物悲しい唄が響く。
鎮魂歌にも似たゆっくりとした起伏のない唄が。
だいぶ昔に都で流行った曲だそうだ。それを紡ぐのは一体のオートマタ。
土台の時計が十時を指し中のオルゴールが動き出したのだ。
天を仰ぎ目を閉じて悲しそうに歌うそれはすべらかな肌も足元まで届く髪も身にまとっているものさえも白であった。
ゆっくりと顔をうつむかせるとうっすらとまぶたを開ける
その瞳は、エメラルドの中で炎が踊るような不思議な色合いであった。その人の目を引き付ける瞳さえも物悲しさ伝えるばかり。
「彼はね叶わぬ恋を歌っているのだよ。」
誰かがそっと呟いた。
「彼?」
何者かの問いが続く。
あのオートマタは男性を表しているのだろうか。そんな疑問がふと浮かぶ。
しかし、女性かと聞かれれば否と応えるだろう。それは性別を持たない不可思議な美しさをもつものだった。
「あの歌は男性が女性を想って歌ったのよ。」
「いいえ、花が太陽に恋焦がれた歌さ。」
「決して届かぬ月へのものだよ。」
議論は続く。その間もオートマタは切々と音を紡ぐ。
幾度同じ音を繰り返したのか。
何百年と。
誰もいなくなった深夜の館内は、それでも歩くのに困らないくらいに明るかった。
窓の外に炯々と大きな月が輝くからだ。慄くくらい強烈な月光は窓の桟をくっきりと廊下に映し出す。
カチリ
時計が午前零時を指す。時計の下の水盆はユラユラと満月を写す。
風も無いのに、水面はぐにゃりと歪み、そこに浮かぶ月も壊れていく。
ゴポリ
まるで水が沸騰したような音が響く。
しかし誰も不振に思う者はいない。ここにはオートマタが一体あるだけなのだから。
ゴポッ
水面の月を割って出てきたのは黒い闇だった。
ゆるゆると湧き上がったそれは次第に形を取り始め、最後には黒い帽子とコートを羽織った人型になった。
「おや」
人型は声を発した。よく響く音楽のような声だった。
「これは美しきオートマタ。あなたが私を呼んだのか。」
人型は帽子を取り、オートマタに向かって礼儀正しくお辞儀をした。
帽子からこぼれた髪の毛も闇のように黒かった。さらされた肌だけが透けるように白い。
直立した人型はオートマタに向かって微笑む。
月光に照らされたその顔は、天の使いのように美しかった。
けれど、誰もいない空間で、動かない人形に話しかけるその姿は恐ろしく感じられる。
古い言い伝えで満月の夜に現れるものをジン〈夢幻〉と呼ぶ。
気まぐれに願いをかなえては代償をねだるという。
おそらくここにあらわれたものも月の魅せるジンなのだろう。
人型をとったジンが顔をあげると、その耳元に飾られた装身具が微かに音を立てる。
先端についているのはぬらりと光る血のような紅玉だ。
「あなたの望みは?」
―人になりたい?
―それとも・・・叶わぬ想いを届けようか?
その問いにオートマタはうっすらと瞼を開けた。微かに瞼の奥で燃える炎が見て取れる。
(もう、歌うのが嫌になりました・・・)
オートマタは天を振り仰ぎ、その瞳いっぱいに月を写す。
瞳は金色になり、白い姿も淡く光る。
(何百年も同じ想いを同じフレーズにのせるのは・・・)
いつまでも変わらない・・・
そう、この先何百年とー・・・
すべてが老い、衰え消えていくのに・・・
(叶えてくれるならあなたに刻をあげましょう)
「なるほど。あなたが愛したのは終焉ですか。」
ジンは深く帽子を被りなおした。すると強い風が吹き、コートを翻させた。
それは、カラスの羽のように広がって、降り注ぐ月光を遮り、空間を闇で包む。
「いいでしょう。」
「あなたは二度と唄を紡がない」
ジンがオートマタの顔を一撫ですると、瞼は閉じられ、急に力が抜けたようにカクリと首が下を向いた。
「代償にしばらくこの街の刻をもらいましょう」
その言葉を最後に人型はゆるゆると形を失い、最後には黒い霧状のもとなり消えてしまった。
館内に残ったのは何事も無かったかのように月光の中で眠るオートマタ。
美しき美しきオートマタ
十二時(魔法の解ける時)を告げ
それっきり動かない
炎の瞳は姿を隠し
紅い唇も開かない
ジンが刻を盗んだから
未だ人々も夢の中
美しき美しきオートマタ
もう悲しい唄を紡がない
|