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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑

■ 四章.僕らはいま、物語の中にいるみたいだ

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■5 膚絵師と呪使い 【物語の日、神話の午後/18】

「あんたら、もしかしてあの野郎の関係者か?」

 全員が声をしたほうを向く。
 そこにいたのは一人の大柄な呪使いだった。

「間違ってたらすまねぇ。だが、実はあんたらが話してるのを聞いちまってな。……ああ、(ワリ)ぃ。こういうときは自分から身元を明かすもんだよな。
 ……この格好と杖を見てもらえりゃ一目瞭然だろうが、俺ぁ野郎とやり合ってる呪使いのほうの身内だ。……です」

 大雑把な口調で自己紹介をして、呪使い――左利きの相棒は、一同に小さく頭を下げた。
 骨の魔法使いに踊り子、そして色の魔法使い。彼らは三者三様に呪使いという人種と因縁を持つ者たちだった。
 だからこの状況で呪使いに話しかけられる、そんな展開には警戒を抱いてしかるべきはずでだった。

 だが三人の前に現れた呪使いは、彼らの知る呪使い像からあまりにもかけ離れていた。
 呪使いたちに特有の居丈高な振る舞いや神経質な感じは少しも見られず、むしろ素朴でざっくばらんな印象ばかりが顕著だった。

 三人はすっかり毒気を抜かれて、それから、順番に自己紹介を返した。

「……あの語り部の兄だ」
「……あ、うん。あたしは姉」
「はじめまして、ユカの母です。息子がいつもお世話になってます」

 最後に骨の魔法使いが丁寧に腰を折ると、呪使いの方もまた慌ててお辞儀をした。その様子には熊使いに使役される熊のような間の抜けた印象があり、これが三人に残されていたわずかな警戒心までもを完全に払拭する結果となった。

「あいや、こいつぁご丁寧にどうも。こっちも息子さんにはいつもやりこめられて……って、野郎のお袋さんってことは、あんたが骨の魔法使い? でそっちの姉さんと旦那さんは、もしかして『失われた恋と喪われぬ愛の純愛譚』の二人?
 ……ひゃあ、参ったね! 何度も聞いてきた物語の主人公たちに、まさかこうしてお目見えできるなんてなぁ!」

 そう素直な感動を叫ぶや、左利きの相棒は三人の手を次々に取って、ユカから聞いたのであろう彼らの物語にいかに感動したかを、熱烈な調子で本人たちに伝えはじめた。
 挙げ句の果てに、骨の魔法使いには「あんたが邪悪な魔女なんかじゃないって、俺と旦那はちゃあんと知ってたぜ!」と力説し、さらに踊り子と色の魔法使いには「また一緒になれてよかったなぁ!」と涙ぐみながら祝福の言葉を贈ってくるような始末。
 この呪使いらしからぬ呪使いに、三人はいよいよ完璧に調子を崩されてしまう。

「……と、今はそれどころじゃねえんだった!」

 そこで、個性的すぎる呪使いはようやく本題を思い出したらしい。
 左利きの相棒は三人を順番に見渡す。
 それから、突然その場に身を投げ出し、手を突いて平身低頭に願い出た。

「頼む! この決闘、どうか手出ししねぇで見守ってやっててくれ!」

 五体を泥まみれにして切願(せつがん)の限りに切願する呪使いに、ただただ面食らうばかりなのは三人の魔法使いたちである。

「あ、あわ、あわわわわ……と、とにかく頭をあげて! ね、呪使いさん?」

 踊り子が大慌てで助け起こし、色の魔法使いがどういう事情があるのかと質す。
 左利きの相棒は、問われるままに話した。

 三人の知らない左利きの人物像。
 あの数ヶ月を共にした四人だけが知る、ユカと左利きの奇妙な関係。
 彼だけに語られた左利きの信念と宿願。

 そして、魔法使いとしての覚醒が、いかに大きな絶望を左利きに与えたのかを。

 己の友人に起きた悲劇を、この大柄な呪使いは正しく理解していたのだった。

「旦那には、もうあの野郎との決闘しか残されてねぇんだ。それまで取り上げられちまったら旦那の心は本当に壊れっちまう。
 だから……頼む! いまはただあの二人の納得がいくまで、徹底的にやらせてやってくれ!」

 それだけ言うや再び平伏しそうになる彼を、踊り子がまたも慌てて止めに入った。

 色の魔法使いが、左利きの相棒を凝視している。
 ひどく意外なものを見たという目で。

 この膚絵師はだえしの青年にとって、呪使いとは例外なく唾棄だきすべき存在であった。
 揃いも揃って自尊心ばかりを肥大させ、揃いも揃って呪使いである己を偏愛してやまない。彼らにとっては自分が人であることよりも、男であるか女であるかよりも、呪使いであることのほうがよほど重要なのだ。
 自己を持たない歪な自意識の傀儡、それが彼の呪使い観だった。

 だが、いま目の前にいる呪使いはそうではなかった。
 必死を極めた嘆願の中で、この男は一度として呪使いがどうのということを言わなかった。ただ純粋に友人の為だけに、泥だらけになりながら彼は頭をさげていた。呪使いたちが蛇蝎のごとく忌み嫌う、我々魔法使いに。

 この男は、呪使いである前に人間なのだ。呪使いである前に、友人を思う一人の男なのだ。

「……心配しなくてもいい」

 気がつけば、言葉をかけていた。

「……もともと、手出しをするつもりなんて俺たちにもなかったんだ。妻が少しばかり頭に血を上らせたのは事実だが、しかしこの決闘はそちらにとってだけでなく、俺たちのユカにとっても大切なものであるはずだ。下手に横やりを入れれば、弟に恨まれることになる」

 そう言ってやると、左利きの相棒はたちまち安堵に表情を輝かせた。
 素早く色の魔法使いの手をとって、恩に着る、恩に着るぜと繰り返し言った。

 汗ばんだ無骨な手は当たり前だが自分たちと同様血が通っていて温かく、だから、膚絵師の青年は思わずにいられなかった。
 僕が身のうちに育てていたのは、もしかしたら行き過ぎた偏見だったのかもしれない、と。

 しかし、彼が己の中の凝り固まったものと今まさに決別しようとした、そのときだった。

「集合! 同胞諸君らよ、集合するのだ!」

 中年から壮年の、つまり年齢から鑑みるに指導者層とおぼしき呪使いたちが数名寄り集まって、それぞれ大仰に杖を振りかざして他の呪使いたちに呼びかけていた。

「さぁ、諸君! いまこそ我らの団結を見せつける時だ! 呪使いの名誉と尊厳そんげんを賭けて戦うあの者に助太刀し、にっくき魔法使いめを成敗してやろうぞ!」
「……な、なんだあいつら! ふ、ふざっけんじゃねぇぞおい!」

 左利きの相棒が、むき出しにした歯を憤りに噛みしめる。
 色の魔法使いの心に、空しさが去来する。
 やはりか、やはりこれが呪使いなのだ。

 ……と。

「やめんかバカタレ! 貴様らは、そうまでして呪使いの顔に泥を塗りたいのか!」

 そのとき、左利きに加勢しようと集まりはじめていた集団を一喝した者がいたのだった。

「バカタレっ、バカタレどもめっ! 名誉だ尊厳だとわかったようなことを言いよるが、貴様らの行いが貴様らの口にするそれを台無しにするのだと、どうしてわからんのだ!」
「お、おっさん……?」

 そう心底驚いたという声をあげたのは、左利きの相棒である。
 無理もなかった。
 状況への新たな乱入者は、彼と左利きの後見人である、あの中年呪使いだったのだから。

「貴様らは、彼の言葉をなにひとつ聞いておらんかったのか!? よいか、今ここが瀬戸際なのだ! 我々が我々を明日も誇れるか、それとも虫のように己を恥じて生きていくことになるのか……肥え太った愚者か痩せさらばえても賢者か、ここがその瀬戸際なのだぞ!」

 わからんのか、それがわからんのか!
 そう怒鳴りながら、中年呪使いは感極まった涙すら浮かべていた。



「……」

 一部の例外はあっても、やはり呪使いというのは愚かな存在であると色の魔法使いは考えている。それに幼少期からの因縁のすべてを水に流すことは、これもまた難しい。

 しかし、それでも彼は思うのだった。

「……ユカの言うとおりかもしれないな。十年先、呪使いは、いまとはまったく変わった存在になっているかもしれない」

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