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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑/右

■ 四章.僕らはいま、物語の中にいるみたいだ

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◆18 ユカの誤算 【物語の日、神話の午後/11】

 乱闘、乱闘、また乱闘。広場ではやまずに戦いが繰り広げられています。
 呪使いたちが襲いかかり、語り部がそれをひょいとやり過ごす。
 襲いかかる者の数のおびただしさに比べ、襲われる者はたった一人。ですが、襲われるユカと襲う呪使いたちとどちらに優位があるのかと言えば、これは間違いなく前者にあります。ほら、今また呪使いをすっころばせたユカに、観衆は凄腕の闘牛士など連想したことでしょう。

 さて、その観衆の列の中に、二人の呪使いの姿はありました。
 左利きとその相棒です。
 二人は目の前で演じられる挑戦と応戦の演目には参加せずに、人々の中に紛れ込んで自らもまた観衆の立場に落ち着いているのです。
 呪使いの癖に荒事好きの相棒が「旦那ぁ、みんな頑張ってるのに、俺らは行かなくていいんですかい?」とうずうずしながら尋ねれば、「うるさい、こんなみっともない現場に誰が飛び込むものか」と渋面の左利きが応じます。

「……それに、今ここでの私の登場を奴は望んでいない。ただの呪使いの一人としての、有象無象の一人としての私の登場などはな」

 そんなのは甚だ不本意なはずだ、と左利きは断じます。言い訳を口にするばつの悪さなど少しも含んではいない、まったくの本心から出た言葉であると相棒には理解できました。
 だからでしょう、この相棒がそれ以上の異論を口にすることはありませんでした。

 二人は再び観戦に戻ります。
 近くにいた観衆の一人が、なんだこいつら呪使いの癖に、という目を向けてきましたが、そんなのはどこ吹く風です。ここで発揮された面の皮の厚さはいかにも相棒譲りのもの、まったく、友人同士というのは影響を与え合うものでございます。
 同胞のていたらくと語り部の大活躍を、二人の呪使いは見守っています。

『やはりまるっきりあの男らしくない』と思いながら、見守っています。  

ここまでのユカの行動や発言は、一つ重ね二つ重ねするごとに彼らの知るユカの人物像からかけ離れていくようでした。
 たとえばあの直裁極まる呪使いへの批判の数々。群衆の印象を操作し、見事に批判の感情を扇動した話術と論法(印象操作、扇動、そう申してしまうより他にないでしょう)。
 この一事からして、聞いていた二人には我が目我が耳を疑わずにはおられぬような出来事でした。
 いったいこれはどうしたことかと、二人は揃って首をかしげました。

『魔法使いを代表して、貴様は貴様ら魔法使いを貶めていた呪使いを逆に貶めたのだ!』

 自分たちの後見人となった中年呪使いがそうユカを詰るのを二人は聞いておりました。
 確かにそれは、一聴した限りでは理屈は通っております。ですが、その理屈に飛びつくには、二人は自分たちの宿敵をを知りすぎております。
 彼らの知るユカは悪意や憎悪といったものを身のうちに欠落させた――本当に、呆れるほどに欠落させた――男です。報仇雪恨(ほうきゆうせつこん)引縄批根(いんじようひこん)と世に言えど、あの男だけは復讐だの意趣返しだのに興味を示すとは思えない、それが二人の共通した見解でした。
 それに、いましも呪使いたちを相手取っているユカの戦い方、これもまた彼らの目には『らしくない』と映りました。
 百の魔法を自由に使うユカが、その実あまり魔法を使わない魔法使いであることに彼らは気づいておりました。もちろん必要な時には魔法の本を手に取ることを躊躇ったりはしないのですが、しかし使わないで済ませられるなら使わない、それがあの男の主義であるようだと。
 ですが今、ユカは次から次に魔法を使って呪使いたちを翻弄しています。本棚に手を伸ばしては引っ切りなしに開く本を――つまりは使用する魔法を――入れ替えて、次はこれ、今度はこれと、出し惜しみなしの大盤振る舞い。
 まるで自分の力を自慢しているように。魔法使いの力を、見せつけでもするかのように。

 ああ、らしくない。
 あんまりにもらしくなさ過ぎて、「……なぁ旦那、あれ、本当に俺たちの知ってるあの男なんすかね?」と相棒が真剣に懐疑します。
 無理もない疑念ではありましたが、しかし容赦のない話術と遠慮のない魔法を駆使するその男が正真正銘彼らのよく知る語り部であることは、世に(ためし)のない言の葉の天賦がはっきりと証明しています。

「あの野郎、いったいなにをしでかすつもりなんだかなぁ……」

 そう呟いた相棒に、わからん、と左利きは応じます。

 それから、だが、と彼は続けました。

「だが、間違いなくわかっていることはある」

 なんですかいそりゃ? とはてな顔の相棒に、左利きは次のように答えます。

「まず、奴はとんでもなく欲張りな男だということだ。なんらかの目的を達成するにしても、あの男はすべてにおいて最善の首尾を求めるはずだ。だから、民心を煽り、我々呪使いを批判の俎上に乗せ、糾弾のナイフに捌かせる……そのように剣呑でまた後々に遺恨を残すような方法と結果に、奴は納得もしなければ満足もしない。
 それに、なにより……」

 そこで、左利きは言葉を切りました。

「なにより、奴は思想家でもなければ運動家でもなく、もちろん扇動家などでもない。……あの男は語り部、物語師だ。ならばこのままわかりやすく単純な結末を迎えたのでは、それは奴の流儀に著しく反するはずだ。だから――」

 ――だから、まだまだ一波乱あるぞ。

 左利きはそう締めくくりました。嵐の予感に恐れと期待をない交ぜに抱く、少年のような表情を浮かべて。
 相棒は一瞬ぽかんとして、それから、友人に同調してにかっと笑いました。

「まぁ、なんですか。まだ旦那の出番すら来ちゃいないんだ。お楽しみはこれから、っすね」
「そうだな」
 左利きは頷き、続けました。
「奴は今、譚っているのさ。物語の(かみ)(わざ)と言葉の天才のすべてを駆使して、今日という一日をまるごと、物語として譚り出しているのだ」

 物語の日、と左利きは呟きます。

「私たちは今、たぶん、物語の中にいるのだろう。奴の譚る物語、後生ではきっと『歴史』と呼ばれているはずの物語の中に。あんたももうわかってるはずだ。今日という日は歴史的な一日になる。世の中にとっても、もちろん、我々呪使いにとっても。
 だから、今はただ待つだけさ。奴が私を呼ぶまで……いや、登場人物として、物語に呼ばれるまで、かな」

 最後のほうはどこか達観したような口調となりながら、左利きはそう言い切りました。

「……呪使いにとっちゃ、明日からいい歴史は築けそうにないっすね」

 相棒が言い、そうだな、と左利きが応じます。
 呪使いの暗澹冥濛(あんたんめいもう)を語りながら、しかし二人の呪使いに暗さはありませんでした。ただ、ほんの少しだけ寂寥が覗いただけで。

 それから不意に、相棒が言いました。

「なぁ旦那、こう言うと怒られるかもしれねぇが、俺ぁずっと思ってたんだ。呪使いと魔法使いって立場は違えど、あの野郎と旦那は、他の誰よりも近いとこにいるんじゃねえかって」

 左利きが、きょとんとした顔をします。ひどく驚いて、言葉もなく相棒を凝視します。
 彼はしばし黙考し、黙考したその後で、相棒を見て言いました。

「……それは、ずいぶんと忌々しい話だな」

 言葉とは裏腹の表情がそこにはありました。

 ああ、そうだな、と左利きは思います。そうだな、その通りだ。奴と私とは同じ方向を向いている。魔法使いと呪使い、そんな正反対の立場から、同じ未来を見ている。
 きっと、だからなのだろう。私は奴がまだなにか企んでいると知って、それを阻止しようなどとは少しも考えていない。あの男の行動が呪使いの天下に終止符を打つと知りながら、それを歓迎さえしようとしている。
 奴の物語の行方を、きっと、私は誰よりも楽しみにしている。

「確かに、私とあの男の考えや価値観、その総合的な座標はきっと、他の誰よりも近い」

 左利きは呟きます。呟いて、だが、と自分の思考に対して一石を投じます。

「我々の座標は近くて、あまりにも近くて……だが、決して交わりはせんのだ。それは、奴が魔法使いで私が呪使いだから、ではない。……それは、奴が奴で、私が私だからだ」

 くっ、くく、と左利きは笑います。声を殺して笑います。きっと、周りにこれだけの人々がひしめいていなかったなら、声をあげて笑っていたことでしょう。
 それほどまでの愉快を彼は覚えていたのです。
 こみ上げる笑いを噛み殺しながら、左利きは視線をあげます。

 そうして、群衆の列を貫いた向こうに見知った顔を見つけ、不意に笑いを消し去ります。

 二人のいる位置から離れた場所に見えるのは、竜の迫力を持つ美少女。
 左利きと相棒と語り部に続く、奇妙な四人組の最後の一人。

 語り部の相棒である、本棚を背負っていたあの少女だったのです。

 遠目にも、左利きは気づきます。
 少女がいまにも泣き出しそうな表情をしていることに。
 語り部の活躍に盛り上がる観衆の中で、彼女の背負う空気だけが凍えきっていることに。

 この祝祭の空の下に、あれ以上に巨大な孤独もまたそれを抱える者も存在しないだろうと、左利きはそう直観します。

「……おい、語り部。貴様は貴様の相棒に、とんでもない借りを作っているようだぞ」





 さぁ、読者よ。ここからはまたユカの視点で局面を描写致しましょう。

「――説話を司る神の忘れられた御名においてはじめよう。これなるは――」

 ここでユカが手に取ったのは、今日これまでに使われたどの魔法にも勝って重宝に使われている、ユカご愛用のこの魔法です。

「――これなるは霧の一説。凍てついた埠頭を渡り下草を凍らせる寒さの白、染みいって岩をも砕く目に見える真冬。蒼白の霧の物語!」

 瞬間、どこまでも夏めいた夏の一日に、真っ白な冬が混入します。
 ぶわっと、まるで家事場の炊煙かはたまた火事場の白煙かと吹き出したのは、冷たい冷たい真冬の霧です。これまで何度となく呪使いたちを煙に巻いてきた(というかそのものずばり霧に巻いてきた)、数あるユカの魔法の中でも一等使用頻度の高い一冊でございました。
 ほとんど雲海の密度で濃霧は広場を包み込みます。さっきの風と同様、成り行きを見守っていた群衆らには「こりゃあ涼しい!」と好意的に受け入れられて。反面、呪使いたちにはぎゃあぎゃあと悲鳴をあげさせて。
 そうして、たちまち、足下すら見えないような状況を生み出します。
 さてその蒼白の暗闇の中で、ユカはまたもや本棚に手を伸ばします。
 またもや別の一冊を取り出して、そしてほら、またもや譚りはじめますよ。

「説話を司る神の忘れられた御名において――」

 譚りはじめ……譚り……あれ? 譚りはじめ、ない?
 いえ、口はぱくぱくと動いているのです。大きく声を張り上げる時のように、喉だって上下に動いています。ですがそうであるにも関わらず、声だけが全然出てはいないのです。
 声の代わりにユカの口から流れ出ているのは、なにかもくもくとした煙のようなもので。
 ……いえ、煙ではなく、あれは……冷気?

 通算百五冊目となるこの魔法が生み出されたのは、かれこれ半年前のこと。時期で言えば二人の呪使いと別れた直後のことでした。
 親友と肩を並べて思い出の山を眺めたその日、美しい雪明かりの夕べに、ユカは幾度も息を吸っては吐いてを繰り返しておりました。吐き出した息が白くなるのが面白くて、綺麗で。だからリエッキが呆れた顔をしているのにも構わずに、何度も、何度も。
 その白い息を見ながら、彼は次のような空想を親友に語ったのです。

 ――もう少し寒くなったら、言葉ですらが凍ってしまうかもしれないね。

 無声のまま譚り続けるユカの口から流れ出す冷気が、みるみる固形へと凝ってゆきます。
 冷気の凝固した物質……すなわち、氷へと。
 その氷を、ユカは大きく振りかぶって霧の向こうに放り投げます。限定された冬の領域の外には言うまでもなく夏が待ち受けていて、小さな氷塊はたちまちのうちに氷解して。

 そうして、ほら、氷の中に封じ込められていたものが、すぐさま解き放たれますよ。

『呪使いの皆さん! こっち、ねぇほら、僕はこっちですよ!』

 これがユカの百五番目の魔法、『凍てつく声の物語』の効果でした。
 いろいろと楽しい使い方のあるこの魔法ですが、今回も狙いは大成功を収めます。ユカは霧の中から一歩も動いてはいないというのに、呪使いたちは揃って声のしたほうへとおびき寄せられていったのです。

 悪戯が上手くいった子供のような表情となりながら、この隙に、ユカはさらに行動します。
 まずは先ほどの『凍てつく声の物語』で、声を封じ込めた氷を一気に数個、いやさ、十数個も作り上げます。その数もさることながら、それぞれの氷の大きさはさっき作ったものの数倍、ほとんど拳大ほどはありましょうか。

 そうして氷が準備出来たら、お次は本日大活躍の、この魔法の出番です。

「――説話を司る神の忘れられた御名において、これなるは風の一節。草原を吹き抜ける大地の息吹。雲を切り裂く天空の猛威――毎度おなじみ、一陣の疾風(はやて)の物語だよ!」

 見る間に風が譚り出されます。それも、足下から渦巻いてまっすぐに空へと上る竜巻が。
 強烈な竜巻は濃霧を見る間に吹き散らして、同時に、作り置かれていた氷をたちまち空へとさらいます。ビュウと大気を切り裂いて、都市の上空へとそれを巻き上げ、運びます。
 言霊の氷は天から街中に降り注いで、封じ込められていた言葉を、街中に届けます。

『えー、お祭りをお楽しみの皆々様に、こちら中央広場からご案内申し上げます』

 氷は一斉に溶けて、そこ、ここ、かしこで、同じ内容を話す声が聞こえはじめました。

『ただいま、大道芸会場となっているここ中央広場にて特別な催し物、その名もずばり『悪しき魔法使いと正義の呪使いの対決』が開催中でございます』

 氷に封じ込めた声には前もって『こだまの谷の遙けき声の物語』により拡声の効果をかけてあるので、これは一種の合わせ技、声は街の全域をほとんど網羅して響き渡ります。

『主演はこの僕、呪使い様たちより本の魔法使いとのありがたき二つ名を頂いている邪悪な――邪悪らしいですよ!――物語師と、優に数百人を超える呪使い様たちです。皆様、どうぞお誘い合わせの上で、是非是非、見物にいらしてくださいませ!』

 よろしくお願いしまーす! と明るく元気に朗らかに締めくくると、声はそれで終わり。
 ユカはにこにことお行儀のいい笑顔を浮かべて、呪使いたちを見遣りました。

「どうも観客が少なくてやる気が出ないみたいだから、ちょっと宣伝してあげたよ。ね?これで頑張るぞって気持ちになりましたよね? さぁ、ここからが正義の見せ所ですよ!」

 頑張って、頑張って。
 ユカは応援の皮を被ろうともしていない挑発を呪使いたちに送ります。

 霧の晴らされた中央広場、視界を遮るものなどもはやなにひとつ存在しないこの現場で、呪使いたちは語り部を包囲しています。包囲して、殺意と憎悪の火の視線を注いでいます。
 その殺意と憎悪のままに、呪使いたちはユカへと殺到しはじめます。

 さぁ、読者よ。ここから先は、もはやつぶさには語りません。そうする必要を私は感じません。
 だって、ここまでの展開とこれからの展開に、違いなんてほとんどないのだから。

 つまりここから先も、相変わらずユカは翻弄して、相変わらず呪使いたちは追い込まれます。
 どこまでも一方的に。

 ユカの先ほどの放送もあって、広場には続々と街の住人やお祭りの見物客たちが集まってきます。祝祭の(らく)()に突如降って湧いたこの奇天烈な催し事に、どれ一つ見に行ってやるかと、ついには商人たちまでもが露店をほっぽり出して出張ってきます。
 そのようにして状況は周知されます。呪使いたちにとって由々しき、この上なく由々しき現状は。

 呪使いたちの焦燥は、留まるところを知らずにいやまし続けます。
 そしてもちろん、彼らのその焦りを、我らが語り部は駄目押しとばかりに煽り続けます。

 魔法で、言葉で、ユカは呪使いたちを翻弄します。
 翻弄して、挑発して、焚き付けます。

 振り回されている呪使いとしてはきっと悪魔のように見えていたことでしょうが、しかしユカが使う魔法は一見して平和なものばかりです。
 だから見物の人たちの目には、ユカはまったく人畜無害な存在と映って。
 だから批判の目は、呪使いたちにばかり向かいます。

「あんなに大勢でたった一人を、しかもあんな風に物凄い剣幕で追いかけ回して」
「おいおい、まさかあの男の子を殺しちまうつもりじゃないよな?」
「ああやだやだ、あれが呪使いどもの本性か?」
「へへ、そのくせまるっきり手玉に取られてるんだから世話ないぜ」

 ひそひそと囁き交わされる批判が、鞭となって、拍車となって、呪使いたちを切り立つ不安の崖へと追い立てます。ああそして、その崖から落ちてしまわぬように、どうにかしがみついているために。彼らは敵意に酔って、憎悪に酔って、酒に逃げるようにして状況の中にある悪意に逃げ込もうとします。

 呪使いという組織全体に、なにかが飽和寸前まで、破裂寸前まで張りつめてゆきます。

 すべてがユカの企み通りでした。十重二十重とえはたえに巡らされた、彼の描いた筋書き通りでした。
 すべては語り部の思惑のままに。
 すべては、物語のまにまに。

 物語師は物語を紡ぎ続けます。完成に向けて、状況を構築してゆきます。

 今日という物語の大役を担う、もうひとりの主人公を迎え入れるために。

 呪使いたちは、もはや箍の外れた剣幕でユカに向かってゆきます。

 進退窮まった集団のその内訳には、目を血走らせて凄まじい形相の者がいました。
 喉も裂けよと金切り声をあげている者がいました。
 それに、顔をぐしゃぐしゃにして涙を流している者が、いました。

 そんな彼らに対して、ユカは少しも容赦しませんでした。いくつもの魔法を次から次に使って、それこそ濫用するように使って、自分に備わった魔法の力を見せつけました。
 お前らには出来ないだろとばかりに、見せつけました。
 それにまた、言葉を弄しました。挑発して、嘲って……さらに、呪使いとしての自分に揺らいでいる若者たちには、すれ違いざまの耳元に「君たちはそれでいいのか?」などと囁いて吹き込んで、たちまち戦意を喪失させました。

 ユカは徹底的でした。徹底的に、呪使いたちにとっての悪夢を演じました。
 彼らに絶望を植え付けました。

 加速します。加速します。物語は止まらぬ車輪となって、加速します。

 さあそして、やがて呪使いたちの中に、次のような発見を得た者が現れたのです。

『あの男の魔法の源は、あの本棚なのだ』との。

 そして、即座に次のような解が導き出されます。

『ならば、あの本棚を排除してしまえばいいのだ』

 呪使いたちは、すぐさま行動に移りました。
 とはいえ、ここまででもう完全に進退窮まっていた集団です。もはや衆目の目なんて意識する余裕も冷静さも失っていて、だから最初から、とびきり極端な手段が採られます。

 荷車が登場します。どこから接収してきたのか、あるいは盗んできたものか。
 荷車には、薪やら、藁やら、燃料になるものが満載されていて。
 さらには呪使いたちによって油がかけられて、ああ、それから。

 それから、ついに点火されます。

 火を放たれた荷車は盛大に炎をあげました。
 真夏の暑気すら圧倒して歪ませて、大気に陽炎を吐きます。
 そうして、燃え盛る火炎の車となって、ユカの本棚へと走り出します。

 本棚へと続く直線上にいた呪使いたちがさっと道をあけます。ユカと組み合っていた者たちも、わっと蜘蛛の子を散らして逃げ惑います。
 ですが、ユカはちっとも動じませんでした。
 あたふたと慌てたりすることもなければ、なにかこの状況を切り抜けるための魔法を手にとって対処にあたろうとも致しません、
 いいえそれどころか、にんまり余裕の笑顔を作って、荷車に道をあけたのです。

 さぁ、やれるものならやってみなよ、とでもいうように。

 この展開も、まだまだユカにとっては想定内でした。

 ああ、そして。火炎の荷車は、ついに本棚へと突っ込みます。大きな音を立てて本棚にぶち当たって、ぶつかった拍子に砕けて炎をまき散らして、燃え上がります。

 炎上する本棚の傍らで、ユカはしかし、それでもまだ涼しげな顔をしています。
 これでもまだ、事態は計画の内。すべてはまだ、語り部の思惑のまま。

 ですがここで、はじめてユカの想定を裏切る事態が出来しゅったいします。

 観衆の列から一人の女性が飛び出して、そのまま一直線に炎に飛び込んだのです。

 炎の中に。
 燃え上がる本棚に。
 火の色彩の妙髪たえがみが、熱風に踊って。

「やだ! いやだぁ! ユカの魔法が……ユカが燃えちまう!」
「リ、リエッキ!?」

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