教えるか!」
 調子に乗るな、と言いたい。
「……ちぇ」
 少年は不満そうに足下の小石を蹴った。それにしても、なぜこの少年がここにいるのだろう。普段の言動からはとてもそうは思えないが、服装やちょっとした仕草を見ていれば彼がそれなりに身分の高い人間だということはわかる。
「ふん。どいつもこいつも浮かれきってパーティ会場に集まってるものだとばかり思っていたがな」
 なぜお前はそうしないのかと言外に滲ませると、少年は再び軽く肩をすくめた。
「苦手なんだよね。ああいうばきばきに格式張った集まりって」
「奇遇だな。私もだ」
 そこで会話が途切れる。アリシアはすぐにまた星空に目をやり、天体観測を再開した。少年はしばらく大人しくしていたが、なかなか立ち去ろうとしない。それどころか、なぜか木をつたってこちらに登ってきた。
「ねえ、何してるの?」
 一瞬うっとうしそうに目をやったら、話しかけても良いと思ったのかそんなことを聞いてくる。
「星を見ている」
 そういう意味で見たんじゃないと言うのも面倒で、簡潔に答えた。
「何のために?」
「星々の奏でる旋律の調性は魔法薬の出来に影響を与える。星の並びを観察し、影響を計算し、魔法薬の材料および与える魔力のバランスを調整するのは魔術師にとっては重要な仕事だ」
 すらすらと答えてやると、少年は唖然とした表情でアリシアを見つめてきた。興味があるのなら他に質問が出てきそうなものだが、そんな様子もない。
「……おい。人に説明させておいて反応のひとつもなしか」
 半眼で睨み付けると、少年ははっと我に返って姿勢を正す。
「い、いや……ちょっと、びっくりして」
 確かにそんな表情だったが、驚かれる理由がわからない。
「びっくり? なぜ」
「ご、ごめん。ちゃんと説明してくれるなんて思ってなかったから」
「……自分で聞いておきながら何という言い草だ。失敬な」
「嫌われてるみたいだから、関係ない、とか言われそうかなあ、って……」
 おずおずと言われた言葉にアリシアはため息をつく。失敬なのはお互い様ということか。
「別に関係ないとは言わんさ。好奇心は大事だ。まあ、実験室への無断侵入は推奨できんが」
 少年へ向き直り、真っ直ぐその瞳を見つめた。
「入りたいんだったらな」
「う、うん」
 気圧されたように頷く少年に微かに笑みが漏れる。
「きちんと、私か師匠の許可を取って入れ。危険物も置いてあるし、予定外の人間が入ることで魔術の手順が狂うこともある」
「……わかった。それと、今までごめん」
 思いの外素直に、少年は頭を下げた。
「わかればよろしい」
 満足して頷くと、少年はほっとしたように表情を緩ませる。
「そうだ。名前、聞いても良いかな」
「アリシアだ。アーリィと呼ばれている。お前は?」
「あ。えっと、僕は……僕の名前は……えーと」
 口ごもる少年にせっかくの良い気分が一気に吹き飛んだ。
「人に、名前を、聞くときは……」
 怒りに声と拳を震わせながら、アリシアは大きく息を吸い込む。
「偽名くらい考えてからにしろ!」
 怒鳴りつけると同時に踵を返し、バルコニーから飛び降りた。
「あ、待って。待ってよ」
 少年が慌ててバルコニーから身を乗り出すが、アリシアは振り向きもしない。
「待たん。帰る」
「ごめん、アーリィ」
 しょぼくれた少年の声に苛立ちが募る。
「まったく腹立たしい。名乗るんじゃなかった」
「ごめん! ちゃんと名乗るから! 僕は……!」
「もう良い。興味もない。じゃあな」
 早足で少年の声と気配を置き去りにする。何がそんなに腹立たしいのか、自分でもよくわからなかった。

 それだけ酷い別れ方をすれば二度と来ないと思っていたのに、少年は性懲りもなく翌日の昼過ぎにクルークのラボを訪れた。
「あの……アーリィ?」
 ラボの前で立ち尽くしていた少年は、不機嫌な表情で出てきたアリシアをいつになく殊勝な様子で見上げる。
「何をしに来た、小僧」
 仁王立ちになって両腕を組むアリシアに、少年は勢いよく頭を下げた。
「昨日はごめん! 謝りに来た!」
「……ずいぶんと直球だな」
 むくれた表情で視線を逸らす。昨日の怒りがまだ胸の内でくすぶっていて、すぐに許す気にはなれそうもない。
「僕、アーリィと仲良くなりたいんだ」
「は? 突然何を言い出す……」
 意地を張るアリシアに戻ってきたのはさらに直球な台詞で、思わず目を瞬かせた。
「だからさ、僕のことはギルって呼んでよ」
「……それは、偽名か?」
 昨日の様子からして本名を名乗れない立場なのだということはわかる。
「……えっと、まあ……ごめん。でも……」
「まったく、しようがない男だな」
 しょげ返りつつも懇願するような瞳を向けられて毒気が抜けた。
「良かろう。入れ。案内してやる」
「やった! ありがとう!」
 主人に誉められた犬のようにあっという間に全身を喜びの色に染める少年にため息が漏れる。
「調子が狂うな……」
 額を押さえながら、アリシアはラボへ続く扉を開いた。
「師匠。見学希望者です」
「おお、珍しいのう。ついでに弟子入りも志願してくれんのかの。アーリィだけでは人手不足じゃ」
 実験を終えて一休みしていたクルークは人好きのする笑みを浮かべて二人を出迎える。アリシアはその言葉を聞いてうんざりとため息を吐いた。
「勘弁してください。やかましいのは嫌いです。ついでにこの小僧が魔術師向きだとも思えません」
「そうかのう? 坊ちゃん、注意力は豊富な方かな?」
 クルークに視線を向けられて、ギルは緊張したように背筋を伸ばす。
「いえ、よく散漫だって怒られます」
「忍耐力は?」
「お前の辞書に忍耐という文字はないのかと嘆かれるレベルで」
「好奇心は豊富なようじゃが?」
「……勉学方面にはまったく発揮されません」
「……うむ」
 クルークは重々しく頷いた。
「不向きでしょう」
「不向きじゃな」
 もう一度重く頷いたクルークは咳払いをしてギルに向き直る。
「まあしかしせっかく来たんじゃ。簡単な色変えの魔術くらいひとつ教えてやろうかの」
「師匠。全力でお止めしてよろしいですか」
 渋面を作るアリシアに、クルークは穏やかに微笑んだ。
「そう眉間にしわ寄せるものでもないぞよ、アーリィ。サービスサービスぅ、じゃ」
「気色の悪い声色を使わないでください。うちはサービス業ではありません」
 にべもない台詞と表情に怯むこともなく、クルークは立ち上がってアリシアの背中をぽんぽん叩く。
「営業も仕事のうちじゃ。ほれ、準備せんかい」
 苦虫を噛み潰したような表情で渋々準備を開始したアリシアは、クルークが少年にこっそりと「赤いチューリップの花言葉は『愛の告白』じゃ」と囁いたことには気付かなかった。

 真っ白なチューリップとアルコールランプにかけた鍋を前にして、ギルの悪戦苦闘が繰り広げられている。
「色が変わった瞬間に混ぜる」
 横に立ったアリシアは口頭で説明するだけで、決して手を出そうとはしない。
「混ぜる! ぼやぼやするな!」
 鍋に入った虹色の液体を必死で泡立て器でかき混ぜる少年に、アリシアの容赦ない檄が飛ぶ。
「わっ、ちょっ、ちょっと待って!」
「待てと言って待ってくれるなら魔術の道は険しくなどない!」
 厳しい言葉を繰り出しつつも、アリシアの目は心配そうだ。
「薬液が夜空の色に変わったら火から下ろし、容器ごと氷水につけて冷やすのだ。やけどには気をつけろ」
「は、はい師匠」
 あたふたと鍋を火から下ろしながら、ギルが(アーリィ優しいな)なんて思っていることに、もちろんアリシアは気付いていない。

「で、できたー!」
 それから数十分の格闘の末に、ようやくギルの快哉の声がラボに響き渡った。
「アーリィ、できたよ!」
 ルビーのような深い赤からふんわりとした繊細な桃色へとグラデーションに染まったチューリップを手に、ギルは瞳を輝かせる。
「ああ、できたな。おめでとう」
 クールに頷くアリシアに、ギルは満面の笑みで花を差し出した。
「……何のつもりだ?」
「これ、アリシアに捧げようと思って作ったんだ」
 捧げる、という大仰な言葉にアリシアの表情が引きつる。
「受け取ってくれる?」
 手を出そうとしないアリシアに、ギルの表情が不安で曇った。
「受け取ってやれ、アーリィ。男子というものはこの瞬間に一生分くらいの勇気を費やしておるのじゃぞ」
 クルークの瞳が笑っている。異様に楽しそうだ。
「それにほれ、綺麗な色をしておるではないか。わしが見てきた中でも五本の指に入る美しさじゃ。お主もそう思うじゃろ?」
「ええ、まあ、確かに」
 むげに断る理由もないし、花に罪はない。アリシアはそう自分に言い聞かせて、そっと花を受け取る。
「色は綺麗ですね、色は」
 受け取ってもらえたギルは「えー、色だけ?」と不満そうな声を上げながらも、心の底から嬉しそうに笑った。

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