死臭漂う街
「なんか……臭わないか」
電車を降りるなり俺が聞くと、Rは振り返った。
「わかるか」
そう言って、下りのエスカレーターに乗った。
改札を出ても、妙な臭いは消えなかった。温泉地で嗅ぐ、硫黄臭にも似たような――何かが腐った臭い。
「人によって気付いたり、全く気が付かなかったり。まぁどっちにしろ、住むとなると嫌でも気付くことになる」
駅前の商店街を、二人で歩いた。大抵の店がシャッターを降ろし――といっても店じまいをするにはまだ早いし、もう長く閉店したままなのだろう――営業している店も繁盛しているようにはとても見えない。全国チェーンのコンビニエンスストアにさえ、人が入っていなかった。
さっきから、人とすれ違わない。建物はそれなりにあるのに、人の気配がしない。――閑散としている。日曜の昼下がりとは、とても思えない。
「二年くらい前まではこんなんじゃなかった」
Rが小さく、呟いた。
二人並んで十数分歩くと――先ほどからずっと感じていた臭いが急にキツくなった。ポケットからハンカチを出し、口元を抑えた。
そしてやがて、一軒の家の前に着いた。
「ここだ」
Rが言う。
「ここのせいなんだ」
――それは、古びた一軒家だった。外壁に蔦が絡み、割れた窓の向こうは暗い。庭には雑草が伸び放題で、入り口の門には黄色と黒の縞模様のテープが貼ってある。
「ここに、一人のじいさんが住んでた」
言って、歩き出した。――俺は、その後を歩く。
口うるさく、嫌われ者のじいさんだった。そう、Rは言った。
「時代遅れな“カミナリオヤジ”、って感じだった。親御さんの目なんか気にせず、イタズラをするような子どもは叱りつけてた。昔だったらそんなじいさんも子を持つ親から感謝されてたのかも知れないが、今じゃそうもいかない。苦情を言いに来る親御さんが何人かいたみたいだったが、そんな親にも説教をするような人だった。……まぁ早くに奥さんを亡くして、一人で育てた娘にも家出されて……寂しかったのかもしれないな。……で、じいさんは嫌われ者になった」
曲がり角を曲がると、その家は見えなくなった。
それでも、臭いは消えなかった。
「二年前の夏……ある日、じいさんの家から変な臭いがするようになった。同時に、家の前を掃除するじいさんの姿を見えなくなった。……でも、周りに住む住人はそれで、じいさんの家を訪ねるようなことはしなかった。……誰も、関わり合いになりたくなかったんだろうな。何週間か過ぎて、臭いに我慢できなくなった隣の家の住人が、警察に通報した。……じいさんは、死んでた。腐って、原型をとどめていなかったらしい」
Rは、歩きながら続けた。
「……その日、街中を腐った臭いが包んだ。異様な雰囲気だった。昼間で、酒に酔っているわけでもないだろうに、電柱の下に蹲って吐いてる人を何人か見た。……臭いは、次の日も消えなかった。雨の降ったその次の日も、何週間経っても、何ヶ月経っても……」
――じいさんは多分、この街全体を呪ってんだ。
やがて、あるアパートに着いた。Rが三年間住み、来週には引っ越す部屋がある場所だ。
「ここだ。家賃は、二年前から比べてずいぶん安くなった。部屋、上がるか?」
いや、いい。俺は言った。「だよな」。Rは言った。
Rは自分が引っ越した後の部屋を、俺に譲ってくれようとしていたのだ。でも、俺はもう、この街に住む気をなくしていた。
帰るわ。「うん」。
来る時とは違う道を通って、駅に向かった。