雪崩と恋
プロローグ
高校2年生、3学期の1月。僕、赤城信行や2年生の同級生全員は、学校の修学旅行で、スキー場に来ていた。
「うわー」
そこは、一面の銀世界。僕が降りると、ほほに冷たい風がつき刺さった。バスから降りて、左右を見ていると、バスから見れなかった風景、山々には雲がかかり、道路を除いて、さまざまなところに雪が積もっている、雪だらけのそんな風景が、目に新しかった。そして、僕は、歩きながら、後ろを振り返った。ちょうど、バスから、片想い状態の女子が降りてくるところだった。彼女、新木浪子は、微笑みをこちらに投げかけながら、こちらに向かっていた。
「おはよう…」
「お、おはよう」
僕は、急に彼女に声をかけられ、ちょっと、言葉に詰まった。その時、彼女は、雪に足を取られ、僕の方にこけた。
「うゎ…!」
そのまま、僕を雪との間に挟むような形で、倒れた。彼女は、ちょっと、貧血気味のような感じに一瞬感じられた。
「大丈夫?」
僕は、下で潰されながらも、彼女に声をかけた。
「うん…大丈夫…あれ?どこから声が?」
「下からだよ」
彼女の友達である、望月花梨に言われて、慌てて僕の体の上からのいた。
「ごめんね?大丈夫だった?」
僕は、軽く雪を払いながら、彼女に言った。
「ああ、大丈夫」
そして、僕は、そのまま彼女の後についてホテルの中に入った。
第1章 ホテルやスキー実習
今回の修学旅行先に選ばれたこのホテルは、30年前から、同じ高校によって選ばれ続けている、伝統あるホテルで、さらに、各国からの著名人も多く宿泊する事があると言うところでもあった。今回も、前年と同様、5泊6日する事になっていた。そのうち、スキー実習は、今日を含めた4日間。最後の1日は、自由に滑る事ができる、フリー滑走と言う事になっていた。ちょうど、11時になった時、まずは、学校の体育館よりもふたまわり以上広い部屋で、定番の、ホテルのスタッフとかの紹介や、これからお世話になるインストラクターの方々の紹介をしていた。僕は、一回もスキーをした事がなかったので、偶然にも、彼女と同じ、初心者班に入る事になった。数では、第31班。列では、一番後ろになる。しかし、ゲレンデに出る前に、まず、手荷物を部屋に運ぶと言う作業があった。それぞれ、自分の荷物を持って、それぞれの部屋に向かった。
5階、6階と僕の高校の生徒で独占しており、5階に男子、6階に女子と言う事だった。廊下を挟んで、左右に並んで部屋が作られていた。部屋の中はは、僕の場合、3人部屋で、ドアに近いところに小さな部屋があり、そこが、トイレとお風呂になっていた。その奥側が、ベットが並列に三つ置かれており、その枕の上に、小さな棚があった。その棚に、それぞれの枕元を照らすようにライトが置かれていた。部屋の窓際には、直径50cmぐらいのテーブルと、向かい合うように置かれた椅子があった。さらに、片方の椅子は、ソファータイプになっており、いざと言う時に、ベットになるように設計されていた。ベットに向かい合うように、12型テレビが一台、化粧台と思われる鏡付きの机のすぐ横に置かれていた。テレビのしたには、小型冷蔵庫が置いてあり、その扉には「ご自由にお使いください」と書かれた張り紙がされていた。冷蔵庫の横に、ダストシューターが付いていた。そして、当然のように、それぞれのベットのところで、スキーウェアや、服を着替えたり、高校生だという事が分かるように、ゼッケンをつけたりしていた。その時、軽く揺れが来た。
「うぉっと」
少しよろけたぐらいで、何も被害はなかった。同じ部屋には、スキー上級者の日当武、スキー中級者の尾崎満がいた。
「ちょっと揺れたな。ま、大丈夫だろう。この国は、5分に1回はM.1以上の地震が起こっているからな」
そして、3人はみんなが待っているゲレンデへ急いだ。
スキー靴やスキー板を置いているロッカーは、なかなか混んでいた。
「どうしようか。ちょっと待つか?」
赤城は、尾崎と日当に聞いた。しかし、左右を見ても、既に二人は、人ごみに入り混んでいた。
「おいおい…いいのかよ」
赤城も、彼らの後を追って、人ごみの中に入り込んだ。
5分後、どうにかセットを終わらせ、ゲレンデに出た。スキー板は、肩に担いで、持って出た。後ろに当たりそうになりながらも、どうにか、どこにも当てずに外に出る事が出来た。
「31班さんは、一番向こう側ね」
先生に言われた場所は、傾斜角15度ぐらいの緩やかな斜面だった。
「はい、え〜、皆さん揃いましたか?とりあえず、班長は?」
赤城が、この班の中にいる1組の中で一番出席番号が若いので、彼が、班長をしていた。そして、彼の横には、この班の中で、出席番号が次になる、新木がいた。
「気を付け、礼」
「おねがいします」
インストラクター含め合計8名の班だった。
「こちらこそ。まず、自己紹介から。俺の名前は、植原大輝だ。さて、さっそくやろうか。とりあえず、この班にいると言う事は、1回もスキーをした事がないと言う事で、間違いないね。と言う事は、最初に、スキー板の履き方から…」
こうして、僕達は、スキー板の履き方、斜面の上がり方、ストックの持ち方、他にもいろいろな事を、初日に教わった。この場所は、ホテルの両脇には、どこまでも伸びている道が左右に伸びており、その向こう側にも斜面が広がり、先が見えなかった。
第2章 告白数賭け
こうして、初日は終わった。疲れた体を引きずりながら、僕は、部屋に戻った。もちろん、スキー板もスキー靴もロッカーの中に入れた。
「疲れた…」
「大丈夫か?赤城」
僕が突っ伏しているベットに、日当が腰掛けた。すこし、重みでベットがきしんだが、大きく動くことはなかった。
「多分な…上級班は、何をしたんだ?」
僕がどうにかして頭だけ、向きを変えることに成功し、日当に話しかけた。
「今日か?今日はな、リフトに乗って、斜面の滑降だな。ジグザグに滑って、ちゃんと進めるかとか、斜面で、ちゃんと止まることが出来るかとかね」
「そんな事やってるんだ…」
僕は、大きく進んだ二人の先輩を見た。しかし、彼らも、多少は筋肉痛をするようだった。
「赤城は、今日は何をしたんだ?」
「ん?今日はな、スキー板の履き方や、斜面での上がり方、それに、ストックの持ち方をしたな」
「やっぱ、初心者だな〜。自分達と大違いだ」
尾崎は、僕の言葉に素直に反応した。だからこそ、僕は彼らと仲良くなったのかも知れない。友達と言うのは、いつの間にかできるもの。しかし、恋と言うのは、気付いたら抱いている気持ち、それを進めるのは本人達次第。そう言う言葉を昔、耳にした事がある。そして、この修学旅行の中で、何人が告白されるかと言う賭け事がはやっていた。男子が女子に、女子が男子にすると言う、その両方の人数を合わせてだと言う。つまり、成立カップル数を言っているのと同じことだった。この学年全員で、女子89名、男子91名なので、上限は、89となる。ただ、実際には、何組かのカップルは既に成立済みなので、実質、最も多くても80前後になるだろうと言うのが、大方の予想だった。ただ、賭け事は、違法行為だと言う意識は、誰も持ってなかった。先生にばれた時点で、謹慎処分になるのが分かっていたので、スリルを味わいたい人達だけが、賭けに走っていた。そして、その賭け事の胴元である、吾妻検地が、僕達の部屋を訪れた。
「おい、元気にしているか?」
「どうした、吾妻」
吾妻は、僕達の部屋に入ると、メモ帳片手に扉を閉めた。
「今回の賭けの事、知っているよな。誰か、賭けないかと思ってな」
「賭けの種類は?」
「告白される人数。今の所、0人は、誰もいないな。1人から7人まで、それぞれ、賭けている。さあ、誰か賭けないか?ちなみに、1口500円だ」
「じゃあ、1人に、2000円」
僕は、冗談交じりに賭けることにした。
「赤城が1人に2000円だな。と言う事は、1人には、17人賭けている。現在の総金額は、19万4500円だな。赤城を含めて」
そして、吾妻は、日当と尾崎を見た。
「お前達は、どうだ?」
「パス。賭け事には興味ないからな」
尾崎は、そっけなく言った。
「いや、俺は興味有りだ。どう言う仕組みなんだ」
「今回の賭け方は、まず、希望者から、掛け金とかける人数を聞く。そして、その総金額を、当たった人で山分けするんだ。もちろん、手数料として、こっち側も多少はもらう事になるがな」
吾妻は、にやけた顔で言った。日当は、吾妻に伝えた。
「じゃあ、自分は0人に1000円」
「よっしゃ。じゃあ、邪魔したな」
そして、吾妻は、すぐに去った。すぐに、横の部屋のドアが開かれる音が聞こえてきた。
「すぐ横に移ったか」
僕は、つぶやいた。
「それにしても、よく賭ける気になったな。誰が告白されると思う?」
日当が、僕の方を向いて、言った。
「いや、ただなんとなく、1人だけが告白されると思っただけさ」
「そうか…」
日当は、何かを考えているような顔をして言った。そして、それから5分ごろ経った時、誰かが、部屋のドアをノックした。
「開いてるよ〜」
僕は、ベットに突っ伏しながら言った。ドアを開けたのは、横の部屋の室長だった。
「どうも、失礼する」
「なんだ。竹池眞也か」
「さっき、吾妻が、俺んところの部屋に来て、賭けをしないかだと。誰か、賭けたのか?」
「ああ、僕が、1人に2000円。日当が0人に1000円」
「なるほどな。まあ、あたったら、何かおごれよ。それと、もうそろそろ、夕飯の時間だ。食堂に来いとさ」
「分かった。行こう」
そして、室長である日当を先頭にして、この部屋から出た。
第3章 食事やら、休息時間
食堂に着くと、先生の点呼を受け、料理が並んでいるところへ進んだ。
「すげ…」
日当は、つぶやいていた。ご当地の名産品をはじめとして、海の幸、山の幸を取り揃えたバイキング方式。飲み物には、コーヒー、紅茶、ミネラルウォーター、オレンジジュースが置かれていた。さらに、デザートも充実しており、いくらでも食べれそうだった。
30分後、そこには、食いすぎで倒れると言う、定番過ぎる人たちがいた。
「う〜、食べ過ぎた…」
僕は、そんな人たちの横で、水を一杯、飲み干した。
「腹八分目。それが、ちょうどいい量だ。料理はうまいし、部屋はきれいだし、それに、運がよければ、金も手に入れられる。そんな修学旅行は、滅多にないよな〜」
そう言って、僕は、右手に座っている日当を見た。彼もまた、死んでいる一人だった。
「あ゛〜、なんか言ったか〜?」
「いや、何にも…」
その時、パシャリと、カメラのフラッシュが炊かれた。
「うわ!」
そのフラッシュの出所を見ようと、後ろを向くと、デジタルカメラを持った、写真部に所属している、打田光喜が、ニヤニヤしながら、こちらを見ていた。
「ベストショット。ゲット〜」
「こら!すぐに消せ!」
日当は、躍起になって、カメラを手にしようとした。しかし、動きにくくなった体では、かなうような相手でもなかった。彼は、そのまま、別のテーブルに顔面をこすりつけている、食べ過ぎの人たちを、撮りまくっていた。本人のテーブルを見ると、そこには、30cmぐらいの、一番大きな皿が、3枚ほど、積み重なっていた。
「どんだけ食べたんだ?」
「さあ…とにかく、部屋に戻ろう…」
こうして、日当と尾崎は、食べすぎと言うハンデを背負いつつ、部屋へと戻った。
僕達3人は、すぐにベットに突っ伏した。
「う〜ん、気持ち悪い…」
尾崎が言った。僕は、そんな二人を見るために、ちょっと、首を動かした。そして、そこにいる人陰を目にした。彼は、お向かいの部屋にいる、勿付大功だった。
「どうした?勿付」
「いや、部屋にいても暇だから、こっちに遊びに来た」
「そうか」
彼は、手に、トランプを持っていた。
「トランプでもするか?」
「そうだな。こっちは見ての通りだし…」
僕は、ベットに腰掛ける形で、他の二人の方向を見た。彼らは、動きたくないような状況で、こちらに顔だけを向けていた。
「どうぞ、ご勝手に〜。こっちは、もう寝る」
「早!今はまだ、午後7時にもなってないよ」
しかし、彼らは、次の瞬間には既に眠っていた。
「やれやれ、他の所に行って、トランプでもするよ」
「そうだね。邪魔しちゃ悪いもんね」
そう言うと、僕達は、部屋から鍵を持って、出て行った。
帰ってきたのは、お風呂に行くために、道具を取りに来た時だけだった。その時にも、完全に二人は、眠っていた。何事も起きないような、そんな寝顔を誰にも盗られないように、僕は、静かに部屋から出た。
大浴場は、浴槽が壁に沿って配置されており、中心と、隣の部屋に続く廊下の先に、体を洗うところがあった。浴槽は、4種類ほどあり、さらに、高温サウナもあった。そして、僕は、40分ぐらいかけて、ゆっくりと、お風呂を満喫した。
部屋に戻ると、日当と尾崎は、起き上がって、ぼ〜としていた。
「ただいま」
とりあえず、僕は、彼らに挨拶をした。
「ああ、おかえり…」
彼らは、なにやら、寝すぎた人のように、ぼんやりと宙に目をさまよわせていた。
「どうした?」
僕は、荷物を片付けながら聞いた。彼らは、ただ、何も聞いていないように、僕の話を無視した。僕は、彼らの顔の前で、手を振った。
「ありゃ、反応がない」
「どうした?赤城」
「ああ、勿付か。実はな、こいつらが反応がないんだ」
「そうか。まあ、寝起きみたいだし、そんなもんじゃないかな?ほら、寝る、寝る」
勿付は、手を叩いて、指示をした。すると、彼らは、そのままの格好で、寝始めた。体は、自然に、ベットの上へと倒れこんだが、掛け布団は、敷布団へと変貌を遂げていた。僕と勿付は、顔を見合わせて、ただ、彼らを見ることしか出来なかった。
「じゃあ、お休み」
「ああ、お休み」
勿付は、ドアを閉めて、部屋から出た。僕も、眠くなっていたから、ゆっくりと寝る準備をして、そのまま、眠った。ちょうど、午後10時。消灯の時間になっていた。
寝ている間中、外から声が聞こえてきていたが、どうやら、寝ずにずっとおきていることを考えた生徒達は、先生に怒られている時の声だと、僕は、起きてから知った。
第4章 雪崩
翌日、僕は、どうにか、時間までに起きる事に成功した。しかし、僕の横に寝ている二人は、先生に布団をはがされていた。
朝食も、同じ食堂で、同じ形式で食べた。さすがに、料理は変わっていたが、飲み物は変わっていなかった。
その後、ふたたび、軽く地震が来た。電灯が、少し揺れた程度だった。
僕達は、そのまま、部屋に戻り、スキー実習の準備をした。昨日の夜から、僕が起きる前までに振った雪の影響で、昨日までの固まった雪は、すっかり新雪へと姿を変えていた。
「この雪をすべるのかー」
「大丈夫だって。今日は、実際にリフトに乗って、上の方でスキーのすべり方の講座だろ?赤城なら、ちゃんと滑れるって」
「そう言ったって…」
僕は、日当と話しながら、スキー靴を履いて、スキー板を持って、ゲレンデに集まった。
「今日は、リフトに乗って、山の上へ向かいます。じゃあ、ついてきてね」
そう言って、インストラクターの植原は言った。彼は、リフト乗り場まで着くと、2人一組になるように指示した。僕は、ちょうど、新木と同じ組になった。
リフトは、全長500mで、二人乗りだった。上から手すりを下ろすだけの仕組みで、それを、上で再び上に戻すのだった。
僕達は、ふたりで、ちょっとだけ、話をした。他愛もない話だったが、僕に取っては、とても重要な話だった。そもそも、彼女とは、そこまで親しくはなかったが、それでも、友達程度までは、いっていた。
一番上に着いた時、そこは、わずかな人たちが、滑っているだけだった。新雪はふわふわで、ほとんど固まっていなかった。
「こんなところ滑るの?」
新木は、僕の横で、少し怖がっているように言った。しかし、僕の方に見向きもせずに、そのまま、ちょっと滑って、転んだ。今度は、僕には直接的な被害はなかった。傾斜角は、この辺りだけ、30度ぐらいあるように思われた。
「大丈夫?」
僕は、彼女に手を差し伸べた。すると、彼女は、グイと僕の手を引っ張り、僕も倒した。周りからは、冷笑とも嘲笑とも取れるような視線で、見られていた。
「私だけ倒れているのも、嫌だからね」
そう言って、彼女は、ゆっくりと立ち上がり、どうにか滑って行っていた。僕は、そのすぐ後ろを、追いかけた。
「じゃあ、今日は、とりあえず、滑ってみよう」
「先生、アバウトすぎて分かりません」
同じ班の古道奈貴子が言った。
「そうだな…じゃあ、まず、自分が見本を見せるから、そうしたら、それを真似て滑って」
「出来るかな…」
新木は、ちょうど、一番後ろで、僕のすぐ後ろだった。
「新木なら大丈夫さ。ちゃんと滑れるって」
僕は、彼女に言葉をかけた。彼女は、ちょっと、安心したような顔を見せた。
「そう?大丈夫だと思う?」
「ああ、大丈夫。だって、僕よりも運動神経、いいだろ?」
「あ、うん…」
そして、僕の番になった。
僕が、滑っているすぐ後ろで、彼女が滑っていた。その時、地面の揺れと鳴動が同時に来た。
「雪崩だ!逃げろ!」
その時、彼女がこけた。
「新木!」
僕は、すぐに駆け寄る事が出来る距離にいた。実際に、彼女をどうにか抱きかかえ、雪崩に飲み込まれた。他の人たちは、もう少し下にいたから、避ける事が出来た。僕達は、道を越えた山の下の方まで流された。
「赤城!新木!」
同じ班の人たちが、遠くの方で、僕達の名前ををよんでいるのが、うっすらと、記憶の最後に残されていた。目を開ける直前、どうにか意識を取り戻した僕は、胸のところに、柔らかい感触を感じた。足の方は、すこし、重さがあったが、それでも、柔らかく、温かかった。僕達は、気付けば、僕が、新木を抱きしめるような格好で、どうにか体勢を保っていた。彼女は、僕が起きる時にはすでに起きていた。そして、首をもたげ、こちらの方を向いて、泣きそうな顔になっていた。
「ごめっ、私のせいで…」
「違う!僕は、新木のせいで巻き込まれたんじゃない。新木が好きだから、ほっておいておけないから。だから…」
彼女を見ると、目からは、大粒の涙が流れていた。手で拭こうと思っても、どこかで絡まっているらしく、手が出て来れなかった。雪の中と言う、密閉された空間。下は、圧雪されており、硬くなっていた。しかし、上は、先ほどの雪崩の影響で、未だに、柔らかかった。
「ほら、これ使いなよ」
僕は、どうにか出したハンカチを彼女の目に当てた。
「泣いているお前は見たくないからな」
彼女は、ずっと、こちらを見ていた。そして、急に、右の方に顔が消えた。急に、右肩に重みが来た。
「ごめんね…私…何もできなくて…」
「どうした?何も出来ないのがなんで悪いんだ?生きている、それだけで、今は満足だよ」
僕は、心配になって、声をかけた。彼女は、もっと強く抱きついてきた。
「とにかく、雪の上へ行こう。多分、こっち側だから」
スキー板は、いつの間にかどこかへ行っていた。僕達は、二人で協力して、雪をかき分けて空の元を目指した。だんだん、暗くなってきていた。
第5章 起こった災害、そして、救出
同時刻、ホテル内で開かれた、緊急職員会議。そこには、警察関係の人の姿もいた。今回の雪崩で巻き込まれた人は、45人。内41名については、生存を確認又は救出完了。残る4名の内2名は、この高校の生徒だった。
「雪崩によって行方不明になっている2名の名前は、赤城信行、新木浪子の2名なんですね?」
警察の人が言った。この辺りで一番近い警察署の署長で、雪崩が起きて人が巻き込まれたと言う話を聞いて、すっ飛んできたのだった。
「そうです。それが、高校の生徒です」
「分かりました。他にも2名ほど一般人が巻き込まれています。彼らの救出部隊を編成して、出動させましょう。軍の方にも話を通すべきですね」
「陸軍の災害救助部隊ですか」
「そうです」
この国は、5つの軍があり、そのうちの陸軍にのみ、山岳部隊災害救助隊があった。彼らは、警察や消防や各都道府県の知事の要請を受けることによって、災害派遣として、活動することが出来た。彼らの装備は、警察の物とは比べものにならないぐらい強固なもので、1週間ぐらい野営しても、余るぐらいの予備の食料を持っていた。
「分かりました。では、お願いします」
「こちらも、全力を尽くして、4名の救出をします」
そして、署長は、一礼した後、どこかへ電話をかけながら歩いて行った。
すぐに、警察の救助隊が編成され、捜索活動が始まった。彼らは、雪の中に、4mぐらいの長いプラスチック製の棒を突き刺し、そうやって、雪の中の人を探していた。隣の人との間隔は、約1mで、ゲレンデは、電気が煌々と照っていた。いつ見つかってもいいように、いつ帰ってきてもいいように。
僕達は、辺りが真っ暗になってから、雪の中から出る事が出来た。
「ようやく…出られた」
「よかった…」
新木は、僕の腕の中で、また泣きそうになっていた。その時、僕は、彼女の足が怪我をしていることに気付いた。
「大丈夫か?その足」
「え?私の足?あ、血が流れてる…」
「ちょっと待って」
僕は、ハンカチを使って、ひざ下の怪我よりも上の方の止血点で、ハンカチを、思いっきり締めた。流れ出た血はほぼ止まったが、歩きづらそうだった。
「歩けるか?」
スキー靴は、歩きにくく、どうにかして、一歩、また一歩と、歩を進める事が出来た。彼女は、僕にもたれながら、歩いて行った。後ろには、点々と血が付いていた。
「大丈夫?」
僕は、彼女に肩を貸しながら聞いた。
「うん、大丈夫」
「そう?じゃあ、問題は、雪が降るかどうかだな。どこかで、ビバークしないと…」
「ビバーク?」
「雪山とかで遭難した時に、簡単なテントやかまくらを作って、その場しのぎの家を作って、命をつなぎ止めることだよ。その家とかの事を、ビバークって言うんだ」
「へえ」
そう言うと、彼女は、疲れたように、その場にへたり込んだ。
「私、もう駄目かも…疲れて動く事が出来ない」
彼女は、そのまま、座りこんだ。
「大丈夫か。ほら、おぶってやるから」
そう言うと、僕は、彼女に対して近くでしゃがみこむ形になり、彼女を背中に背負った。
「よいしょっと。ちょっと重いな…」
「ん?何か言った?」
彼女は、ちょっと怒ったような声を出した。僕はすぐに返した。
「いや、別に…」
そして、その格好のまま、雪が降り始めた真っ暗な森の中を歩いて行った。
ゲレンデのところでは、4名とも、依然として未発見だった。
「残るは、ゲレンデではなく、道路を挟んだ向こう側の谷になります。雪崩の雪の量が、今回、非常に多く、作業は難航しそうです。それに、明朝8時からは、軍からの応援部隊が来る事になっています。民間人と生徒の家族は、現在飛行機でこちらに向かっているところです。当時、その場で練習をしていた残りの生徒が助かったのは、僥倖と言っても。過言ではないでしょう。当時ゲレンデにいた、雪崩が起こった地域のところにいた人たちは、合計51名。そのうち、雪崩に巻き込まれなかったのが、6名。これは、インストラクター及び高校のスキー実習生の数と一致します。但し、行方不明になっている2名は除きます」
警察は、夜11時ごろ、記者会見を開き、今回の雪崩について説明をし始めた。
「今回の雪崩については、表層雪崩と思われます。1昨日までに降った雪が、一時的な気温上昇によって表面が融け、それが、昨日の大雪によって、再び凍り、その上、昨日からの連続した地震によって、凍っている部分を境にして、雪崩が発生したものと思われます」
そして、夜は更けていった。生徒達の一部には、まだ起きている人もいたが、先生は、今日だけは目をつむる事にしていた。
僕達は、偶然にも歩き回っている時、洞窟を見つけた。
「よかった、今日はここで野営だな」
僕は、中に入った。そして、彼女をおろした。
「大丈夫か?足は」
「うん、かなりよくなったみたい。血も完全に止まっているわ」
「そう、それはよかった」
外は、吹雪の様相を見せ始めていた。洞窟の中までは、雪は振り込んでこなかった。そして、偶然ポケットの中に入れていたペンライトを使って、洞窟の中をみた。奥にはほとんど入らない事にし、入り口付近で、一晩過ごすことにした。運よく、この洞窟の床は平坦で、寝ることには適しているように思われた。しかし、地面が濡れており、誰かが入ってくる事を考え、僕達は、壁に背中をもたれて、その体勢で、眠る事にした。その前に、新木の足の怪我の具合と、それぞれの荷物の中身を確認することにした。
「とりあえず、足の怪我は、このままでも構わないと思う。止血していたハンカチをほどくよ」
「…うん」
少しのためらいの後、彼女は答えた。僕は、その答えを聞いて、彼女の足に巻いていたハンカチを取り外した。血は流れなかった。その後、それぞれのポケットの中から、どんな物があるかを確かめた。
「僕の中には、コンパス、ハンカチ、ティッシュ、それに、このペンライトだね」
「私は、ガム、単4電池、それと、長めのマフラーね」
「どうやって、こんなマフラーをポケットの中に入れれたんだ?」
僕は、本気で聞いた。大体3mぐらいの長さのマフラーを、マジシャンのように、ポケットの中から取り出した。
「いろいろと、やり方はあるわ。とにかく、今はそんな事じゃないの。マッチとかは、誰かが持って来ればいいんだけど…」
その時、向こう側から、誰かが歩いて来る声がした。
「おおーい!誰かいないかー!」
「こっちですよー!」
僕は、思わず大声で返した。彼らは、こちらに来ていた。
「洞窟があるぞ。さっきの声は、この中からだな」
そして、彼らは、この中に入ってきた。
「あなた方は?」
彼らは、聞いてきた。彼らが来るまでの間に、ポケットの中の物は、ペンライトとマフラー以外全部、再びしまいこんでいた。
「僕達は、高校の修学旅行に来ている者です。あの雪崩に巻き込まれて、運よく生き残ったんです」
「そうですか。いや、こちらもですね。あの雪崩に巻き込まれて、どうにか這い出てきたところなんです。あなた達は、絆創膏か何か持ってませんか?」
「すいません。ただ、ティッシュならありますが?」
僕は、ティッシュを彼らに差し出した。彼らは、それを使い、怪我をしているところの止血と消毒をした。
「ありがとうございます。あ、紹介がまだでしたね。私は、華中菱魯と言います。このホテルには、毎年この時期に宿泊しているんですが、今年は運がなかったようです。ですが、私達4人で、どうにか行きましょう。それと、私の横に立っているのが、大神真乞で、彼と私は、大学時代の友人です。彼も、私と同様、この時期にこのホテルに宿泊しています」
そう言うと、彼らは、その場で、野営する準備をしていた。そして、ライターを取り出した。よく、コンビニで売っているような、100円ライターと言われるものだった。
「すいませんが、燃えるものを持っていませんか?」
「ごめんなさい。私達が持っているものは、不燃性です」
新木が説明した。
「そうですか…それはすいません」
華中は、そう言うと、ライターを引っ込めた。
「そう言えば、食べ物を持っていませんか?」
「ガムならありますが…」
彼女は、彼らに、ガムを一粒づつあげた。彼らは、それをライターで軽くあぶり、食べた。
「それでは、私達は、これで眠らさせていただきます。では、お休みなさい」
そう言うと、背中に背負っていた小型リュックから、寝袋を取り出し、そのまま、寝袋の中に入って、すぐに眠り始めた。それをみて、僕達も、また、眠ろうとした。しかし、彼女は、何か、考え事をしているようだった。僕は、小声で話しかけた。外では、吹雪が常に吹き荒れていた。
「どうしたの?」
「怖いの…私達が、彼らが出た後に置き去りにされることを…」
「大丈夫。僕がいつでも君のそばにいるよ。どんな時も、どんな場所であったとしても、全世界を敵に回したとしても、愛する者のためなら、戦える」
「…………ありがとう」
そう言うと、急に、彼女はまた泣き出した。
「おい…どうした?」
「分からない…分からないよぅ…ただ、涙が溢れてくるの…悲しくなんて、ないのに…嬉しいのに…」
僕は、彼女を再び強く抱きしめた。彼女は、僕の胸の中で、激しく泣いた。
「大丈夫、怖くない。思う存分泣けばいい。誰も怒らないから」
泣き声は、外の吹雪によって、かき消された。しかし、その涙は、とめどなく、流れ落ちていた。彼女は、僕の胸の中で、泣き続けていた。
そして、泣きやんだ時、僕は、何も言わずにハンカチを取り出して言った。
「これで顔を拭けばいい。泣いている時のお前ほどみたくない物はないからな」
「…ありがと」
「それよりも、着替えがないな…まあいいか」
僕は、彼女が顔を拭いている間に、マフラーで、二人をつないだ。
「これで、僕達は離れることはない。何かあれば、すぐに起きるだろうから」
「うん…」
そして、僕達は、いろいろと語り合いながら、眠った。
翌日、僕が起きた時、まだ彼女は眠っていた。吹雪は止み、昨日の寝る直前に来た彼ら二人は、すでに、出発した後だった。彼らが寝た後には、何も残っていなかった。僕は、寝る前と何かが違うことに気付いた。それは、新木が、僕の腕に抱き付いて眠っている事だった。彼女は、こちらに向かって、一言、寝言だと思われる言葉を言った。
「暖かい…大好き」
「………」
僕は、動く事が出来ずに、ただ、怠慢に時が過ぎて行くのを感じていた。
彼女がおきたのは、外が、僕が起きた時に比べて2倍ほど明るくなっていた時だった。もぞもぞと、動き出したと思ったら、こっちを向いて言った。
「あ、おはよう…」
ぼんやりとした表情には、可愛さや幼さがあった。
「おはよう」
僕は、とりあえず返事をした。そして、首に巻き付いているマフラーを取り、立ち上がって、言った。
「とりあえず、どうしようか。外は晴れている。僕達は、洞窟の中にいる。どうしようもないが、動くか、残るか」
「動いて、どうするって言うの?私は、ここを動きたくない」
「じゃあ、このまま、ここにいよう。ガムが尽きた時には、必ず行動をしなければならないが」
「分かった」
彼女は、元気よくうなづいた。そして、彼らは、その洞窟に残る事にした。
ホテルには、行方不明の4人の家族が到着して、その安否にどきどきしていた。そして、ついに、2人が帰ってきた。
「ただいまです」
「華中菱魯さんと大神真乞さんですね」
警察の人が、すかさず見つけ、確認をした。
「そうです。昨日の夜から偶然に見つけた洞窟で4人一緒に過ごしていました」
「…4人?と言うことは、高校生は生きているんですね」
「私達が洞窟から出る時は、ええ、生きていました。彼らは、眠っており、起こすのも、野暮ったいと考え、あちこちの木にオレンジ色のテープを巻きつけて、ここに到着しました」
「分かりました。では、出発しましょう」
軍の一部の人たちを連れて、警察の人たちは出発した。すでに、午後2時を過ぎており、日は、激しく山の陰に隠れようとしていた。
僕達は、2人だけの洞窟で、同じガムを10時間以上、ずっとかんでいた。食べ物は、それだけしかなかったからだ。
「…なんだか、嬉しいね」
新木が言った。
「どうして?」
「だって、赤城君と一緒だもの。実はね、私も、最初の頃から、赤城君の事が好きだったの」
僕は、ドキリとした。僕が彼女のことを思うように、彼女もまた、僕の事を思っていたのだった。
「だからね、雪崩に一緒に巻き込まれて、私と赤城君だけになった時、嬉しかった。本気で私のことを心配してくれている人に、初めて出会えたから…」
「どう言うこと?新木のお母さんや父さんとかは?」
「今ケンカ中で、別居している。本当は、妹と弟が1人づついるんだけど、妹が私とお母さん側、弟は父さん側が引き取っているの。今は、離婚の瀬戸際だって。そんな時に、娘達の面倒は見れないって言うことらしいわ」
彼女は、身の上話をし始めた。僕は、それをただ、聞いていた。
「けんかの原因も、不倫とかじゃなくて、お金の使いすぎが最初の原因。でも、それがだんだんエスカレートして、結局、今のようになっちゃったの。だからね、私、赤城君のように、本当に、真剣に、私の心配をしてくれる人と、結婚しようって考えていたの。ちょうど、赤城君なら、ぴったりだと思う…」
彼女は、ちょうど、僕に寄り添う形で言った。
「え?それって…」
僕は、少し驚いて言った。最初に告白したのは、昨日のことだと言う事が、不思議に思われた。
「だからね…私達、いいカップルになれると思うの」
彼女は、こちらに顔を向けて言い切った。
「好きだよ。赤城君。大好き」
そして、彼女は、言いながらも、僕を床に軽く倒して、そうして……
軽いざらざらした感触が、僕の口から離れた時、温かい何かが、僕の体の中を駆け巡った。彼女は、涙を流しながら、続けた。
「私、本当にひとりじゃなくてよかった…」
僕は、黙って彼女を抱きしめた。
「怖かったら、泣けばいい。楽しかったら、笑えばいい。幸せだったら、嬉しがればいい。何も無くて迷った時は、相談すればいい。どんな時でも、僕は、お前と共に歩んで行きたい」
彼女は、ただ泣きながら、うん、と繰り返すばかりだった。その時、再び、軽い揺れが来た。
「再び地震です。先ほどので、雪崩が起こりそうな場所が、倍近くになりました。ところで、このオレンジのひもをたどる旅は、どこまで続くんでしょうか」
警察の連絡係が言った。警察関係の人と軍関係の人の混成部隊は、いま、華中と大神の二人の話通り、オレンジのひもを順次見つけていった。しかし、周りは暗くなっていき、さらに、雪崩の危険性もあった。隊長は、決断を迫られた。
「…今日は、ここで野営をする。陸軍の皆さん。かまくらの準備をお願いできますか?」
「分かりました」
こうして、彼らはこの雪山で、なおかつ吹雪のところで、野営をする事になった。
僕達は、2日目の夜を、二人きりで過ごした。毛布も無く、マフラーで首元を暖め、二人の上着のチャックをつなぎ合わせ、面と向かって、眠りに落ちた。
ふと、夜中、何かの音で目を覚ました。夢でも見ていたのだろうか。僕は考えた。しかし、夢を見ているにしては、起きた後も音がしている。思い切って目を開けると、新木が、寝言のようなことを言っていた。あまりよく聞きとれなかった。僕は、仕方ないので、そのまま寝た。
翌日、僕が目を覚ます頃には、彼女は起きていた。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
彼女から声をかけてきた。目の前の彼女は、爽やかさの中に疲労感が見えていた。
「疲れているんじゃないか?」
僕は、彼女に聞いた。しかし、彼女は、首を左右に振って、そのことを否定した。
「大丈夫よ。まだ」
彼女は言った。そして、チャックのつながりを解いて、そのまま、元の格好に戻った。その時、洞窟の向こう側を見ると、果てしない蒼が、空一杯に塗りたくられていた。彼女は、その光景を見た時、思わず息を呑んだ。それほどまでに、美しい光景だった。僕も、何も言え無い気持ちになった。ふと、視線を下ろすと、キラキラと光り輝く何かが、降っているように見えた。しかし、雪ではない事には、すぐに気付いた。
「ダイヤモンドダストだ」
「え?」
彼女も、空から目を地上へと引き離した。そこには、木々を通り抜ける、爽やかな風に舞う、輝く妖精が、さまざまな形で、地上に遊びに来ているようだった。彼らは、本当は、空気中の水分が凍ったものなのに、それを感じさせない美しさがあった。
「自然って、こんなにきれいなんだね」
彼女は、言った。そして、僕の手を握った。僕も、彼女を握り返した。彼女は、僕に向かって何か言おうとした。そんなところに、山の上の方から、声が聞こえてきた。
「おーーーい。赤城信行、新木浪子。そこにいるのかー?」
「はーい。ここでーす」
僕は、声を返した。こうして、僕達は、3日ぶりに友人達の元へ帰る事が出来た。物的被害は、スキー板だけで、奇跡的にも、この雪崩で、死者は出なかった。
僕達は、衰弱気味と判断され、病院に搬送された。そこは、このあたりでも随一と言われる病院だった。そこに収容された後、一般的な検査を一通り受けて、点滴をされた。僕の横のベットには、新木が眠っていた。彼女は、脱水症状も出ており、帰りしに、意識が無くなりかかった事もあった。その後、点滴が無くなっても、2〜3日は、万一のための入院が要ると、医者が言った。
僕は、2日目の夜、眠っている時に夢を見た。その夢は、僕達の未来を暗示させるようなものだった。
僕は、何も無い広場の真ん中で、ただ一人、立ち尽くしていた。何をすればいいのか分からずに、どこに行けばいいのか分からずに、どうしたら、この世界から出れるか分からずに。その時、横に誰かが天から降りてきた。新木だった。
「大丈夫、怖くない。まっすぐ前だけを見て、歩いて行けばいい。疲れたら、立ち止まって休めばいい。好きな時に、好きなだけ歩けばいい。でも、時に、後ろを振り返るのも重要な事。何をするにも、過去があっての現在、現在があっての未来なのだから」
彼女は、それだけ言うと、僕の手を引いて走り出した。
「大丈夫!私達は、いつも一緒にいれるから。どんな時にも、どんな場所にも、私達は、生きていけるから!」
彼女は、僕の手を強く握り、だんだん速くなっていく速度の中、言い続けた。それは、詩となり、紡がれていった。
「私達は言う。
何もかもが一つで、何もかもが満たされていた時を。
私達は幸せの絶頂期で、何もかもが幸せであった時を。
全ての物は私達を祝福しており、全ての物が私達のために存在している時のことを。
しかし、忘れてはならない。
全ての物は、その時に準備された物ではなく、
私達の運命によって準備された事を。
君は言う。
僕達は、常に喜びの中に生きる事を。
全ての物は複数あり、全ての物がひとつだった時を。
彼らは、僕達を祝福する。何もかもの気持ちを一つに合わせ、
僕達の目の前を花びらの道で埋め尽くす事を。
しかし、忘れてはならない。
何もかもがそのような気持ちなのではなく、
時には、逆風が吹くことがあることを。
彼らは言う。
あなた達は、何もかもを手に入れ、幸せの絶頂期にある。
時に挫折し、時にあきらめ、時に回り道をしても、
その先に広がる大洋を、行かなければならない。
世界は、大きく広がっている。
それを、どうしようかと言うのは、あなた達しだいだ。
しかし、忘れてはならない。
時に挫折し、時にあきらめ、時に回り道が必要な事も、
時には、止めなければならないこともある事を。
全ての物は言う。
彼らこそが、全てであり、また、全てではない。
一つこそが全てであり、全てこそが一つである。
この世界はつながっており、誰も一人ではない事を。
しかし、忘れてはならない。
彼らがそうであったかのように、
幸せでは無い人たちがいる事を。
全ての人に、幸多からんことを…」
その詩は、そこで終わった。彼女は、僕から手を離して走り出した。彼女が進んでいる道は、曲がりくねり、落とし穴もあったり、さらには、突然の落石や大雨もあった。しかし、僕は、彼女の後ろをずっと追いかけていった。
その時、彼女は立ち止まり、二つの道を見ていた。右に進んでいる道は、きれいに整備されており、一直線に進んでいるように見えた。しかし、左側に進んでいる道は、泥道で、あちこちに曲がりくねっていた。彼女は、僕に聞いた。
「どっちに進もうか」
僕は、答えずに、行動した。
「こっちだ」
その一歩目を踏み出した時、僕は、目を覚ました。
横では、ほぼ同時に、新木が目を覚ましていた。そんな中、気が付くと、目の前に、車椅子の少女がいた。
「夢はどうだった?」
「君は、誰だい?どうしてここにいるの?」
「あたしは、大筑アミ。あなた達と同じ病室、ちょうど、彼女の前のベットで寝ているの」
「そうか、この病室は4人部屋で、僕の前のベットは空いているんだったな」
「そうよ。あたし自身は、あまり乗り気じゃなかったスキーに連れてこられて、さらに、右足を怪我して、ほとんど動かなくなっちゃったの。それで、ここに入院しているんだけどね」
彼女は、快活に笑った。その笑いは、彼女自身が、何も恐れていないと言う証拠でもあった。しかし、その笑いは、深刻な顔で埋められた。
「でも、あたしの父さんとお母さんが、ちょっと、長い眠りについて、今も目を覚まさないの」
新木は、彼女に聞いた。
「どう言うこと?父さんとお母さんは、どこにいるの?」
「大きな町の何とか大学の病院。昏睡状態とかお医者さんは言っていたけど…」
僕と新木は顔を見合わせた。
「じゃあ、アミの保護者は誰がしているの?」
「保護者?保護者はいないよ。だって、あたしは、父さんとお母さんが、ちょっと長い眠りが始まった時から、孤児院に入れられているもの。それでも、あたしは、こうして生きていける。でも……」
彼女は、突然泣き出した。僕は、新木と顔を見合わせて、うなづきあった。
「ほら、これを使いなよ」
僕は、彼女のひざのところに、ハンカチを投げた。彼女は、それを震える手で拾いあげ、涙を拭いた。
(そう言えば、この3日間ぐらい、女子の泣き顔ばかり見ているな…どうしてだろう)
僕は、ぼんやりと考えていた。
「あたしね、父さんとかお母さんとかと言う存在が欲しかったの。だって、周りの子達も同じような状態、両親がいない、だからかわいそう。そんな事ばかり言われるのは、もう嫌なの。孤児院での旅行の時、リフトから降りるのに失敗して、そのまま足をリフトと床に挟まれて、痛かったけど、すぐにその痛みも無くなって…」
彼女は、また、僕が投げたハンカチを目に押し当てた。
「ごめんね、勝手にあたしばかりが話して。でも、あなた達は、とてもいいカップルに見えたから…」
僕は、不思議に思って聞いた。
「どういう事?僕達はまだ一言も僕らが付き合ってるって言っていないけど」
「あたしには、その力があるの。誰も信じてくれないし、言ったところで嫌われるだけだけど、それでも言ってしまうの。あなた達は、とても幸せになる事が出来る。その道がどんなに険しくても、どんなに厳しい道でも、二人で支えあえば、必ず未来は開ける。そんな運命なの」
その時、病室のドアが開かれて、医者が入ってきた。彼は、大筑を一瞥し、鼻で笑った。
「おまえは、その足が動かしたいのか?だが、もうそれはあきらめた方がいい。俺が見たところ、お前の足は、神経もズタズタ。人工骨を入れたところで、無駄なだけだろう」
不思議と、僕は怒りを感じた。さっき会ったばかりでよく知らない12歳の少女に、僕は、何かを感じていた。それは、好意と言うべき感情だったと思う。僕は、医者に対して、怒鳴った。恐らく、ベットの上から動けたら、確実に医者の胸倉を掴んでいただろう。
「そんな事言わなくてもいいだろ!こいつは、何もかもを奪われそうになっている。その上に、さらに、こいつの自由すらも奪うって言うのか!」
横のベットで、新木が、同じような剣幕で続けた。
「彼の言う通りよ。なにも、この状況で、そんなひどい事言わなくてもいいじゃない!本当に、骨を入れたところで駄目になるの?彼女は、悲しんでいる。そんな事、やってみなくちゃ分からないじゃない!」
「お姉ちゃん達…」
ふと見ると、大筑の手元のハンカチは、硬く握られていた。医者は、どうにか反論した。
「しかしだ。この状況を見てみろ。彼女は車椅子だ。それに、彼女自身に聞いた事でもあるのか?歩きたいかって」
僕達は、黙るしかなかった。そこを医者は鋭く言った。
「ほらみてみろ。お前達だって、かわらないんだ。こいつと、お前達は、同類項で結べるようなものだよ。つまり、病院に済んでいる人たちさ。一つ違うのは、お前達は、あと2日後ぐらいまでには退院できるが、彼女は、もっと長い間ここにいないといけない。それだけの差だよ」
そして、医者は、僕らをにらみつけて言った。
「こんど、何かやらかしたら、これで済むとは思うなよ」
それだけ言うと、すぐに病室から出て行った。僕達は、大筑を見た。彼女は、また泣いているように見えたが、それは、嬉し泣きのように見えた。
「ありがとうね…あたし、また歩いてみたいんだけど、この足だったら、絶対に無理なのは分かってる。それに、お金も無いから、人工骨を入れる事も出来ないの。だから、あたしは、このまま、車椅子で生活するしかないと思うの…」
僕は新木に目配せをしてから言った。
「こっちにおいで」
その言葉を聞いて、彼女は何をされるか分からない、不安な表情を浮かべながら、ゆっくりと、こちらに近寄った。僕は、彼女の手を握り言った。
「お金なんて、僕がどうにかしてやる。大筑は、何も気にする必要は無い。親に頼んでみるよ。どうにか出来ないかって。大丈夫。僕の両親は、結構有名な財界人の一人だから、お金はある」
僕は、新木に向かってウインクをした。大筑は、どういう意味かが分からなかったようだが、新木は、すぐにピンと来たようだった。
それから、1時間ぐらいした時、また誰かが、病室に入ってきた。
「信行、無事だったか」
僕の父さんだった。
「大丈夫だったよ。ああ、紹介しておくね」
僕は、すぐ横のベットで顔だけをこちらに向けている新木を紹介した。
「彼女は、新木浪子。この雪崩に巻き込まれた被害者の一人。僕が告白した人でもある」
父さんは、僕の話を聞いて、驚いていた。
「なんと!とうとう信行にも、彼女が出来たか。これはめでたい。新木浪子と言ったな。これからも、信行をよろしく頼むぞ」
父さんは、彼女に対して言っていた。新木は、答えた。
「分かりました。私もこれから信行君の彼女として、恥じない行動を取るつもりです」
(堅苦しいな…)僕は、微かな何かを感じていたが、それが何かは分からなかった。そうして、新木と父さんの堅苦しすぎるような挨拶の後、僕は、目の前のベットによじ登っていた大筑を紹介した。
「彼女は、大筑アミ。同じ病室の新木の目の前のベットにいる。リフトに足を挟まれて、そのまま、人工骨を入れる事が出来たら、再び歩けるようになるって言う医者の診断」
「彼女の両親は?」
父さんは、左右を見回したが、それらしい人影は、見る事が出来なかった。
「いま、どこかの大学病院で昏睡状態。彼女自身は、今は、孤児院で生活をしているんだ」
「…分かった。じゃあ、この赤城隆生に、何かあれば、話なさい」
彼女は、言いにくそうに、話した。
「じゃあ、人工骨の、お金を、下さい…」
一言がはっきりと聞き取れる限界の声量で話した。
「人工骨のお金か…分かった。医者と話してみよう」
それだけ言うと、父さんは、どこかへ走り去った。
「行動力だけは、誰にも負けないからな」
僕は、ただ、それだけ言った。病室には、誰かの泣き声だけが、静かに響いていた。
翌日、再び医者と父さんが、病室に来た。
「人工骨の代金は、彼が払ってくれるそうだ。大筑、手術は明日だ」
それだけ言うと、医者は、ビビリながら、素早く立ち去った。父さんは、それをみて笑っていた。
「どうして父さんは笑っているの?」
「彼を脅したからさ。もしも医療ミスとかで、アミを殺したら、両親の代わりに、莫大な慰謝料を支払うように裁判を仕掛けるってね」
そして、当の本人を見ると、ただ呆然としているだけだった。言葉にならないようすで、口をパクパクさせる事しか出来ていなかった。父さんは、続けた。
「アミは、彼女の両親が意識を取り戻すか、それとも成人を迎えるかまで、赤城家で世話をすることに決まった。彼女の後見人と、相談したんだ。彼は、彼女の父さんが意識を失う時に後見人として頼んだ弁護士で、民法第839条に基づいて指定している事を、ちゃんと確認をした。証人も4名いたからね。彼は、民法第845条の規定どおりに家庭裁判所に申し出て、後見人を辞任し、その後任として、この赤城隆生を指名する予定だ」
新木と大筑は、ぽかんとした表情で、その説明を聞いていた。
「父さんは、弁護士免許を取ってるぐらいだからね。とりあえずは、こんな法律とかは詳しいよ」
「日弁連に登録してるからな。何かあれば、弁護もするぞ」
父さんは、豪快に笑い飛ばした。
「と言う事だ。だから、もうそろそろ家裁から何か言われるかもしれないが、君は、それを了承していると受け取っている。だからこそ、後見人の交代をする事に決めたんだから」
僕は、父さんを見て、彼女を見た。彼女は、何をしていいのか分からなくなっているようだった。ただ、感謝の意だけを表そうとがんばっていた。
「あ…ありがとうございます」
「ん、大丈夫。じゃあ、信行。父さんは、家裁に行っているから、何かあれば、連絡入れてくれ」
「分かった」
僕は父さんにうなづいて、父さんは、そのまま、病室から出た。
大筑は、そのまま、ベットの上にいたが、車椅子に乗って、こちら側にきた。彼女は、笑っていた。
「もう一度、歩くことが出来るんだね」
「そうだよ。この広い大空の下を、君の力で歩く事が出来るんだ」
「…あたし、本当に嬉しい。ありがとっ!」
突然、僕に抱きついた。僕は、優しく背中をなでた。
「ああ、当然だよ」
僕は、声をかけた。横のベットで、新木は、ゆっくりと呼吸をしていた。この世界から切り離されたかのように、この部屋は、静かになっていた。
翌日、僕が目を覚ますと、大筑は、手術着に着替えていた。
「見ないでよ!」
カーテンを目隠し用に引っ張り、新木からだとぎりぎり見れる位置までひいた。僕は、見たいけど、見れないような感覚を胸に秘め、そのカーテンの中を見ようとしていた。
10分後ぐらいに、医者が来て、手術の概要を説明していた。
「まず、全身麻酔をかけます。その時点で意識は無くなります。意識が無くなった事が分かり次第、右足ひざ下内部にある、腓骨と頸骨を取り出します。この骨は、すでに仮骨形成が出来ないほどに粉々になっています。その骨片を全て除去して、代わりの人工骨、強化プラスチック製で、最新の調節機能付となっています。この調節は、自動的に成長と合わせする事になっています。左右の足の長さを一定に保つようになっています。それで、手術は終了です。後は、縫合し、1週間ほどは、足を一切動かさないようにします」
「分かりました。では、お願いします」
彼女は、こうして、ストレッチャーに乗せられ、手術室へと向かった。僕と新木は、がんばれと、言うしかする事がなかった。
3時間後、彼女は、眠りながら帰ってきた。医者の話だと、手術は無事に成功し、集中治療室からこちらに移しても構わないと言う事だった。実質、手術の時間は、1時間弱だったらしい。そのすぐ後ろから、父さんが、やってきた。
「信行、どうだった?」
「大丈夫らしいよ。僕達も、今日で退院できるけど、大筑は、1週間ぐらい、経過観察のために入院が必要だって」
「そうか…それだったらいい。父さんがしておくから、お前達は、高校の修学旅行の最後を楽しみなさい。
偶然にも、高校側も、1日の延長を余儀なくされた。飛行機が、離陸に失敗して、管制塔に突っ込んだらしい。乗客、乗員278人と管制官4人。全員死亡。現場検証のために、滑走路は封鎖されて、飛行機は、全便欠航。だから、ホテルに逆戻りして、そのまま、泊まったらしい。車を用意しておいたから、検査が終わったら、そのまま、戻ればいい。入院時にかかった費用は、父さんが払っておいた」
僕と新木は、そうして、経過観察期間が終わり、大筑よりも先に、退院した。
父さんが用意した車に乗り込み、すぐにホテルに向かった。ホテルまでの道は、ガラガラで、雪が、道路の左右に壁を築いていた。
高校生は、ホテルのそれぞれの部屋に泊まっていた。警察による現場検証が終わるまで、飛行機は一機たりとも離陸する事ができない事になっていた。ホテルで、エレベーターに新木と一緒に入り、僕は、ドアが閉まって、ゆっくりと動き出すのを感じた。
後ろから、声が聞こえた。
「本当に、私でよかったの?」
僕は振り返って言った。
「ああ、だからこそ、好きだと言う事を伝えたんだ」
僕は、軽く手を降りながら、エレベーターを降りた。
部屋に入る直前、声が聞こえてきた。
「結局、一日以上は、ここで缶詰だ」
久し振りに戻ってきた部屋には、吾妻がいた。他にも、同じ部屋の人々はさておき、向かい側の部屋の勿付も、部屋の中にいた。僕は、部屋に入るなり、みんなに言った。
「お久しぶり。みんなは、どうだったの?」
「あ、赤城か、ようやく帰ってくる事が出来たんだな」
すぐに、日当が返してきた。みんな、それぞれ思い思いのベットの場所で、腰掛けて話していた。
「どうだった?雪崩の影響は。ちょうど、新木も巻き込まれたんだが…」
「ああ、知ってる」
日当の話を途中でさえぎるように言った。みんなは、僕の答えに、どう反応を返せばいいのか分からないようだった。僕は、続けた。
「なにせ、彼女と一緒に、雪崩に巻き込まれたんだからな」
みんなは、驚いた顔をしていた。そして、吾妻が聞いた。
「じゃあさ、告白とかはしたのか?」
「思い切ってな。こんなチャンスはもう無いと思ったからな」
「…じゃあ、賭けは、1人だな」
吾妻は、手帳を確認して言った。そこには、0〜8人までの、賭け金額と名前が載っていた。
「これによれば、1人にかけているのは、20人だ。総合計金額、47万4500円。これを、手数料として、4500円ほどもらって…」
吾妻は、携帯を取り出して、計算を始めた。
「47万割る事の、20だな。じゃあ、2万3500円だ。すごいな。一番、賭け金額が少なかった赤城が、一番得をする結果になったな」
その言葉に、日当が反論した。
「いや、待てよ。一番賭け金額が少なかったのは、俺が知る限り、俺自身の1000円だ」
「この人数に賭けている人の中でって言う事だよ。と言う事で、赤城に、2万3500円。先に渡しておくよ。俺っちは、別の部屋のところを回ってこないと」
そう言って、吾妻は、僕に2万3500円を渡してから、部屋を出て行った。この部屋にいた、他の人達は、その後ろを見ていた。
こうして、翌々日に、ようやく、警察による現場検証が終わったらしく、それを受けて、高校側も、飛行機の手配をした。すぐに取れたのは、単なる偶然だと、思いたかった。
しかし、自宅に帰れたのは、それから、さらに1日後だった。突然の吹雪により、乗る予定だった飛行機を含んだ以降全ての飛行機が欠航となったのだ。
「やっぱり、いろいろとあったからな…」
僕は、すっきりと割り切って考えることにした。
飛行機の搭乗手続きを済ませ、後は乗るだけと言う状況になった時、新木が、僕の所に来た。
「赤城君、この修学旅行、どうだった?」
「え?いや、雪崩に巻き込まれて、まあ、いろいろとあった事ぐらいしか記憶が無いな」
「もう、じゃあ、これ」
新木は、僕に、小さな包み紙を押し付けて言った。
「誕生日、おめでとう」
「新木、どうして僕の誕生日を知っているんだ?」
「みんなに聞いたの。私が、赤城君に告白されて、その事を受け入れたって言うと、誕生日に彼氏にプレゼントをあげるべきだって言っていたから…」
僕は、中身を見ようとした。彼女は、それを止めた。
「どうか、見るのは家に帰ってからにしてくれる?ここじゃ、恥ずかしいから…」
確かに、周りの視線が、僕達を見ていた。急に、顔が火照るのに気付いた。
僕は、そのまま、手荷物の中にそのプレゼントを入れ、飛行機に乗った。
僕は、飛行機の一番窓際の席で、すぐ右手に、新木が座っていた。飛行機が無事に離陸してから30分もしないうちに、新木は、眠っていた。僕は、それを確認してから、プレゼントを見た。そこには、一枚の手紙が入っていた。
「赤城君へ。
誕生日おめでとう。多分、このプレゼントを、赤城君なら飛行機の中で開けるだろうから、私は、横で眠っています。何かあれば、声をかけてもいいけど、あまりうるさくしないでね。こんな物でも、気にいると私は嬉しいな」
そして、プレゼントの包み紙の中身を見ると、手編みのマフラーだった。ところどころ、編み方を間違えているところが、また、味が出ていてよかった。僕は、小声で、ありがとうとつぶやいた。そして、僕が彼女の誕生日に何を渡すかと言う事を、考える必要があった。
後日…
僕達は、3年生になった。冬の間、ずっと、僕は、彼女の手編みのマフラーをつけて登校していた。僕達が飛行機に乗り、ようやく、自宅にたどり着いた時、どうやら、大筑も退院したらしく、その事を電話で父さんが知らせてきた。新木にその事を話すと、とても嬉しそうに言っていた。そして、4月の桜が舞い散る頃…新木の誕生日が来ていた。僕は、自宅に新木の誕生日パーティーをすると言う事で、招待をした。
「こんにちは…」
彼女は、何人かの友達を連れて来ていた。どんなパーティーにするか何も話していなかった僕は、玄関で、彼女を迎えた。
「どうぞ。さあ、あがって」
僕は、いろいろな部屋をわざと経由して、その間に、彼女の友達は、先周りして、会場に着いていた。
「どう?やっぱり大きいよね」
「うん…ちょっと、疲れたかも」
彼女は、ちょっと休むことを言ったが、僕は、もうすぐ、と言って、連れて行った。
「ここが、会場だよ」
僕は、ふすまが閉められている部屋を指差した。隙間からは、香ばしい香りが漂っていた。
「じゃあ、お願いします!」
僕は、向こう側の人たちに聞こえるように言った。すぐさま、ふすまが開かれて、クラッカーの弾ける音が、響いた。
「誕生日、おめでとう。ささやかだけど、僕のプレゼントを受け取って欲しい」
彼女を連れて、僕は、部屋の中に入った。
部屋の中には、彼女と一緒に来ていた友人もいた。
「あれ?一緒に来たのに、いつの間に?」
「最初から。うち達ね、赤城に頼まれて、ドッキリ的な事をして欲しいって言われていたんだけど、なかなか思い浮かばなくて、それで、先回りして、クラッカーをするという事にしたんだ」
さらに、大筑も、その中にいた。彼女は、すっかり元気になって、未成年後見人となった、父さんと一緒に、彼女を迎えた。
「お誕生日、おめでとう」
「…ありがとう」
それでも、新木は、僕からのプレゼントを受け取っていないと言う顔をした。
「じゃあ、プレゼント」
僕は、袋を取り出して、言った。
「これ。誕生日、おめでとう」
そして、彼女に、袋を渡した。
「開けていいの?」
彼女は、周りの空気とかなり異質な雰囲気の中、おずおずと僕に聞いた。
「ああ、いいとも」
僕は、元々そのつもりだった。彼女は、袋を開けると、驚いた。そこには、指輪ケースが入っていた。ふたを開けると、ふたの裏側に、「愛を込めて」と書かれていた。指輪は、彼女にぴったりだった。
「どう?気に入ってくれると嬉しいんだけど…」
彼女は、僕に抱き付いて言った。
「ありがとっ!こんなプレゼントもらうのは初めて!」
その後、急に、周りの視線が気になったようで、恥ずかしがって、顔を赤らめながら離れた。僕の方も、けっこう恥ずかしかったけど、それでも、嬉しかった。最後に、みんなで彼女に言った。
「誕生日、おめでとう」