挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

レトロスペクティブ

作者:せせせ
 カメラをいじくっている。ポートフォリオを作るのだと言う。私はそれを見ている。サイダーはとうに炭酸が抜けてしまっていた。僅かに残った薄い炭酸が私の舌を燃やした。コンテストにでも出すの。そう訊いたら彼は笑って、いや違うよ、作りたいから作るんだ。見せてほしい人がもし居るなら見せてあげるけど。そう言った。そっかぁ。私はいい加減な相槌を打った。じゃあ、出来たら一番最初に私に見せてね。そう付け加えて。
 彼の写真は実際綺麗だ。いつか彼の家で、撮った写真をスライドにして見せてくれたのを思い出す。編集ソフトも使わずに、どうしてあんなに美しく風景を写し出せるのだろうか。構図もまた洗練されていた。身内贔屓かもしれないが、彼はプロ並みのカメラの腕を持っていると思っている。それなのに、写真家になるつもりは無いという。写真はあくまで趣味だから。彼はきっぱりとそう言い切っていた。なんで? こんなに綺麗な写真を撮れるのに。そう言うと、プロには敵わないよ。こんな写真誰だって撮れるし。それに別に俺は有名になりたい訳でもないし。そんなような事を言ってそれきり話は続かなかった。どうして気付かないのかなぁ。その時そう思った覚えがある。
 西から照る陽は私には少し眩しすぎた。まぶし、なんでここにしたの? 私は彼に訊く。席をここにしたのは彼だった。いやなんとなく。あー、窓辺が好きだから。外見れるし。適当にそんな返事を彼がした。世の飲食店の窓にことごとくカーテンが無い事を私は強く恨んだ。何でこういうとこの窓ってカーテン無いの? カーテン付けちゃいけない法律でもあんの? 私は周りの客の迷惑にならない程度にわめいた。いや知らんし。彼がカメラから顔を上げずにそう答える。テーブルにいつのまにか水滴が落ちていた。彼の目の前の甘そうなドーナツが暇そうにしている。私も暇そうにしている。暇そうではない。暇。ドーナツ食べないの? 食べないなら食べちゃうよ。わざとらしい笑みを作って彼に尋ねる。いや、食べる。食べます。相も変わらずカメラをいじくりながら上の空で言われる。雑に砂糖のまぶせられたシンプルなドーナツ。私の皿は既に空いていて、滓とよくわからない粉が残っているばかりだった。欠伸をした。何してるの? 訊いた。私が退屈そうにしているのを察してくれないだろうか。ピント調整をしてるんだ。そう返ってくる。ふーん。気の抜けた返事が出る。ピント調整って素人がやっちゃダメなんじゃなかったっけ。いつか聞いたのをうっすらと思い出す。仕方ないから頬杖をついてただじっと彼の作業を見守っていると、こういうとこで頬杖ついちゃダメだよと諭された。なんでそういうところだけ見てるんだ。むー。不満を呻き声に変換した。私はカメラの調整を見に来たんじゃないよ、写真撮りにいくっていうからついて来たんじゃん。あーごめん。

 実はさぁ。ようやく作業を止めてドーナツを食べ始めた彼が話しだす。そろそろやめ時かなって思って。私には最初意味が分からなかった。え? やめ時って何が? 分からないままに彼に問う。いや、写真。短く彼が返した。えっなんで? えっなんで。疑問がそのまま口から出た。いやなんとなく。彼が言う。なんとなくばっかりだな! 少しははっきりとした理由をもって行動しなさい! お門違いな怒りがこぼれた。えぇー……ごめん。彼が引き気味で謝った。
 だから、これで終わり。彼が言った。これが完成したら多分もう、写真は撮らなくなるかな。なんでよ。もったいないよ。どうしてやめちゃうの。私、まっちゃんの写真好きだったのに。まっちゃんとは彼の名前だ。当たり前のことが思考でぐるぐる流れていく。彼が口を開く。だから、なんとなく。これからも撮ることはあるかもしれないけど、本当に趣味程度にしようかなって。カメラにお金かけるのもアレだと思うし。変に現実的な答えが返ってきたので私は変な声を出してしまった。ほえ。え、え。……そうですか。はいそうです。妙な空気になった。
 写真やめても好きでいてくれる?
 彼が弱々しい顔をして訊いた。女の子みたいな女々しい表情だった。私は笑ってしまった。何言ってんの。私はまっちゃんが写真止めてもそれで捨てたりしないし。そう即答すると、彼はちょっとだけ残念そうな顔をした。写真好きな俺が好きだった、とか言って別れ切り出してくるかもしれないって思ってちょっと身構えてたのに。なんだそれ。私は呆けた。一体どういう返事をすればよかったんだろう。ていうか正解とかあるのか。
 妙に短いやりとりでカメラについての話は終わった。どうして彼が突然ポートフォリオを作ると言い出したのか、その理由がようやく分かった。彼は写真を止めるらしい。それもひどく現実的で適当な理由で。彼のカメラの腕はプロ並みだった。その才能の腐っていくことを私はとても残念に思う。悲しくもなかった。ただ実感も無く、そうなんだ、と虚しく思うばかり。私は実際彼の事が好きだが、カメラを持つ彼もまた好きだった。彼は本当に私の生きるこの世界を映していたのだろうか。彼と私とが彼の映した写真の中だけにいつもあったユートピアを共有する事はもう無い。彼がいつかカメラをまた持つ時、彼は懐かしく寂しい気持ちで若かりし頃を思い出すのだろうと思う。
 機械には必ず変調が起きる。だから彼は彼のアナログカメラを調整していたのだ。アナログには必ずアナログノイズが伴う。人間にもノイズが混じる。彼にとってのノイズが写真を撮ることだったのなら、それを取り除かなければならなかった。私たちを繋いでいたそれさえ。私の恋は彼にとってノイズか。私にとってのノイズは彼か。ノイズで埋め尽くすことはかなわない。いつかノイズでさえ全て取り除かなければならない、それでも。
14/05/16-06/18
お題「ユートピア」「スライド」「アナログノイズ」
即興一時間+いろいろ

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ