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媚薬のチカラ
作:不知火仁



始まりは最後の日常


 薬とは一時的な作用しかなく、その効き目はいつか切れる。
 風邪薬しかり麻酔薬然り毒薬然り。
 どんな薬にも終わりは在って、例外は有り得無い。
 だからこの薬から始まった物語にも、きっと例外無く終わりが来るのだろう。
 ならば私は、その終わりを見届けよう。
 他愛たあいもない世界の―――
「なぁ母さん、メシまだ? 俺腹減ったんだけど」
「ちょっ、今いい所なんだから邪魔ジャマしないでよ!」
「いや、でもさっさと仕度しないと姉ちゃんが料理始めちまうぞ?」
「わっそれはヤバッ。何してるの、早く止めてきなさい! お母さんもすぐ行くから!」
「あいあい」
 ―――え、えっと、な、ならば私はその終わりを見届けよう。他愛もない世界の片隅の、他愛もない日常の、少しばかり理不尽で傲慢ごうまんな強制恋物語っ。
 はい、語り終了!


 その日の朝も、間違いの無い日常の始まりだった。
 その日常の端っこで、間違えようのない目覚ましが容赦なく鳴り続ける。
「…………」
 目覚ましの主は布団の中でその耐えるにはかたき拷問に耐え続け、そのうちそれをセットした人間(自分)を恨めしく思い、馬鹿らしくなった所で諦めて恋しき場所を後にした。
 それも変わり無き日常で、少年は感慨も無く制服に着替え、朝食を食べ、登校し駅に向かう。
 いつもの風景。いつもの日常。
 ―――それが非日常に変わったのは、教室に入ってからだった。


 俺が教室に入って直ぐ異変があった。いつものように談笑をしていた女子四人組が、喋るのを止めて俺のことをまじまじと見つめてきたからだ。
「……何だ?」
 その視線を軽く流そうかと思ったが、そいつ等から不穏な気配がした為一応訊ねる。
 こいつらの考える事は俺に一縷いちるの幸福もくれない事を、俺はこの高校に入学して二ヶ月で学習している。
 その牽制けんせいを含めた質問に、慌てて一人の小柄な少女が返してきた。
「え、あっ、おおはよう武藤むとう君。今日はいつもより早いんだね」
「早いって今日もいつも通りの時間だろ。電車通学だしそうずれる事は無いと思うが。ああ、それとおはよう、つむぎ
 その的外れな返事を言っている少女に、俺は答え返す。嘘のつけない彼女の動揺ぶりから見てもこいつらが俺に何かを隠していることに間違いは無さそうで、とりあえず退避しようと俺は自分の机に向かい鞄を掛けた。と、
「ねぇ、いつきは甘い物は苦手?」
 唐突に、今まで沙良の隣に居た筈(筈!)の勇紀ゆうきが俺の机に乗り出して訊いてきた。ちなみに紬達の居る場所は俺の机から5mほど。アレか。瞬間移動か。
「嫌いではないがとりあえずどけ。邪魔だ」
 鼻が触れそうなほど顔を近づけて何か期待のこもった瞳で俺を凝視してくるそいつを片手で押し返す。
 幼馴染みであるこの草薙勇紀くさなぎゆうきは女のくせに暑苦しい。
 とりあえず性格が暑苦しい。人懐こくよく喋るので誰とも仲良くなるが、毎日聞いていると気が滅入る。
 ついでに体格が暑苦しい。俺の五倍ほど飯を食うこいつは新陳代謝が良いのか悪いのか、栄養が上半身の上半分に偏っている。
 更にこいつは陸上部で、今は朝練後の朝休み。そのため今の勇紀はまだ茹でっていて、近づくだけで熱気を感じる。暑苦しさ三倍。
 そんな感じで暑苦しい勇紀は何故か他の男子共に人気がある。俺の前席の和人いわく「そこがイイ」のだそうだ。……どこが「イイ」?
 そのためコイツと馴れ馴れしくしている(つもりは無いが)と、俺が男子どもの反感を貰うことになる。
 こいつが俺に近づくと暑苦しく恨みを買う。その中に俺の安寧は存在しない。
 ならばそれは俺にとって損でしかなく、それを避けるためには、この、押しても押しても、迫ってくる、幼馴染みを、押し返さなくちゃいけないんだくそっ……!!!
「おい、お前達も手伝え。何傍観してんだ」
 勇紀消えた四人組は一部始終を楽しげに見ていた。コレはコントじゃねぇぞ。特にそこのノッポ、何笑いを堪えてやがる。
 その中で一人だけ何故か恥ずかしそうに俺達の事を見守っていた紬は、
「え、あっ、ゆ、勇紀ちゃんっ!」
慌てて俺から勇紀を剥がしてくれた。
「ちょっと沙良さら、邪魔しないでよー」
 勇紀はせっかく手に入れたおもちゃを取り上げられた子供のようにむくれる。……いやいや、この比喩は間違えた。それでいくと「おもちゃ」とは「俺」のことになってしまう。
「……まぁとりあえずサンキュ、紬。助かった」
「えっ、あ、ええと、ど、どういたしましてっ」
 紬はまた恥ずかしそうに俯いた。長い前髪で表情がよく見えない。
 紬沙良つむぎさらはおとなしい。それが俺の認識であり、世界共通の認識でもある。
 詳しいことは俺にも知らない。風の便りをそのまま流すなら、入学当初虐められていた彼女を、勇紀達が助けた。それだけのこと。
 それ以上は知らないし知る気もない。―――だって今、紬は勇紀達と居てとても楽しそうだ。
「はいはい、そこまで。二人とも、当初の目的を忘れるな?」
 そこでやっと、紬達を欠いた傍観者三人が入ってきた。遅ぇよ。
佐々倉ささくらとノッポは置いといて、なぜ蒼井あおいさんまで助けてくれなかったんです?」
「いやぁ、たまにはこういうのもいいかなと。ごめんね?」
 この中では常人の域に入る蒼井さんは、あははと愉快そうに笑う。その笑いに悪意は無く、蒼井さんの隣で腹を抱えて爆笑してる奴より何倍もいい。
あかね、馬鹿笑いは止せ。そんなものは、後にとっておけ」
 この中で一人だけ終始無表情(さっきの傍観時は微かに口の端を歪めていたが)だった佐々倉は、眼鏡のブリッジを軽く押さえながら一声でノッポ(佐々倉の言う茜)をいさめた。
「ちぇっ、いいじゃんか、別に減るもんじゃないし」
 言いながらノッポは笑いを止める。そこで佐々倉は俺に”あるもの”を掲げた。
「甘いものは嫌いじゃないと言ったな。ならばコレを食べてみろ」
 俺は佐々倉から”ソレ”を受け取る。透明な包みから覗くソレは、丸くてビー玉程度の大きさ。色は透き通った赤色で、パッと見それは飴玉だった。
「? 何だよ、コレ?」
「飴玉以外に見えるか? 見えるなら言ってくれ。まあそもそも食わないというのなら返してくれても構わんが」
 眼鏡の向こうの鋭い眼が俺に尋ねる。そうは言われても、受け取ったそれは飴以外の何物にも見えず。
「いや、貰えるなら貰うが。……毒薬とかじゃないだろうな?」
 まさかいくらこいつでも致死性のイタズラをしないとは思うが。……いや、こいつの場合否定しきれない。何せ相手は、あの佐々倉である。
 俺は一番嘘をつかなそうな(というかつけない)紬に訊いてみる。
「なあ紬、これ食って死に瀕することが起きたりするか?」
「え、い、いくらかがみさんでもそんな武藤君が死んじゃうようなことはしない……です。……少なくとも、それは」
 いきなり話をふられた紬は反射的に答える。言葉が尻すぼみなのは多分言いながら紬も確証が無くなってきたからだろう。佐々倉が横目で紬を見て、ノッポがまた笑う。ツボ広いな。
 まあしかしそれを訊いて安心した。紬が言うならコレは毒薬ではないのだろう。例え激辛の飴玉だったとしても、辛党の俺なら何とか耐えられる。そう思い俺は飴玉を口に放り込んだ。
「……けど、えっと……」
 そこからさらに紬は続けようとしたが、何故かそのまま口を閉ざしてしまった。それ以前に、声が小さ過ぎて俺は聞いていなかった。そにまま口の中で飴を転がし続ける。
 その飴はトロン……と、じんわりした甘さを持っていた。それは一瞬で口内に浸透し、視界をまどろみさせる程だが強烈という言葉は絶対に似合わない甘み。
 それをもっと味わうためにそのまま飴を舐めようとすると、
「…………?」
 「ソレ」は口の中から跡形も無く消え去った。まるで固体がそのまま気化するように、あまりにも不可解な消失。
「? なぁ、コレ一瞬で溶けちまったんだけ、ど……?」
 振り返ると、いつの間にか俺の前には紬が他四人に押し出されていた。
「…………」
 紬は何故か緊張で固まっていた。その表情は何か俺を心配するような気配も漂っていて、それが俺を不安にさせる。
「…………」と勇紀。
「…………」と蒼井。
「…………」と佐々倉。
「…………」とノッポ。
「…………どうしたんだ?」と俺。
 堪えられなくなり、俺は紬の後ろに隠れている四人に訊いてみる。ちなみに紬は緊張のあまり立ったまま気を失っていた。一体どうしたんだ?
「「「「……え?」」」」
 四人は一緒に声を漏らす。それは驚きというより疑問に近かった。
「え、樹、なんとも無いの?」
 勇紀が不思議な事を聞く。
「どこか異常に見えるのか?」
 俺は両手を挙げて何も無い事を表現する。
「ちょっと、じゃあ『あれ』は偽物だったって事!? 結構高かったのよ!?」
 ノッポは悲痛そうな叫びを上げる。
「私は元々信じて無かったけどね」
「私も。紬さん、大丈夫?」
 佐々倉は解りきっていたとでも言うように眼鏡のブリッジを押さえながら肩を竦め、蒼井は気絶した紬を介抱し始めた。
「???」
 意味が解らず、俺は五人の有様をただただ眺めているだけだった。

 ―――瞬間、
「…………!!!」
 唐突に体が熱くなった。
 視界が歪み、意識が朦朧とする。
 足の震えは止まらず、体を支えきれず倒れそうになる。
 心臓は破裂しそうなくらい脈を打ち、沸騰したような命の源けつえきが体を巡る。
 体の感覚が消えかけ、俺の頭の中は真っ白になり―――、

 ―――その永遠と感じた一瞬は、ぴたりと止んだ。
「―――――あ」
 離れかけた意識が標準を合わせる。
 体を確認するがどこにも異常はない。その普通さが、今の感覚を夢の様に感じさせる。

「どうしたの?」

 勇紀の心配そうな声に顔を上げる。そして、見てしまった。
「――――――」
 俺の前には毎日見ている女子五人。今までと変わり無いそいつらの姿が、


 ―――とても可愛く見えるのは、何故だろう。


「――――――!!!???」
 俺は飛び退いた。勇紀達の居る壁際から反対方向の壁まで、背中を強打するぐらいの勢いで、全力で勇紀達との間合いを離す。
「……え? どうしたの?」
「来るな! 近寄るな!」
 近寄ってくる勇紀を片手を突きつけて制す。その姿を見た勇紀の心配そうな表情が、とても可憐に見えるのは、何故だろう。
「え、どうしたんですか?」
 目が覚めた紬、それを抱える蒼井、その隣で変なものを見るような目で俺を見ている佐々倉、果ては何故かこの状況を理解し楽しんでいる表情のノッポの姿までもが、とても、とても綺麗に見えるのは、何故だろう。
「ほう。つまりコレは、あの『媚薬』が本物だったという確証か?」
 佐々倉の言っていることが全く理解できず、そのまま俺は五人に見惚れていた。


始めてみた連載小説。ちゃんと続けられるかもの凄く不安です。











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