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妻は小学三年生!?
作:澄氏 新



第六話 「おまけに付いた隠し味」


「もうっ! かぐちゃん、どうしてだんなさまに酷いことしたんですか!」
 ドタバタから数分後、俺の前には、桜乃に叱られながら小さくなっている「かぐちゃん」の姿があった。
 会った途端に腕をひねられたと桜乃に話したところで、このお説教タイムが始まったのである。いやあ、桜乃も怒るときは怒るんだな。
 俺はあぐらをかき、桜乃は正座して俺と並んで座り、対するかぐちゃんは俺たちの前で、正座して小さくなっている。両親に叱られる子供の図、みたいな感じだ。
「だんなさまは、桜乃のだんなさまなんですから、痛いことしちゃいけません!」
「は、はい、申し訳ありません」
 つい先ほどまで俺に殺気を放っていた女とは思えないくらい、しょんぼりと縮こまっている姿を見て、俺はほくそ笑んだ。その表情を見たか、女は俺をキッと睨みつけてきたが、桜乃に叱られてまた頭を垂れた。ふふん、いい気味だ。
 
 それからしばらく経って、桜乃のお説教が終わった後、
「で、お前は一体何なんだ」
 俺はいかにも怒り心頭といった調子で口を開いた。桜乃の長いお説教のおかげで、少し気分は晴れていたが、さっき痛い目にあわせてくれたお返しだ。
「私は、赤峰(あかみね) 神楽(かぐら)。桜乃様の付き人として、仕えさせて頂いてたの」
 付き人ってのは、簡単に言うとお世話係のことだ。
 俺にはそんな人は居なかったが、格式の高い家柄では、お嬢様には付くのは当然だろう。加えて、桜乃はまだ九歳なわけだしな。
 しかしそのお付きが、どうして今更になって、嫁に入った桜乃を追いかけてきたんだ?
「普通、嫁に入ったってのに、お付きが付いてくるってのはないだろ?」
 図星をさされて、かぐちゃんこと神楽は言葉を詰まらせた。
「で、でも桜乃様はまだ九歳よ。一人でお嫁入りだなんて、無理がありすぎるわ」
 負けじと言い返す神楽の言葉は、まあ確かにその通りである。普通に考えて、九歳で嫁入りなんて無茶苦茶すぎるもんな。
 しかし、どうにも腑に落ちない。
「確かにそうかもしれないけど、連絡も何もなしに突然うちに来るってのは、どういうことだ?」
 お付きが来るなら来るで、藤宮なり親父なりから電話の一本でも入りそうなもんだが、それもない。ついでに、桜乃の旦那である俺の顔くらい知っていてもよさそうだが、こいつは突然俺の腕をひねってきた。
 桜乃の手伝いをするように藤宮からよこされたなら、こんな事態にはならなかったはずだ。
 俺の突っ込みに、神楽はまたぐっと喉を詰まらせた。
「そ、それは……」
 なんとも居心地が悪そうな返事。さっきまでまっすぐに俺を睨んでいた目は泳ぎまくっている。
「ははあ、なるほど」
 いつまでたっても質問に答えようとしない神楽の、困ったような仕草を見て、俺は意地の悪い笑みを浮かべながら切り出した。
「つまりお前は、勝手に藤宮を出て、桜乃を追いかけてきちゃったわけだ」
 どうやら、これまた図星のようである。神楽の表情を見れば一目瞭然だ。
 しかし、俺の頭にまた一つ疑問が浮かぶ。
 付き人という役目を終えたとはいえ、別の理由で藤宮に仕えることはあったはずだ。桜乃のお手伝いのためだけに雇われたとしたら、それはそれで桜乃を追いかけてくる理由がない。
「勝手に出てきて、藤宮からは何も言われないのか?」
 俺の更なる問いに、今度は神楽は目を伏せ、
「特に、ないかしら」
 と、吐き捨てるように答えた。藤宮の方で何かあったのだろうか、その表情は憤りと悲しさが混じりあっているように見えた。
 桜乃をちらりと横目で見てみると、彼女もまた、少し悲しそうな顔をしている。
 今更ではあるが、俺は藤宮のことをあまり知らない。知っていることと言えば、せいぜい長谷川家と縁のある家系だってことくらいだ。
 一体この二人は、藤宮でどんな生活をしてきたのだろう。しかしそれを訊くのは、何だか悪いことのような気がして、藤宮についてはそれ以上何も言わなかった。
 
「で、どうするつもりだ?」
 何だか空気が重くなってきたので、俺は話題を変えた。藤宮のことは確かに気になるが、それは話せるタイミングになった時にでも訊けばいいことだ。
「決まってます。桜乃様の付き人として藤宮を出たわけですから、当然これから桜乃様のお手伝いをさせて頂きますわ」
「わぁ!」
 神楽の答えに、桜乃が嬉しそうに目を輝かせたが、対して俺は思わず咳き込んでしまった。
 どういうわけか、こいつは俺に敵対心を持ってるようだし、何より二人で住むにも狭いこの部屋で、三人で過ごすことになるってのは少々きつい。出来れば勘弁願いたいのだが。
「ちょっと待て、もう嫁入りを済ませた桜乃に、今更付き人なんて必要ないだろ」
「いいえ、桜乃様はまだ何も出来ない子供だわ」
「そんなことないです!」
 神楽の言葉に、桜乃は頬を膨らませ、ぐっと身を乗り出しながら反論した。桜乃自身に反論されるとは思っていなかったのか、神楽は驚いたように目を丸くした。
 確かに神楽の言うとおり、桜乃はまだ子供だ。当然、出来ることにも限界がある。
 しかし、何も出来ないってのは間違いだ。
 この二週間で、桜乃が俺にどれだけのことをしてくれたか、どんなことを出来るようになったか、それを知らないがゆえの発言なのだろう。でも、それと言っても桜乃が怒るのは当然だ。
「桜乃は、だんなさまにご飯を作ったり、お風呂の準備をしたり、一人でお買い物に行ったり、おるすばんしてたり出来ます! 何も出来ないなんてこと、ありません!」
 ものすごく子供丸出しな言い分だが、一緒に暮らしてきた俺は、それがどれだけ桜乃にとって頑張ったことなのか、よく分かる。
「しかしながら桜乃様、最近は桜乃様のような幼い女性に欲情する下衆(げす)も多いと聞き及んでおります。いくらご結婚なさってるとはいえ、一つ屋根の下、同じ部屋で殿方と暮らすというのは……」
「待てコラ」
 これは聞き捨てならん。ついでに、子供の前で下衆とかいう言葉を使うんじゃない。
 夫婦が一つ屋根の下、同じ部屋で暮らすってのは、別におかしいことじゃないだろう。それに、桜乃相手にどうこうしようなんて、そんな気が起こるわけでもないし。
 桜乃は、神楽の言葉に首をかしげていた。言いたいことが、いまいち分かっていないようだ。うん、まだ分からなくていいぞ、桜乃。もうちょっと大きくなってから覚えようね。
「言っておくが、俺はロリコンでも何でもねえ」
 まあ、今朝は桜乃にちょっとドキッとしちゃったけど。いや、今朝だけに限らず、ちょっとドキッとしちゃう場面は何度かあったけど。そんな些事は置いといて。
「ついでに言えば、お前が寝泊りするほうが問題だろ」
 言われて初めて気が付いたといった感じで、神楽は顔を真っ赤にして固まった。
 さっきも言ったが、神楽はものすごい美人なのである。そりゃもう、モデルとしてスカウトされてもおかしくないくらい。普通の男なら、まず放っておくまい。
 まあ痛い目にあわされたこともあって、神楽に対しても変な気が起こるとは思えないが、桜乃のことを心配するより先に自分の身を心配するほうが、この場合では普通だろうに。
 
 赤くなって硬直している神楽を見ながら、俺は一つため息をついた。
 俺と桜乃の二人から、何か言うたびに突っ込まれ、居場所をなくしているこの女を、一体どうすれば良いものやら。
 勝手に桜乃を追ってきた以上、彼女はもう藤宮には戻れないだろう。
「桜乃、どうする?」
 とりあえず、桜乃に訊いてみる。一応、元は桜乃の付き人なわけだしな。神楽をどうするか、決定権は桜乃に移すことにした。
 まあ、先ほどの「桜乃のお手伝いをする」という神楽の台詞への反応を見るに、答えは決まっているようなもんだけど。
「かぐちゃん、おうちで桜乃のおてつだいをしてもらうって、ダメですか? だんなさま」
 桜乃は不安そうに、上目遣いで俺にそう言った。案の定、予想通りの返事である。
 確かに神楽に対する怒りはまだ冷めきらないが、それとは別に、可哀そうだなと思う気持ちもあるんだよな。
 神楽と桜乃が、藤宮でどんな生活をしてきたのか、俺は知らない。しかし、一瞬見せた二人の暗い表情から、あまり良い境遇ではなかったことが伺える。それこそ、桜乃の身を心配して、勝手に藤宮を飛び出してくるくらい。
 そこで無下に「どっか行け」と締め出すのもな。
 それに……
 俺は神楽を見やった。俺の答えを待つように、目を伏せてうつむいている。
 彼女は、藤宮に居た頃の桜乃を知っている。俺は、その頃の桜乃のことを知りたい。
 今まで桜乃に直接訊くのは遠慮してきたが、神楽からだったら、そのうち訊き出すことが出来るかもしれない。
「分かった。それじゃ、桜乃のお手伝い、してもらおうか」
 俺の答えに、桜乃の表情はパッと晴れ上がり、神楽も顔を上げた。
「良いの?」
 信じられないといった調子で、神楽が訊いてきた。さっきまでプリプリ腹を立ててた男から、オーケーが出るとは思ってなかったんだろう。
「桜乃が決めたことだしな。それに、一度オーケーを出したんだ。男に二言はねえ」
「ありがとうございます、だんなさま!」
 にこにこ笑いながら、いきなり桜乃が俺に飛びついてきた。抱きついてくるなんてことは初めてで、俺は体を支えることも出来ず、そのまま床に押し倒されてしまった。よほど嬉しいんだろう。
 しかし気を取り直したのか、桜乃は一気に耳まで赤くなると、そそくさと離れてまたちょこんと正座した。
 ああもう、ついさっきロリコンじゃないとか言ったくせに、こうした仕草に可愛いとか思っちゃう自分が情けない。
 俺も姿勢を正して、一つ咳払い。神楽がくすっと小さく笑った。会うなり突然痛い目にあわされたということもあってか、何だかその笑顔が新鮮に思えた。
 
「まあとりあえず、早速だけど、一つ手伝いをしてもらおうかな」
 言いつつ、桜乃の方を見やる。俺が何を言おうとしているのか分かっているようで、笑顔で俺を見つめていた。
「何かしら」
「お夕飯のおかいもの、ですよね? だんなさま」
 俺が答えるより先に桜乃が口を開いた。
「それと、夕飯作るのもな」
 付け加えて、俺と桜乃はお互いに笑いあった。そんなやりとりを見ていた神楽も、すっかり笑顔になっている。
「良かった」
 そう神楽がぽつんと呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。桜乃の笑顔を見て言ったのか、居候になることを断られなかったことに対してなのか、俺にはさっぱり分からなかったが、それでもこういう台詞が出るってことは、素直に良いことだなと思った。












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