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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑

■ 四章.僕らはいま、物語の中にいるみたいだ

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■1 図書館の歳時記

「……ついにこの日が来ちまったな」
 リエッキが言った。
「……ついにこの日が来てしまいましたね」
 牛頭も言った。

 揃って困り顔をしている大人たちの面前には、二人とは対照的ににこにこ顔の幼子(おさなご)がいた。
 なにかを期待した目を二人に向けて、カルメは大人たちの言葉を今か今かと待っている。

『この子と私を、この図書館に住まわせてはもらえませんか?』
 牛頭がそう申し出たあの日から、すでに五年が過ぎている。
 五歳になったカルメはこの日、無邪気さを極めた声で二人にこう聞いたのだ。

 あたしのお父さんとお母さんはだれ? と。

 邪気もなければ他意もない図書館の寵児の言葉に、揃って狼狽したのは保護者たちである。
 いつかはされる質問であると、そのことはリエッキも牛頭も理解していた。リエッキが語るのはもっぱらユカとの思い出話だったが、読み書きに興味を持たせる狙いもあってだろう、牛頭は蔵書された物語を読み聞かせてやっていた。
 この悪魔らしくない悪魔が教材に選ぶのは家族愛や道徳を扱った物がほとんどで(時折読み聞かせながら自分の方が泣いているのがリエッキにはうざったかった)、そうした物語には当然のように父母という存在が登場する。

「そうだ、つまりこれは牛頭の責任だ。それにこの子をここに連れてきたのもお前だしな」

 リエッキが牛頭の肩にぽんと手を置いた。

「というわけで、責任持って答えてやれよ。……おいカルメ、牛頭が教えてくれるってさ!」
「あ、ちょ、ひどいですよずるいですよ! 家族の問題なんだから私ひとりにだけ押しつけないでくださいよ!」

 重責を押しつけひとりだけ逃げようとするリエッキに、牛頭が必死になって縋りつく。こうしたやりとりの間もカルメはただ笑顔で待っていた。急かして答えを催促したりはしない、そのいつにないお行儀の良さがかえって二人に重圧を与える。
 まさか包み隠さず真実を教えるわけにもいかず、しかしだからといってはぐらかすことも無理そうだ。いくつかの密談の内にそう結論した二人は、結局、事実ではないがまるっきり嘘でもない、そんな微妙な作り話をすることにした。
 話す役は、結局牛頭が担当することになった。

「え、ええとですね。あなたのお父さんお母さんは……そう! 遠くにいるんです、遠くに。それで、ご両親からあなたをお預かりした私が、リエッキさんを頼ってこの図書館にね……」
「あたしって、捨て子?」

 牛頭が、泣きそうな顔でリエッキを振り返った。リエッキは思わず顔をそらした。
 まさかこういう返しが来るとは思わなかった。保護者たちの狼狽は、ここに来て極みに達した。

 しかしそんな二人とはまったく対照的に、カルメの表情はみるみるうちに輝きを増した。

「やったぁ! それじゃああたし、ユカとおんなじなんだ!」

 まるで「あなたは本当はお姫さまなんですよ」とでも明かされたかのように、本当に嬉しそうに幼子は言ったのだった。
 大人たちは脱力して机に突っ伏した。



 五年間、五年間が過ぎていた。
 五歳となったカルメはますますの元気、ますますの天真爛漫てんしんらんまんとなって日々保護者たちを振り回している。
 春には色とりどりの草花を摘んで帰り、夏には牛頭と森の中の小川に釣りへと出かける。秋にはカマキリの卵を持ち帰って自分用の宝箱にしまい、冬には図書館の中で連日かくれんぼに次ぐかくれんぼ。そしてまた春には、秋に持ち帰ったカマキリが孵化して大騒ぎになる。

 これが図書館の歳時記だった。その中心にはいつでも図書館の寵児がいる。図書館の生活、図書館の四季、そのすべてがカルメを中心に回っていた。
 そうした有り様は、牛頭に連れられた彼女が図書館にやってきた時から何一つとして変わっていない。

 もちろん、変化したこともある。なにしろ幼子は日々成長するものだ。
 たとえば目覚ましい語彙の増加があった。幼児語が抜けて、しゃべり方もわずかながら大人びてきた。自分の名前を正しく発音できるようになり、『かるちゃん』ではなく『あたし』と自称するようになった。少しずつ読み書きを覚え、最近は図書館の蔵書にも興味を抱きはじめている様子だ。

 そうした成長の中でも特筆すべき事柄が、いくつかある。

 その一つは牛頭、あの悪魔らしからぬ優しい悪魔からの影響だった。

「リ、リェ……リェリェッキさん!」

 呂律もまわらず大慌ての牛頭がリエッキの元に駆け込んできたのは、彼らが図書館にやってきてから四年目の春。カルメが四歳の時のことだった。

「……誰がリェリェッキだ誰が。……ったく、あのガキンチョですら最近は『かうめ』を卒業したってのに……」
「そ、そ、そのカルメが大変なんです! 一大事なんです!」

 カルメの一大事と聞いて、リエッキの顔色がさっと変わる。

 しかし落ち着いて(というよりは落ち着かせて)話を聞いてみると、事情は次のようなものだった。
 人の姿をして人の言葉を話しているが、言うまでもなく牛頭の本性は魔族である。その気になればいつでも本来の牛頭(ごず)魔の姿に戻ることができるし、変身するまでもなく魔族の言語を話すことはできる。

 その午後も、牛頭はこの数年来ですっかり腕を上げた大工仕事でカルメの新しい椅子を拵えていた。
 彼はカルメの成長に合わせて随時新しい机や椅子、最近では針仕事にも目覚めて凝った服までもを手作りしている。それらはすぐに大きさが合わなくなり使われなくなると知りながら、それでも彼は一つ一つの創作活動にまったく手抜きをしなかった。
 さて、そのとき作った椅子はここ最近でもかなりの自信作、会心の出来映えと称しうる物となった。ご機嫌の牛頭はその気分のまま、魔族の言葉で、魔神への感謝の言葉を口にした。

 その言葉を、自分ではない誰かが、そっくりそのまま繰り返したのだ。

 (さつ)()音のような乾いた高音と断末魔のように湿った低音を絡ませた、人間の舌では模倣など不可能なはずの音。

 驚いた牛頭が声のした方を見ると、そこにはにこにこ顔のカルメがいた。
 牛頭は絶句した。その彼に向けて、幼児はもう一度、さっきと同じ魔族の言葉を放ったのだ。

「し、信じられません! そもそも魔族の言語とは、人間の数多ある言語とは本質からして異なるものなのです! 原理を心得た魔術師ならば模倣も可能かもしれませんが、それとて一握りの高位者が可能とするだけのはず……それを、あの子は完璧になぞってみせたのです!」

 これまで見たこともないほど興奮している牛頭に、「……で、それはなにか問題なのか? あの子にとって不利になるのか?」と確認するリエッキ。

「とんでもありません! 不利になるどころかとんでもない長所です! もしも望むならば、あの子は前代未聞の魔術師にだってなれるかも!」

 大きく開けたカルメの可能性に大喜びする牛頭を、「紛らわしい慌て方するんじゃない!」と張り倒すリエッキ。
 冷たい床に突っ伏してなお、牛頭の興奮は冷めやらぬ様子だった。

 もう一つの特殊な成長は、図書館それ自体がもたらしたものだった。
 カルメが五歳の誕生日を迎える数日前、図書館に久しぶりの侵入者がやってきた。その時、三人は揃って図書館の奥にいた。
 侵入者の気配を察知してリエッキが立ち上がろうとしたとき、カルメが言った。

「だれかきたね。リエッキ、おでむかえにいくの?」

 この瞬間、リエッキは賊の侵入すらしばし忘れて呆然としてしまう。
 リエッキほどの精度には到底及ばない。しかし、カルメは図書館の番人である彼女と同じ能力を身につけようとしていた。図書館内の万事をその場にいながらに知る、番人の能力を。


 人外境の図書館で人ならぬ保護者に育てられて、図書館の寵児は日々育ちゆく。そしてその成長の中には、尋常の人間とは明らかに異なる能力の開花もある。
 しかしなんにせよ、幼子の成長は保護者たちにとっては幸福でしかない。
 日々健やかに育ちゆくカルメを見ているのは、牛頭とリエッキにとってはなによりも大きな喜びであった。

 ただし一つだけ、カルメが身につけてしまったある癖だけは、牛頭を大いに悩ませている。

 五歳の誕生日、牛頭からカルメへの贈り物は新しい衣装だった。裁縫に目覚めた牛頭の、数週間を費やした力作。
 その意匠は、リエッキの服をそのまま縮めてまとめたような、素晴らしい子供服だった。
 この贈り物に、カルメは牛頭が期待した以上の大喜びで応えた。その場で早速着替えてリエッキと並ぶと、まるで小型化した図書館の番人がそこにいるかのよう。
 微笑ましい光景に頬を緩ませる大人たちに、小さなリエッキは自信満々、こう言った。

「はん!」

 いつの間にやらリエッキから伝染していた鼻を鳴らすこの癖は、牛頭が何度「おしとやかでないからやめようね」と言っても、ついぞ矯正されることはなかった。

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