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  良く見直したんですけど、誤字脱字があったらすいません。
ココニ居ル
作:椎名 奎


 子供達が集まる夕暮れの公園で、少年は足を止めた。輪の隙間から覗き見えたのは、紐でつった犬と男の子の人形劇。一人の背の高い男が、良く通る声で説明しながら操っている。
 人形に興味があるのかい?
 子供達が帰り、残された少年に人形遣の男が優しげに言った。少年と人形遣はベンチに並んで座り、少年の視線に気付いた人形遣がそう尋ねた。少年が素直に頷くと、人形遣は微笑んで男の子の人形を触らせてくれた。間近で見る男は、中年よりも少し若く見えたが、中年よりもずっと疲れを滲ませた目をしていた。
 人形遣は少年に、趣味の人形劇が生活の基盤になった経緯、その人形劇で各地を転々としていること、子供からはお金をとらない主義などを、まるで報告するように話した。どれも少年にとっては、小説かテレビの向こうの、非現実な世界に感じた。けれど人形遣の次の言葉は、少年を身の毛もよだつほど恐怖させた。
「息子は俺に人を巡り会わせる。偶然か必然かは分からないが、そういうヤツは皆、身体の何かを失うか死ぬかのどちらかだ」
 人形遣は少年の持つ男の子の人形に目をやりながら笑みを浮かべる。言葉の真偽よりも、人形遣の気がふれたみたいな表情が怖い。少年は慌てて男に人形を突き返すと、逃げるようにベンチを立った。その背中に、人形遣の声が追う。
「君はそうなのか」
 振り返らないのに、人形遣の笑みが見える。
「俺の前で、死ぬのかな」

 絵沢がマンションに帰ると、ドアに〈呪い出て行け〉と殴り書きされた紙が貼ってあった。三部屋向こうの住人が、ドアを細く開けてこちらを見ている。彼が張り紙の主だろうか。絵沢は張り紙を剥がさずに鍵を開けた。部屋に入る前に笑んでみせると、怯えたようなドアの閉まる音が耳に届いた。
 絵沢の空間に、一般的な生活必需品は一切無い。ガスも電気も止まっており、流しの蛇口から滴る雫だけが耳障りに落ちている。六畳一間にあるのは、古いラジオ、壁にかけたカレンダー、木箱にのせた位牌に少年が写った小さな写真立てだけ。写真は、絵沢が一年前に亡くした一人息子の林太郎だ。
 当時会社勤めをしていた絵沢は、妻と八歳になる林太郎と三人で暮らしていた。利発だが無口な林太郎は、普通の子供が欲しがる玩具を欲しがらず、親はもとより、誰かに何かをねだることが一切なかった。
 そんな林太郎がある日、店先に並ぶ花火を指さした。絵沢は初めて息子にねだられたのが嬉しくて、どうせならもっと大きくて綺麗な花火を見せてやろうと、地元の花火大会に林太郎を連れて行った。しかしその日、花火を見せてはやれなかった。途中の工場の爆発騒ぎに巻き込まれたのだ。あちこちで悲鳴が聞こえる中、絵沢はすぐに林太郎を建物の隅に避難させたが、運悪くそこに鉄の破片が降ってきた。大勢の怪我人が出た中、死んだのは林太郎ただ一人だった。
 絵沢はカーテンの無い窓を開け放ち、壁ばかりの景色から風を入れた。足を投げ出して座り、唯一の娯楽であるラジオに手を伸ばす。どこかで聞いた古い洋楽が、殺風景な部屋に細く流れる。位牌に眼を向けると、写真と同じ顔の生きない瞳の子供が、足を抱えてそれを眺めていた。子供は、彼の前にだけ現れる、八歳で止まった死んだ林太郎だ。青白く、冷たい色のない瞳を微動だにしない林太郎は、親をひっそりと憎んで恨む悪霊だ。しかし絵沢本人に害を与えるのではなく、目の前で身近な人の凄惨な姿を見せることで、恨みを晴らしている。現に三日前、絵沢の目の前で不幸が起こった。
 初老の親切そうな人だった。初対面だったし、もちろん絵沢にも林太郎にも彼に全く恨み等抱いてはいない。けれど彼は死んだ。目の前で凄惨な死を見せてくれた。
 人形劇とはまた懐かしい、そう初老の男が話しかけてきたと思う。夕暮れの信号待ちでのことだ。周囲は会社帰りの人々でごったがえし、横断歩道の向こうに駅が横たわっていた。
 初老の男は、子供達からお金をとらない絵沢にいたく感心し、車の排気ガスにはそぐわない穏やかな笑みを浮かべた。信号は鬱陶しいほど赤のまま。そこかしこで携帯電話に向かって独り言のように呟く若者。街はどこもかしこも暖色に染まり、雲一つ無い空は薄膜に透けた血のようだった。
 初老の男は笑みを浮かべたまま、最後にこう言った。
「子供達は喜んでいましたよ。子供達を喜ばせられる貴方の職業は、本当に素晴しい」
 まったく良い人だった。彼が死ななければならない理由は、恐らく見当たらないだろう。だが、彼は死んだ。笑いながら、ふらふらと二三歩足を進めた。そこへ大型トラックが突っ込んだ。甲高いブレーキ音と初老の男の引き裂くような叫び声は、三日経った今でもはっきりと思い出せる。血が飛び散り、誰かが悲鳴を上げる声、トラックの下から突き出た二本の足、止めどなく流れる血、ぴくりとも動かない彼、それらの光景も未だ予告もなくふっと目の前に現れる。そしてトラックの傍らで眺める林太郎。小さな虫を発見したように、無邪気にしゃがみ込んで見詰めている。絵沢意外、誰も見えていない姿だ。
 林太郎は必ず、自ら呪った人々を珍しげに眺める。同じマンションの住人で、絵沢の隣に住んでいた学生の男が首を吊った時も、ぶらさがった彼をただじっと眺めていた。ここに越してきた二ヶ月前に起こった最初の犠牲者である。
 発見したのはもちろん絵沢だが、吊った瞬間は見ていない。何故か上手い具合に、絵沢が疑われないように林太郎は操作する。学生の男は飛び抜けて良い人ではなかったが、周囲が感心するほど勉強熱心だった。だが彼は、合否の発表の前日に、突然自宅で首を吊った。結果は不合格だったが、警察はノイローゼの果ての自殺で処理をした。
 絵沢は、ところどころにバツ印が記されてあるカレンダーに眼を移した。今月に入ってバツ印は二つ。ふいに書き忘れの件を思い出し、一昨日の日付にペンで一つ増やしてやる。負い目を感じているわけでないが、なんとなく数を確かめるためにつけている。さっき付けたバツ印は、このマンションの管理人だ。
 住人達の苦情を受けて、部屋を引き払って欲しいと訪問に来た。住民と結託して追い出すためではなく、彼は職務に忠実なだけだった。
「あんたが呪われているとか俺は信じちゃいないが、そう思わない人もいるんでね」
 管理人は、悪いけれど、と付け加えて扉を閉めた。その日、部屋は夕日の色に染まって真っ赤だった。その中で、澄んだ赤い硝子のような林太郎が、窓の外を眺めていた。壁以外の何かを見るようで、視線が遠い。また誰かが呪いを受けるのだ、と絵沢は理解した。知った所で、助けてやる気もなかった。
 日が完全に落ちきらぬ時刻に予想が的中した。管理人が屋上から飛び降り自殺を図ったのだ。窓の外から男の長い悲鳴が響き、窓と隣のマンションの壁との狭い隙間に、管理人がすっぽり収まっていた。擦りながら落ちたのか、壁には間延びした数字の1の字が血で書かれている。発見当初は呼びかけに反応していたが、救急車が到着する頃には動かなくなった。マンションで死んだ五人目の死人、それ以外を合わせると十四人目の死人だ。住人達は、恐怖と疑惑が混じった眼を絵沢に向けた。それはとても自然な流れだった。
 絵沢は喧しくがなりたてるラジオを切り、畳の隅にあるくたびれた肩掛け鞄に詰めた。写真立てと位牌も布にくるんで丁寧に詰め、カレンダーは丸めて輪ゴムで止めて突っ込んだ。窓の外に眼をやると、落日の変わりに街灯の明かりが室内をほの明るくしていた。明かりの届かない隅にうずくまる林太郎がいる。絵沢は鞄を枕にして横になった。眠るのにはまだ早い時間だったが、彼は休まぬ脳を深く沈めた。

 朝日が昇り始める薄暗い時刻、絵沢は全ての荷物である鞄一つを肩に下げて部屋を後にした。起きたての町を横切り、駅へ向かって歩く。二ヶ月とはいえ、人形劇の公演場所だった公園を一目見ていこうと思い、遠回りの道を選んだ。子供達に人形劇を披露した公園は、今は中高年がウォーキングやジョギングに励んでいる。近くで起こった交通事故を感じさせないほど、静かで長閑だ。
 その空気をかき消す声の主を見て、絵沢は舌打ちした。息を弾ませながらやって来た女の人は、ジャージの上下に運動靴をはき、首からタオルを下げ、額にはうっすら汗を浮かべている。彼女は絵沢とは同じマンションの住民で、越してきた当初から何かと関わりを持ちたがる、絵沢にとっては酷く厄介な存在だった。
「絵沢さん、今日は早くからお出かけですか?それとも……」
 田畑は鞄に眼をとめ、眉をひそめる。
「少し、話しませんか?お時間はとらせませんから」
 絵沢は断りの文句を言えないまま、強引に公園へ引っ張られた。
 誰も遊ばない遊具が立ち並ぶベンチに腰掛ける絵沢に、どこかに電話をかけていた田畑が戻ってきて、お待たせしてご免なさい、と言って隣に腰を下ろした。そして息をゆっくりと吐き、手元を見ながら話し始める。
「実はマンションでの事件、正式には事故なんでしょうけど、私は何かの力が働いたのではないかと思ってるんです。最初はどこからか来た悪霊が、マンションに住み着いて呪っているんだと思ってました。けど、よく考えてみると、全て絵沢さんの周囲で起こっていますよね。しかもマンションの住民だけでなく、外での事故も、そこには必ず絵沢さんがいます。そして事故は、絵沢さんが越してきた二ヶ月間に集中している。つまり、絵沢さんに取り憑いた悪霊の仕業ではないかと。もちろん修行不足の私では悪霊は見えません。けど、どう考えてもそうとしか思えないんです」
 絵沢は溜め息をついた。林太郎が見えないのならば、マンションの住人が、絵沢の呪いのせいで死人が出ると噂するのと同じではないか。わざわざ引き止めてまで話す内容ではない。
 絵沢は適当に話を切ろうと思った。だが、力のこもった目を向ける彼女に、絵沢の言葉は押し込められた。
「それで、絵沢さんに是非会って欲しい人がいるんです。ちゃんと修行を積んだ人に絵沢さんの悪霊を祓ってもらおうと思って」
 絵沢は目を見開き、死の言葉を聞いたかのように心臓が大きく跳ねた。心は隠しきれないほど動揺したが、絵沢はつとめて冷静を装う。
「……お気持ちだけで結構です。では、行かなければいけませんから」
 立ちかけた絵沢の腕を田畑がつかむ。
「大丈夫、安心して下さい。インチキではありませんし、お祓い代を取ろうとも思いません。あなたの力になりたいんです。もう少し待って下さい、今彼女はこちらに向かっていますから」
 田畑は絵沢が霊媒師の力を信じていないと思っているらしいが、絵沢にしてみれば、林太郎が存在する以上、霊媒師を否定しないわけにはいかなかった。そんなことよりも、さっきの電話が霊媒師を呼ぶためのものだったことの方がよっぽど重大だ。他人からすれば恐怖でしかない日常でも、絵沢には望んだ形なのだ。人助けで悦に浸りたいがために、大事な息子を祓われてはたまらない。この生活に満足している。誰も絵沢の気持ちは理解出来ないし、されたいとも思わない。
「構わないでくれ」
 絵沢は手を振りほどいた。口調がいくらか険しく響いたためか、田畑の表情が不自然な形で固まった。それでも絵沢をなんとか引き止めようと、何度も腕をつかんでくる。そうこうやりとりをしていると、突然田畑が、絵沢の知らない名前を後方に向けて叫んだ。振り返ると、ショートパーマに派手な化粧と青いスーツを着た中年の女が、遊歩道からこちらに向かって歩いてくる。手首の数珠が朝日にちかりと光った。霊媒師は少し離れた場所で立ち止まり、顔を曇らせた。
「早坂さん!早坂さん!早くこの人の悪霊を祓って!」
 田畑は絵沢の腕をつかみながら取り憑かれた形相で叫ぶ。絵沢は汚いものを見る目で田畑を睨みながら、手を強く振り払った。そして早足で離れると、立ちつくす霊媒師の横を通り過ぎようとした。
 その背に、小さな呟きと共に、じゃらじゃらと固い粒が擦れる音が聞こえる。振り返ると、霊能者が勝手に除霊をしていた。
「やめろ」
 絵沢は血相を変えて戻り、霊能者の肩を強くつかんで激しく揺さぶった。霊能者の異常に見開いた両の眼が絵沢を凝視する。驚きというより、恐怖だ。
 やめろ!
 やめろ!!
 やめろおぉ!!
 耳につく甲高い悲鳴が聞こえて、はっと我に帰ると、絵沢は霊能者に馬乗りになっていた。つかんだ肩で揺さぶられるまま、彼女の頭が前後に揺れる。いや、つかんでいるのは肩じゃない。
 首だ。
 すぐに手を離した。上体が水風船のように地面に落ちる。彼女の瞳が、この世には無い何かをただ呆然と見詰めている。まだ身体が温かく、まるで死んでいる振りをしているようだ。けれど確かに死んだのだ。正確には殺された……
 彼に。
 呪い殺された人を見るのではなく、林太郎のせいでもなく、自分の思惑で、自らの手で、とうとう人を殺してしまった。本当の殺人者になってしまった。けれど仕方ない。彼女を殺さなければ、林太郎を奪われていたのだから。
 田畑の叫びを聞きつけた人がわらわらと集まる。ざわざわと控えめに騒ぐ声の中に、警察、と聞こえた。
 逮捕されても構わないと思った。日常の生活よりもずっと厳しいのなら、むしろ歓迎だった。警察官が来るのをここで大人しく待とうと思った。ふと、光の届かない木の根元に佇む林太郎の姿を見つけた。何か言いたげに、色の無い瞳で絵沢を見詰める。そうか、と絵沢は理解した。
 分かってる、ちゃんと分かっているよ林太郎。
 絵沢は駆け出した。集まる人々をかき分けて夢中で駆け抜ける。背中で制止の言葉を受けるが、決して振り返らない。
 出来るだけ自分が苦しむ方法で良い。喉が焼ける。鉄の味がする。本気で走ったのは何年ぶりだろうか。
 あちこちを逃げ回っているうちに、空はすっかり暮れてしまった。迷路のような路地を抜けて繁華街に出た。カップルが或は酔った会社員がゆったりと歩行し、派手に着飾った若者がそこかしこに固まって騒いでいる。絵沢は走りながら、絵の中の人々をかき分けているような気がした。自分への汚い言葉も、ぱっと消えてしまうほど現実味が無い。高く低く声を上げる自分の方がよっぽど現実に思えた。
 年齢とともに衰えた足に力が入らなくなり、苦しい息で見上げるそこに、絵沢を誘うように口を開けた派手なイルミネーションの高い建物が立っていた。そこへ導くように林太郎が入って行く。絵沢は歩いて、しだいに走るようにして建物に入った。まばらな人を押しのけて、曲がりくねった階段を駆け上がると、重い扉を勢い良く開けた。星の瞬く空の下に、喧噪な欲望色の光が散らばっている。絵沢は、横顔に鮮やかな電光版を映しながら、生暖かい風に髪と崩れた衣服を揺らされるままに立つ。少し離れた辺りに、黒い人々が取り囲んでいる。大声で何か言っているようだが、まるで通じない。
 絵沢は手すりを握ったまま、背後を振り返った。ぽっかり空いた闇に向かって螺旋階段が続いている。底が無いようだ。絵沢が靴を片っぽ脱いで闇へ放ると、靴は音も無く闇に吸い込まれた。いや、底からなにやら声が聞こえる。唸り、叫び、雄叫び、あらゆる感情の声が自分を呼んでいる。地獄だ。人殺しが最後に行き着く最後の場所。
 自分の終着地。
 黒い人々が、また何か叫んだ。やはりさっぱり理解出来ない。気がふれたのは自分なのか向こうの人達なのか分からない。一体何者だと首を傾げて、はたと気付いた。あれは死神に違いない。長い鎌を振り上げ、絵沢を切り裂くタイミングを計っている死神なのだ。絵沢は思わず吹き出した。死神イコール骸骨を想像する自分が酷く子供のようで可笑しかった。
 視界の端に、角に佇む林太郎の姿が映った。絵沢は色の無い瞳に深い慈愛で微笑む。
「どちらが良いだろう?後ろの地獄に叩きつけられるか、あの鎌で切り裂かれるのと、どちらがより苦しいだろう?」
 想像したら急に怖くなった。逃げ出したい。苦しいのは嫌だ。そうならなければならない義務がある。けれど痛いのは嫌だ。
 絵沢は両手で髪を鷲づかんで地面のぎりぎりまで後退した。
 林太郎の色の無い瞳とかちりとぶつかった。
 壊れた笑みで喉が震える。
 画面が揺れる。
 音が割れる。
 舌がうごめく。
 喉の奥が這いずる。
 俺はどうすればいい?教えてくれ、何かを、すぐに、今すぐにっ!
「答えてくれえええぇぇぇ、林太郎おおおぉぉぉ!」

 お父さん。

 林太郎が初めて口を開いた。覚えていたよりも凛とし、曇り硝子のように淡い声。遠い記憶に絵沢が聞いた、不安と思慕を入り混ぜた林太郎の最後の声に似ている。
「……何故だ林太郎?」
 お前を死なせた俺を、憎んで怨んで呪ったのではなかったか。呪って人の死を見せ続けたのではなかったか。なのに何故、恨みや憎しみがお前からこれっぽっちも感じられない?
 膝が崩れ落ちた。指の間に引きちぎれた無数の髪が絡んでいる。
 顔を上げると、真っ暗だった。町も、星も、死神も、林太郎も、何も無い。息苦しいほどの闇が、絵沢一人だけを覆う。
「みんな、どこに隠れたんだ?」
 消え入る声は地面に残った。生温い水の中の上か下か分からない空間に身体が踊る。古い洋楽が聞こえた。どこかで聴いたメロディーだなと思った思考は、次の衝撃で一瞬にして飛び散った。

 冷えた缶ビールを片手に、夕方のテレビニュースをのんびり見ていた男は、この町も物騒になったな、と呟いた。ここ最近の事故もさることながら、殺人事件まで起こり、ましてやその犯人が同じ町内に住んでいたというのだから、他人事ではいられない。しかも犯人は追いつめられたビルの屋上から落ちたにも関わらず、木や植木がクッションとなって助かり、あろうことかそのまま逃走したというではないか。
 男は最後の一滴をあおり、空になった缶を持ち上げた。誰にともなく呼びかけながら背後を振り返ると、妻がいると思われた場所に、彼の息子が立っていた。いつからそこにいたのか、息子は父親と会話するでもなく、ただじっとテレビを凝視している。
 男は舌打ちした。勉強はしているようだが、相変わらず何を考えているのか分からない子だ。とはいえ、息子の塾が事件のあった公園を通るとなると、心配にもなる。
 男はあくまでさりげなく、そういえば、と切り出して尋ねる。
「そういえば、事件のあったこの公園は、殺人犯の男が人形劇を度々やっていたようだが、お前も見たことがあるか?」
 少年は画面にすっと腕を伸ばし、そしてぽつりと呟いた。

 おじいさんを押した人が、ここに居るよ。


最後まで読んで頂き、有り難うございます。
いかがでしたでしょうか?
感想が是非とも知りたいので、よろしくお願いします。

尚、「ココニ居ル」の一部に協力頂いた方に感謝致します。













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