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Drops―ドロップス―
作:あきざくら



第一話 ラストバトル


「こちら快斗。平次、新一、聞こえるか?」

「あぁ」
「感度バッチリやで!」
 ボリュームを抑えた快斗の呼びかけに、コナンと平次が答えた。
「計画通り向かいビルの屋上に来たぜ。後は合図を待つだけだ」
「了解。俺と灰原は今、目的の部屋の真上にいる。中に人はいない。予定通りに計画を実行する。平次はどうだ?」
 高さの無い、狭い換気孔で状態を伏せていたコナンは、トランシーバーに小さく叫んだ。
「あぁ、こっちも計画通りの地点にきてるで。見張りの奴らが何人か見える。いつ始めてもいいでー」
「了解」
 先ほどの通信では、警察とFBIの配置準備が完了したとの連絡を受けてある。そして、快斗と平次も配置に着いた。すべてが計画通りに進んでいる。
 満足そうにコナンはトランシーバーを切ると、後ろで同じように息を殺している灰原を振り返った。
「準備オーケーだそうだ」
「ついにこの時が来たのね」
 灰原はそう言って小さく深呼吸をした。高鳴る心臓を押さえつけながら、きゅっとこぶしを握り締める。
 
「そういえば、あなた、蘭さんにはちゃんと説明したの?」
 一つ、気になることがあって、灰原がコナンに尋ねた。
「……まぁな」
 答えになってない生返事に、灰原は訝しげに眉をひそめた。こんな状況下で私事なんてやめて欲しい。今は、この戦いのことだけを考えていて欲しかった。

「いい? わかってる? 相手は奴らなのよ、冷静さを欠いたっ」
「わーってるよっ!!」
 念を押す灰原にコナンは小さく声をあらげた。
「やっとここまでこぎつけたんだ、覚悟は出来ている。ヘマはしないさ。それよりお前こそ大丈夫なのかよ?」
 灰原は胸にためた息を一気に吐いた。
 まったくだ。他人のことを言うより、自分の心配をした方がいいらしい。さっきから、心臓が暴れだして収まらないのだ。まぁ、状況が状況なだけにしょうがないと思うが。

 ここは黒の組織のアジト。今、戦いが始まろうとしていた。
 まさか、こんなちかくに奴等のアジトがあるなんて思ってもいなかった。
 米花町にある某薬品製造会社。数日前に仲間になった怪盗キッドこと、黒羽快斗が持ってきた情報は完璧な物だった。そして、今日までこぎつけるのに、コナン達だけだと奴らに対抗できないからと、FBIや警察の一部の人物にコナンと灰原の正体をばらす事になった。
 でも、今日で全てを終わりにするのだ。

 コナンと灰原がいるのは、組織のメインコンピューターのある部屋の、真上の通気孔。すぐ下に無数のコンピューターが見える。中には誰もいない。
 やるなら今だ!

 コナンは大きく息を吸うとトランシーバーのスイッチを入れた。
「こちらコナン。予定通り計画は実行する。オメーら、準備はいいか? 今から3カウントする。カウントし終わったら戦いのスタートだ」
「おうっ!」
「ええでー!」
 コナンは快斗と平次の威勢のよい声に口元を吊り上げた。
 そして、慎重に時を刻む。

「3っ」

「2っ」

「1っっ!」

 瞬間、ドーンと地響きのような音が響いた。
 そしてフッとアジト内を明るく照らしていた電気が消える。

「いくぞっ! 灰原っ!!」
 コナンはそう言うと、ネジをはずしておいた通気孔の蓋をはずして下に飛び降りた。それに続く灰原。
 無駄な動きなくスタッと着地。そして、すばやく辺りを見回し、コナンに指示を送る。
「全ての情報は真ん中にあるメインコンピュータの中よっ!!」
 そして自分はドアのところまで行き、出入り口の鍵を閉めた。これで、誰も入ってこれない。

 コナンはポケットの中からMOを取りだすと、言われた通り真ん中のコンピューターにそれを差し込んだ。 キーボードをたたき、全ての情報をコピーする。

「鍵は閉めたわ…でも、早くしないと奴らが来るっっ!」
「わぁーってるよっ!」

 灰原はドアの近くで外の気配を探る。
 と、遠くからこちらに近づいてくる足音が2つ。
「奴らきたわよっ!」
 いくらドアの鍵を閉めたといっても、ここは組織のアジトだ。気休めにしか過ぎない。
「よし! これで全部だ!!」
 すばやく、すべての情報をコピーし終わったMOを取り出し、コナンは灰原の方を振り返った。
 そして、灰原を自分達が降りてきたところに押し上げ、続いて自らも通気孔に登った。

  *  *  *

 一方、アジト向かいのビルの屋上にいた快斗は合図とともにあたり一面に響いた爆発音を聞いていた。白い衣装が、夜風に揺れる。
「レディースアンドジェントルマン…さあ、ショウの始まりだ!」
 快斗は、シルクハットを被り直すと、ビルの屋上から下を見下ろした。
(うはー出てくるね……)
 爆発に驚いた、きっと組織の一番下っ端であろう工作員が一斉に飛び出してきた。それを警察やFBIが残さず保護している。アジトに意識を集中させると、そこからは銃声が何発も聞こえてきている。
(さて、行きますか)
 快斗は意を決して、ビルのコンクリートを蹴った。

 アジト内部の構造なら頭に叩き込んである。先日、アジト内に潜り込み、施設の見取り図を手に入れてきたのは、他でもないこの自分だ。
 目指すは10階、研究室になっている所。
 ハングライダーでいっきに近づき、トランプ銃で目の前のガラスを狙った。バリンッ! と言う音とともにガラスが砕け散り、快斗は中に転がり入った。
 とたんに、侵入者に気づいた黒の組織の一人に銃口を向けられ、快斗の背中に戦慄が走る。
(……撃っ)
 瞬間的にそう判断した。
 相手の指先の動きに全神経を集中させる。 
(いまだっ!)
 完全に相手の動きを読んだ。
 わずかに顔を左に傾けると、シュッと、弾丸が頬を掠めた。モノクルが大きく揺れ、同時に軸足に力を入れ相手に飛び掛る。鮮やかに、快斗の回し蹴りが相手のこめかみに入った。
 頭から豪快に吹っ飛ぶ黒の組織の一人。

「ふう、危なかったぜ」
 詰めていた呼吸を吐き出すと、快斗は浮き出た汗を服の袖で拭った。そして素早く辺りを見回し、他に敵がいないことを確認した快斗は、持っていたトランシーバーのスイッチを入れた。
「こちら快斗、新一、予定通り進入は成功したぜ」
 乱れた衣装を直し、部屋の隅へ移動しながら呼び出した先は、データをコピーし終わったコナンのもと。
「了解」
 落ち着いた声が聞こえる。
 この声のトーンからして、予定通りAPTXのデータは無事にコピーすることが出来たのであろう。この後は、コナン達と合流して、このアジトの中枢がある地下室へ行く手筈になっている。
「今から、そっち行くから……8階だよな?」
 快斗は、慣れた手つきで、通気孔を開け、念入りに中を確認した。
「いや。快斗、お前は服部と一緒に10階から上を制圧してくれ」
「はぁ?何言ってんの?計画じゃあ俺はお前と合流して地下室へ行くんじゃなかったのかよっ!」
 聞いてねえぜ……。それに、そっちは一番やばい方だろ?
「おい、新一!お前何考えてんだよっ!」
 トランシーバーに怒鳴りつける。目の前に、話してる相手がいない事がもどかしい。もしこの場にいたら、間違いなく一発ぶん殴っていただろう。
 快斗はグッと、握りこぶしを作った。
「服部にも、そうするように言ったら怒られたな」
 自傷的な声が聞こえてきた。
「そうだろうな」
 抑揚のない声で言った。ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「蘭の事を頼む。快斗。それからそっちの事は任せた」
 プツッとそこで交信は一方的に途絶えた。
「おいっ、新一? 新一!」
 しかし、それからコナンの声が聞こえる事はなかった。
「何考えてんだよっ!あいつっっ!」
 快斗はトランシーバーを思いっきり投げ捨てた。その衝撃で形が歪み、中のパーツが飛び散る。
 最悪のシナリオが脳裏を掠めた。
(ははっ……まさかな)
 まさか、新一に限ってそんな事はない。この戦いを勝ち抜いて、元の姿に戻ると言っていたのだから。
 そして、蘭の元へと……。

  *  *  *

「本当にいいのね?」
 静かにトランシーバーの電源を切るコナンに灰原は尋ねた。
「あぁ、覚悟は出来てるって言っただろ」
「いい心構えね」

「わかったんだよ。この戦いを本当に終わらせるには、どうしたら良いのかを」

 そう……大切な人を守るために、この俺が、どんな行動をとるべきなのかを。
 絶対、守りきってみせる。
 コナンは、拳に力を込めた。

「これ、お前もってろよ」
 そう言って、コナンは先ほどのMOを灰原に投げた。
 危うくそれをキャッチする。 そして、それをすばやくポケットに突っ込む。

「それじゃあ、行きましょう」
「おう」

 二人は、一気に駆け出した。
 
 *  *  *

 ドォン……。
 蘭はその音を、米花町から離れたとあるホテル内で聞いていた。何かに耐えるように、唇をきゅっとかみ締め、両手でズボンの裾を握る。
 蘭はたった数時間前にかかってきた電話のことを思い出していた。

 ――蘭、すまない――

 その電話は、突然かかってきた。
 開口一番、謝罪の言葉を述べる新一に、蘭は自分の耳を疑った。
 今朝は江戸川文代が突然やってきて、コナンは母親の元に帰っていた。今まで弟のように可愛がっていたコナンが突然帰ってしまったことで、ただでさえ今はとても落ち込んでいたのに。
 いやな予感が蘭の脳裏をよぎった。
「……どうかしたの?」
 突然謝られても意味がわからない。蘭は不安の気持ちを抱えたまま恐る恐る聞いてみた。
「すまない」
「何?どういう事?何で謝るの?」
 今までに聞いた事のない声のトーンに、蘭は不安を振り払うように続けた。
「何か、あったの? どう……したのよ、新一? ねぇ、教えてよっ」
 声えが震える。
「蘭。ごめんな」
 本日、何度目かの謝罪の言葉。謝るのはいいから、理由が聞きたい。
「どうして……どうして、あやまるの?」
 繋ぎ止めるように言う。
「……私、ずっと、ずっと待ってたよ新一の事を……今日まで。そしてこれからも」
 蘭の目から、熱いものがあふれ出てきた。
「もし、他に好きな奴が出来たら……俺のこと、忘れていいからな」
「どうして! そんなの嫌よっっ!!」
 受話器に向かって、大声で叫ぶ。
「ごめん。もう、時間がないんだ。どうか幸せに……蘭」

――「……ちょっと!! 待ってよ! しんいちぃっ!!」――

 新一……
 
 蘭の瞳から、涙が零れた



「どうやら、何かが始まったみたいね」
 妃英理が窓の外を見て言った。
 ビルの隙間から、遠くの空が明らんでいるのがかすかに見える。
「……そうみたいだな」
 小五郎がタバコに火をつける。
「あのガキ。何の説明もなしにこんな所に連れてきやがって」
 悪態をつきながら、肺に貯めた煙をはきだした。
 実際に、このホテルに連れてきたのはFBIなのだが、『もしもの事があるといけないから』と言って、FBIに従うようにと電話してきたのは新一なのだ。
 しかも、ドアのところには見張りの捜査官がずっとついている。
 これじゃあ、まるで監禁されているようなもんだ。小五郎は、不機嫌そうに眉を寄せた。
「お前ら、何か知ってるか?」
 小五郎は、同じように連れてこられた少年探偵団に疑問を投げかけた。しかし、彼らは頭を横に振るだけで、小五郎が期待した答えは返ってこなかった。少年探偵団だけでなく、一緒に連れてこられた鈴木園子、阿笠博士もお互いに顔を見合わせ、首を傾げる。
  
「ったく、やってらんねーぜ」
 小五郎は短くなったタバコを灰皿に押し付けた。

 同時に、大きな爆発音が再び響いた。先ほどより大きな振動が、建物の壁、机、椅子、すべてを振動させる。


 ――蘭っっ!らぁーーんっ!!――

「えっ!!」
 蘭は、不意に誰かに呼ばれたような気がして、窓の外を見た。

 外は夜だというのに、爆発音がした方向は赤々と夜空を照らしていた。黙々と立ち昇る煙の塊は、何か別の怪物のように見える。

 今の声は、新一?

 蘭の胸はざわめき立った。












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