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図書館ドラゴンは火を吹かない 作者:東雲佑/右

■ 四章.僕らはいま、物語の中にいるみたいだ

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◆9 後天的な家族

 お祭りが終わるまでの間、ユカとリエッキは街の宿屋に部屋を借りることにしました。
 来たる日に備えて……というわけではありません。遊び疲れて森に帰るのが億劫になってしまったり、また兄姉との酒盛りが深夜にまで及んだ場合なども想定して……と、要するにこれはお祭りをめいっぱい満喫する為の工夫なのでした。
 既に部屋を借りていた踊り子と色の魔法使いは「こっちに一緒に泊まればいいのに」などと申し出てくれたのですが、さすがにそれは辞退しました。男女のことなどてんでわからぬ二人にもその程度の遠慮はできたのです。

 とにかく、楽しむ為の準備は万端。いざや、お祭り見物かかってこい、です。
 邪悪が打ち倒すべきものであるように、楽しいことは遊び倒さねばならない――語り部のそんな詭弁に踊り子が諸手を挙げて賛同し、膚絵師と竜はやれやれとばかりに揃って肩を竦めたのでした。

 中一日を挟んで、街はいよいよ祝祭の空間へと変貌を遂げます。
 しかしなんとまぁ、流石は音に聞こえた最高屈指の夏祭りです。
 まずは豪勢に飾り付けられた街路……ああ、そのなんと華々しいことでしょう。
 家々の軒先には季節の生花せいかと季節のものでない乾燥草花がそのままの形で、あるいは花輪をはじめとした花細工となって飾られて道行く人々の目を楽しませています。
 さらに視線を上へ上へと運んでみれば、大路に面した窓という窓からは手織りの垂れ幕が下げられて、また建物の壁面には立派な横断幕が渡されております。
 これらの品々は街に住まう各家庭がお祭りに向けて用意しておいたもので、つまりは全住人が一丸となってこの日を迎えたという団結の証しなのです。

 さ、お次は街の外からやってきた活況について描写致しましょう。
 年に一度のお祭りに張り切っていたのは、なにも街の人々だけではありません。隊商や旅商人をはじめとした外部の商人たちもまた奮起の度合いは甚だしいものでした。
 城壁の内側には早くから陣取って場所を確保した露店商が所狭しと看板を連ね、さらに城門の外に目を向けて見ればこちらも似たか寄ったか、出遅れた商人たちが文字通り門前市をなして商売の声を張り上げています。
 お金で買えるものであれば売っていないものはなさそうなほどの、まさに天下の市場といった様相です。

 このように商売人は白秋に飛び交う蜻蛉あきつほどもいて、しかし商売人でない純粋な見物人はその数倍、数十倍もいます。近隣の人里からは隣人同士仲良く連れだって一泊二日の物見遊山、遠く遠くの町からはさながら巡礼のように、長旅を跨いでまでやって参ります。
 彼らを歓待するのは楽しさの充満した一つの力場であり、勤労と節制の日々からの解放というご褒美です。
 人々は日常から遊離し、やがては祝祭を構成する要素の一つとしてそれに融和するのです。

 親友と兄姉、親しい人たちと一緒に、ユカは活況と活況のもたらすすべてを楽しみます。
 大人になるにつれて世界は色褪せ、またその規模も縮小するものと申します。ですが、母に手を引かれて出かけたあの日から十一年分大人になったユカの瞳に、目の前のお祭りは思い出のそれと比べてもなんらの遜色もなく映っておりました。
 胸躍らせた揺籃の日の再現として。

 ここがユカの原点でした。
 人外境に育った彼がはじめて連れ出された人間の領域。
 愛する母の歪められた風聞を知った場所。
 そして、はじめて物語師という人種に出会った場所。
 あの日もしこのお祭りに来ていなかったなら、きっと、彼の人生は今とは大きく違ったものになっていたことでしょう。

 お祭りの三日目から、『楽しいこと退治』の勇者の一団には新たな仲間が参入します。
 ユカの母親である、骨の魔法使いです。
 これが僕の母さん、とユカが紹介した瞬間から、ものの数分でしょうか。母と兄姉の夫婦は既にすっかり意気投合しておりました。
 とりわけ踊り子のうち解けっぷりは大層なものです。

「姉? ユカの? あなたが、あの子のお姉さん?」
「はい! あたしがお姉さんで彼は弟。かわいいかわいい弟ですね!」
「あなたがあの子のお姉さんなら、あなたも私の娘ってことになっちゃうのかしら?」
「あ、なっちゃいますよね?」
「それに、あなたは今、おめでたなのよね?」
「はい。酸っぱいものが大好きになりました」
「だったら私は、もうじきおばあちゃんにまでなっちゃうってことかしら?」
「なっちゃいますねえ」
「はれまぁ……さすがにまだそこまでの歳ではないのだけれど」

 困ったわねぇ、と全然困った風には聞こえない嬉しげな嘆息を漏らす骨の魔法使いに、踊り子はいつのまにか、当たり前のように『お母様』と呼びかけるようになっています。
 二人の親密さには不自然さなんて全然なくて、ぺちゃくちゃと楽しげに言葉を交わす様はまるで本当の母と娘のよう。
 かくして、後天的な家族の輪はユカを紐帯ちゅうたいにまたも繋がり広がったのです。

 お祭りの期間中は毎日決まった時間に山車だしが街路を行き交います。揃ってそれを見物しながら、一同はそれぞれ出店で買った食べ物に舌鼓を打ちます。
 子を宿してから急に食が変わったのだと説明しながら踊り子は濃い味付けの串肉を囓り、それに対して「ふうん、そういうものなのか」と相槌を打つリエッキの手にあるのは蜂蜜をたっぷり練り込んだ甘い甘いパン。ユカと骨の魔法使いの大好物である甘草の飴は他の全員から酷評されます(一口で吐き出したリエッキの言を借りれば「甘くてしょっぱくて苦くておまけに汗みたいに臭い」のだそうです)。
 踊り子と骨の魔法使い、新旧二人の母親はリエッキを取り込んで女三人のかしましい歓談をはじめ、その様子を横目に見ながらユカと色の魔法使いは男同士の密談など交わします。
 雑踏の向こうに飴売り屋台を見つけたとき、ユカはそこで鳥の形に作った飴細工を二つ購入し、その片方を笑顔で母に差し出します。幼少期とは逆転した構図に骨の魔法使いはじんわりと涙を浮かべ、これから母となり父となる夫婦は無言のうちにそっと肩を寄せ合ったのでした。

 平穏はそこにありました。安穏は、彼らの中にこそありました。
 運命の日までに残された最後の猶予期間は、そのようにして過ぎ去ったのです。

 夏祭りが最終日に向かうにつれて、街には利き手が右ではない者たちが増えはじめます。
 一目でそれとわかる術衣に身を包んだ者から軽装に杖か身分証明の鉄碑だけを携帯したもの、さらには完全に一般の住民や見物客たちに紛れ込んでいる者まで、呪使いたちは漸増的に人混みを埋めはじめ、そして、六日目の午後に至っていよいよ爆発的にその数を増します。

「ありゃありゃありゃ、まぁまぁまぁ……圧倒的じゃないのよ敵さんは」

 宿屋の窓から大通りを見下ろして、踊り子が言いました。いつも通り深刻さの欠落した口調で、しかし声音のどこかにうっすらと不安の影が兆しています。

「ねぇ、しつこいみたいだけどさ、ほんとに助太刀しなくていいの?」

 踊り子の再度の申し出に、ユカはけろっとした笑顔で「大丈夫だよ」と応じます。それでも踊り子は納得しきれぬ様子で、「でもなぁ」となおもなにか言いかけます。

「心配なことなんかなんにもあるもんか」

 案じる言葉を遮ったのは、このときもやはりリエッキでした。

 翌日に備えて、既に宿には本棚が運び込まれています。
 リエッキは本棚のところまで歩いていくと、ぎっしりと本の詰まったそれに寄りかかりながら言いました。

「ここには百五……いや、春から夏にかけてまた二冊増えて、だから百七冊の本が並んでる。まったく、少しは背負う方の身にもなってみろって思うよ。でもさ、とにかく、ユカってのはそれだけの魔法を自在に使える魔法使いなんだ。呪使いなんかにはちょっと手に負えないさ」

 そこで、彼女は口元にいじわるっぽい笑顔を浮かべて、さらに続けました。

「本の持ち主はいい加減なやつだけど、でも、本棚の番人はなかなかのしっかり者だろ?
 ……だから、ユカじゃなくてわたしを信用しろよ。なんにも心配ないって、わたしが請け負うから」

 珍しいリエッキの冗談に、室内には笑いの波が広がります。ひどいなぁ、とユカが笑顔で抗議し、はん、本当のことだろ、とリエッキが応じます。それから彼女は踊り子に視線を移し、だいたい身重の女に出しゃばられたらそれこそこいつの気を散らせる、と言いました。
 このもっともな言葉に一同はうなずくことしきり、踊り子は照れ笑いとともにお腹をさすります。

 およそ完璧な言い分、完璧な演技でした。再会の夜の酒席がそうであったように、この日もこれ以降不安の言葉は一切口にされません。
 リエッキはユカの母親である骨の魔法使い自身が『不祥の我が子にとってもったいないほどの相棒!』と認める最良の女子。加えて、普段生真面目な彼女が冗談を口にする余裕まで見せて断言したのです。
 自分でしっかり者っていうリエッキちゃんを信用しましょう、ユカくんはともかくね! とこうなるのは必定というもの。

 説得力は抜群で、信用度は盤石ばんじゃくです。

 だから、いったい誰に気づけたというのでしょうか?
 この場で最大の不安を抱えていたのが、実は他ならぬリエッキであったなんて。自然体すぎて気丈とすら感じさせぬほどの彼女の気丈さが、実はまったくの作り物であったなんて。気楽な態度の裏側に、はち切れそうなほどの本音が糊塗され隠されていたなんて。

 そんなのよほどの賢者か、あるいは特別な能力の持ち主でなければ見抜けっこありません。

 ――そう、たとえば、世の真理と人の心理を色彩で見抜く魔眼の持ち主などでなければ。

 

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