伝説のタチウオ使い
「師匠。見てください」
「どうした、五郎衛門」
「拙者、最強の刀を発見したのですよ」
「……何だそれは」
「刀です」
「――タチウオじゃないか」
「いいえ刀です。海で釣ったすごい刀なんですよ」
「海で釣ったって……じゃあやっぱり魚だろ。タチウオ。銀色に輝く細長い魚で、刀、つまり太刀に似てるからタチウオ。似ているというだけで、刀剣ではない。似て非なるものだ」
「ところがですよ。このタチウオを扱う練習をしてみたところ、思いの外、拙者の剣にしっくりきたのですよ」
「いやだから、剣っていうか……タチウオが剣って……」
「今までは、刀が悪かったんす。これなら……この武器ならば、師匠と真剣勝負しても、負ける気がしないですよ」
「むっ、聞き捨てならぬ台詞だな。久々に道場に顔を出したかと思えば、わけのわからんことばかり言いおって……。よかろう、相手になってやる」
師匠は、竹刀を構え、爪先立ちでしゃがみこんだ。相手の顎あたりに竹刀の先端を向けている。五郎衛門も、爪先立ちでしゃがみこんだ。いわゆる蹲踞と呼ばれる姿勢である。
「おやおや師匠、そんな竹刀なんかで大丈夫ですか?」
「何を言っとるんだ。お前なんか垂れてるじゃないか。だれーんと垂れて床にぐったりしてるじゃないか。細長い魚が」
「すみません、ここに来る間に、新鮮さが無くなったみたいです。釣りたてなら、もっとピンとしてるんですけどね」
「おのれ邪剣に魅せられおって」
「師匠は本気じゃない竹刀、そして拙者が新鮮さを失ったタチウオ。これで条件は五分五分ですね」
「言ってろ」
二人、同時に立ち上がる。素早い動作だった。
「きょえーい!」師匠の裂帛の掛け声が響き渡る。
「ぬおおおおおお!」五郎衛門も気合は負けてはいない。
互いに得物を振るう。ぶつかり合う、ベチン、と音を立てた竹刀とタチウオ。
タチウオは、その柔軟性を活かし、竹刀にぐるぐると巻きついた。
「なにぃ!?」
次の瞬間、竹刀がばらばらに切断された。
「バカな!?」
「拙者が……拙者が師匠に勝った……。師匠を超えたぞ! うおおおおおおおおおお! これが、タチウオの力だァ!」
「ムチのようにしなる……。それでいて切れ味抜群……つ、強い……この強さで、なお新鮮じゃないタチウオ……つまり、まだ上があるというのか……?」
「どうです師匠、最強でしょう?」
「だが、五郎衛門、もう一度言うが、これは、邪剣だ、邪剣だぞ!」
「師匠。負けたから封印させようったって、そうはいかんです」
★
「どうした五郎衛門。浮かない顔をしておるな」
「師匠、すみません」
「どうしたというのだ」
「拙者、気付いてしまったんです」
「ほう、何に気付いた?」
「先日、謎の西洋人フランスパン使いと決闘して勝利したんですけど」
「フランスパン使いとは何だ」
「フランスパンを使って闘う者のことです」
「フランスパンとは何だ」
「硬いパンです」
「パンとは何だ」
「粉を固めたものです」
「乾かした餅みたいなものか?」
「言いえて妙です」
少し違う気もするが。
「よもやそのようなものを武器にする輩がいるとはな。世は不届きもので溢れているな……」
「真っ赤なアーチ橋の前に、異人が居るのが見えて、珍しいなと思いながらも通り過ぎようとしたのです。そしたら呼び止められて、なんと拙者を待っていたと言うではありませんか。そして、フランスパンの茶色いボディに丁寧な動作で粉をパフパフつけながら、フランスパン使いは、言ったんです。『ワタシの名はジャン! 異国の剣士よ、ワタシと闘いなサーイ』って。異国の剣士というのはこっちの台詞ですよね。……その時、拙者はこう返しました。『どうして拙者なのか』と問いました」
「そしたら、相手は、何て言ったんだ」
「ジャンは、前髪にかかる金髪を払いながら、そんなことも知らないのかとでも言うように、『タチウオ使いの五郎衛門という名は、今やニッポン中に轟いているのデース』とね。なんでも、最強の剣豪を探して旅をし、連戦連勝を重ねていたらしいです」
「妙に日本語上手だな。ジャン」
「拙者と闘うために蛍の光を用いて勉強したんだそうです」
「あと、なんか話きいてると、二枚目っぽい雰囲気だな、ジャン」
「拙者の方がイケメンですよ」
「あ、ちょっと待って五郎衛門。ところで今の話でさ、少し気になったんだが」
「何がですか?」
「最強の剣豪を探しているにも関わらず、師匠である私のところには来ずに、お前のところに行くというのは、何だか納得できないんだがな」
五郎衛門はスルーした。
「名乗りを終えたジャンは、『いざ参る! ワタシのフランスパンの威力、とくと味わうがメルシー』と言いながら斬りかかってきました」
「メルシー?」
「おそらくフランス語でしょう」
「掛け声みたいなものだろうか」
「さっぱり意味がわかりませんでしたが、とにかく、向かって来られたら反撃するしかありません。正当防衛でした」
「やっつけたのか?」
「ええ、拙者の幻の必殺技で一刀両断してやりましたよ。――いや、一タチウオ両断って言ったほうが良いですかね。そしたら、『何ィ! ワタシのフランスパンが!? マップタツ!』ジャンは目をむいてビックリしていました。そして次の瞬間には、『ぎゅわああ』と叫びながら白目むいて死にました」
「え、死んだ?」
「ええ、闘うパン職人のジャンくんは、死にました」
「私の道場から殺人者が……」
「大丈夫です。返り血で汚れた袴も洗いましたし、死体はちゃんと海に流しておきました」
「そういう問題じゃない、人殺しはダメだ」
「拙者、ジャンを許せなかったんです。それはフランスパンの正しい使い方ではないだろうと。食べ物を粗末にするということは、命を粗末にするということであると。――でも、そこまで考えたところで、気付いたんです。ようやくわかったんですよ。師匠の言っていたことの意味が!」
「私の言ったこと?」
「あの日、師匠は拙者に言いました。『それは邪剣だ』と言ってくれていた! それも二度も三度も言った! なるほど、たしかに邪剣だった! 拙者は、タチウオにも命があることを実感できずにいたんです。タチウオを釣っては武器として使い、また釣っては武器にして……。これは命を命と思わない行為だったんですね!」
「よく気付いたな、五郎衛門」
「声を出さないだけで、タチウオだって生きていたんだ!」
「そうだ五郎衛門。その通りだ。命を粗末にする邪剣は、即刻封印せよ」
「ええ。このタチウオは、お返しします、師匠」
「いや、待つんだ五郎衛門。そんな、うやうやしく献上されてもな。それは私が手に入れたものじゃない。お前が釣ったタチウオじゃないか」
「あ、すみません、そうでした」
「タチウオといえば海のいきもの。海にかえしてやるのが、一番なのではないかね」
そこで、五郎衛門は、タチウオを近くの海に優しく放した。
すでに死んでいて、プカプカ浮いている。
「――嗚呼、拙者は……なんということを……!」
天を仰ぎ、両手で顔を覆いながら、膝をついた。
★
「あんた、五郎衛門だね?」
「いかにも、そうだが」
町を歩いていた五郎衛門は、着物の女に声を掛けられた。
「ちょいと、あたいと、手合わせして欲しいんだけど」
「うひょ」
べっぴん町娘だったので、五郎衛門は鼻の下を伸ばした。
「ん? あんた、勘違いしてるね? そういう、逢い引きみたいな意味の手合わせじゃないんだけどね」
「なんだ……」五郎衛門は落胆する。しかしすぐに気を取り直し、「それにしても、見ない顔だ、ここいらの人じゃないよな」
「そうだ。あんたに会いに来た。ちょっとここじゃ人目につきやすい。話しやすいところに行こうか」
そういったわけで、波しぶきが高く舞い上がる磯に、二人は立った。
海風で五郎衛門の髪や袴が揺れている。娘の着物の裾も揺れていた。
「それで、拙者に何か用なのか、小娘よ」
五郎衛門が振り返って見てみれば、彼女の手に……銀色のタチウオ!
まっすぐに伸びた、新鮮なタチウオである。
「あたいの名前はキヌ」女は名乗り、そして、「最強のタチウオ使い、五郎衛門! 手合わせ願う!」
ざっぱーん、と波しぶきが激しく上がった。
「――タチウオ使いだと?」
「たった今、ここらで獲れたばかりの新鮮なタチウオさ! そんくらい、あたいは本気だよ!」
「そうか……そういうことか……! 拙者を倒しに……」
「ああそうさ、あたいは研鑽を重ねてきた。でもね、どんだけ努力しても、既に生きた伝説となってるあんたを倒さなきゃ日本一だって絶対に認められやしないって、皆が口を揃えて言うのさ! だから、ここであんたをケチョンケチョンにして、あたいが最強のタチウオ使いだってことを、世間様に認めさせてやる!」
しかし、五郎衛門は、腕組をしたまま動かない。活きのいいタチウオを突きつけられてもなお。
「どうした。なぜ動かない? あたいをナメてんのか?」
「すまぬ」
「何故あやまる?」
「……すまぬ」
「…………?」
「…………」
「おい、あんた、タチウオはどうしたんだ?」
「拙者は、もう……」
「おい、腰に差してるそれは何だ? あたいの聞いた話じゃ、タチウオ使いは、帯刀しないって……」
「…………」
「まさか!?」
「そう、そのまさかだ。拙者はもう、タチウオ使いではない。命の尊さに気付いたのさ」
「そんなバカな……あたいは今まで何のために……。噂に聞いたあんたに勝つために、あたいは……」
「残念だったな。勇名を馳せるのが目的なら、勝手に拙者を倒したことにすれば良かろう。とにかくもう、拙者は、二度とタチウオを手に取らんと誓ったのだ」
「――女だからか?」
「は?」
「あたいが、女だから闘わぬと、そういうことだな?」
「いいや、そうじゃないが――」
「とぇえええい!」
問答無用。甲高い声を上げながらジャンプした着物娘おキヌはタチウオを振るった。
「うわぁ」
ぎりぎりで回避する。鋭いタチウオさばきであった。
「はっ、さすが五郎衛門だね。あたいの十八番、『跳躍からの曲がりタチウオ』を回避するなんて」
「なにゆえ向かってくる? 拙者が不戦敗ということにすれば良いではないか」
「あんたが生きている限り、あたいが最強になれないんだよぉ!」
タチウオを振り上げて向かってくる、町娘おキヌ。
「くっ!」
たまらず腰に差していた真剣を抜いた。
「拙者は、もうタチウオは使わぬ! タチウオを使わぬ拙者を倒すことに、何の意味があると言うのだ?」
「それでも、あんたさえ殺せば、あたいが最強のタチウオ使いとして名を上げることができる!」
タチウオは日本刀とぶつかり合って、高音で鳴いた。火花散る。
あるときは硬く、またあるときはムチのようにしなって柔らかく、時に死んだ魚の目で同情を誘う。バリエーション豊かな攻撃が続く。
「ぬぅ強い! 相当な使い手だ! このおキヌという女、タチウオを完全に使いこなしている。まるでタチウオが、しなやかな腕の一部であるかのように自由自在だ!」
「ほらほらァ! あんたもタチウオで闘わないと、武器の差で負けっちまうよォ?」
それでも五郎衛門はタチウオを武器にはしない。
五郎衛門の日本刀は、あっという間に刃こぼれしまくりでボロボロ。それでもタチウオは使わない。
一方的に、おキヌさんが攻撃している。
「今までタチウオで傷つけた分、タチウオに傷つけられる……。因果応報、か……。いままでタチウオをただの武器として扱っていた拙者への、罰なのだな……」
「そらそらぁ! どうしたどうしたぁ! この程度なのかい、五郎衛門!」
「……だがしかし! だからこそ! 拙者はタチウオを使わずにおキヌに勝たねばならない! タチウオを武器にする輩が二度と出ないように、刀剣の方が強いのだという意識を、おキヌに植えつけてやれば……ッ!」
タチウオは邪道。封印せねばならないものなのだ。
五郎衛門は、おキヌを蹴飛ばした。
「キャァ」
おキヌは尻餅をつく。
「うおおおおおお!」
刀をタチウオ目掛けて振り下ろす。
タチウオ真っ二つ。おキヌはそれらを投げ捨てる。
「まだまだぁ!」
おキヌは、着物の帯の中から新たなタチウオを取り出して五郎衛門の刀を弾き上げた。
五郎衛門はよろめきながら、数歩退いた。
「よく聞け、おキヌよ」
「何だ」
「タチウオから足を洗った今だから言える。タチウオを使っていたころの拙者は、間違っていた! 拙者はタチウオが無くても最強だと証明してやる! おキヌよ、タチウオの呪縛から共に解放されるのだ!」
二人、大声を上げながら走る。
同時に斬りかかる。
すれ違いざま――。
一方は新鮮なタチウオを、もう一方はボロボロの刀を振り切る!
風の音が響き渡った。
互いに背を向け合ったまま、凶器を振り切った姿勢のまま沈黙する。
「…………」
永遠にも思えるような長い長い一瞬の後、おキヌがうつ伏せに倒れた。
五郎衛門の勝利かと思われたが、次の瞬間、尋常ではない量の血飛沫が、世界を紅に彩った。
相打ち。見事な相打ちだった。
潮が満ちる。
タチウオたちと一緒に、二人はプカプカ浮いていた。
こうしてタチウオ使いは滅んだ。
命を粗末にしてはいけない。
【おわり】